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追放された盲目の第一王子に仕える子爵令嬢ですが、手を引かず一歩先を示していたら、甘く執着されて求婚されました  作者: チャーコ
本編

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87 証拠提出

 日が傾く頃、離宮の応接室は沈黙に包まれていた。


 ロゼッタはもう顔色を戻していたが、医師からは長く歩かないよう言われている。小卓のそばへ腰かけたまま、新しく淹れ直された茶にも、ほとんど手をつけていなかった。


 向かいにはルチアーノが座っている。海色の瞳は穏やかに見えて、その実、扉が開くたびに室内の空気が微かに張りつめた。


 控えめなノックのあと、いったん下がっていたニコラスが、ジャミルを伴って戻ってきた。


「確認が取れました」


 ニコラスはそう告げて、卓上へ書類と押収物の控えを並べた。


 黒石の残滓の写し。王妃イリナの私室への出入り記録。ロゼッタの名が記された封書の控え。北方から王都へ流れ込んでいた闇魔法素材の報告書。


 ロゼッタは、その封書へ視線を移す。


「王妃殿下の私室にあった小箱から見つかりました。身辺調査の過程で集められたものと見て差し支えないでしょう」


 ニコラスの声音は抑えられていたが、その分だけ硬さが浮き彫りになっていた。

 続けてジャミルが口を開く。


「私室まわりの出入りも洗いました。表向きは装身具の納品と修繕品の持ち込みです。ですが、追えば闇素材の裏流通と接点がある。今回使われた黒石も、北方から細く入っていたものと同系統でした」

「王妃殿下本人は」


 ルチアーノの問いに、ジャミルは淡々と答えた。


「意識は明瞭です。ただ、立とうとしても足が揃わず、腕を上げても狙った軌道へ乗らない。術式も途中で崩れる。使った術が術者へ返ったのでしょう。焼き戻りと見てよいかと」

「……そうですか」


 ロゼッタは相槌を打つだけに留めた。


 胸がすくような気持ちは、少しもない。

 けれど、だからといって曖昧にしてよいとも思わなかった。ここで止めなければ、また誰かが他人の人生を外から書き換えようとする。


 ニコラスは一枚ずつ紙を揃えながら、順を追って話し始めた。


「本日の襲撃については、王妃殿下が術者であったと見て、まず間違いありません。ですが、この一件のみを切り離せば、突発の凶行として処理される恐れがございます」

「それでは足りぬな」


 低く返したのはルチアーノだった。ニコラスは首肯する。


「はい。起点は祝宴の夜です。あの夜、第一王子殿下へ使われた闇魔法。その準備と、術者死亡後の隠蔽。今回押さえた流通線は、そこへ遡れます」

「……繋がったのですね」


 ロゼッタの問いに、今度はジャミルがはっきり答えた。


「はい。祝宴の夜の直前にも、同じ名義が使われていました。金の流れも、素材の入り方も一致します。術者本人は死んだ。だが、素材を用意し、王宮へ通し、死で線を切らせた手は別にあります」


 ジャミルは一枚の控えを指先で示した。


「祝宴の夜のあとに動いた金も拾えました。処理費と口止めを兼ねたのでしょう。出所は、今回押さえた流通線と同じです」


 祝宴の夜は、やはり術者一人が死んで終わる話ではなかった。あとに続く一連の悪意も、同じ線の上にあった。


 ニコラスがジャミルの報告を受け、論点をまとめていく。


「従って、王妃殿下の首謀として立てるべき線は四つです。第一王子殿下への祝宴時闇魔法行使、闇魔法素材の継続流通、ロゼッタ嬢への背後調査、そして今回の襲撃」

「リカルドは」


 ルチアーノが低く問う。


「別の線で考えます」


 ニコラスの答えに、ロゼッタは顔を上げた。


「誘拐事件は、王妃殿下の首謀と断ずるには足りません。ですが、同時期に第一王子殿下とロゼッタ嬢を分断しようとした事実として、文書から外すべきでもない。別件として併記し、裁定も分けるのが妥当かと」

「……それでいい」


 ルチアーノの指先が卓の縁を静かに押さえた。


「あの夜も今回も、場当たりの犯行として並べるな」

「承知しております」


 ニコラスは迷いなく答える。


「提出文書は、祝宴の夜から起こします。そこへ王妃殿下の四件を主線としてまとめ、リカルド殿下の誘拐事件と王族通路の悪用は別紙で添えます」

「お願いします」


 ロゼッタが言うと、ニコラスは一礼した。


「では、夜のうちにまとめます」


 ◇ ◇ ◇


 その夜、離宮の執務室の灯りは遅くまで消えなかった。


 ロゼッタの証言を起点に、積み上がった紙束の前で、ルチアーノは自ら文書へ目を通していた。見えるようになったばかりの目には、まだ長く追う負担がある。それでも今日は、人に読ませるだけで済ませる気にはなれなかった。


