助けを呼ぶ声の先にいたもの
旧鉱山の中へ足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
外はまだ昼間だったはずなのに、坑道の中は数メートル先すら見通せないほど暗く、ランタンの小さな光だけが湿った岩肌を照らしている。
足元には錆びたレールが残り、その両脇には使われなくなった木箱や採掘道具が放置されていた。
「……思ってたより怖いな」
「今さらですか?」
リリアが先頭を歩きながら振り返る。
「入口にいた時から怖かったよ。中に入ったらもっと怖くなっただけ」
「正直ですね」
「怖くないふりして死ぬよりマシだろ」
「それは同意します」
リリアはそう答えると、再び前へ視線を戻した。
そのすぐ後ろを俺が歩き、ミミナとノアが続く。
本当なら一番弱い俺がもっと後ろにいるべきなのかもしれないが、《複数縁結合》の感覚を確かめるためには三人の状態を把握できる位置にいた方がいい。
「ユウト」
「何?」
「ランタン、もう少し高くできますか?」
ノアに言われ、俺は手に持ったランタンを持ち上げた。
「これくらい?」
「はい。地面を見てください」
光が届いた先に、黒いものが見えた。
「《夜棘》?」
「そうです。ただし、外にあったものとは少し違います」
ノアが近づきすぎない位置からしゃがみ込む。
岩の隙間から伸びている《夜棘》は細く、葉もほとんどない。
それでも黒紫色の茎は坑道の奥へ向かって続いていた。
「これ、道しるべみたいになってない?」
ミミナが言う。
「俺もそう見える」
自然に生えているというより、坑道の壁沿いを這うように一定方向へ伸びている。
「魔力の流れに沿って成長している可能性があります」
ノアが答えた。
「魔力って水みたいに流れるの?」
「場所によってはあります。地中の鉱脈や魔石に沿って、魔力が集まることもあります」
「じゃあ、この先に何かある?」
「可能性はあります」
また嫌な可能性が一つ増えた。
俺はなるべく《夜棘》へ近づかないように足を進める。
その時、前を歩いていたリリアが突然片手を上げた。
「止まってください」
全員が足を止める。
「何かいる?」
「いえ。音です」
俺達が息を潜めると、鉱山の奥からかすかな音が聞こえてきた。
「……たすけ……」
入口でも聞いた声だった。
「やっぱり人がいる」
「方向は?」
ノアが尋ねる。
リリアはしばらく耳を澄ませ、右側にある細い坑道を指した。
「あちらだと思います」
「本当に右?」
「ユウト」
「ごめん」
今は冗談を言っている場合ではなかった。
俺達は声のする方向へ進む。
坑道は少しずつ狭くなり、天井も低くなっていった。
「ミミナ、勝手に明るくする魔法とか使わないでね」
「なんで分かったの?」
「杖が光ってたから」
「暗いから便利かなって」
「便利でも最大出力で鉱山を昼にするのは禁止」
「そんなことしないよ!」
「昨日までのお前ならやりそうだった」
「信用が育つの遅くない!?」
「育ってはいるよ。少しずつ」
ミミナが何か言い返そうとしたが、結局それ以上は何も言わなかった。
代わりに、ちょっとだけ嬉しそうにしている。
しばらく進んだところで、坑道が二つに分かれていた。
「どっち?」
俺が聞く。
リリアが耳を澄ませる。
「右です」
「また右」
「今回は本当に右です!」
「別に疑ってないって」
「顔が疑っています!」
そんな小声のやり取りをしていると、再び声が聞こえた。
「……誰か……」
今度はさっきより近い。
「こっちだ!」
俺が声を返そうとすると、リリアがすぐ腕を伸ばした。
「待ってください」
「何?」
「相手にこちらの人数や位置を知らせることになります」
「確かに」
俺は口を閉じた。
勢いだけで行動すると危ない。
こういうところは、まだ冒険者として経験不足だ。
「慎重に進みましょう」
リリアを先頭に、俺達は右側の坑道へ入る。
少し進んだところで、足元に何かが落ちていた。
「これ……」
俺が拾おうとすると、ノアに止められる。
「待ってください。私が確認します」
ノアが慎重に近づき、落ちているものを見る。
「商人の荷札ですね」
「オルドさんの?」
「名前が書いてあります」
やはり行方不明の商人はここまで来ている。
しかも、意識がある可能性も高い。
「急ごう」
「慎重に、です」
