F級冒険者が帰っただけなのに報告会が大ごとになりました
旧鉱山から外へ出た瞬間、俺は生きていることのありがたさを本気で噛みしめた。
頭上には夕方の空が広がり、冷たい風まで妙に気持ちよく感じる。つい数時間前までなら、外で風に吹かれただけで感動する人間を見たら大げさだと思っただろう。
今なら分かる。
地下は怖いのだ。
ものすごく怖いのだ。
「ユウト、さっきから空ばかり見ていますが、大丈夫ですか?」
隣を歩いていたリリアが心配そうにこちらを見る。
「俺は今、空と再会してる」
「ずっと頭上にありましたよ?」
「鉱山の中にはなかったよ」
「なるほど」
リリアが真面目な顔で頷いたので、俺は逆に反応に困った。
「感動的な再会なのですね」
「俺と空の?」
「はい」
「……変なヤツ」
「なぜです!?」
リリアは膨れてる。
「私は変ではありません!」
その少し後ろでは、ミミナが杖を抱えながら笑っている。
「ユウト、鉱山に入る前より元気になってない?」
「生還した安心感で一時的に元気なんだよ。宿に着いたらたぶん動かなくなるな」
「では、夕食は先に食べておいた方がよさそうですね」
ノアが当然のように口を挟む。
「そこで食事が出てくるの?」
「食べられる時に食べるのは冒険者の基本でしょう。それに、今日はかなり魔力を使いました」
「それは確かにそうだな。ノアもミミナも大丈夫か?」
「私は平気!」
ミミナが勢いよく答えた直後、足元の石につまずいて小さくよろけた。
咄嗟にリリアが腕をつかんで支える。
「……平気ですか?」
「今のは石が悪い!」
「石へ責任を押しつけるくらい疲れてるのか…」
「違うもん!」
「まあ今日は宿に戻ったら休もう。反省会は明日にでも――」
「反省会?」
ミミナの顔から笑顔が消えた。
「いや、そんな顔するほどのことじゃないから」
「私、何かやった?」
「何もやってない。むしろ今日はかなり助かった」
「本当?」
「自分で出力を考えてたし、《鉱殻獣》を軽くした時も無茶しなかっただろ」
ミミナは一瞬きょとんとしたあと、少し照れたように杖を抱き直した。
「……ちゃんと見てたんだ」
「そりゃ見るよ。俺の仕事、ほぼそれだし」
「ほぼって言わない方が格好よかったですね」
ノアが淡々と言う。
「ちょっとはいい感じだったろ?」
「七割くらいは」
「三割さーん、呼ばれてますよー?」
そんなやり取りをしながら、俺達は旧鉱山の入口近くに残していたオルドのところまで戻った。
簡易の休憩場所で横になっていたオルドは、こちらを見るなり大きく息を吐いた。
「戻ってきたか……」
「なんとか」
「地下の奥にいたヤツは?」
俺は後ろを振り返った。
黒い服の人物――セイルは、排気坑を開いたあとも俺達と一緒にここまで戻ってきていたが、オルドから少し距離を取ったところで足を止めている。
「コイツか?」
俺が指を向けると、オルドの顔が強張った。
「そいつだ」
今度はセイルに聞く。
「お前が連れていった人間で間違いないな?」
「ああ」
セイルは否定しなかった。
「お前を町へ戻せなかったことについては悪かったと思っている」
その言葉に、俺の方が驚いた。
「謝るんだ」
「何だ、その反応は」
「いや、もっと『必要な措置だった』とか言うタイプかと思ってた」
「必要ではあった。それと迷惑をかけたことは別だ」
「……思ったより話が通じるな」
「お前にだけは言われたくない」
「はいはい」
セイルは、オルドを見る。
「街道で倒れていたお前を放置すれば死ぬ可能性が高かった。ただ、リベルタへ運ぶ余裕もなかったため、この鉱山へ連れてきた。結果として危険な場所へ留めることになったのは事実だ」
オルドは少し警戒を残しながらも、ゆっくり頷いた。
「薬で助けてもらったのも事実だからな。全部許せるかと言われたら、まだ分からんが……礼は言っておく」
「それでいい」
敵なのか味方なのか、相変わらずはっきりしない。
ただ、少なくとも話が通じない悪人ではなさそうだった。
