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測量士と転移者  作者: ごま


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95/120

ここまで

 俺たちは、八百歩の地点に着いた。


 鶴嘴の音が、頭の上にある。


 真上ではない。少し右だ。


 距離、六十尺。


 ――近い。


「マリ。灯りを絞れ」


「うん」


    ◇


 俺は、天井に手を当てた。


 振動が来ている。


 規則的だ。一定の間隔で叩いている。


 俺は、その間隔を数えた。


 一息に、二回。


 ――疲れていない。


 始めたばかりだ。


    ◇


「セレン。上の壁の厚みは」


 彼女は、図面を見た。


「――描いてありません」


「なら、音で出す」


 俺は、杆の石突きで天井を叩いた。


 二度。


 返りを聞いた。


    ◇


 鈍い。


 厚い。


「――四尺以上ある」


 俺は言った。


「鶴嘴じゃ、一晩かかっても抜けん」


「では、間に合いますか」


「間に合わん」


 俺は言った。


「連中が火薬に切り替えるまでだ。……たぶん、四半刻で諦める」


    ◇


 俺は、選択肢を並べた。


 一つ。上へ回り込んで、止めに行く。


 二つ。このまま下へ降りる。


 三つ。ここで待つ。


 ――一つ目は、半刻かかる。石段まで戻って、正面から入ることになる。


 入れば、四十二人と当たる。


    ◇


「セレン」


「はい」


「俺が上へ行ったとして、何と言って止める」


「――『やめろ』では、止まりません」


「そうだ」


 俺は言った。


「相手は許可を持ってる。俺は担当だが、作業を止める権限はない」


 俺は、天井を見た。


「殴って止めるなら、四十二人だ」


    ◇


 マリが、口を開いた。


「ハルト」


「なんだ」


「とめなくても、いい、かも」


「――どういう意味だ」


「あのかべ、ぬけない、って、ハルトが、いった」


 彼女は言った。


「ぬけないなら、とめなくて、いい」


    ◇


 俺は、その言い分を検討した。


 ――抜けない。


 鶴嘴では抜けない。火薬でも、あの材は割れない。


 割れずに、周りが崩れる。


 崩れるのは――


「マリ」


「うん」


「――上だ」


    ◇


「うえ」


「そうだ」


 俺は言った。


「壁は抜けん。だが、周りの石が緩む」


 俺は、図面を指した。


「あの踊り場の上は、石段だ。石段の上は、円の広間だ。その上に、旧市街の地層が四つある」


 俺は、指を上へ動かした。


「一番上が、南区だ」


    ◇


 セレンが、息を呑んだ。


「――繋がっているのですか」


「繋がってない」


 俺は言った。


「十里離れてる。……だが、地層は続いてる」


「なら」


「同じ層の中で、一か所抜けると」


 俺は言った。


「弱いところから順に落ちる」


    ◇


「どこが弱いのですか」


「南区だ」


 俺は言った。


「二十年、俺が測ってきた。……あそこは一番浅い。地表から十八尺しかない」


 俺は、天井を見上げた。


「一番浅いところが、一番先に落ちる」


    ◇


 俺は、そこで一つ決めた。


「セレン。図面をよこせ」


「はい」


 俺は、その図面の裏に書き始めた。


 線を引く。


 斜めの道。二百尺の落差。


 その途中に、印を三つ打った。


    ◇


「何を書いておられます」


「支えだ」


 俺は言った。


「この斜めの道は、上の層を支えてる。……図面の線の太さで分かる」


 俺は、三つの印を指した。


「ここと、ここと、ここ。……この三点が生きてる限り、上は落ちん」


    ◇


「なぜ、それが分かるのですか」


「二十年、崩落を測ってきたからだ」


 俺は言った。


「崩れた後の形を見れば、どこが先に抜けたか分かる。……逆も出る」


 俺は、図面を丸めた。


「崩れる前に、どこを守れば持つかも出る」


    ◇


 俺は、立ち上がった。


「セレン。これを持って、上へ戻れ」


「――え」


「石段から出て、レイヴに渡せ」


 俺は言った。


「ダウムに届けろと言え。……三点の位置が書いてある」


    ◇


「私が、ですか」


「あんただ」


 俺は言った。


「その図面を読めるのは、この場で二人だけだ。俺と、あんただ」


 俺は、彼女を見た。