リリアに釘を刺される。
「分かってる」
さらに奥へ進むと、坑道の先に少し広い空間が見えてきた。
どうやら採掘用の小さな作業場だったらしい。
壊れた机や木箱が並び、壁には古い採掘道具が掛けられている。
その中央を見ると、一人の男が倒れていた。
「大丈夫ですか!?」
俺が声を上げると、男がわずかに顔を動かした。
「……たすけて……」
「生きてる!」
駆け寄ろうとした俺の前へ、ノアが手を伸ばす。
「待ってください」
「今度は何!?」
「足元を見てください」
ランタンを下へ向ける。
男の周囲には、《夜棘》が円を描くように伸びていた。
「囲まれてる?」
「はい」
細い《夜棘》が何重にも男を取り囲み、一部は服へ絡みついている。
ただ、不思議なことに男自身には大きな傷が見えない。
「毒は?」
「離れているので判断できません」
ノアの表情が険しくなる。
「ですが、意識があるなら急いだ方がいいでしょう」
「切る?」
リリアが剣へ手を伸ばす。
「普通に切るのは危険です」
ノアが答える。
「なら前と同じ方法」
俺が三人を見る。
「ノアの《浄化》をミミナがリリアの剣へ固定する」
「できます」
「私も大丈夫!」
「リリアは?」
「お任せください」
三人がすぐに動き始める。
その瞬間、胸の奥で《縁》が反応した。
三本の光が、それぞれの状態を伝えてくる。
「ノア、浄化は少し弱めでいいと思う。男の人が近すぎる」
「分かりました」
「ミミナは固定を二割くらい」
「時間は?」
「まず三分」
「了解!」
ミミナが杖を構える。
以前より確認が自然になっている。
「リリア、根元だけ切れる?」
「問題ありません」
ノアが《浄化》をかけ、ミミナがその性質を剣へ固定する。
淡い金青色の光が刀身を包んだ。
「いきます」
リリアが一歩踏み込む。
刃が《夜棘》の根元だけを正確に切断していく。
俺は三人の状態へ意識を向けた。
「左側、少し密集してる」
「見えています」
「ノア、出力少し上げて」
「はい」
「ミミナ、固定そのまま」
「分かった!」
前より明らかに合わせやすい。
俺自身には何の力もない。
それでも三人の動きが、一つの流れとして頭に入ってくる。
これが《複数縁結合》なのだろう。
「あと少し!」
最後の一本をリリアが切り落とした。
「行ける!」
俺とノアが男へ駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
「……水……」
ノアがすぐに状態を確認する。
「意識はあります。重度の脱水と疲労がありますが、目立った外傷はありません」
「オルドさん?」
男がゆっくり俺を見る。
「……そうだ」
「よかった!」
行方不明になっていた商人、オルド本人だった。
「どうしてここに?」
俺が尋ねると、オルドの表情が強張った。
「黒い……服の男が……」
全員の空気が変わる。
「やっぱりいたのか」
「そいつに連れてこられた?」
オルドは弱々しく頷いた。
「だが……」
「だが?」
オルドが震える手で、鉱山のさらに奥を指した。
「逃げろ……」
「何?」
「ここには……」
その瞬間。
ゴォォォン。
鉱山の奥から、重い音が響いた。
地面がわずかに揺れる。
「何の音?」
ミミナが杖を握り直す。
「分かりません」
リリアが剣を構えた。
もう一度。
ゴォォォン。
今度は、さっきより近い。
オルドの顔から血の気が引く。
「来る……」
「何が?」
俺が聞くと、オルドは震える声で答えた。
「鉱山の奥にいる……あれが……」
暗い坑道の向こうから、何か大きなものを引きずるような音が近づいてきた。
俺は自分の短剣を握りながら、すぐに思った。
たぶん、俺の短剣ではどうにもならない相手だ。
――第十三話 終
最後までお読みいただきありがとうございます!
旧鉱山へ入ったユウト達は、助けを求めていた行方不明の商人・オルドを発見しました。
《夜棘》に囲まれた彼を救うため、ユウト達は《複数縁結合》を使いながら連携。
少しずつ、4人パーティとしての戦い方も形になってきています。
しかし、オルドを助けた直後、鉱山の奥から巨大な何かが近づいてきます。
次回、旧鉱山で起きている異変の一端が明らかになります。
続きが気になったら、ブックマーク・フォロー・評価で応援していただけると嬉しいです!




