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測量士と転移者  作者: ごま


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87/120

何をした

 三日後、俺は柱の下の穴へ降りた。


 二尺八寸の階段だ。


 自分で光っている。


 壁が、淡く。


 サルカドの禁域より明るい。


 ――暮らしている場所の明るさだ。


 そう思った。根拠はない。


    ◇


 三人で降りた。


 俺、マリ、セレン。


 三十段で、下に着いた。


 着いた先は、広間だった。


 だが、広間ではない。


    ◇


 部屋だ。


 九尺かける十二尺。


 俺は、二度測った。


「――同じだ」


 俺は言った。


「カラン村の、蓋の上の部屋と同じ寸法だ」


 セレンが、書き取った。


    ◇


 部屋の中央に、床の刻みがある。


 同心円。枝分かれする線。


 これまでで一番細かい。


 コトリの背中より、細かい。


「セレン。この模様は」


「――一番新しいです」


 彼女は言った。


「間違いなく」


    ◇


 俺は、その模様の前に立った。


 今日、訊くことは決めてある。


 三日かけて、四音でどう訊くかを組んだ。


 ――「十七」と「何」。


 「何」は、まだ渡していない。


 だから、別の方法を使う。


    ◇


 俺は、杆で十七回叩いた。


 それから、床に手を当てた。


 当てて、上げた。


 当てて、上げた。


 十七回。


 昨日と同じ動きだ。


    ◇


 それから、俺は両手を広げた。


 空にして、見せた。


 ――何もない。


 この身振りが「分からない」と伝わるかは、賭けだ。


 人間相手でも、通じないことがある。


    ◇


 そして、句を唱えた。


 ――シャルカディ・オム・ネイア。


 部屋が、光った。


 床の模様が、端から順に。


 そして、壁が変わった。


    ◇


 壁に、線が現れた。


 俺は、それを見た。


 ――図だ。


 地図ではない。もっと単純だ。


 線と、点。


 俺は、二十年これを描いてきた。


    ◇


「――断面図だ」


 俺は言った。


「縦に切った図だ」


「読めますか」


「読める」


 俺は言った。


「これは、俺の仕事の図だ」


    ◇


 俺は、その図を読んだ。


 上に、地面の線。


 その下に、四つの層。


 一番下に、大きな空洞。


 そして、空洞の中に、点が並んでいる。


    ◇


 俺は、その点を数えた。


 多い。


 千を超える。


 数え切る前に、図が動いた。


    ◇


 上の地面の線が、下がった。


 ゆっくりと。


 四つの層が、潰れていく。


 一番下の空洞に、上から水が入る。


 水を表す線が、斜めに引かれた。


    ◇


 俺は、動かずに見ていた。


 ――沈んでる。


 地面が沈んで、水が入る。


 空洞の中の点が、消えていく。


 端から。


 一つずつ。


    ◇


 全部は消えなかった。


 半分ほど残って、止まった。


 残った点は、空洞の一番深いところに集まっている。


 図が、止まった。


    ◇


「セレン」


「はい」


「――記録してるか」


「しています」


 彼女の声が、掠れていた。


「これは……」


「言うな」


 俺は言った。


「先に数えろ。……数えてから、意味を言う」


    ◇


 三人で数えた。


 消えた点。


 残った点。


 半刻かかった。


    ◇


「消えたのが、千九百四十」


 俺は言った。


「残ったのが、千八百八十六」


「合計」


「三千八百二十六だ」


 俺は言った。


「――全部で三千八百二十六いて、千九百四十が消えた」


    ◇


 俺は、その図を見ていた。


 ――半分だ。


 半分が、水に消えた。


 図には、いつのことかは描いていない。


 だが、地面が沈む図だ。


    ◇


「セレン」


「はい」


「あんたの記録に、大陸が沈んだ話はあるか」


「――伝承としてなら」


 彼女は言った。


