表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された盲目の第一王子に仕える子爵令嬢ですが、手を引かず一歩先を示していたら、甘く執着されて求婚されました  作者: チャーコ
後日談

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

97/98

後日談1 ステラへの求婚と侯爵位

 婚礼が終わってからというもの、ステラのもとには見慣れない封書が増えた。


 今朝もまた、王太子妃付きの控え室へ戻ったところで、マリアが両手に抱えた文箱を机へ置いた。


「……またです」

「見ればわかるわ」

「今回は男爵家だけじゃありません。子爵家に伯爵家、あと、これはたぶんご実家経由ですね」

「でしょうね」


 封蝋の意匠をひと目見ただけで、どこから来たものかは大体わかる。差出人の名より先に透けて見えるのは、王太子妃ロゼッタの専属侍女という肩書きの方だった。


 辺境に領地がある男爵家三女に、ここまで続けて求婚が来る方が不自然だろう。

 誰もが、ステラ自身を見ていないわけではない。だが、見ているものの上に、王宮での今の立場が乗っている。


 それが悪いとは思わない。

 しかし、その先に書かれている生活は、どれも似通っていた。


 嫁いだあとは家へ入り、必要な社交へ出て、王宮勤めは折を見て辞めること。王太子妃付きの経験は、家格を飾る箔としては歓迎されても、継続すべき仕事として扱う文面はほとんどない。


 ステラは開いた手紙を閉じ、深く息をついた。


「断りのお返事、また増えそうですね」

「増えるでしょうね」


 結婚を考えていないわけではない。

 けれど、どこかの家へ入って役目を失い、使い勝手のいい飾りになるつもりもなかった。


 そのとき、控えめなノックが響く。


「ステラ様。ニコラス様がお呼びです」

「今?」

「はい。お時間をいただきたいと」


 王太子妃付きの再編か、婚礼後の後処理か。どちらにせよ、あの人の呼び出しに無駄はない。


 ステラは立ち上がり、封が閉じたままの手紙へ目をやった。


「マリア、それはあとで」

「はい。……でも、また面倒なお話でしたら呼んでくださいね」

「求婚の山より面倒な話って、そうそうないと思うけれど」


 そう言い残してから、ステラは執務室へ向かった。


 ◇ ◇ ◇


 ニコラスの執務室へ入ると、机の上にはきっちりと三種類の書類が並べられていた。


 一つは、王太子妃付き体制の再編案。

 一つは、サルヴィ家の爵位授与に関する文書。

 そしてもう一つは――見覚えのない家名と条件が整然と並んだ一覧だった。


 ステラは扉を閉め、机上の紙からニコラスへ視線を移した。


「……嫌な予感しかしないのですが」

「予感ではなく、現実の整理です」


 ニコラスはいつもの調子で言った。濃紺の髪の片側へ落ちた三つ編みも、紫がかった瞳の冷静さも乱れていない。だが、ここへ呼ばれた時点で、普通の業務だけではないとわかる。


「座ってください、ステラ嬢」

「ありがとうございます」


 勧められた椅子へ腰を下ろすと、ニコラスが一覧の紙をこちらへ向けた。


「現在、あなたへ打診されている求婚および縁談候補です。家格、本人年齢、王宮との距離、婚姻後の職務継続可否、居住想定、実家支援の自由度で分類しました」

「……そこまでなさったんですか」

「必要でしたので」


 必要で済ませる話ではない。


 紙面をざっと眺めると、案の定というべきか、職務継続可否の欄は厳しいものが多かった。可と書かれていても、条件付きか、実態としては難しいものばかりだ。


「把握はしていましたが、こうして並べられると嫌になりますね」

「同感です」

「同感なさるんですね」

「あなたを他家へ流した場合、王太子妃付きの体制に支障が出ますので」

「やっぱりそちらですか」


 半分呆れて言うと、ニコラスは否定しなかった。

 その代わり、今度はもう一枚の文書へ手を置く。


「サルヴィ家の爵位授与については、お聞き及びかもしれませんが」

「功績に応じて見直しが入る、とだけ」

「ええ。私は今まで爵位に興味がなかったので辞退していました。しかし、今回は辞退せず、受けるつもりです」


 爵位を辞退せずに受ける――その意外な言葉に、ステラは紙から顔を上げる。


「何のためにですか」

「前提を揃えるためです」


 あまりにもあっさり返され、意味が一拍遅れて届いた。


「……何の、前提でしょう」

「求婚者を比べたときの前提です。現状、侯爵位に叙されれば、家格の面で私が最上位になります」


 ステラはしばらく無言になった。

 目の前の男は本気で言っている。冗談を言う顔ではない。


「ニコラス様」

「はい」

「それは求婚ですか、配属案ですか」


 青紫の瞳が一つ瞬いた。

 それから、実にこの人らしい答えが返ってくる。


「両方です」


 思わず、溜息をついた。

 笑っていいのか呆れていいのかわからない。


 ニコラスはさらに紙を一枚、こちらへ差し出した。そこには几帳面な筆跡で、婚姻後の取り決めが簡潔に記されている。


「婚姻後も、あなたは王太子妃付きの職務を継続できます。住居は王宮との往復に支障のない場所へ。バルトーネ家との行き来や援助に制限は設けません。社交は負担のないように調整します。日常の采配はあなたへ委ねますが、必要があれば私も担います。仕事を続ける前提で生活を組みますので、急な引退を求めることもありません」