 自分の視力を奪ったあの夜に、今度こそ自分の手で名を与えるべきだとわかっていたからだ。


 ロゼッタは斜め向かいに座り、紙の順を差し替えていた。以前のように読み上げて支えるのではない。今は、ルチアーノが自分の目で追い、ロゼッタが抜けを拾い、筋道を通す。


「その証言は、地下通路の記録のあとへ置いた方が伝わりやすいと思います」


 ロゼッタが、判断を妨げないよう静かに口を開く。


「なぜだ」

「先に通路の利用が見えた方が、誘拐事件の独自性と、私を離宮から引き剥がそうとした意図が分けて伝わるので」


 ルチアーノは少し考え込み、それから文書を並べ替えた。


「……そうだな」


 別の紙へ視線を落としたまま、ニコラスが補足する。


「ロゼッタ嬢の証言では、皇女位の胸章、殿下の守護、虹色魔石に加え、動かないと決めたご本人の判断も記します。あの場で判断の主体を失っていなかったことが重要です」

「はい」


 ロゼッタは躊躇いなく応じた。


 筆音だけがしばらく室内を満たす。

 やがて、ルチアーノの手がふと止まった。ロゼッタは黙って茶器を寄せる。


「少しだけ、お休みください」

「まだ読める」

「ええ。でも、最後まで判断を鈍らせないために、今は一口だけ」


 ルチアーノは言葉に詰まってから、小さく息をついた。


「……最近、あなたは遠慮がないな」

「必要なときだけです」


 その短いやり取りに、張り詰めた空気がほんの少し緩む。

 ニコラスは別紙へ目を向けたまま言った。


「第一項目の証言文言ですが、殿下のお考えをそのまま残した方がよろしいかと」

「それならば、こう書け」


 ルチアーノは紙から目を離さなかった。


「視力を奪われた、では足りない。王太子の位置から外すための術だった」


 そこで、言葉に硬さが増した。


「偶発ではなく、準備された政治的攻撃であったと、私の証言として残せ」


 ロゼッタはそれを聞きながら、指先に力を込めた。

 祝宴の夜から、ずっと名を持たないまま残っていた痛みへ、今ようやく言葉が与えられていく。


 ニコラスの筆先は止まらない。ジャミルもまた、流通線の補足を書き足していく。


「祝宴の夜の金は、前金、素材の受け渡し、術者死亡後の処理費まで同じ出所で拾えます。王宮内の便宜供与も含め、術者一人の独断ではありません」

「添付で十分通るか」

「はい。言い逃れの余地はかなり狭まります」


 そのあとも文書は次第に輪郭を帯びていった。


 祝宴の夜の闇魔法。

 闇魔法素材の流通。

 ロゼッタへの背後調査。

 離宮回廊での襲撃。

 そして別紙として、リカルドによる誘拐事件と王族通路の悪用。


 最後の紙が重なり、ニコラスが全体を見渡す。


「これで、王としての責任は迫れます」

「だが、それだけでは足りない様子だな」


 ルチアーノの言葉に、ニコラスはゆっくり顔を上げた。


「文書だけでも、逃げ道はかなり狭まります。ですが、陛下は未だ前王妃殿下の喪失から抜け出せておりません」

「……まだ一つ要る、ということか」


 そのとき、ニコラスの脳裏を白金の笛がよぎった。


 アウレア笛。

 前王妃ソフィアの形見。

 そして、王族かその伴侶へ、ときに過去の断片を見せるもの。


「提案がございます」


 ルチアーノが即座に反応する。


「何だ」

「ロゼッタ嬢のお手元にある、前王妃殿下のアウレア笛も、明朝あわせて陛下へお届けしたく存じます」

「笛を?」


 ロゼッタが目を瞬いた。


 ルチアーノもすぐには返事ができなかった。

 あの笛を聞いた夜、見えないはずの暗がりの向こうで、何かが確かに胸を掠めた。母の面影に似た光と、説明のつかない気配。あの断片を、彼は誰にも話していない。


「……理由を聞いてもいいか」

「今ここで申し上げるより、陛下の前へ置くべきものだと考えております。文書で届くところと、そうでないところがございますので」

「それだけで十分です」


 先に了承したのはロゼッタだった。


「部屋にあります。箱ごとこちらへ運ばせます」

「……わかった」


 ルチアーノも同意する。


「母上の形見を、この件から外すべきではない気はしていた」

「承知いたしました」


 ニコラスが封緘(ふうかん)の準備に取りかかる。

 やがて文書は閉じられ、ロゼッタは部屋から運ばれた箱の留め具を確かめた。


 ◇ ◇ ◇


 翌朝、王城の執務区画はまだ薄い光に包まれていた。

 ニコラスは封緘済みの文書束と、革張りの重厚な箱を携えて王の執務室へ通される。


「陛下がお待ちです」


 重い扉が開いた。

 ニコラスはまず文書束を卓上へ置く。


「昨夜の件を含め、王妃殿下および第二王子殿下に関する一連の証拠をお持ちしました」

「……あとで確認する」


 ヴィットーリオの声は低かった。

 ニコラスは続けて、もうひとつを卓上へ載せる。


「なお、こちらもご覧いただく必要がございます」

「何だ」

「前王妃殿下の形見にございます」


 革張りの笛の箱を見た瞬間、王の表情が一瞬止まった。


 文書で逃げ道は削られる。

 それでもなお残るものを断つために、ニコラスはもう一手をここへ運んでいた。


「どうか、お目を逸らさずに」

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