裏の口
俺たちは、野原を大きく迂回した。
旧市街の家々は、無数にある。
浅いものから深いものまで、二百を超える。俺はその全部の位置を頭に入れている。
二十年、そのために歩いてきた。
◇
目当ての一つに着いたのは、半刻後だった。
浅い家だ。部屋が二つ。子どもでも一日で測れる規模。
誰も潜らない。金にならないからだ。
俺は、その二つ目の部屋の床に膝をついた。
「セレン。灯りを寝かせろ」
「はい」
◇
炎が、傾いた。
風が来ている。
「――ここです」
「そうだ」
俺は言った。
「二年二月前に見つけた。……カラン村と同じ造りだ」
俺は、床の埃を払った。
同心円と、枝分かれする線が出てきた。
◇
「これも、蓋ですか」
「蓋だ」
俺は言った。
「三尺四方。……カランと同じ寸法だ」
「開けたのですか」
「開けて、閉めた」
俺は言った。
「正確には、閉まらなかった。だから石で塞いだ」
◇
俺は、床石の縁から石を三つ外した。
二年二月前、俺が置いたものだ。
動いていない。
「――誰も来ていません」
「来てない」
俺は言った。
「連中はここを知らん。……浅い家は、掘る価値がないと思ってる」
◇
俺は、杆の石突きを同心円の中央に立てた。
そして、唱えた。
――ランカディ・オム・ネイア。
二年二月前に組み替えた形だ。
カランで使ったものと同じ。
◇
蓋が、光った。
沈んで、横へ滑る。
三尺四方の穴が開いた。
下から、風が来た。
「――行くぞ」
「うん」
◇
二十段、降りた。
通路。幅四尺五寸。天井高七尺二寸。床に線が二本。
全部、いつも通りだ。
俺は、その「いつも通り」を確かめてから進んだ。
――変わっていたら、その時点で引き返す。
二十年、それで生き延びてきた。
◇
三十歩で、突き当たった。
カランと同じだ。正面は厚い壁。
だが、こっちは違う。
横の壁が、開いている。
俺が二年二月前に抜いた穴だ。
◇
「セレン。ここから先は、俺が測った区画じゃない」
「――どういう意味ですか」
「二年、俺はこの道を使ってない」
俺は言った。
「使ったのは、正面の石段だ。……こっちは、開けただけで通ってない」
「なぜです」
「必要がなかった」
◇
俺は、穴の縁に手を当てた。
二年ぶんの埃が積もっている。
厚み、一分に満たない。
――誰も通ってない。
「マリ。灯りを前へ」
「うん」
◇
灯りが、先を照らした。
通路が続いている。
同じ幅。同じ高さ。同じ床線。
どこまで続くかは、見えない。
「セレン」
「はい」
「方角を控えろ。……歩数も」
「はい」
◇
俺たちは、進んだ。
俺が先頭。マリが灯り。セレンが最後尾で数える。
百歩。二百歩。
三百歩を過ぎたところで、俺は足を止めた。
「――音がする」
◇
三人とも、動かなかった。
遠い。
だが、規則的だ。
叩く音。
――鶴嘴だ。
二十年、聞き続けた音だ。
◇
「方角は」
セレンが訊いた。
「正面だ」
俺は言った。
「距離は――」
俺は、音の返りを数えた。
通路の壁が、音を返す。返る間隔で、おおよその距離が出る。
「五百歩前後」
◇
俺は、野帳を開いた。
ここまで三百二十歩。方角は北北東。
そこから五百歩、同じ方角。
合わせて八百二十歩。
――石段の下だ。
俺は、その位置を頭の中の図面に落とした。
◇
「セレン」
「はい」
「連中は、円の広間の一つ下にいる」
「――柱の場所ですか」
「その手前だ」
俺は言った。
「柱の広間へ降りる石段の、途中の踊り場。……あそこの壁を叩いてる」
◇
「なぜ、そんな場所を」
「近道を探してる」
俺は言った。
「石段は二百四十段だ。降りるのに半刻かかる。……荷を運ぶなら、三倍だ」
俺は、壁を見た。
「壁を抜けば、まっすぐ落とせる」
