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測量士と転移者  作者: ごま


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86/120

同じ書付

 メルシアへ戻って、俺はまっすぐギルドへ行った。


 ダウムは、いつもの机にいた。


「ハルト。カランへ行ってたな」


「行ってた」


「向こうから使いが来た」


 彼は言った。


「村長からだ。『測量の依頼を断りたい』と」


    ◇


 俺は、椅子に座った。


「ダウム。その依頼は、あんたが出したのか」


「出した」


 彼は言った。


「先月だ。帝国の学術団体からの依頼で、正規の申請だった」


「――中身は」


「カラン一帯の再測量。境界の確定」


 彼は言った。


「金は前払いで、相場の三倍だった」


    ◇


「受けたのか」


「受けた」


 彼は言った。


「断る理由がなかった」


 俺は、その言葉を聞いた。


 ――断る理由がない。


 三倍の金を持って、正規の書式で来る相手を、ギルドは断れない。


    ◇


「ダウム」


「なんだ」


「その団体の名は」


「星導省附属、地誌調査局」


 彼は言った。


「エルダインの役所だ。……名だけは前から知ってる」


「――星導省か」


「知ってるのか」


「知ってる」


 俺は言った。


「あんたは、知らんほうがいい」


    ◇


 ダウムは、筆を置いた。


 それから、椅子に背を預けた。


「ハルト」


「なんだ」


「四十年、俺はこの仕事をやってる」


 彼は言った。


「その間に、二度だけ、依頼を断ったことがある」


    ◇


「どんな依頼だ」


「一度目は、坑の図面だ」


 彼は言った。


「持ち主が『この支柱は書くな』と言った。……書かなければ、次の年に人が死ぬ図面だった」


「二度目は」


「二十三年前だ」


 彼は言った。


「よそ者が、ヌイ村の基礎石を測りたいと言ってきた」


    ◇


 俺は、動きを止めた。


 ヌイ村。


 俺の生まれた村だ。


「――断ったのか」


「断った」


「なぜだ」


「理由は言えんと言われたからだ」


 彼は言った。


「理由の言えん依頼は、受けん。……四十年、それだけは守ってる」


    ◇


 俺は、その男を見た。


「ダウム」


「なんだ」


「――カランの依頼の理由は、書いてあったのか」


 彼は、少し黙った。


「書いてあった」


 彼は言った。


「『農地台帳の整備のため』と」


    ◇


 俺は、その一行を頭に入れた。


 ――理由が、書いてある。


 嘘の理由だ。


 だが、書いてあれば、ダウムの四十年の決まりは通る。


「――そこまで調べてるのか」


 俺は言った。


「あの男は、あんたの流儀まで調べてる」


    ◇


 ダウムが、顔を上げた。


「――そういう相手か」


「そういう相手だ」


「ハルト」


「なんだ」


「一つだけ言え」


 彼は言った。


「人は死ぬか」


    ◇


 俺は、答えを選ばなかった。


「死ぬ」


 俺は言った。


「止めなければ、二千人だ」


 彼は、動かなかった。


 長い時間、動かなかった。


    ◇


 やがて、彼は帳面を閉じた。


「カランの依頼は、取り消す」


「――できるのか」


「できん」


 彼は言った。


「前払いを受けてる。取り消せば、ギルドが賠償を払う」


「いくらだ」


「三年分の運営費だ」


    ◇


「ダウム」


「言うな」


 彼は言った。


「お前が『やめろ』と言えば、俺はやめる理由ができる。……それは、お前に払わせることになる」


 彼は、俺を見た。


「これは、俺の判で出した依頼だ」


    ◇


 俺は、その言い方を聞いた。


 ――自分で決める。


 この男は、四十年そうやってきた。


「ダウム」


「なんだ」


「――一つ、頼みがある」


「金は取る」


「取れ」


 俺は言った。


「取り消すな。……代わりに、俺を担当にしてくれ」


    ◇


 ダウムが、顔を上げた。


「――お前が測るのか」


