集まる者
ギルドの一階に、七人いた。
ダウム。セレン。フェイラ。ハルマ。
それから、見習いが三人。
俺は、その顔を順に見た。
「――誰が呼んだ」
「俺だ」
ダウムが言った。
「文句があるなら、後で聞く」
◇
「ダウム」
「なんだ」
「今夜、何が起きるか説明したか」
「した」
彼は言った。
「南区の下が抜けるかもしれん。抜ければ六百十四軒が落ちる。……それだけ言った」
「それで、残ったのか」
「残った」
◇
俺は、見習いの三人を見た。
一番若いのが、十七だ。
一年前に入った男で、まだ浅層しか任せていない。
「お前ら」
「はい」
「今夜は、遺跡に入らせん」
「――えっ」
「南区にいろ」
俺は言った。
「地面に耳を当てて、音を聞け。……それが仕事だ」
◇
「音、ですか」
「岩が動く音だ」
俺は言った。
「聞いたことはあるか」
「――ありません」
「なら、教える」
俺は、地面を杆の石突きで叩いた。
二度。間を置いて、一度。
「これに似た音が、下から聞こえたら走れ」
◇
「走って、どうすれば」
「南区の家を叩いて回れ」
俺は言った。
「『崩れる』と言って、東へ逃がせ。……理由は説明するな。説明してる間に落ちる」
「信じてもらえますか」
「ギルドの徽章を見せろ」
俺は言った。
「二十年、俺たちはこの町で嘘の警告を出したことがない」
◇
ダウムが、口を挟んだ。
「ハルト。それは俺の名で出す」
「――あんたの名で」
「ギルド長の名だ」
彼は言った。
「見習いの言葉じゃ動かん家もある。……俺が判を押した紙を持たせる」
彼は、机に紙を置いた。
もう書いてあった。
◇
俺は、その紙を読んだ。
〈測量士ギルド告示。南区一帯、地盤崩落の恐れあり。指示があり次第、東へ退避せよ〉
日付は、今日だ。
判が、六百十四枚ぶん押してある。
「――いつ書いた」
「三日前からだ」
彼は言った。
「夜な夜な押した。腕が上がらん」
◇
俺は、その紙束を見ていた。
六百十四枚。
二年二月前、俺はこの男に「南区の帳面を見せてくれ」と言った。
あの時、この男は理由を訊かなかった。
「ダウム」
「なんだ」
「――間違ってたら、ギルドの信用が飛ぶぞ」
「飛ぶな」
彼は言った。
「四十年で二度、俺は依頼を断った。三度目に、告示を出す。……それだけの話だ」
◇
フェイラが、前に出た。
布に包んだものを持っている。
「ハルト。持ってって」
「――なんだ」
「飯」
彼女は言った。
「二日分。あんたら、いつも硬いパンばっかり食べてるでしょ」
「遺跡で火は使えん」
「使わなくていいのにした」
◇
俺は、その包みを受け取った。
重い。
「フェイラ」
「なに」
「――あんたは、今夜どこにいる」
「店」
彼女は言った。
「南区の。……逃げてきた人が座る場所が要るでしょ」
◇
俺は、その言葉を聞いた。
南区は、落ちるかもしれない場所だ。
「フェイラ」
「言わないで」
彼女は言った。
「ゼルさんの時、あたしは何もできなかった。……今度は、椅子くらい出す」
◇
ハルマが、その後ろに立っていた。
カラン村から来ている。
荷馬車で二日かかる。
「ハルマ」
「はい」
「村はどうした」
「村長に任せました」
彼は言った。
「跡地の囲いは、二重にしました。井戸も塞ぎ直しました。……村の男が八人、交代で見張ってます」
◇
「見張って、どうする」
「知らせます」
彼は言った。
「ハルトさんが、二年前に言いました。『二年後に何か起きるかもしれん』と」
彼は、俺を見た。
「あれから二年、うちの村は毎年その話をしてます。……忘れないように」
◇
俺は、その言葉に少し止まった。
――二年、覚えていた。
二年前、俺は「知らせておけば、あの男は考える」と言った。
考える時間を二年やっただけだ、と。
この男は、その二年で村を動かしていた。
◇
セレンが、最後に立った。
荷を背負っている。書付ではない。
縄と、灯りと、水だ。
