↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
測量士と転移者  作者: ごま


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
99/120

七百二十七回目

 俺は、床の刻みの前に立った。


 息を吸う。


 ――七百二十七回目だ。


 二十年、意味を知らずに唱えてきた。


 二年、意味を追いかけてきた。


 今は、三分の二を知っている。


    ◇


 サルの繋ぎ目へ、帰る。


 ――帰る。


 二十年、俺は毎朝これを唱えてから遺跡に降りた。


 降りる前に「帰る」と言っていた。


 言葉の意味を知らずに、正しいことを言っていた。


    ◇


 俺は、唱えた。


 ――シャルカディ・オム・ネイア。


 床の刻みが、光った。


 同心円が、内側から順に。


 三本の線が、六方へ走る。


 四つの弧が、順に明るくなった。


    ◇


 一つ目。


 二つ目。


 三つ目。


 四つ目――


 光らなかった。


 三つが光って、四つ目だけが暗いままだった。


    ◇


「マリ」


「――ひとつ、つかない」


「そうだ」


 俺は言った。


「三つは応えた。……四つ目が、応えない」


 俺は、その四つ目に手を当てた。


 冷たいままだ。


    ◇


 俺は、そこで考えた。


 ――なぜ、四つ目だけが。


 寸法が四分の三。温度が違う。光らない。


 三つとも、同じことを言っている。


 この門は、機能していない。


    ◇


「マリ」


「うん」


「――これは、壊れてるんじゃない」


「じゃあ、なに」


「閉めてある」


 俺は言った。


「二年二月前に、カランで見た壁と同じだ。……あれも、内側から塞いであった」


    ◇


 その時、光が動いた。


 三つの弧の光が、床を伝って四つ目へ流れた。


 流れて、四つ目の手前で止まった。


 止まって、消えた。


 ――届かない。


 三つの門から、四つ目へ何かを送ろうとして、届いていない。


    ◇


「――足りてない」


 俺は言った。


「三つぶんじゃ、四つ目を開けられない」


「よっつ、いる?」


「そう見える」


 俺は言った。


「だが、四つ目を開けるのに四つ目が要るなら、永久に開かん」


    ◇


 俺は、そこで止まった。


 ――違う。


 順が逆だ。


 俺は、床の光をもう一度見た。


 三つの弧が光っている。


 その光は、外から来ている。


    ◇


「マリ。この三つは、どこから光ってる」


「――そとから」


「そうだ」


 俺は言った。


「この部屋の外だ。……三つの門が、それぞれ別の場所にある」


「どこ」


「一つは、カラン村だ」


    ◇


 俺は、指を折った。


「二年二月前に、俺が開けた。……あれが一つ」


「もうひとつは」


「柱の下だ」


 俺は言った。


「二年二月前、あれが自分で開けた。……あれが二つ目」


「みっつめは」


「――今日だ」


    ◇


「きょう」


「浅い家の蓋だ」


 俺は言った。


「俺が今夜、ここへ来るのに開けた。……あれが三つ目だ」


 俺は、床を見た。


「三つとも、俺が関わってる」


    ◇


 マリが、少し黙った。


「ハルト」


「なんだ」


「じゃあ、よっつめも」


「――俺が開けることになる」


 俺は言った。


「たぶんな」


    ◇


 俺は、その四つ目に手を当てたまま考えた。


 開け方が分からない。


 句は使った。今日はもう使えない。


 ――日に一度。


 三百年前の門番が書き残した規則だ。


 二年二月、俺は一度も破っていない。


    ◇


 俺は、野帳を開いた。


 今日の欄に、線を引く。


 一。


 それだけだ。


 破れば、何が減るか分からない。


 守れば、今夜は開かない。


    ◇


 その時、上から二度目の音が来た。


 さっきより重い。


 水が、大きく波打った。


 天井から、細かい砂が落ちてきた。


 ――量を増やした。


    ◇


 俺は、天井を見上げた。


 砂は、まだ落ちている。


 石は落ちていない。


 だが、次はどうか分からない。


「マリ」


「うん」


「――時間がない」


    ◇


 俺は、そこで初めて迷った。


 規則を破るかどうか。


 二年二月、俺は一度も破らなかった。


 守ったから、千二百語を渡せた。


 破れば、その全部が無になるかもしれない。