「セイルもリベルタへ来るのか?」
俺が尋ねると、彼は首を横に振った。
「俺はここへ残る」
「《封脈晶》の様子を見るため?」
「それもある。あの結晶は応急処置をしただけだ。放置はできない」
「一人で大丈夫なのか?」
「少なくとも、お前よりは戦える」
「比べる相手を俺にすると、だいたい誰でも強く見える…ってコラ!?どういう意味だ!」
ミミナが小さく笑う。
「じゃあ私と比べる?」
「戦闘能力の話だぞ?」
「もちろん!」
「なんでちょっと嬉しそうなんだよ」
セイルが俺達を見て小さく息を吐いた。
「……騒がしい連中だな」
「四人いるとだいたいこうなる」
「私は比較的静かですよ」
ノアが言う。
「会計の話が始まるまではね」
「ユウト、余計なことを言うと今日使った回復薬の精算から始めますよ」
「ノアさん、本日は大変お世話になりました。肩でもお揉みしましょうか?」
「突然丁寧になりましたね」
「敬意です」
「恐怖の間違いでは?」
「半分くらいは」
ノアがわずかに笑った。
セイルはそんな俺達から視線を外し、手の中にある黒い徽章を見つめる。
「その徽章について、何か分かったら教えてくれないか?」
「その時が来たら…な」
「分かったよ」
「ただし一つだけ忠告しておく」
セイルの声音が変わった。
「その紋章について、人前で不用意に聞き回るな」
「危険なのか?」
「俺の勘違いなら、それで済む。だが、もし俺の知っているものと同じなら、誰が関わっているか分からない」
「それ、かなり怖い忠告じゃない?」
ミミナが杖を抱え直す。
「だから今は忘れておけ」
「そう言われると余計に気になるんだけど…」
「ユウト、こういう時くらい素直に忘れてください」
リリアが真顔で言った。
「リリアさん、人はそんな簡単に記憶を…」
「喪失させますか?」
「あ、忘れた、忘れました」
◇
リベルタへ戻った頃には、街の灯りがつき始めていた。
オルドを支えながら冒険者ギルドへ入ると、中にいた冒険者達の視線が一斉にこちらへ向く。
数秒の静寂のあと、受付の職員が椅子を蹴る勢いで立ち上がった。
「オルドさん!?」
「お、おう……」
「生きていたんですね!」
「まあな」
オルドが疲れた顔で笑う。
その声を聞いた瞬間、ギルドの中が一気に騒がしくなった。
行方不明になっていた商人が戻ってきたのだから当然だろう。
俺達はすぐ奥の部屋へ通され、オルドは神官と職員に引き渡された。
「治療についてですが」
ノアが職員へ声をかける。
「はい?」
「現地で解毒と回復処置を行っていますので、救助依頼に伴う必要経費として――」
「ノア」
「何です?」
「今じゃなくてもよくない?」
「今だからです。後回しにすると記録が曖昧になります」
「オルドさん帰還から三分で請求の話になるとは思わなかったよ」
「安心してください。ユウトへの請求ではありません」
「それだけで安心できる自分が嫌だな」
受付職員は困ったように笑いながらも、きちんと書類へ記入している。
さすがノアだった。
少しすると、俺達が以前会ったバルガ達も戻ってきた。
「お前ら、生きてたのか」
大剣を背負ったバルガが、俺を見るなり開口一番そう言った。
「当たり前だ!」
「旧鉱山へ入ったって聞いたからな。しかもF級が一人混ざってる」
「くっ、人をお荷物みたいに…」
「事実だろ?」
バルガは声を上げて笑った。
「で、商人は?」
「助かった。今、奥で診てもらってる」
「そうか」
バルガの表情から笑いが消え、安堵したように息を吐く。
「それなら十分だ。こっちも報告がある」
「別の道を調べてたんだよな?」
「ああ。鉱山の西側に古い搬出口が残っていた。ただ、途中で完全に塞がれていた」
「崩落?」
「最初はそう思った」
バルガはテーブルの上へ古びた坑道図を広げる。
「だが、岩の積み方がおかしい。自然に崩れたというより、通れないように奥から寄せたように見えた」
リリアが地図へ顔を近づけた。
「意図的に塞いだ可能性があるということですか?」
