何をした
三日後、俺は柱の下の穴へ降りた。
二尺八寸の階段だ。
自分で光っている。
壁が、淡く。
サルカドの禁域より明るい。
――暮らしている場所の明るさだ。
そう思った。根拠はない。
◇
三人で降りた。
俺、マリ、セレン。
三十段で、下に着いた。
着いた先は、広間だった。
だが、広間ではない。
◇
部屋だ。
九尺かける十二尺。
俺は、二度測った。
「――同じだ」
俺は言った。
「カラン村の、蓋の上の部屋と同じ寸法だ」
セレンが、書き取った。
◇
部屋の中央に、床の刻みがある。
同心円。枝分かれする線。
これまでで一番細かい。
コトリの背中より、細かい。
「セレン。この模様は」
「――一番新しいです」
彼女は言った。
「間違いなく」
◇
俺は、その模様の前に立った。
今日、訊くことは決めてある。
三日かけて、四音でどう訊くかを組んだ。
――「十七」と「何」。
「何」は、まだ渡していない。
だから、別の方法を使う。
◇
俺は、杆で十七回叩いた。
それから、床に手を当てた。
当てて、上げた。
当てて、上げた。
十七回。
昨日と同じ動きだ。
◇
それから、俺は両手を広げた。
空にして、見せた。
――何もない。
この身振りが「分からない」と伝わるかは、賭けだ。
人間相手でも、通じないことがある。
◇
そして、句を唱えた。
――シャルカディ・オム・ネイア。
部屋が、光った。
床の模様が、端から順に。
そして、壁が変わった。
◇
壁に、線が現れた。
俺は、それを見た。
――図だ。
地図ではない。もっと単純だ。
線と、点。
俺は、二十年これを描いてきた。
◇
「――断面図だ」
俺は言った。
「縦に切った図だ」
「読めますか」
「読める」
俺は言った。
「これは、俺の仕事の図だ」
◇
俺は、その図を読んだ。
上に、地面の線。
その下に、四つの層。
一番下に、大きな空洞。
そして、空洞の中に、点が並んでいる。
◇
俺は、その点を数えた。
多い。
千を超える。
数え切る前に、図が動いた。
◇
上の地面の線が、下がった。
ゆっくりと。
四つの層が、潰れていく。
一番下の空洞に、上から水が入る。
水を表す線が、斜めに引かれた。
◇
俺は、動かずに見ていた。
――沈んでる。
地面が沈んで、水が入る。
空洞の中の点が、消えていく。
端から。
一つずつ。
◇
全部は消えなかった。
半分ほど残って、止まった。
残った点は、空洞の一番深いところに集まっている。
図が、止まった。
◇
「セレン」
「はい」
「――記録してるか」
「しています」
彼女の声が、掠れていた。
「これは……」
「言うな」
俺は言った。
「先に数えろ。……数えてから、意味を言う」
◇
三人で数えた。
消えた点。
残った点。
半刻かかった。
◇
「消えたのが、千九百四十」
俺は言った。
「残ったのが、千八百八十六」
「合計」
「三千八百二十六だ」
俺は言った。
「――全部で三千八百二十六いて、千九百四十が消えた」
◇
俺は、その図を見ていた。
――半分だ。
半分が、水に消えた。
図には、いつのことかは描いていない。
だが、地面が沈む図だ。
◇
「セレン」
「はい」
「あんたの記録に、大陸が沈んだ話はあるか」
「――伝承としてなら」
彼女は言った。
「『昔、海の向こうに大きな地があった。それが沈んだ』と。……子どもに聞かせる話です」
「その話に、人数はあるか」
「ありません」
◇
俺は、壁の図を見た。
千九百四十。
この数を、あれは覚えている。
三百年で十七を覚えていた相手だ。
千年前の千九百四十も、覚えている。
◇
「――これが、答えだ」
俺は言った。
「俺は『十七に何をした』と訊いた」
俺は、壁を見た。
「返ってきたのは、千九百四十だ」
「話が、逸れています」
「逸れてない」
俺は言った。
「逸らしてるんだ」
◇
「――どういう意味です」
「順を戻された」
俺は言った。
「こっちが『お前は何をした』と訊いた。……向こうは『その前に、これがある』と返した」
俺は、壁の図を指した。
「十七の前に、千九百四十がある」
◇
部屋が、静かになった。
マリが、口を開いた。
「ハルト」
「なんだ」
「それ、いいわけ?」
俺は、手を止めた。
◇
――言い訳か。
「先にお前たちがやった」という言い分だ。
人間なら、そう言う。
「――かもしれん」
俺は言った。
「だが、順を出したのは事実だ。……事実を並べただけなら、言い訳じゃない」
「じゃあ、なに」
◇
「――説明だ」
俺は言った。
「なぜ十七人を通さなかったか、の説明だ」
俺は、壁を見た。
「千九百四十が沈んで、千八百八十六が残った。……残った側は、上から来る者を通さない」
◇
俺は、そこで一つ気づいた。
――千八百八十六。
図が止まった時点の数だ。
今の数ではない。
「セレン」
「はい」
「今、下に何人いる」
「――分かるはずがありません」
◇
俺は、床に手を当てた。
そして、指を一本立てた。
一。
それから、両手を広げた。
――今は、いくつだ。
伝わるかは、分からない。
◇
壁の図が、消えた。
代わりに、点が一つだけ現れた。
一つ。
それだけだった。
◇
俺は、その一つを見ていた。
誰も、何も言わなかった。
千八百八十六が、一になった。
千年で。
「――一人だ」
俺は言った。
「下にいるのは、一人だけだ」
◇
誰も、しばらく動かなかった。
壁の点は、消えなかった。
一つだけ、光っている。
「――一人で」
セレンが言った。
「一人で、三百年、十七人を数えていたのですか」
「――千年だ」
俺は言った。
「三百年じゃない。……千年、一人だ」
◇
俺は、その一点を見ていた。
千八百八十六が、一人になる。
途中がある。
千八百が九百になり、九百が四百になり、と減っていった年月がある。
その全部を、この一人は見ている。
最後の一人になった日も。
◇
「マリ」
「うん」
「――お前が言ったことだ」
「なに」
「七十話だ」
俺は言った。
「『あっちの番人も、知らないままやってるかも』と言った」
「いった」
「――当たってた」
◇
俺は、床に膝をついた。
二十年、俺は遺跡で膝をついてきた。
寸法を測るためだ。
今は、違う理由でついている。
◇
俺は、手を床に当てた。
一度だけ。
そして、そのまま置いた。
上げなかった。
――数えるためではない。
置くだけの動きに意味があるかは、分からない。
◇
壁の点が、動いた。
こちらへ、近づいてくるように大きくなった。
そして、点が三つに増えた。
俺と、マリと、セレン。
三つの点が、一つの点の隣に並んだ。
◇
「――数えられた」
俺は言った。
「こっちを、三と数えた」
「それだけですか」
セレンが訊いた。
「それだけだ」
俺は言った。
「だが、今まで俺たちは『来た者』の列に入ってた。……十七人と同じ列だ」
俺は、壁を見た。
「今日は、別の列に入った」




