黒い服の男は、本当に敵なのか?
鉱山の奥から聞こえてくる音は、少しずつ近づいていた。
ゴォォン、と重い何かが岩壁へぶつかるたび、足元まで小さく揺れる。
「オルドさん」
俺は倒れている商人の横へしゃがんだ。
「何が来るんです?」
「分からない……」
「見てない?」
「姿は、ちゃんとは……」
オルドは息を整えながら、暗い坑道の奥を見る。
「ただ、あの音がすると、必ず黒い服の男が奥へ行っていた」
「黒い服の人と関係ある?」
「分からない」
分からないことばかりだ。
「リリア」
「はい」
「戦えそう?」
「相手を見なければ何とも言えません」
「だよな」
俺も聞くだけ無駄だったと思う。
「ユウト」
ノアがオルドへ水を飲ませながら言う。
「まず、この方を安全な場所へ移動させるべきです」
「入口まで戻す?」
「それが最善です」
「私が運びます」
リリアが剣を収め、オルドを背負おうとする。
「待…て」
オルドが弱々しく声を出した。
「まだ……奥に」
「何があるんです?」
俺が聞く。
「俺だけじゃない…」
「え?」
「もう一人……いる」
全員が固まった。
「誰?」
「分からない。俺が連れてこられた時、別の部屋から…声がした」
「人?」
「たぶん……」
帰れなくなった。
本音を言えば、今すぐオルドを連れて外へ出たい。
でも、もう一人いるかもしれないと聞いてしまった。
「ユウト」
リリアがこちらを見る。
「どうしますか?」
「俺に聞く?」
「交渉士でしょう」
「こういう判断まで交渉士なの?」
「まとめ役ですから」
「重いな、その役割」
俺は少し考える。
「オルドさんを一度、安全な場所まで戻す」
「はい」
「そのあと、奥にいる人を確認する」
「賛成です」
ノアが頷く。
「ミミナは?」
「行く!」
「聞く前から元気だな」
「冒険だよ!」
「俺には恐怖体験なんだけど」
ミミナは笑っている。
このくらいの明るさが、今はありがたい。
◇
俺達はオルドを鉱山の入口近くまで運んだ。
入口の外へ出れば安全とも限らないので、《夜棘》が少ない場所に簡単な休憩場所を作る。
「動かないでください」
ノアがオルドへ言う。
「水は少しずつ飲んでください。食事も急に多く取らないように」
「分かった」
「治療費については」
「今!?」
俺が思わず突っ込む。
ノアは真顔だった。
「今回はギルドの救助対象なので、後でギルドへ請求します」
「本人じゃないんだ」
「適切な請求先があるなら、そちらへ請求します」
「徹底してるな」
オルドが弱々しく笑った。
「変わった神官さんだな」
「よく言われるようになってきました」
「本当に増えてきた」
「良いことです」
「良いのかよ!」
少し空気が軽くなった。
「それで…」
俺はオルドを見る。
「黒い服について、もう少し教えてほしい」
オルドの表情が戻る。
「男だった?」
「たぶん」
「顔は?」
「ほとんど見えなかった。フードを深く被ってた」
「襲われたのか?」
「……違う」
「違う?」
俺達は顔を見合わせた。
「俺は旧街道で倒れたんだ」
「《夜棘》の毒で?」
「そうだと思う。足に棘が刺さって、急に体が動かなくなった」
「そのあとは?」
「黒い服の男が来た」
「それで連れてこられた?」
「そうなんだが……」
オルドは少し言いにくそうに続ける。
「そいつ、俺に薬を飲ませたんだ」
「薬?」
「たぶん解毒薬だ。あれを飲んだあと、体が少し動くようになった」
話が変わってきた。
「助けたってこと?」
「分からない」
「でも殺そうとはしてない?」
「少なくとも、その場では」
リリアの表情が険しくなる。
「その後、なぜ鉱山へ?」
「『ここにいたらまた毒を受ける』って言われて、半分意識がないまま運ばれた」
「普通に救助してるようにも聞こえるな」
「ですが、町へ連れて行ってはいません」
ノアが言う。
「そうなんだよ」
オルドが頷く。
「鉱山へ連れてこられてから、何度か質問された」
「質問?」
「街道を通る商人の数とか、最近魔物が増えてるかとか、ギルドが何を調べてるかとか」
「怪しいな」
「俺もそう思った」
「答えたのか?」
「知ってる範囲で…」
「それから閉じ込められた?」
「ああ。だが鍵はかかってなかった」
「え?」
また話がおかしくなる。
「じゃあ逃げられたってこと?」
「《夜棘》が周りを囲ってたから無理だった」
「なるほど」
物理的な牢ではない。
毒草が檻代わりだったのか。
「黒い服の男は、オルドさんを助けたのか、閉じ込めたのか……」
俺が呟く。
「どちらとも言えませんね」
リリアも同意する。
「最初から悪人だと決めつけるのは危険かもしれません」
「リリアもそう思う?」
「はい。ただし、行方不明者を町へ戻さず拘束していたのも事実です」
「そうだよな…」