    ◇


「マリ」


「なに」


「――どう思う」


 彼女は、少し考えた。


 いつも通り、一度上を見た。


「ハルト」


「なんだ」


「きく、ひとが、ちがう」


    ◇


「――どういう意味だ」


「そのきまり、だれが、つくった」


「三百年前の門番だ」


「その、ひとに、きけないでしょ」


 彼女は言った。


「でも、オルソには、きける」


    ◇


 俺は、手を止めた。


 ――そうだ。


 規則を作ったのは、三百年前の人間だ。


 だが、規則が守っているのは、オルソの側の何かだ。


 なら、訊く相手はオルソだ。


    ◇


「マリ。だが、訊くのに句が要る」


「いらない」


 彼女は言った。


「かず、つかえば、いい」


 彼女は、床を指した。


「にねんにかげつ、そうやって、はなしてきた」


    ◇


 俺は、その通りだと思った。


 句は、扉を開けるための鍵だ。


 話すのは、数だ。


 俺は、杆の石突きで床を叩いた。


 一度。


    ◇


 それから、間を置いて、二度。


 ――一と、二。


 「今日、一度使った。二度目を使っていいか」


 伝わるかは、分からない。


 二年二月で、俺はこの相手に「訊く」形を渡してある。


    ◇


 床の光が、動いた。


 三つの弧が、順に明滅した。


 三度。


 それから、止まった。


 俺は、その並びを読んだ。


    ◇


 ――高、低、低。


 二年前、初めて聞いた形だ。


 あの時は、意味が分からなかった。


 今は、分かる。


 これは、〈マダ〉ではない。


    ◇


「マリ」


「――ハルト」


「これは」


 俺は言った。


「『違う』だ」


    ◇


「ちがう」


「そうだ」


 俺は言った。


「二年で、三十回くらい聞いた。……俺が間違った形を渡したとき、必ずこれが返る」


 俺は、床を見た。


「訊き方が、間違ってる」


    ◇


 俺は、その場に座った。


 上で火薬が鳴っている最中に、座った。


 急ぐときほど、座る。


 二十年、崩落の現場でそうしてきた。走る奴から先に埋まる。


「マリ。手を貸せ」


「なに」


「――何が間違ってるかを、二人で出す」


    ◇


 俺は、野帳を開いた。


 今、渡したのは「一と二」だ。


 意味は「一度使った。二度目はいいか」のつもりだった。


 だが、あれにそう伝わる保証はない。


「マリ。この数だけ見たら、どう読む」


「いちと、に」


「他には」


「――ふえてる」


    ◇


 俺は、その一言に手を止めた。


 ――増えている。


 一の次に二。


 それは「数が増える」という意味にも読める。


 俺は、二年で数を渡してきた。四十一。十七。四百二十六。


 全部、「これだけの数がある」という意味で渡してきた。


    ◇


「――許可を訊く形を、渡してない」


 俺は言った。


「二年、俺は数を『いくつある』としてしか使ってない」


「じゃあ」


「あれは、今の一と二を『一が二に増える』と読んだ」


 俺は言った。


「そして『違う』と返した」


    ◇


「なにが、ちがうの」


「――分からん」


 俺は言った。


「だが、一つ思い当たる」


 俺は、床の三つの光を見た。


「今日、俺は一度しか使ってない。……だが、門は三つ開いてる」


    ◇


「あ」


 マリが、声を出した。


「――そうか」


「言え」


「いち、じゃない」


 彼女は言った。


「きょう、ハルト、みっつめの、ふたを、あけた。……いえのやつ」


「それも、句を使った」


「うん」


    ◇


 俺は、野帳を見直した。


 ――二度、使っている。


 浅い家の蓋で一度。この部屋で一度。


 俺は、それを数え忘れていた。


 規則を守っているつもりで、今日はもう二度使っていた。


    ◇


「――俺が間違ってた」


 俺は言った。


「『一度使った』と言ったが、二度使ってる」


 俺は、その事実を野帳に書いた。


 書きながら、背中が冷えた。


 二年二月、俺は一度も数を間違えなかった。


 今夜、初めて間違えた。


    ◇


「マリ」


「うん」


「――疲れてるな、俺は」


「うん」


 彼女は、あっさり言った。


「よるはん、ちかい。……あさから、あるいてる」


「そうだ」


 俺は言った。


「だから、お前がいる」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。