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7.角砂糖失踪事件②

 


 窓から差し込む陽射しがテーブルを照らし、コーヒーの香りが店内に漂う。


 落ち着いた時間。


 本来なら。

 だが今の私には違った。


 私は店内を見渡す。


 客。

 常連客。


 いや、訂正する。

 容疑者たち。


 六人。


 犯人はこの中にいる。


 たぶん。

 おそらく。

 きっと。

 ……いるはずだ。


 私はメモ帳を開いた。


 ボールペンを構える。


 その様子を見ていた恒一が顔をしかめる。


「その顔やめろ」


「どの顔ですか?」


「事件だと思ってる顔」


「事件です」


「砂糖だぞ」


 私は答えない。


 店内を見る。


 窓際の教授。

 ノートを広げて何かを書いている。


 隣には新聞を読んでいる老人。

 その奥には主婦。


 サラリーマン。

 大学生。


 全員怪しい。

 視線に気付いたのか、教授が顔を上げた。


「何かね?」


 私は歩み寄る。


「聞き込みです」


 教授は少し嬉しそうな顔をした。


「なるほど」


 なるほどじゃない。

 だが協力的なのは助かる。


 私はメモを取る準備をする。


「何か心当たりはありませんか?」


 教授は顎に手を当てる。


 少し考えた。

 そして優雅に答える。


「私は三つだ」


「三つ」


 私は即座に記録した。


【教授 角砂糖三個】


「毎回ですか?」


 私は確認する。

 教授は頷いた。


「例外は認めない」


「コーヒーと砂糖の比率には哲学がある」


 ペンが止まる。


「哲学ですか?」


「そうだ」


 教授は真面目な顔。


「甘すぎれば豆への冒涜」


「苦すぎれば人生への敗北」


「なるほど」


「三個が黄金比だ」


 私は書き足す。


【教授 三個(哲学)】


 教授は満足そうに頷く。


「証言ありがとうございます」


「だが」


 教授は隣を指差した。


「隣の爺さんは六個入れていた」


 私は勢いよく振り向いた。


 老人。

 容疑者。


 老人は新聞を下ろす。


「儂は五個だ」


 教授が眉をひそめる。


「昨日は六個だった」


 老人も負けない。


「昨日は苦かった」


「今日は?」


「今日は五個だ」


「なるほど…」


 私は書く。

【老人 本日五個】


 老人は満足そうにコーヒーを飲んだ。



 次。


 主婦。


「私は四つかなぁ」


「ミルクも?」


「入れる」


【主婦 ミルク有 砂糖四個】


 次。


 大学生。

 同年代くらい。


 私の六法全書を見る。


 二度見した。


 気にしない。


「砂糖は?」


「いや、カフェオレだから」


「つまり入れていない」


「入れてない」


【大学生 無実の可能性高】


 恒一が遠くで吹き出した。


 私は気付かないふりをする。


 続いてサラリーマン。


「二つです」


「毎回ですか?」


「毎回です」


「本当に?」


「本当にです」


 少し困った顔をしていた。


 私はメモを取る。


【サラリーマン 二個】


 聞き込み終了。


 テーブルへ戻る。


 恒一は既にコーヒーを半分飲み終えていた。


「どうだった」


「進展しました」


「そうか」


 絶対にそう思っていない顔だった。


 私はメモ帳を広げる。


 教授 三個(哲学)。

 老人 本日五個。

 主婦 四個。

 サラリーマン 二個。

 大学生 無実。

 無糖派のおじさん。


 そして店主。


「見せてみろ」


 おじさんが手を伸ばす。


「だめです」


「なんでだ」


「捜査資料です」


「砂糖だぞ」


 私は少し考えた。


 見せる。

 おじさんは数秒眺める。


「大学生だけ無実なのなんだ」


「カフェオレです」


「雑だな」


 さらに視線が止まる。

【教授 三個(哲学)】


「これ何だ」


「重要証言です」


「重要じゃねぇ」


 メモを返してもらう。 

 情報は集まった。


 しかし。


「うーん……」


 私は唸った。

 分からない。

 何も。


 店主がカウンターから身を乗り出す。


「どうだい?」


「分かりません」


「そうか」


「ただ」


 私は顔を上げる。

 店内を見る。


 みんなこちらを見ていた。


 教授。

 老人。

 主婦。

 大学生。

 サラリーマン。


 なぜか全員見ている。


 そしてどこか温かい目だった。

 まるで文化祭の出し物でも見ているみたいな顔。


 私は気にしない。


「ただ」


 もう一度言う。


「一つだけ確かなことがあります」


「なんだ?」


 店主が聞く。


 私は静かに立ち上がった。


 メモ帳を閉じる。

 全員を見る。

 そして宣言した。


「犯人は甘いものが好きです」


 沈黙。

 数秒。


 教授が頷いた。


「なるほど」


 老人も頷いた。


「なるほど」


 主婦まで頷く。


「なるほどねぇ」


 大学生は笑いを堪えている。


 サラリーマンは視線を逸らした。


 店主は肩を震わせていた。


 恒一は額を押さえる。


 深い深いため息。


 私は真面目だった。


「さらに」


 全員が待つ。


「コーヒーを飲む習慣があります」



「ここは喫茶店だぞ……」


 誰も反論しなかった。

 だが誰も納得もしていなかった。


 少なくとも。

 私以外は。

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