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測量士と転移者  作者: ごま


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92/120

集まる者

 ギルドの一階に、七人いた。


 ダウム。セレン。フェイラ。ハルマ。


 それから、見習いが三人。


 俺は、その顔を順に見た。


「――誰が呼んだ」


「俺だ」


 ダウムが言った。


「文句があるなら、後で聞く」


    ◇


「ダウム」


「なんだ」


「今夜、何が起きるか説明したか」


「した」


 彼は言った。


「南区の下が抜けるかもしれん。抜ければ六百十四軒が落ちる。……それだけ言った」


「それで、残ったのか」


「残った」


    ◇


 俺は、見習いの三人を見た。


 一番若いのが、十七だ。


 一年前に入った男で、まだ浅層しか任せていない。


「お前ら」


「はい」


「今夜は、遺跡に入らせん」


「――えっ」


「南区にいろ」


 俺は言った。


「地面に耳を当てて、音を聞け。……それが仕事だ」


    ◇


「音、ですか」


「岩が動く音だ」


 俺は言った。


「聞いたことはあるか」


「――ありません」


「なら、教える」


 俺は、地面を杆の石突きで叩いた。


 二度。間を置いて、一度。


「これに似た音が、下から聞こえたら走れ」


    ◇


「走って、どうすれば」


「南区の家を叩いて回れ」


 俺は言った。


「『崩れる』と言って、東へ逃がせ。……理由は説明するな。説明してる間に落ちる」


「信じてもらえますか」


「ギルドの徽章を見せろ」


 俺は言った。


「二十年、俺たちはこの町で嘘の警告を出したことがない」


    ◇


 ダウムが、口を挟んだ。


「ハルト。それは俺の名で出す」


「――あんたの名で」


「ギルド長の名だ」


 彼は言った。


「見習いの言葉じゃ動かん家もある。……俺が判を押した紙を持たせる」


 彼は、机に紙を置いた。


 もう書いてあった。


    ◇


 俺は、その紙を読んだ。


 〈測量士ギルド告示。南区一帯、地盤崩落の恐れあり。指示があり次第、東へ退避せよ〉


 日付は、今日だ。


 判が、六百十四枚ぶん押してある。


「――いつ書いた」


「三日前からだ」


 彼は言った。


「夜な夜な押した。腕が上がらん」


    ◇


 俺は、その紙束を見ていた。


 六百十四枚。


 二年二月前、俺はこの男に「南区の帳面を見せてくれ」と言った。


 あの時、この男は理由を訊かなかった。


「ダウム」


「なんだ」


「――間違ってたら、ギルドの信用が飛ぶぞ」


「飛ぶな」


 彼は言った。


「四十年で二度、俺は依頼を断った。三度目に、告示を出す。……それだけの話だ」


    ◇


 フェイラが、前に出た。


 布に包んだものを持っている。


「ハルト。持ってって」


「――なんだ」


「飯」


 彼女は言った。


「二日分。あんたら、いつも硬いパンばっかり食べてるでしょ」


「遺跡で火は使えん」


「使わなくていいのにした」


    ◇


 俺は、その包みを受け取った。


 重い。


「フェイラ」


「なに」


「――あんたは、今夜どこにいる」


「店」


 彼女は言った。


「南区の。……逃げてきた人が座る場所が要るでしょ」


    ◇


 俺は、その言葉を聞いた。


 南区は、落ちるかもしれない場所だ。


「フェイラ」


「言わないで」


 彼女は言った。


「ゼルさんの時、あたしは何もできなかった。……今度は、椅子くらい出す」


    ◇


 ハルマが、その後ろに立っていた。


 カラン村から来ている。


 荷馬車で二日かかる。


「ハルマ」


「はい」


「村はどうした」


「村長に任せました」


 彼は言った。


「跡地の囲いは、二重にしました。井戸も塞ぎ直しました。……村の男が八人、交代で見張ってます」


    ◇


「見張って、どうする」


「知らせます」


 彼は言った。


「ハルトさんが、二年前に言いました。『二年後に何か起きるかもしれん』と」


 彼は、俺を見た。


「あれから二年、うちの村は毎年その話をしてます。……忘れないように」


    ◇


 俺は、その言葉に少し止まった。


 ――二年、覚えていた。


 二年前、俺は「知らせておけば、あの男は考える」と言った。


 考える時間を二年やっただけだ、と。


 この男は、その二年で村を動かしていた。


    ◇


 セレンが、最後に立った。


