敵かどうかは、話してから決めたい
「そこを動くな!」
古い礼拝堂の外から、突然男の怒鳴り声が響いた。
「……今度は何?」
振り返ると、半分開いた扉の向こうに三人の冒険者が立っていた。
先頭にいるのは三十代くらいの大柄な男だ。使い込まれた革鎧を身につけ、背中には俺なら持ち上げるだけで腰を壊しそうな大剣を背負っている。
その後ろには弓を構えた女性と、槍を手にした若い男。
三人とも、こちらではなく俺達の後ろにいるゴブリン達を見ていた。
「ゴブリンが二匹……」
大剣の男の声が低くなる。
治療を終えたばかりの小さなゴブリンと、それを庇うように立つもう一匹。
「お前ら、そこで何をしてる?」
「治療です」
「……は?」
「怪我してたから治療した」
男の眉間に深い皺が寄った。
「悪い。説明されても余計に分からなくなった」
「俺も最近そんなことばっかりです」
「何の話だ?」
「こっちの話」
危ない。
横を見ると、リリアがわずかに俺を見ていたものの、何も言わなかった。
大剣の男は俺達の様子を確認したあと、背中の大剣へ手を伸ばした。
「そこを退け。ゴブリンなら俺達が処理する」
言葉の意味を理解したのかは分からない。
立っているゴブリンが、治療された仲間の前へ出て錆びた短剣を構えた。
「ギィ……!」
「待って」
俺は反射的に二者の間へ入る。
「なんだ?」
「少なくとも、今こいつらは襲ってきてない」
「今は、だろ?」
「……」
即座に返されて、俺は言葉に詰まった。
「ゴブリンは人を襲う。街道の旅人を襲って荷物を奪うこともあるし、群れが大きくなれば村へ出ることだってある。冒険者なら知ってるだろ」
「評判くらいは」
「だったら、なぜ庇う?」
簡単には答えられなかった。
俺はこの世界について知らないことが多すぎる。
ゴブリンに身内を殺されたこともなければ、住んでいる村を襲われた経験もない。
そんな俺が、事情も知らずに「ゴブリンは悪くない」と断言するのは違う。
「リリア」
「はい」
「この人が言ってること、間違ってる?」
リリアは少し考えてから答えた。
「いいえ。ゴブリンによる被害が実際に発生しているのは事実です。討伐依頼が出されるのにも理由があります」
「だよな」
大剣の男が頷く。
「聖騎士なら話が早い」
「ですが」
リリアの声は静かだった。
「ゴブリンという種族に危険な個体がいることと、目の前の二匹を今すぐ斬るべきかどうかは別の問題です」
「……聖騎士さん?」
「この二匹が人を襲った証拠は、まだありません」
俺は思わずリリアを見る。
「何です?」
「いや、やっぱり格好いいなと思って」
「今は真面目な話をしています」
「ごめん」
方向が関係しない時、この人は本当に頼りになる。
「私も今は反対」
ミミナまで杖を抱えながら前へ出た。
「この子達、何もしてないよ」
「嬢ちゃん、見ただけじゃ分からないだろ」
「分からないなら、悪いって決めるのも同じじゃない?」
男が一瞬黙った。
俺もちょっと驚く。
「ミミナ」
「何?」
「今ちょっと見直した」
「今までどう思ってたの!?」
「最大出力で何かする人」
「否定できないのが腹立つ!」
「静かにしてください」
ノアが淡々と会話へ入ってくる。
「少なくとも、こちらの負傷していた方は現在私の患者です」
大剣の男が今度はノアを見る。
「神官までいるのか?」
「はい」
「ゴブリンを治した?」
「はい」
「なぜ?」
「怪我をしていたからです」
あまりにも当然のように答えた。
「命に種族は関係ありません」
「……変わった神官だな」
「今後よく言われそうですね」
「まだ言われ慣れてないんだ」
ノアは俺を無視した。
大剣の男は額を押さえるようにして息を吐く。
「俺はバルガ。C級冒険者だ」
「神崎ユウト。F級冒険者で、職業は交渉士」
「F級が一番前にいるのか?」
「俺も今それ思った」
自己紹介だけで戦力差が分かるのは、少し悲しい。
◇
「俺達は行方不明者を探してる」
バルガ達がここへ来た理由を聞くと、話はさらにややこしくなった。
「行方不明?」
「ああ。三日前、この旧街道を通った商人が一人、町へ戻っていない。小型の馬車ごとだ」
「それでここまで?」
「ギルドから周辺を確認するよう頼まれた。ゴブリンが関わってる可能性もある」
なるほど。
彼らは単純にゴブリンを殺しに来たわけではなかった。