「そうだ」


 俺は言った。


「正規の依頼だ。ギルドが受けた以上、誰かが測る。……なら、俺が測る」


「連中は嫌がるぞ」


「嫌がる理由がない」


 俺は言った。


「特級だ。この国で一番高い測量士を出したと言えば、文句は出ん」


    ◇


 ダウムは、しばらく俺を見ていた。


 それから、少し笑った。


「――お前、そういう手を使う男だったか」


「今日からだ」


 俺は言った。


「向こうが手続きで来るなら、こっちも手続きで返す」


    ◇


 俺は、その言葉を口に出してから、自分で少し驚いた。


 ――こういう考え方をするようになった。


 四月前の俺は、崩落の計算をしていた。


 今は、書付の担当を取りに行っている。


 どちらが正しいかは、まだ分からない。


 だが、後者では誰も死なない。


    ◇


 夜、俺は宿に戻った。


 セレンが、帳面を広げたまま卓に突っ伏していた。


 南区の帳面だ。六百十四軒。


 起こそうとして、やめた。


 紙に、印がついている。


    ◇


 俺は、その紙を見た。


 名前の横に、小さな印が並んでいる。


 全部の行にある。


 ――一つずつ、指でなぞった跡だ。


 六百十四。


 この女は、一晩でそれを全部やった。


    ◇


「ハルト」


 マリが、小声で言った。


「なんだ」


「セレンさん、ないてた」


「――そうか」


「うん」


 彼女は言った。


「よんひゃくにじゅうろく、かぞえたときも、ないてなかったのに」


    ◇


 俺は、その違いを考えた。


 地の底で四百二十六に手を当てたときは、泣かなかった。


 町の帳面の六百十四軒では、泣いた。


 ――生きてる人間だからだ。


 死者を数えるのと、これから死ぬかもしれない人間を数えるのは、違う。


 俺は、上着をかけてやった。


    ◇


 朝、セレンが起きた。


 目が腫れていた。隠そうともしなかった。


「ハルトさん」


「なんだ」


「六百十四軒、見ました」


「――全部か」


「全部です」


 彼女は言った。


「世帯主の名だけです。……家族の数までは、帳面にありません」


    ◇


「二千という数は、どこから出したのですか」


「一軒あたり三人半で計算した」


 俺は言った。


「ギルドの目安だ。……正確じゃない」


「では、実際は」


「――もっと多いかもしれん」


 俺は言った。


「南区は長屋が多い。一軒に二世帯入ってる場所がある」


    ◇


 彼女は、頷いた。


 それから、書付を出した。


「私も、一つ持ってきました」


「なんだ」


「先遣隊の二十二人の名簿です」


 彼女は言った。


「四十一から減った、残りの側です」


    ◇


「カランへ回る二十二人か」


「はい」


 彼女は言った。


「レイヴの甥は、こちらに入っています」


 俺は、その紙を受け取った。


 二十二の名前。


 一番下が、十六歳。


    ◇


「セレン」


「はい」


「――この二十二人は、何をさせられる」


「試掘です」


 彼女は言った。


「私が組んだ日程では、村の下の通路を三十歩掘り進めることになっていました」


「三十歩」


「はい」


    ◇


 俺は、その数字を聞いた。


 ――三十歩。


 カランの通路は、突き当たりまで三十歩だ。


 その先は、村の下に伸びている。


「セレン」


「はい」


「三十歩掘ったら、どこに出る」


「――村の、中央です」


    ◇


 俺は、卓に地図を広げた。


 カラン村の家の並びを写したものだ。


 三十歩の地点に指を置いた。


 そこには、井戸がある。


 五十四尺で底についた、涸れた井戸だ。


    ◇


「――ここだ」


 俺は言った。


「連中は、井戸の下に出ようとしてる」


「なぜ井戸なのですか」


「深いからだ」


 俺は言った。


「通路は地表から十尺。井戸は五十四尺。……四十四尺、下に落ちられる」


「では」


「――近道だ」


 俺は言った。


「サルカドを二百四十段降りる代わりに、カランから落ちる気だ」

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