「断定はできねえ。ただ、俺達はそう見た」
また一つ、旧鉱山に人の手が入っている可能性が増えた。
「こっちも、話すことが山ほどある」
俺が言うと、バルガが眉を上げる。
「何があった?」
「説明すると長いぞ」
「そんなにか…」
バルガが息を呑む。
「実はな…」
ゴクッ
「デカい魔物を治療して逃がした」
「…………意味が分からん」
「そう言われる気はしてた…」
◇
その後の報告は、本当に長くなった。
地下から異常な魔力が上がっていること、《封脈晶》と呼ばれる結晶がそれを抑えていたこと、黒い服の人物がセイルと名乗ったこと、地下にいた《鉱殻獣》が《夜棘》に傷つけられていたこと、そして東側の排気坑から山へ逃がしたことまで、できるだけ推測と事実を分けて伝える。
さすがに黒い徽章については、セイルの忠告もあったので、人の多い場所では話さなかった。
報告を聞き終えた職員は、しばらく言葉を失っている。
「……確認します」
「はい」
「行方不明者を発見して救助した」
「はい」
「旧鉱山内部の異常を確認した」
「はい」
「大型魔物を発見したものの、討伐せず治療して別方向へ逃がした」
「そうです」
「そして、この一連の行動をまとめたのがF級冒険者のユウトさん」
「まあ、はい。そうなります。」
職員は額を押さえた。
隣でバルガが笑いを堪えている。
「お前、本当にF級なのか?」
「バルガまで!?」
「昇級した方がいいんじゃねえか?」
「それ、俺が決められるものなの?」
職員が顔を上げる。
「その件も含め、今回の報告はギルド上層部で検討します。少なくとも、通常のF級依頼として扱う内容ではありません」
「昇級?」
ミミナが嬉しそうに俺を見る。
「まだ決まってないから」
「でも上がったらお祝いしようよ!」
「その費用はどこから?」
ノアが即座に聞く。
「えーと…」
「必要な確認です」
「ノアさん、せめて昇級してから夢を見させてもらえません?」
「予算を決めた上で夢を見るなら構いません」
「夢に予算つける人、初めて見たよ」
リリアが小さく笑う。
旧鉱山では何度も命の危険を感じたが、こうして四人でくだらない話をしていると、本当に帰ってきたのだと実感できた。
その時、部屋の扉が勢いよく開いた。
「リリア・アルヴェイン様はいらっしゃいますか!」
若いギルド職員が息を切らしながら入ってくる。
「私ですが」
リリアが立ち上がる。
「王都から、聖騎士団の緊急便です」
差し出された封書を見た瞬間、リリアの表情から笑みが消えた。
封には、聖騎士団の紋章が押されている。
「今、ここで確認しても?」
「はい。至急とのことです」
リリアが封を切り、中の文書へ目を走らせる。
読み進めるほど、その青い瞳が険しくなっていった。
「リリア?」
俺が声をかけると、彼女はしばらく黙ったあと、手紙を下ろした。
「ユウト。どうやら、今回の異変はリベルタ周辺だけではないようです」
「……どういうこと?」
「王都の北東部を含む複数の地域で、魔物の生息域が同じ時期から変化しています」
部屋から誰の声も聞こえなくなった。
俺達がようやく見つけたと思っていた問題の入口は、どうやら旧鉱山より、ずっと広い場所へつながっているらしい。
――第十七話 終
最後までお読みいただきありがとうございます!
無事に旧鉱山から帰還し、行方不明だったオルドの救助にも成功しました。
今回は少しだけ緊張を緩め、ユウト・リリア・ミミナ・ノアの4人らしい掛け合いを多めにしています。
そして、ついにF級のユウトにも「昇級」の可能性が……?
しかし、王都から届いた聖騎士団の緊急便には、リベルタ以外でも魔物の生息域が変化しているという知らせが記されていました。
旧鉱山だけの事件ではなかったとしたら、一体何が起きているのか。
次回、リリアに届いた手紙の内容がさらに明らかになります。
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