四人パーティ、最初の敵は家計簿でした
結論から言うと。
四人パーティになった俺達が最初に戦うことになった相手は、旧鉱山に潜む謎の人物でも、凶悪な魔物でもなかった。
「ユウト、昨日の宿代はいくらでしたか?」
「……覚えてない」
「食事代は?」
「たぶん十五くらい?」
「たぶん?」
ノアの目が細くなる。
俺は冒険者ギルドの食堂で、人生最大級の圧力を受けていた。
机の上には小さな帳簿。
その向こうには、金髪の神官。
俺の両隣にはリリアとミミナが座っている。
古い礼拝堂からリベルタへ戻った俺達は、旧鉱山についてギルドへ報告した。
そこで普通なら、明日の調査について作戦会議をするはずだった。
ところが。
「まず、パーティの支出を整理します」
ノアのこの一言ですべてが変わった。
「旧鉱山の話を先にしない?」
「お金がなければ旧鉱山へ行くための装備も買えません」
「正論なのが腹立つ」
「ではユウト。現在の所持金を」
「えっと……」
俺は革袋を開き、硬貨を机に並べる。
「数えてないのですか?」
「財布の中身を毎晩数える生活してなかったんだよ」
「冒険者として致命的です」
「そこまで!?」
日本にいた頃だって、財布の中に何円入っているかなんて正確には覚えていなかった。
今は硬貨しかないので、嫌でも管理する必要があるらしい。
「リリアさんは?」
「こちらです」
リリアは当然のようにきちんと整理された革袋を差し出した。
ノアが中身を確認する。
「問題ありません」
「さすが」
「騎士ですから」
「方向感覚以外は本当にちゃんとしてるな」
「ユウト?」
「何でもないです」
次にノアがミミナを見る。
「ミミナさん」
「はい!」
「現在の所持金を」
「……」
ミミナが目を逸らす。
「ミミナさん?」
「今、急に外の空気が吸いたくなったかも」
「座ってください」
「はい」
逃げられなかった。
ミミナが恐る恐る革袋を出す。
「牧場の報酬、残ってるよ」
「良いことです」
「でしょ?」
「では修繕費の返済に回しましょう」
「待って!」
ミミナが革袋を抱きしめた。
「私のお金!」
「修繕費もミミナさんのお金の問題です」
「正しいけど冷たい!」
「安心してください。生活に必要な最低額までは取りません」
「ノアが神様に見える!」
「神官です」
「そこ?」
この二人。
意外と相性が良いのかもしれない。
主に追う側と追われる側として。
「それで、今後についてですが」
ノアが帳簿へ数字を書き込みながら続ける。
「依頼報酬の一割を、パーティの緊急費として積み立てたいと思います」
「緊急費?」
「薬、包帯、解毒剤、装備の破損など、予想外の出費に備えるためです」
「俺達、そんなに怪我する?」
三人の視線が俺へ集まった。
「なんで俺を見る?」
「キングホーンに追われました」
リリア。
「空飛んだよね」
ミミナ。
「回数券を勧めた理由がお分かりになりましたか?」
ノア。
「全部ここ数日の話なのが怖い!」
「一割でよろしいですか?」
「お願いします」
俺は即答した。
命には代えられない。
「決まりですね」
ノアが帳簿を閉じる。
「これで会計については最低限まとまりました」
「やっと旧鉱山の話ができる……」
「次は装備費です」
「まだ終わってない!」
◇
ようやく金の話が一段落した頃、バルガ達もギルドへ戻ってきた。
「おう、交渉士」
「その呼ばれ方、ちょっと職業人っぽくていいな」
「F級だけどな」
「うるせー!」
バルガは受付へ報告を済ませたらしく、数枚の書類を持っていた。
受付嬢も俺達のテーブルへやってくる。
「旧鉱山について、確認できた範囲をご説明します」
俺達は姿勢を正した。
「鉱山は約十年前に閉鎖されています。主に鉄鉱石を採掘していた場所ですが、採掘量の減少と落盤事故が重なり、現在は使われていません」
「中の構造は分かる?」