行方不明者を捜している途中で、ゴブリンを発見したのだ。
「じゃあ聞いてみよう」
「聞く?」
「こいつ、少しだけ人間の言葉が分かる」
バルガが明らかに疑わしそうな目を向けてきた。
「お前、本当に交渉士なのか?」
「職業証明見せようか?」
「いや、交渉士って本当にいるんだなと思って」
「職業そのものから疑わないで!」
俺は立っているゴブリンの前へしゃがんだ。
「ニンゲン」
「ニンゲン」
「三日前……は無理か」
指を三本立てて、眠る仕草を三回してみせる。
「三回、夜」
ゴブリンが首を傾げる。
俺は次に、馬車の車輪を回すような仕草をした。
「ニンゲン。馬車。荷物」
「……」
「見た?」
傍から見たら、かなり怪しい動きをしている自覚はある。
それでもゴブリンはしばらく考えたあと、何かを思い出したように何度も頷いた。
「ニンゲン、イタ」
「いた?」
バルガ達の表情が一気に変わる。
「どこ?」
「ミチ。トゲ」
「《夜棘》?」
ゴブリンが頷いた。
「ニンゲン、タオレル」
「毒を受けて倒れた?」
「タオレル。クロイフク……モッテイク」
礼拝堂の空気が変わった。
「黒い服の奴が、その人間を連れていった?」
ゴブリンが何度も頷く。
「どこに?」
俺は床に描かれた粗い地図を指差した。
山の麓。
さっきゴブリンが《夜棘》の多い場所として示した場所だ。
「ここ?」
「ソコ。フルイアナ」
バルガが勢いよく俺の横へしゃがんだ。
「もっと詳しく聞け!」
「近い近い! 怖がるから少し下がって!」
「す、すまん」
バルガが素直に一歩引いた。
俺はもう一度、床の印を指す。
「黒い服。人間。ここ?」
「クロイフク。ニンゲン、モッテイク。フルイアナ」
俺達は顔を見合わせた。
「ノア。この場所は?」
「位置が正しければ、閉鎖された旧鉱山だと思います」
ノアは床の地図を眺める。
「この礼拝堂から北へ半日ほどです」
「リリア」
「はい」
「偶然だと思う?」
「現時点では何とも言えません」
リリアの声も真剣だった。
「ですが、調査する価値は十分にあります」
旧街道でガレスが刺された《夜棘》。
礼拝堂を塞ぐほど異常に増えていた《夜棘》。
住処を追われたゴブリン達。
黒い服の人物。
そして、旧鉱山へ連れていかれた可能性のある行方不明の商人。
別々だった情報が、少しずつ同じ方向を向き始めている。
「なんか、急に嫌な感じになってきたな」
「ようやく冒険らしくなってきたね!」
ミミナが楽しそうに言う。
「俺はもっと平和な冒険がしたいんだけど!」
「平和な冒険とは何です?」
「薬草採取して夕方には宿に帰るやつ!」
「それは仕事では?」
「それでいいんだよ!」
◇
「それで、こいつらはどうする?」
バルガが二匹のゴブリンを見る。
先ほどまでより敵意は薄れているが、バルガ達に対してはまだ警戒している。
「俺達が帰ったあと、人間を襲わない保証はあるのか?」
「ない」
「即答かよ」
「ないものは、ないだろ」
俺は目の前の二匹を信じたい。
でも、信じたいから安全だということにはならない。
だからもう一度、ゴブリンへ聞いてみる。
「ニンゲン、コロス?」
「コロサナイ」
「ニンゲン、オソウ?」
「オソワナイ」
「人の物、取る?」
ゴブリンの視線がわずかに横へ逸れた。
「……」
「今、目を逸らしたな」
バルガが言う。
「俺も見た」
「タベモノ……ナイ」
ゴブリンが小さな声で答えた。
「モリ、トゲ。タベモノ、ナイ」
「食べる物がなくなったから、人間の物を取ったことがある?」
ゴブリンははっきりとは答えない。
言葉が十分に通じていないから、断定もできない。
ただ、食べ物に困っているのは確からしい。
「このまま放っておいたら、人里に出るかもしれないな」
「だから討伐する」
バルガが大剣へ手をかける。
「待って」
「まだ止めるのか?」
「原因が《夜棘》なら、こいつらだけ倒しても終わらないだろ」
「……」
「住む場所や食べ物を奪われた魔物が、他にも外へ出てるかもしれない」
俺はこれまで遭遇した魔物達を思い出す。
街道近くに出てきたグランドボア。
本来の生息地とは違う場所にいたフォレストウルフ。
異常に増えているという魔物の目撃情報。
全部が同じ原因だと決めつけることはできない。
それでも、この周辺で何かがおかしくなっているのは確かだ。
