五十三人
旧市街に着いたのは、夜半の六刻前だった。
野原に、灯りが並んでいた。
数えた。
三十四。
人の数ではない。灯りの数だ。一人一つとは限らない。
◇
俺は、丘の陰から見ていた。
サルカド遺跡の入口の前に、天幕が三つ張ってある。
荷馬車が六台。
人が動いている。荷を運び、縄を張り、杭を打っている。
――手際がいい。
素人ではない。坑を掘る人間の動き方だ。
◇
「セレン」
「はい」
「あの天幕の位置を見ろ」
彼女は、目を細めた。
「――入口の正面ではありません」
「そうだ」
俺は言った。
「風上に張ってある。……煙が入口に流れないようにしてる」
「なぜです」
「火薬を使うからだ」
◇
マリが、荷を下ろした。
「ハルト。かぞえた」
「言え」
「ひと、よんじゅうに」
彼女は言った。
「たんまくの、なかは、みえない。……そとに、よんじゅうに」
「五十三のうち四十二か」
「うん」
◇
俺は、その差を考えた。
十一人が、どこかにいる。
天幕の中にいるのか、もう中に入っているのか。
あるいは――
「セレン」
「はい」
「カラン村に回った二十二人は、まだ生きてるか」
「――分かりません」
彼女は言った。
「二年前の編成の話です。……今は五十三人です」
◇
俺は、荷から野帳を出した。
二年二月前に書いた頁を開く。
〈先遣隊四十一名〉
その下に、六か月前の頁。
〈五十三名〉
今日の欄に、俺は書いた。
〈現地確認四十二名。残十一名、所在不明〉
◇
俺は、その紙を見ながら考えた。
所在不明の十一人は、二通りだ。
中にいるか、別の場所にいるか。
中にいるなら、もう始まっている。
別の場所なら――カラン村だ。
「ハルマ」
俺は、いない男の名を呼んだ。
呼んでから、いないことを思い出した。
◇
その時、丘の下で誰かが立ち上がった。
こちらを見ている。
距離、百二十歩。
暗い。顔は見えない。
だが、立ち方で分かった。
――レイヴだ。
◇
あの男は、こちらへ歩いてきた。
一人だ。
武器を持っていない。両手を空にして、見えるように上げている。
二十歩まで来て、止まった。
「ハルトさん」
「――五日前の書状は、どうした」
「出せませんでした」
◇
「なぜだ」
「外されたからです」
彼は言った。
「先月、当主に呼ばれました。『あなたはもう来なくていい』と」
「――ばれたか」
「たぶん、最初からです」
彼は言った。
「二年、泳がされていました。……記録官と同じです」
◇
俺は、その言い方を聞いた。
――使えるものは、壊さずに使う。
二年二月前、俺がこの男について出した見立てと同じだ。
「レイヴ」
「はい」
「外されたのに、なぜここにいる」
「甥がいます」
◇
俺は、動きを止めた。
「――中にか」
「いえ」
彼は言った。
「カラン村です。二十二人のほうに入っています」
「まだ十六か」
「十八になりました」
彼は言った。
「二年経ちましたから」
◇
俺は、その二年を考えた。
十六の荷運びが、十八になった。
二年で、あの子は何を教わったのか。
「レイヴ」
「はい」
「カランの二十二人は、いつ入る」
「今夜の、夜半の四刻前です」
彼は言った。
「こちらと同時です」
◇
俺は、空を見た。
〈環〉が真上を過ぎている。
夜半の四刻前まで、あと二刻半。
「セレン」
「はい」
「カラン村までは」
「――荷馬で二日です」
「間に合わん」
俺は言った。
「今から走っても、明日の夜だ」
◇
レイヴが、口を開いた。
「ハルトさん」
「なんだ」
「一つ、お伝えしておきます」
彼は言った。
「カラン側の二十二人は、掘りません」
◇
「――掘らない」
「はい」
彼は言った。
「私が編成に関わっていた頃の計画では、掘ることになっていました。……変わりました」
「何に」
「待機です」
彼は言った。
「こちらが開けたら、向こうから合流する。……開かなければ、何もせずに引き上げる」