「俺は下へ行く」


    ◇


 セレンは、動かなかった。


「ハルトさん」


「なんだ」


「私は、助手として登録しました」


 彼女は言った。


「今夜は、記録官ではないと申し上げました」


「知ってる」


「なら」


「――条件をつけたはずだ」


    ◇


 彼女は、口を閉じた。


 二年二月前に俺が出した条件だ。


 俺が「上がれ」と言ったら上がる。議論しない。理由も訊かない。


「……はい」


 彼女は言った。


「上がります」


    ◇


 彼女は、図面を懐に入れた。


 入れてから、こう言った。


「一つだけ、申し上げます。理由は訊きません」


「言え」


「あなたは、私を安全な場所へ逃がしたのではありません」


 彼女は言った。


「一番大事な紙を、一番遠くへ運ばせています」


    ◇


 俺は、答えなかった。


 ――そうだ。


 この女が上がれば、図面が町へ届く。


 届けば、南区が動く。


 俺が持っていたら、下で死んだ時に一緒に消える。


「セレン」


「はい」


「――そういうことだ」


    ◇


 彼女は、頷いた。


 それから、来た道を戻り始めた。


 三歩進んで、振り返った。


「ハルトさん」


「なんだ」


「二年二月前、石段で十七人の名を読み上げました」


 彼女は言った。


「あれから、私は毎晩、四十一人の名を唱えています」


    ◇


「――五十三人になったぞ」


「五十三、覚えました」


 彼女は言った。


「六十二になったのなら、九人足します」


 彼女は、灯りを掲げた。


「名前を、増やさないでください」


    ◇


 彼女の足音が、遠ざかった。


 通路に、俺とマリが残った。


 鶴嘴の音は、まだ続いている。


「マリ」


「うん」


「――降りるぞ」


「うん」


    ◇


 俺たちは、斜めの道の入口に立った。


 図面の線が途切れていた場所だ。


 傾斜、およそ三寸勾配。歩ける。


 だが、下が見えない。


 灯りが届かない。


    ◇


 俺は、石を投げた。


 落ちた。


 音が、返ってきた。


 ――返った。


 六十二話の穴とは違う。


 あそこは、音が返らなかった。


「マリ」


「うん」


「――底がある」


 俺は言った。


「ここは、測れる」


    ◇


 俺は、投げた石の音を数え直した。


 落ちてから、返るまで。


 三つ数えた。


 ――深い。


 石が落ちる速さは決まっている。三つ数えて底に着くなら、百尺以上ある。


 図面には二百尺と書いてあった。


 合っている。


    ◇


「マリ。縄を出せ」


「うん」


「二十尺ごとに結び目を作る」


「もうつくってある」


 彼女は言った。


「にねんまえに、おしえてもらった」


 俺は、その縄を受け取った。


 結び目の間隔を、一つだけ測った。


 二十尺。狂っていない。


    ◇


「マリ」


「うん」


「――誰に教わった」


「ハルト」


「教えたか」


「おしえてない」


 彼女は言った。


「よこで、みてた」


    ◇


 俺は、その縄を腰に回した。


 斜面は三寸勾配だ。歩けるが、滑れば止まらない。


 二百尺落ちれば、まず死ぬ。


「先に俺が行く。二十尺ごとに止まる」


「うん」


「止まるたびに、声を出す」


「うん」


「声が返らなかったら、上がれ」


    ◇


 彼女は、そこで初めて返事をしなかった。


「マリ」


「――かえらない」


「返らなかったら、上がれと言った」


「かえらない」


 彼女は、もう一度言った。


「にねんにかげつまえ、わたしは『もどる』って、いった」


    ◇


「ハルトは、もどった」


 彼女は言った。


「あのとき、ハルトは、あと三十歩で、はしらに、さわれた」


「――覚えてるのか」


「かぞえてた」


 彼女は言った。


「だから、こんどは、わたしが、まつ」


    ◇


 俺は、その言い分を検討した。


 ――取引ではない。


 貸し借りでもない。


 この娘は、二年二月前に自分が言った言葉を、自分で引き受けている。


「――分かった」


 俺は言った。


「声が返らなかったら、待て。……十を五十数えるまでだ」


「ごじゅっかい」


「五十だ」


 俺は言った。


「それを過ぎたら、上がれ。……そこは譲らん」

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