 荷を背負っている。書付ではない。


 縄と、灯りと、水だ。


「――記録官」


「今日は、記録官ではありません」


 彼女は言った。


「測量助手として登録しました。二日前に」


「――ダウム」


「通した」


 彼は言った。


「読める人間が一人いると、下で助かる」


    ◇


「セレン」


「はい」


「あんたは、下へ入ったことがない」


「二度あります」


 彼女は言った。


「二年前です。あなたと、マリさんと、三人で」


「あれは、上のほうだ」


「知っています」


 彼女は言った。


「今夜は、下です。……分かっています」


    ◇


 俺は、その顔を見た。


 二年二月前、この女は石段の途中で壁に手をついて震えていた。


 今は、震えていない。


「――一つ条件をつける」


「どうぞ」


「俺が『上がれ』と言ったら、上がれ」


 俺は言った。


「議論しない。理由も訊くな」


「――はい」


    ◇


 俺は、七人を見回した。


 二十年、俺はこの町で一人で仕事をしてきた。


 誰にも訊かれず、誰にも訊かず、数字だけを見て生きてきた。


 その方が楽だったからだ。


 ――楽だった。


 だが、楽だっただけだ。


    ◇


「ダウム」


「なんだ」


「――金は取るか」


 彼は、俺を見た。


 それから、笑った。


「今日は取らん」


 彼は言った。


「請求は、明日出す。……明日があったらな」


    ◇


 出る前に、一つ残っていた。


 俺は、卓の上の布包みを開いた。


 狐が入っている。


 二年二月、こいつは一度も動いていない。背中の模様も光っていない。


「マリ。これは置いていく」


「――なんで」


「壊れたら直せん」


 俺は言った。


「下で何が起きるか分からん。……こいつは、この町で一番古いものだ」


    ◇


 マリは、その狐を見た。


 それから、首を振った。


「もっていく」


「マリ」


「ハルト」


 彼女は言った。


「これ、ハルトが、なおした」


「直した」


「にじゅうねん、うごかなかったの、ハルトが、なおした」


 彼女は、狐を布に包み直した。


「きょう、うごくかも、しれない」


    ◇


 俺は、その言い分を検討した。


 ――根拠はない。


 だが、この二年で俺は学んだ。


 この娘の「かもしれない」は、当たることがある。


「――持っていけ」


「うん」


「落とすなよ」


「おとさない」


    ◇


 戸口で、セレンが立ち止まった。


「ハルトさん」


「なんだ」


「レイヴのことです」


 彼女は言った。


「今月、書状が来ませんでした」


 俺は、動きを止めた。


    ◇


「――いつだ」


「五日前が、いつもの日でした」


 彼女は言った。


「来ていません」


 俺は、その意味を組んだ。


 去年の秋、書状が来なかった月があった。


 あの時、先遣隊の編成が変わった。


 ――来ないことが、合図だ。


    ◇


「セレン」


「はい」


「今回の合図は、何を意味する」


「分かりません」


 彼女は言った。


「ですが、あの人が書状を出せない状況にある、ということです」


「出せない」


「はい」


 彼女は言った。


「外されたか、動けないか、……どちらかです」


    ◇


 外に出ると、日が落ちていた。


 空が濃くなっている。


 東の低い位置に、見慣れない明るい星が三つ、並び始めていた。


 マリが、それを見上げていた。


「――ハルト」


「なんだ」


「みっつ」


 彼女は言った。


「あのばんと、おなじ、かず」


    ◇


 俺は、その言葉を受け取った。


 二十三年前の夜。


 地球の空に、明るい星が三つ増えていた。


 星は一つも共通しない。


 なのに、数だけが同じだ。


「マリ」


「うん」


「――行くぞ」


「うん」


    ◇


 俺たちは、東の街道へ歩き出した。


 半日と少し。旧市街まで。


 背中で、町の音が続いていた。


 誰かが荷車を引いている。誰かが子どもを呼んでいる。


 ――いつも通りだ。


 いつも通りが、いつまで続くかは分からない。


    ◇


 街道の途中で、俺は一度だけ振り返った。


 メルシアの灯りが、小さく散らばっている。


 南区の方角に、一か所だけ明るい場所があった。


 フェイラの店だ。


 いつもより灯りが多い。


 ――椅子を出したのだろう。


 俺は、前を向いて歩き出した。

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