「古い坑道図があります。ただし、閉鎖後の崩落などで地形が変わっている可能性があります」
「つまり地図があっても信用しすぎるなってことか」
「はい」
俺はリリアを見る。
「何です?」
「今回は地図持たせなくていいなと思って」
「私もそのくらい分かります!」
「よかった」
「なぜ安心するのです!」
受付嬢が苦笑いしながら話を続ける。
「また、行方不明になっている商人についてですが、名前はオルドさん。三日前にリベルタを出て、北側の村へ商品を届ける予定でした」
「一人で?」
「護衛なしの短距離輸送だったそうです」
バルガが腕を組む。
「旧街道までは危険度の低い道だったからな。少なくとも今までは」
「今までは、か」
《夜棘》が広がり、魔物の生息域まで変わっている。
以前と同じ感覚で歩ける場所ではなくなっているらしい。
「ギルドとしては、旧鉱山周辺の調査と、オルドさんの捜索を優先します」
「俺達も行っていいの?」
「本来であれば慎重に判断する必要がありますが、リリア様が調査任務中であることと、皆さんが《夜棘》についてすでに情報を持っていることを考慮します」
受付嬢はリリアを見る。
「リリア様を中心に行動してください」
「承知しました」
「そして、決して無理をしないこと」
「はい」
俺も頷く。
「特にユウトさん」
「名指し!?」
「戦闘になった場合は必ず後方へ」
「受付の人にまで戦力外として認識されてる……」
「適性検査を担当しましたので」
「そうでした!」
全部知られている。
「バルガさん達は?」
「俺達は別の道から鉱山周辺を確認する」
バルガが答えた。
「同じ場所に人数を集めすぎるより、逃げ道や別の入口がないか探した方がいい」
「なるほど」
「何か見つけたら戻って報告する。お前らも無茶するなよ」
「バルガに言われると先輩冒険者感あるな」
「実際先輩だ」
みんなが笑う。
◇
ギルドを出た俺達は、そのまま必要な物を買いに向かった。
「ロープ」
ノアが帳簿を見ながら読み上げる。
「携帯食。水。包帯。解毒薬。ランタン。予備の油」
「遠足みたいだな」
「遠足で解毒薬は持ちません」
「確かに」
「あとお菓子」
ミミナが手を上げる。
「却下です」
「即答!?」
「携帯食があります」
「甘いものは別腹だよ!」
「必要性を説明してください」
「元気が出る」
「却下です」
「ユウト!」
「俺に振るな」
「リリア!」
「私はノアさんに賛成です」
「裏切り者!」
何の裏切りだ。
「少しくらいならいいんじゃない?」
俺が言うと、ノアがこちらを見る。
「ユウトが自費で買うのであれば止めません」
「俺が払うの!?」
「提案者ですので」
「言わなきゃよかった!」
ミミナが嬉しそうに俺の袖を掴む。
「ユウト好き!」
「こういう時だけ好感度上げるな!」
結局、安い焼き菓子を少しだけ買った。
ノアは最後まで帳簿へ「嗜好品・ユウト負担」と書いていた。
怖い。
◇
買い物を終えたあと、俺達はギルド裏の訓練場へ移動した。
確認したいことがあったからだ。
「《複数縁結合》」
俺が呟くと、三人がこちらを見る。
「それが新しく使えるようになった能力ですか?」
リリアが聞く。
「たぶん」
「たぶん?」
「説明が短すぎるんだよ」
視界に表示されたのは、
『《縁》を結んだ者同士の能力・性質・役割の連携を補助します』
それだけだった。
「能力をもらえるとか?」
ミミナが目を輝かせる。
「もしそうなら俺も魔法使える?」
「試してみる?」
「ぜひ」
俺はミミナへ意識を向ける。
胸の奥で《縁》が反応した。
「……」
数秒。
「どうです?」
ノアが聞く。
「何も起きない」
「魔法使ってみて」
「どうやって?」
「こう、杖持って」
ミミナから杖を渡される。
「何か叫べばいい?」
「《火球》とか」
「俺、付与魔導士じゃなくなってるけど」