「まず原因を調べる。その間、この二匹にはここにいてもらう」
「待ってると思うのか?」
「それを今から交渉する」
「言葉、まともに通じてないぞ」
「それでも話すのが交渉士なんだろ」
口にしてから、自分で少し驚いた。
最初に職業を決めた時は、剣士にも魔法使いにもなれなかったから選んだだけだった。
異世界まで来て営業職かよ、とすら思った。
でも今は。
ほんの少しだけ、この職業が自分に合っている気がする。
俺はゴブリンへ向き直った。
「ここ。待つ」
床を指す。
「俺達、町に帰る」
歩いて離れ、また戻る仕草をする。
「また来る」
「……クル?」
「うん」
ゴブリンは俺を見る。
「ニンゲン、コロス?」
「殺さない」
俺は答えた。
「でも約束」
「ヤクソク?」
「人間、襲わない」
「オソワナイ」
「人の物、取らない」
「……」
「そこは返事してくれ」
「トラナイ」
「食べ物は……」
そこまで言ったところで、ノアが俺を見る。
「ユウト」
「何?」
「今、勝手に何か約束しようとしていませんか?」
「食べ物くらい何とかできないかなって」
「誰がお金を出すのです?」
「そこ?」
「重要です」
さすがノア。
こういう時でも金の流れを忘れない。
「緊急的な保護であれば、ギルドへ相談できる可能性はあります」
「おお」
「あるいは神殿の救済費ですが、魔物が対象になるかは確認が必要です」
「頼もしい」
「ただし、私個人の立て替えはしません」
「そこは徹底してるな!」
バルガが吹き出す。
「分かった」
「え?」
「今日はこいつらを斬らない」
二匹のゴブリンを見ながら、バルガは続けた。
「ただし、俺達が町へ戻るまでの間に人を襲えば話は別だ。ギルドにも全部報告する」
「十分」
「本当にF級なのか、お前?」
「能力値見せたら納得すると思う」
「見ない方が良さそうだ」
「なんで!?」
◇
ひとまず話はまとまった。
バルガ達は先にリベルタへ戻り、行方不明の商人が旧鉱山へ連れていかれた可能性をギルドへ報告することになった。
俺達もゴブリン達の状態を確認したあと、一度町へ戻る。
旧鉱山へ向かうにしても、情報も装備も足りなすぎる。
礼拝堂から外へ出たところで、俺は大きく息を吐いた。
「疲れた……」
「まだ戦闘はしていませんよ」
リリアが不思議そうに言う。
「俺にとっては今のが戦闘なんだよ」
「交渉士らしくなってきましたね」
「それは褒めてる?」
「今回は全部です」
「珍しい!」
ミミナが俺の隣へ並ぶ。
「でもさ、ユウトがいなかったら、あのゴブリン達どうなってたんだろうね」
「ノアが治療してたんじゃない?」
「治療できても、近づけなければ治療はできません」
ノアが静かに言った。
「命に種族は関係ありませんが、相手が私を攻撃する可能性まで無視するつもりはありません」
「そりゃそうか」
「ユウトが先に武器を置いてくれたから、私は近づけました」
リリアも小さく頷く。
「私だけなら、最初に剣を構えていたと思います」
「私は?」
ミミナが自分を指差す。
俺、リリア、ノアの視線が集まる。
「何か付与してた」
「何か付与していたでしょうね」
「恐らく何かを強化していたと思います」
「全員ひどい!」
「否定できる?」
「……できない!」
「できないんだ」
俺達は揃って笑った。
その瞬間だった。
胸の奥が、これまでより強く熱を持つ。
「……!」
淡い光が伸びた。
リリアでもない。
ミミナでもない。
その先にいるのはノアだった。
これまで何度か途中まで伸びては消えていた光が、今度は途切れることなく彼女まで届く。
『《縁》が形成されました』
「……つながった」
「ユウト?」
ノアが首を傾げる。
「何か?」
「いや……」
リリア。
ミミナ。
ノア。
三人全員との《縁》が形成された。
すると今度は、視界へ別の文字が浮かび上がる。
『接続条件を達成しました』
「条件?」
続けて、見覚えのある正式名称が表示された。
『固有技能《縁 -enishi-》』
『《複数縁結合》――解放』
「……!」
以前、《夜棘》を突破した時に一度だけ現れた言葉。
あの時は未達成だった。
それが今、正式に解放された。
『接続可能数――三』
『《縁》を結んだ者同士の能力・性質・役割の連携を補助します』
「能力の連携……?」