「――記録官」
「今日は、記録官ではありません」
彼女は言った。
「測量助手として登録しました。二日前に」
「――ダウム」
「通した」
彼は言った。
「読める人間が一人いると、下で助かる」
◇
「セレン」
「はい」
「あんたは、下へ入ったことがない」
「二度あります」
彼女は言った。
「二年前です。あなたと、マリさんと、三人で」
「あれは、上のほうだ」
「知っています」
彼女は言った。
「今夜は、下です。……分かっています」
◇
俺は、その顔を見た。
二年二月前、この女は石段の途中で壁に手をついて震えていた。
今は、震えていない。
「――一つ条件をつける」
「どうぞ」
「俺が『上がれ』と言ったら、上がれ」
俺は言った。
「議論しない。理由も訊くな」
「――はい」
◇
俺は、七人を見回した。
二十年、俺はこの町で一人で仕事をしてきた。
誰にも訊かれず、誰にも訊かず、数字だけを見て生きてきた。
その方が楽だったからだ。
――楽だった。
だが、楽だっただけだ。
◇
「ダウム」
「なんだ」
「――金は取るか」
彼は、俺を見た。
それから、笑った。
「今日は取らん」
彼は言った。
「請求は、明日出す。……明日があったらな」
◇
出る前に、一つ残っていた。
俺は、卓の上の布包みを開いた。
狐が入っている。
二年二月、こいつは一度も動いていない。背中の模様も光っていない。
「マリ。これは置いていく」
「――なんで」
「壊れたら直せん」
俺は言った。
「下で何が起きるか分からん。……こいつは、この町で一番古いものだ」
◇
マリは、その狐を見た。
それから、首を振った。
「もっていく」
「マリ」
「ハルト」
彼女は言った。
「これ、ハルトが、なおした」
「直した」
「にじゅうねん、うごかなかったの、ハルトが、なおした」
彼女は、狐を布に包み直した。
「きょう、うごくかも、しれない」
◇
俺は、その言い分を検討した。
――根拠はない。
だが、この二年で俺は学んだ。
この娘の「かもしれない」は、当たることがある。
「――持っていけ」
「うん」
「落とすなよ」
「おとさない」
◇
戸口で、セレンが立ち止まった。
「ハルトさん」
「なんだ」
「レイヴのことです」
彼女は言った。
「今月、書状が来ませんでした」
俺は、動きを止めた。
◇
「――いつだ」
「五日前が、いつもの日でした」
彼女は言った。
「来ていません」
俺は、その意味を組んだ。
去年の秋、書状が来なかった月があった。
あの時、先遣隊の編成が変わった。
――来ないことが、合図だ。
◇
「セレン」
「はい」
「今回の合図は、何を意味する」
「分かりません」
彼女は言った。
「ですが、あの人が書状を出せない状況にある、ということです」
「出せない」
「はい」
彼女は言った。
「外されたか、動けないか、……どちらかです」
◇
外に出ると、日が落ちていた。
空が濃くなっている。
東の低い位置に、見慣れない明るい星が三つ、並び始めていた。
マリが、それを見上げていた。
「――ハルト」
「なんだ」
「みっつ」
彼女は言った。
「あのばんと、おなじ、かず」
◇
俺は、その言葉を受け取った。
二十三年前の夜。
地球の空に、明るい星が三つ増えていた。
星は一つも共通しない。
なのに、数だけが同じだ。
「マリ」
「うん」
「――行くぞ」
「うん」
◇
俺たちは、東の街道へ歩き出した。
半日と少し。旧市街まで。
背中で、町の音が続いていた。
誰かが荷車を引いている。誰かが子どもを呼んでいる。
――いつも通りだ。
いつも通りが、いつまで続くかは分からない。
◇
街道の途中で、俺は一度だけ振り返った。
メルシアの灯りが、小さく散らばっている。
南区の方角に、一か所だけ明るい場所があった。
フェイラの店だ。
いつもより灯りが多い。
――椅子を出したのだろう。
俺は、前を向いて歩き出した。