◇
俺は、その意味を組んだ。
――カランは、掘らない。
なら、村は落ちない。
少なくとも、今夜は。
俺は、息を吐いた。
自分が息を止めていたことに、そこで気づいた。
◇
「レイヴ」
「はい」
「――なぜ、それを俺に言う」
「あなたが走り出すと思ったからです」
彼は言った。
「カラン村へ。……間に合わないと分かっていても」
「――行かん」
「行きます」
彼は言った。
「二年前、あなたは村の井戸を三つとも測りました。理由を訊かれて、答えられる範囲で答えました」
◇
「そういう人は、走ります」
彼は言った。
「走って、間に合わなくて、ここが手薄になります」
俺は、その男を見た。
「――止めに来たのか」
「はい」
彼は言った。
「今夜、私にできることは、それくらいです」
◇
俺は、しばらく黙っていた。
それから、訊いた。
「レイヴ。あんたは今夜、どうする」
「ここにいます」
彼は言った。
「入口の外に。……甥が出てきたら、連れて帰ります」
「出てこなかったら」
「待ちます」
◇
俺は、この男の待ち方を知っている。
二年二月前、十日間、石段の外に立っていた男だ。
「レイヴ」
「はい」
「――一つ頼む」
「どうぞ」
「もし南区が揺れたら、走れ」
俺は言った。
「町へだ。見習いが三人いる。……あいつらだけじゃ、六百軒は回りきらん」
◇
レイヴは、少し黙った。
「甥を置いて、ですか」
「そうだ」
俺は言った。
「言い方を変える。……あんたが待つのは、甥一人だ。走れば、六百軒だ」
俺は、彼を見た。
「どっちを選ぶかは、あんたが決めろ」
◇
彼は、答えなかった。
答えないまま、頷いた。
それが答えなのか、保留なのかは、俺には分からなかった。
◇
「レイヴ」
「はい」
「もう一つ訊く」
「どうぞ」
「当主は、今夜どこにいる」
「――中です」
彼は言った。
「日暮れ前に、二十人ほどを連れて降りました」
◇
俺は、その数を野帳に書いた。
四十二、外。二十、中。
合わせて六十二だ。
五十三ではない。
「レイヴ。増えてるぞ」
「増えました」
彼は言った。
「先月、地元で人を雇いました。……荷運びです」
◇
「地元で」
「メルシアの、南区です」
彼は言った。
俺は、その一言に手を止めた。
――南区で雇った。
落ちるかもしれない場所の人間を、落とすかもしれない作業に使っている。
◇
「レイヴ」
「はい」
「その連中は、何を聞かされてる」
「『遺跡の調査の荷運び』です」
彼は言った。
「日当は五百レン。……三日で終わると」
「五百」
「はい」
◇
俺は、その額を頭に入れた。
一般の測量士の日当より高い。
荷運びで五百は、高すぎる。
――高い金は、危ない仕事につく。
この町の人間なら、それを知っている。
知っていて、受けた者が九人いる。
◇
「セレン」
「はい」
「南区の帳面を、覚えてるか」
「六百十四軒、全部」
彼女は言った。
「――名前だけですが」
「なら、下で会ったら分かるか」
「名乗ってくれれば」
彼女は言った。
「顔は、知りません」
◇
俺は、その答えでいいと思った。
――名乗らせればいい。
下で人に会ったら、名を訊く。
名簿にある名なら、雇われた町の人間だ。
ない名なら、星導省の人間だ。
それだけで、扱いが変わる。
◇
「マリ」
「うん」
「下で人に会ったら、まず名を訊け」
「なまえ」
「そうだ」
俺は言った。
「『誰だ』じゃない。『名は』と訊け」
「ちがうの」
「違う」
俺は言った。
「『誰だ』は、こっちが構えてる訊き方だ。……向こうも構える」
◇
俺は、荷を担ぎ直した。
石段は、あの天幕の向こうだ。
正面からは入れない。
「セレン」
「はい」
「別の入口を使う」
「――あるのですか」
「一つある」
俺は言った。
「二年二月前に、俺が開けた」