意味を理解しようとしたところで、文字は消えた。
「ユウト?」
リリアが心配そうにこちらを見る。
「先ほどから様子がおかしいですが」
「ちょっと待って。俺、少し強くなったかもしれない」
「本当ですか?」
リリアが驚く。
「剣を使えるようになった?」
ミミナが聞いてくる。
「いや」
「魔法を覚えたのですか?」
ノア。
「覚えてない」
「体力が上がった?」
「たぶん上がってない」
三人が黙った。
しばらくしてノアが冷静に口を開く。
「それは、ユウト自身は強くなっていないのでは?」
「俺も今そう思った!」
結局、俺自身は何も変わっていない。
剣は重いままだし、魔法も使えない。
走ればすぐ疲れるし、殴られたら普通に痛いだろう。
ただ、《縁》でつながった仲間が増えれば、その力を組み合わせられる。
一人で強くなるんじゃない。
できる人と、できる人をつなぐ。
もしかすると、それが俺の成長なのかもしれない。
「ところで」
ノアが言った。
「何?」
「当然のように、私を三人目の仲間として数えていませんか?」
「……え?」
「私は旧街道の調査へ同行しただけですが」
言われてみれば。
正式加入の話は一度もしていない。
「ノア、仲間じゃないの?」
ミミナも驚いている。
「まだ違います」
「じゃあ」
俺はノアを見る。
「入ってください」
「軽いですね」
「お願いします」
「理由は?」
「回復役がいないと俺が死ぬ」
「最低の勧誘理由ですね」
「でも事実!」
リリアが呆れたように息を吐く。
ミミナは横で笑っている。
ノアはしばらく俺を見ていたが、やがて小さく息を吐いた。
「条件があります」
「何?」
「パーティの会計は私が管理します」
「そこから?」
「無駄遣いは禁止です」
「はい」
「収入の一部は、薬や緊急治療に備えて積み立てます」
「はい」
「借金は原則禁止です」
「はい!」
「それから」
ノアがミミナを見る。
「ミミナさんが今後壊した物の修理費は、本人負担です」
「なんで私だけ!?」
「これまでの実績を考慮しました」
「うっ……」
ノアは腰の帳簿を開く。
「現在残っている修繕費についても、パーティの負債にはしません。ミミナさん個人の返済として管理します」
「急に現実が重い!」
「借金は《縁》では共有しません」
俺が即答すると、ミミナがこちらを向いた。
「ユウト!?」
「そこは別だろ!」
「仲間なのに!」
「友情と借金は分けよう!」
「賢明です」
ノアまで頷いた。
「ノアまで!」
ミミナが頭を抱える。
ノアはそんな彼女を気にせず帳簿を閉じた。
「それでも構わないのであれば」
ほんの少しだけ笑う。
「しばらく、一緒に行きます」
「やった!」
ミミナが両手を上げる。
リリアも穏やかに微笑んだ。
「改めて、よろしくお願いします。ノアさん」
「こちらこそ」
こうして。
戦えない交渉士。
方向音痴の聖騎士。
加減を知らない付与魔導士。
治療と会計に厳しい神官。
俺達四人のパーティが、ようやく形になった。
戦力だけを見れば、たぶんかなり強い。
ただし、俺を戦力に含めなければの話だけど。
「ユウト」
「何?」
ノアが再び帳簿を開いた。
「まず現在の所持金を全員分確認します」
「今!?」
「パーティを組むのでしょう?」
「そうだけど!」
「収入、宿代、食費、薬代、装備費を整理します」
「待って、なんか急に冒険より怖い!」
「安心してください」
ノアが穏やかに微笑んだ。
「数字は逃げません」
「俺が逃げたい!」
旧鉱山へ向かう前に。
どうやら俺達は、まず家計簿という強敵と戦う必要があるらしい。
――第十話 終
最後までお読みいただきありがとうございます!
ゴブリンを巡って、新たな冒険者バルガ達と向き合ったユウト。
ゴブリンだから無条件に信じるのでもなく、
ゴブリンだから無条件に倒すのでもなく、
「目の前の相手が本当に敵なのか」を確かめようとします。
そして、黒い服の人物と行方不明の商人が旧鉱山へ向かった可能性も浮上。
さらにノアとの《縁》が形成され、
ついに《複数縁結合》が解放されました。
ユウト・リリア・ミミナ・ノアの四人パーティも正式に始動します。
次回、旧鉱山へ向かうための準備が始まります。
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