「『昔、海の向こうに大きな地があった。それが沈んだ』と。……子どもに聞かせる話です」


「その話に、人数はあるか」


「ありません」


    ◇


 俺は、壁の図を見た。


 千九百四十。


 この数を、あれは覚えている。


 三百年で十七を覚えていた相手だ。


 千年前の千九百四十も、覚えている。


    ◇


「――これが、答えだ」


 俺は言った。


「俺は『十七に何をした』と訊いた」


 俺は、壁を見た。


「返ってきたのは、千九百四十だ」


「話が、逸れています」


「逸れてない」


 俺は言った。


「逸らしてるんだ」


    ◇


「――どういう意味です」


「順を戻された」


 俺は言った。


「こっちが『お前は何をした』と訊いた。……向こうは『その前に、これがある』と返した」


 俺は、壁の図を指した。


「十七の前に、千九百四十がある」


    ◇


 部屋が、静かになった。


 マリが、口を開いた。


「ハルト」


「なんだ」


「それ、いいわけ?」


 俺は、手を止めた。


    ◇


 ――言い訳か。


 「先にお前たちがやった」という言い分だ。


 人間なら、そう言う。


「――かもしれん」


 俺は言った。


「だが、順を出したのは事実だ。……事実を並べただけなら、言い訳じゃない」


「じゃあ、なに」


    ◇


「――説明だ」


 俺は言った。


「なぜ十七人を通さなかったか、の説明だ」


 俺は、壁を見た。


「千九百四十が沈んで、千八百八十六が残った。……残った側は、上から来る者を通さない」


    ◇


 俺は、そこで一つ気づいた。


 ――千八百八十六。


 図が止まった時点の数だ。


 今の数ではない。


「セレン」


「はい」


「今、下に何人いる」


「――分かるはずがありません」


    ◇


 俺は、床に手を当てた。


 そして、指を一本立てた。


 一。


 それから、両手を広げた。


 ――今は、いくつだ。


 伝わるかは、分からない。


    ◇


 壁の図が、消えた。


 代わりに、点が一つだけ現れた。


 一つ。


 それだけだった。


    ◇


 俺は、その一つを見ていた。


 誰も、何も言わなかった。


 千八百八十六が、一になった。


 千年で。


「――一人だ」


 俺は言った。


「下にいるのは、一人だけだ」


    ◇


 誰も、しばらく動かなかった。


 壁の点は、消えなかった。


 一つだけ、光っている。


「――一人で」


 セレンが言った。


「一人で、三百年、十七人を数えていたのですか」


「――千年だ」


 俺は言った。


「三百年じゃない。……千年、一人だ」


    ◇


 俺は、その一点を見ていた。


 千八百八十六が、一人になる。


 途中がある。


 千八百が九百になり、九百が四百になり、と減っていった年月がある。


 その全部を、この一人は見ている。


 最後の一人になった日も。


    ◇


「マリ」


「うん」


「――お前が言ったことだ」


「なに」


「七十話だ」


 俺は言った。


「『あっちの番人も、知らないままやってるかも』と言った」


「いった」


「――当たってた」


    ◇


 俺は、床に膝をついた。


 二十年、俺は遺跡で膝をついてきた。


 寸法を測るためだ。


 今は、違う理由でついている。


    ◇


 俺は、手を床に当てた。


 一度だけ。


 そして、そのまま置いた。


 上げなかった。


 ――数えるためではない。


 置くだけの動きに意味があるかは、分からない。


    ◇


 壁の点が、動いた。


 こちらへ、近づいてくるように大きくなった。


 そして、点が三つに増えた。


 俺と、マリと、セレン。


 三つの点が、一つの点の隣に並んだ。


    ◇


「――数えられた」


 俺は言った。


「こっちを、三と数えた」


「それだけですか」


 セレンが訊いた。


「それだけだ」


 俺は言った。


「だが、今まで俺たちは『来た者』の列に入ってた。……十七人と同じ列だ」


 俺は、壁を見た。


「今日は、別の列に入った」

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