 目で条件を追えば追うほど、抜けがない。

 抜けがないどころか、こちらが言い出しそうなことは先回りしてほとんど書かれていた。


 ステラは紙面から顔を上げた。


「……本当に、準備だけは万全ですね」

「はい」

「嬉しいとか、困るとか、その前に感心してしまうのですが」

「それはよかったです」


 たぶん褒めてはいない。

 しかし、ニコラスは気にした様子もなかった。


 机上の紙へ向けられていた手が、そこでほんの少し止まる。


「ここまでは条件です」

「はい」

「ここからは私情になります」


 空気が変わった、と言うにはささやかだった。だが、言葉の重みは明らかに違った。


 そして彼は、いつもの呼び方を変える。


「ステラ」


 その響きだけで、背筋が微かに伸びる。

 ニコラス自身も、それを意識しているのだろう。いつもよりゆっくりと話を続けた。


「王太子夫妻のお二人を見ていて、見守る側で終わるのも惜しいと思いました」

「……」

「長い人生で一度くらい、結婚してみるのも悪くないと考えました」


 そこで一度区切り、まっすぐこちらを見る。


「相手があなたなら、ですが」


 ステラは返事をしなかった。

 できなかった、の方が近い。


 条件に合う、ではない。必要だから、でもない。

 その上でなお、あなたならと彼は言った。


「価値観も、生活の組み方も、仕事の呼吸も合うと思っています。あなたは私の説明不足に不満そうな顔をしながら、要点は外さない」

「それは褒めてくださっているんでしょうか」

「とても」

「そうですか」


 少しだけ、頬が熱い。

 こんな言い方で褒められて嬉しいのも、どうかと思う。けれど、嬉しいものは仕方がなかった。


 ニコラスは一度目を閉じてから、再びステラを見据えた。


「それに」

「はい」

「あなたが他家の名で呼ばれるのを、好ましく思えませんでした」


 今度こそ、言葉に詰まる。

 それは、この人にしては十分すぎるほど私情だった。


 ステラは黙ったまま、条件を綴った紙を持つ自分の指先を見つめた。見た目ほど落ち着いていないことは、自分だけが知っている。


 しかし、ここでそのまま受けるわけにはいかない。

 この人が条件を整えてきたなら、自分もまた、きちんと選ばなければならない。


「ニコラス様」

「はい」

「確認してもよろしいですか」

「もちろんです」


 ニコラスは即答した。

 ステラは紙を机へ戻した。


「私が王太子妃付きでなくなっても、同じ申し出をなさいますか」

「します」

「サルヴィ家に入っても、私は便利に働くための妻にはなりません」

「承知しています」

「王太子夫妻お二人の近くに置くためだけなら、お断りします」


 間髪を容れず、ニコラスは答えた。


「あなた自身を望んでいます、ステラ」


 端的だった。

 しかし、端的だからこそ、かえって逃げ道をなくした。


「役目が変わっても、条件は変えません。あなたが仕事を手放したくない人であることも含めて、私は申し出ています」


 そこまで自分を理解されてしまえば、もう十分だった。


 ステラは息をつき、机上の条件書へもう一度目を通す。無理はない。不利もない。むしろ、ここまで整えてくる相手は他にいない。


 何より、この人は本気で自分との暮らしを考えたのだ。

 その手順があまりにも実務的だっただけで。


「……条件は悪くありません」

「ありがとうございます」


 ニコラスが礼を述べるので、ステラはわずかに眉を寄せてみた。


「まだ受けるとは言っていません」

「失礼いたしました」


 すぐに引くところまで律儀で、少しだけおかしい。

 ステラは口の端を緩めた。


「でも、あなたとなら話が早そうです」

「それは利点ですね」

「ええ。たぶん、退屈もしません」


 紫がかった瞳が優しい色を帯びる。

 その変化を見たとき、ステラは自分がもう答えを決めていることに気づいた。


「お受けします」


 言葉にすると、不思議なくらい心が決まった。


「あのお二人だけを見守って終わるつもりは、私もありませんから」


 ニコラスは黙ってこちらを見ていた。


「……ありがとうございます」


 珍しく、言い方がたどたどしい。


「そういうところは、普通なんですね」

「今のは、普通で構わないでしょう」


 その返事に、ステラはとうとう声を上げて笑った。

 するとニコラスは、さっと机上の別紙を取り上げる。


「では、バルトーネ家への正式な打診は本日中に。王宮側への説明は私が受け持ちます。住居と人員配置については――」

「待ってください」

「はい」

「今、受けたばかりなのですが」

「だから急ぐのです。あなたの気が変わらないうちに」


 真顔でそう言われると、もう笑うしかない。


「本当に抜かりがありませんね」

「抜かりなく整えたつもりです。足りない点があれば指摘を」

「そのときは遠慮なく申し上げます」

「助かります」


 話は完全に前へ進み始めている。

 けれど不思議と、それが嫌ではなかった。


 ステラが立ち上がると、ニコラスも席を立ち、扉まで見送った。こういう態度までそつがない。

 扉に手をかけたところで、後ろから呼ばれる。


「ステラ」


 振り返ると、ニコラスがいつもより少し硬い顔をしていた。

 さっきと同じ呼び方なのに、ステラはもう驚かなかった。


「よろしくお願いします」


 その言葉は、契約の確認のようでもあり、人生の始まりみたいでもあった。

 ステラは扉の前で姿勢を正し、微笑みを浮かべる。


「こちらこそ。よろしくお願いいたします、ニコラス様」


 執務室を出たあとも、呼ばれた名が耳に残っていた。


 恋というには実務的すぎる始まりかもしれない。

 それでも、条件をここまで整えたうえで、最後にきちんと自分を望むと言われたのだ。


 悪くない。

 むしろ、かなりいい。


 廊下を歩きながら、ステラは小さく笑った。

 恋の見守り隊にも、ちゃんと続きがあるらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