◇
「抜けますか」
「抜けん」
俺は言った。
「あそこの壁は、目地一分未満だ。鶴嘴じゃ三分も入らん」
「では、火薬を」
「使うだろうな」
俺は言った。
「試しに、少量から」
◇
俺は、その先を計算した。
踊り場の壁に火薬を当てれば、割れずに周りが崩れる。
崩れるのは、その上だ。
石段が落ちる。
――逃げ道がなくなる。
中にいる二十人ごと。
◇
「マリ」
「うん」
「――止めに行く」
「うん」
「危ないぞ」
「しってる」
彼女は言った。
「にねんにかげつ、ハルトのそばに、いた」
◇
俺は、進む前にもう一つ確かめた。
この通路が、本当に石段の下に繋がっているのか。
図面の上ではそうなる。
だが、俺はここを歩いたことがない。
「セレン」
「はい」
「――外れてたら、俺の見立てが間違ってる」
「それは、ありますか」
「二十年で、三度ある」
◇
「三度」
「三度だ」
俺は言った。
「三度とも、人が待っていた場所に出られなかった」
俺は、通路の先を見た。
「今日が四度目なら、間に合わん」
◇
セレンが、書付を出した。
いや、書付ではない。
紙が一枚だけだ。
「ハルトさん」
「なんだ」
「これを」
◇
俺は、その紙を受け取った。
図面だった。
サルカド遺跡の、俺が知らない区画が描いてある。
「――どこで手に入れた」
「星導省の記録室です」
彼女は言った。
「二年二月前、出てくるときに持ち出しました」
◇
「なぜ、今まで出さなかった」
「読めなかったからです」
彼女は言った。
「三百年前の図面です。基準線がありません。……縮尺も分かりませんでした」
彼女は、俺を見た。
「今は、読めます」
◇
「なぜ読めるようになった」
「あなたの図面を、二年見ていたからです」
彼女は言った。
「ギルドの記録室にあります。百年分と、あなたの二十年分」
彼女は、少し笑った。
「毎晩、比べていました」
◇
俺は、その紙を灯りに近づけた。
三百年前の線だ。
基準線はない。だが、通路の幅が四尺五寸で描いてある。
俺は、それを物差しにした。
――読める。
◇
図面には、いま俺たちが立っている通路が描いてあった。
そして、その先が。
「――繋がってる」
俺は言った。
「石段の下じゃない。……もっと下だ」
◇
俺は、その図面を床に広げた。
三人で覗き込んだ。
いま歩いている通路が、北北東へ伸びている。
八百歩ほどで、石段の下を横切る。
そこで終わりではなかった。
◇
通路は、その先で下へ折れている。
斜めだ。階段ではない。
傾斜のついた道が、まっすぐ下へ落ちている。
「セレン。この角度は」
「――印がありません」
「なら、長さで出す」
俺は、図面の上で二点を測った。
◇
「水平で、六百歩」
俺は言った。
「その間に、深さが――」
俺は、図面の縦の目盛りを読んだ。
「二百尺、落ちてる」
「二百尺」
セレンが、繰り返した。
◇
「柱の広間より深いのですか」
「深い」
俺は言った。
「柱の広間は、地表から百二十尺だ。……ここは二百尺だ」
俺は、その差を頭に入れた。
八十尺、下だ。
◇
「そこに、何があります」
「描いてない」
俺は言った。
「線が途切れてる。……図面を引いた人間も、そこまでしか行ってない」
「途切れた場所に、何か書いてありませんか」
「――ある」
◇
俺は、その字を灯りに近づけた。
二年、セレンに教わった文字だ。
俺も、少しは読める。
三文字だった。
「セレン」
「はい」
「これは」
◇
彼女は、覗き込んだ。
そして、動きを止めた。
「――『ここまで』です」
「それだけか」
「それだけです」
彼女は言った。
「『ここまで』。……三百年前の測量士が、そう書いています」