「いいから!」
俺は杖を前へ向けた。
「《火球》!」
静寂。
「……」
「……」
「……」
「返す」
「早い!」
「やっぱり俺自身が能力を使えるようになるわけじゃない」
少し安心したような、残念なような。
いや。
強くならないのが俺らしい気もする。
「では何が変わったのでしょう」
リリアが剣を抜く。
「前に《夜棘》を突破した時と同じ組み合わせを試してみる?」
「いいかも」
ノアがリリアの剣へ《浄化》をかけ、ミミナがその性質を固定する。
前と同じだ。
ただ今回は、俺が三人へ意識を向けた瞬間、胸の奥に三本の光が浮かんだ。
「……見える」
「何が?」
「三人が何をしようとしてるか、なんとなく」
言葉にするのが難しい。
リリアが剣を振るう瞬間。
ノアが浄化を補う瞬間。
ミミナの付与が弱くなり始める瞬間。
前は俺が目で見て判断していた。
今は、それより少し早く分かる。
「ミミナ、あと少しで出力落ちる」
「え?」
ミミナが杖を見る。
数秒後、剣を包む青い光がわずかに弱くなった。
「本当だ」
「ノア、今補強した方がいい」
「分かりました」
ノアが魔力を送る。
光が安定した。
「なるほど」
リリアが剣を眺める。
「ユウトが私達の状態を把握しやすくなっているのですね」
「たぶんそれだけじゃない」
三人をつなぐ光が、以前より自然に重なっている。
俺が「今だ」と思うだけで、それぞれの動きが少し合わせやすくなる感覚がある。
能力そのものを強化しているわけではない。
俺が魔法を使えるわけでもない。
リリアの力が倍になるわけでもない。
ただ、バラバラの三人を一つの目的へ合わせる力。
「俺らしいな」
「何が?」
ミミナが聞く。
「人の力を借りる能力」
「格好良く言っていますが、基本的には他力本願ですね」
ノアが言う。
「分かってるよ!」
「ですが、悪くないと思います」
「え?」
ノアは少し笑った。
「一人ですべてできる必要はありませんから」
リリアも頷く。
「できる者が、できることをすればいいのです」
「私は?」
「最大出力を控える」
「それ私だけ注意事項じゃない!?」
笑い声が訓練場に響いた。
剣も使えない。
魔法も使えない。
相変わらず俺自身は弱いままだ。
それでも、三人が一緒ならできることは増える。
今は、それで十分だった。
◇
翌朝。
北門の前。
リリア。
ミミナ。
ノア。
俺。
四人が並ぶ。
「忘れ物はありませんね?」
ノアが確認する。
「水」
「あります」
「携帯食」
「あります!」
「地図」
「俺が持ってる」
「焼き菓子」
ミミナが言う。
「それは確認事項ではありません」
「あるよね?」
「あるよ!」
「やった!」
リリアがため息をつく。
「緊張感がありませんね」
「リリア」
「何です?」
「今日はどっち?」
「北です」
「指差して」
「なぜです!?」
「最終確認」
リリアは不満そうにしながら北を指差した。
合っている。
「よし」
「本当に失礼ですね!」
「命がかかってるからな」
俺は地図を開く。
目的地は旧鉱山。
行方不明の商人。
大量に増えた《夜棘》。
黒い服の人物。
分からないことだらけだが…
「行こう」
「はい」
四人になって初めての、本格的な調査が始まった。
――第十一話 終
最後までお読みいただきありがとうございます!
ついに正式に始動した4人パーティ。
ただし最初に待っていたのは、魔物ではなくノアの厳しい会計管理でした。
そして新しく解放された《複数縁結合》も少しずつ判明。
ユウト自身が強くなるのではなく、
仲間同士が力を発揮しやすいようにつなぐ能力のようです。
次回、4人は旧鉱山へ。
ゴブリン達との約束を果たしながら、黒い服の人物と行方不明の商人を追います。
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