味方とは言えないだろうが、完全な敵とも限らない。
また面倒な話になってきた。
「あと」
オルドが言う。
「黒い服の男が、変なことを言ってた」
「?」
「『もうすぐ押し出される』と…」
「押し出される?」
俺達は黙った。
本来なら奥にいる魔物が、外側へ移動している。
俺はずっと、それを何かに押し出されているようだと感じていた。
「何が押し出されるかは?」
「分からない」
「他には?」
「『間に合わない』とも言ってた」
背中に嫌な寒気が走る。
「間に合わないって、何に?」
「それも分からない」
オルドは申し訳なさそうに首を振った。
「十分だよ。ありがとう」
少なくとも、黒い服の人物が魔物の移動について何か知っている可能性はかなり高くなった。
「行こう」
俺は立ち上がった。
「奥へ?」
ノアが聞く。
「うん」
「怖くな…」
「怖いよ」
ミミナの言葉を遮るように俺は答えた。
「即答」
「でも、ここまで来たら確認したい」
リリアが剣へ手をかける。
「私が先頭で行きます」
「お願いします!」
「素直ですね」
「俺は学習するタイプだから」
ミミナが少し笑った。
「私も学習してるよ!」
「最大出力は?」
「しない!」
「よし」
「まだ確認するの!?」
◇
俺達は再び鉱山の中へ入った。
さっき聞こえていた重い音は、なぜか止まっている。
「静かになった方が怖いな」
「同感です」
リリアも剣を抜いたまま進む。
奥へ向かうほど、《夜棘》の数が増えていった。
「これ……」
ノアが壁を見る。
「壁の中から生えてる?」
岩の裂け目から黒紫色の茎が伸びている。
「自然に生えてるようには見えないな」
「魔力がかなり濃いです」
「この先?」
「はい」
少し進むと、大きな木製の扉が見えてきた。
鉱山の奥に似つかわしくない、比較的新しい扉だ。
「こんなの昔からあった?」
「受付でもらった坑道図にはありませんでした」
リリアが答える。
「新しく作られた?」
「可能性は高いですね」
扉の前には、《夜棘》が何本も絡みついている。
「どうする?」
俺が尋ねる。
「前と同じ方法で切れます」
リリアが答える。
「よし!」
俺は三人へ意識を向ける。
胸の奥で《縁》が反応する。
「ノア、《浄化》は三割」
「分かりました」
「ミミナ、固定は二割。時間は二分」
「了解!」
「リリア、扉を壊さない程度で」
「それが一番難しい注文ですね」
「方向音痴だけど力加減はできるだろ?」
「ユウト?」
「ごめんなさい」
三人が動く。
淡い光が剣へ重なる。
リリアが《夜棘》だけを切り払うと、目の前には重厚な扉だけが残った。
「開ける?」
ミミナが聞く。
「慎重に」
リリアが扉へ手をかける。
ゆっくり開く。
中は広い空間だった。
壁一面に魔石のようなものが埋め込まれ、中央には大きな黒い結晶が置かれている。
「何これ……」
ミミナの声から、いつもの明るさが消えた。
「魔力が集められています」
ノアも真剣な顔になる。
「《夜棘》の根が、全部ここに向かってるのか?」
床を見ると黒紫色の茎が床下から伸び、中央の黒い結晶へ集まっている。
「これが原因?」
「断定はできません」
その時だった。
「そこから離れろ!」
声がした。
全員が振り返る。
部屋の奥。
暗がりの中から、一人の人物が姿を現した。
黒いフード。
黒い外套。
顔は影になって見えない。
「黒い服……」
俺が呟く。
相手は剣を抜いていない。
こちらへ攻撃する様子もない。
ただ、低い声で言った。
「その結晶に触れるな」
「あんたがオルドさんを連れてきた人?」
俺が聞く。
「……」
「《夜棘》を広げたのもお前か?」
「違う」
即答だった。
「じゃあ何をしてる?」
黒い服の人物が、中央の結晶を見る。
「止めている」
「何を?」
少し間が空き、答える。
「地下から上がってくるものを…だ」
部屋のさらに奥から、ゴォォォンという重い音が響いた。
床が大きく揺れる。
黒い服の人物が初めて焦ったように振り返る。
「もう時間がない」
俺達が何かを聞くより先に、そいつは言った。
「今すぐ鉱山を出て逃げろ!」
――第十四話 終
最後までお読みいただきありがとうございます!
旧鉱山で救出したオルドの証言から、黒い服の人物について新たな事実が判明しました。
《夜棘》の毒からオルドを助けた一方で、鉱山から帰さなかった謎の人物。
さらに彼は、
「もうすぐ押し出される」
「間に合わない」
という言葉を残していました。
そして鉱山の奥で、ついにユウト達は黒い服の人物本人と遭遇します。
彼の言葉は、
「《夜棘》を広げているのではなく、何かを止めている」
というもの。
地下から上がってくるものとは、一体何なのか。
続きが気になったら、ブックマーク・フォロー・評価で応援していただけると嬉しいです!




