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測量士と転移者  作者: ごま


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84/120

決行の夜

 翌朝、降りようとしたところで、フェイラが走ってきた。


 息を切らしている。


 この女がこの顔をするのは、二度目だ。


 一度目は、ゼルが死んだと知らせに来た時だった。


「ハルト」


「――誰だ」


「違う」


 彼女は言った。


「まだ、誰も死んでない」


    ◇


「なら、なんだ」


「町に、人が入った」


 彼女は言った。


「夜中に。荷馬車が六台」


「――荷は」


「見てない。布がかかってた」


 彼女は言った。


「でも、車軸が沈んでた。……空じゃない」


    ◇


 俺は、その言い方を評価した。


 この女は、飯屋をやっている。物の重さを見る目がある。


「フェイラ」


「うん」


「車輪の跡は残ってるか」


「東の門から、宿場までは」


「見に行く」


    ◇


 俺は、轍を測った。


 深さ、二寸五分。


 乾いた地面で、二寸五分沈む荷馬車は重い。


 石か、金属か。


「セレン」


「はい」


「先遣隊は、何を持ち込む予定だった」


    ◇


 彼女は、書付を開いた。


「掘削の道具です」


 彼女は言った。


「鶴嘴、楔、それから――」


 彼女は、そこで止まった。


「それから、何だ」


「……火薬です」


    ◇


 俺は、轍を見ていた。


 二寸五分。


「量は」


「私が組んだ日程では、四十貫でした」


 彼女は言った。


「岩を割るためです。……壁を壊すためではありません」


「四十貫で、何ができる」


    ◇


「坑道なら、三十尺の岩盤を抜ける」


 俺は言った。


 答えたのは、俺だ。


 二十年、崩落を測ってきた。火薬の量と壊れ方は、嫌というほど見ている。


「――だが、あの壁には効かん」


「効きませんか」


「効かん」


 俺は言った。


「継ぎ目がない材だ。力を分散させる。……割れずに、周りが崩れる」


    ◇


 俺は、そこで手を止めた。


 ――周りが崩れる。


 サルカド旧市街は、無数の廃邸が沈んだ場所だ。


 その上に、メルシアの南区が乗っている。


「セレン」


「はい」


「南区の下は、何層ある」


「――知りません」


    ◇


「俺は知ってる」


 俺は言った。


「四層だ。二十年、俺が測った」


 俺は、野帳を開いた。


「一番浅いところで、地表から十八尺。……その下に、三層」


 俺は、彼女を見た。


「四十貫を最深部で使えば、上の四層が全部落ちる」


    ◇


 セレンの顔から、色が引いた。


「南区には」


「六百軒ある」


 俺は言った。


「住んでるのは、二千人くらいだ」


    ◇


 俺は、その数を口に出してから、少し黙った。


 ――二千。


 軽い。


 数字は軽い、とこの女が言った通りだ。


「セレン」


「はい」


「南区の名簿は、ギルドにある」


 俺は言った。


「区の税を集める帳面だ。世帯主の名が全部載ってる」


    ◇


「――なぜ、その話を」


「覚えろとは言わん」


 俺は言った。


「二千は多すぎる。だが、見ておけ」


 俺は、彼女を見た。


「あんたは、日程を組んだ人間だ。……その日程で誰が死ぬかを、一度は見ておいたほうがいい」


    ◇


 彼女は、頷いた。


 顔色は悪かったが、目は逸らさなかった。


「見ます」


「――そうか」


「ハルトさん」


「なんだ」


「一つ、確認させてください」


    ◇


「言え」


「あなたは、四月前、同じことをしようとしていました」


 彼女は言った。


「サルカドを潰すために、崩落の計算を出しました」


 俺は、動きを止めた。


「――知ってたのか」


「レイヴから聞きました」


 彼女は言った。


「あなたが図面を破ったことも」


    ◇


 俺は、しばらく黙っていた。


「――そうだ」


 俺は言った。


「俺の計算は、あんたらの四十貫より小さかった」


 俺は、掌を見た。


「玄関の戸を釘で打つ程度だと、自分で言った」


「では、当主の計算は」


「――大きすぎる」


    ◇


「大きすぎるとは」


「あの男は、開けるつもりだ」


 俺は言った。


「壊すつもりじゃない。……だから量を惜しまない」


 俺は、轍を見た。


「開けるために四十貫使って、開かなかったら、上が落ちる。それだけの話だ」


    ◇


 その日、俺は降りなかった。


 代わりに、ギルドへ行った。


 ダウムは、帳面を積んだ机にいた。


「ハルト。顔が悪いぞ」


「ダウム」


「なんだ」


「南区の家の帳面を見せてくれ」


    ◇


 彼は、筆を置いた。


「――何に使う」


「見るだけだ」


「ハルト」


 彼は言った。


「二十年、お前は俺に嘘をついたことがない」


「ついてない」


「今も、ついてないな」


「――ついてない」


 俺は言った。


「だが、全部は言えん」


    ◇


 ダウムは、しばらく俺を見ていた。


 それから、立ち上がって棚から帳面を出した。


「南区、六百十四軒」


 彼は言った。


「持っていけ」


「――いいのか」


「よくない」


 彼は言った。


「よくないが、お前が『見せろ』と言うときは、たいてい人が死ぬ話だ」


    ◇


 その夜、俺は帳面を開いた。


 六百十四の世帯主の名前。


 一枚に二十四名。


 二十六枚ある。


 俺は、その一枚目を見た。


    ◇


 名前が並んでいる。


 知っている名が三つあった。


 フェイラの店の名義。


 ゼルが住んでいた長屋の家主。


 それから――


 俺は、その行で手を止めた。


    ◇


 俺の家の跡地が、まだ載っていた。


 焼けて、柱三本になった場所だ。


 名義は、俺の名前のままだった。


 俺は、その行をしばらく見ていた。


    ◇


「ハルト」


 マリが訊いた。


「なんだ」


「みつけた?」


「――俺の家だ」


 俺は言った。


「焼けたのに、まだ帳面に残ってる」


「なんで」


「取り消してないからだ」


 俺は言った。


「誰も、取り消しに来なかった」


    ◇


 その時、戸が鳴った。


 三度。間を置いて、二度。


 ――レイヴだ。


 この叩き方は、あの男が使う。五十日前に決めた合図だ。


 俺は、戸を開けた。


    ◇


 レイヴは、外に立っていた。


 雨も降っていないのに、髪が乱れている。


 走ってきたのだろう。


「ハルトさん」


「入れ」


「――いえ」


 彼は言った。


「見られると困ります。ここで話します」


    ◇


「日付が出ました」


 彼は言った。


「決行の日です」


 俺は、身構えた。


「星の重なりの夜です」


「――知ってる」


「そうではありません」


 彼は言った。


「重なりの夜の、何刻に開始するかが決まりました」


    ◇


「言え」


「夜半の四刻前です」


 彼は言った。


「そして、もう一つ」


 彼は、周りを見た。


「先遣隊は、四十一人ではありません」


    ◇


 俺は、動きを止めた。


「――増えたのか」


「減りました」


 彼は言った。


「二十二人です」


「なぜ減る」


「――半分を、別の場所に回すからです」


    ◇


「どこだ」


 彼は、答えなかった。


 答えないのが答えだと、俺はもう知っている。


「レイヴ」


「はい」


「――カラン村か」


 彼の顔が、動いた。


    ◇


「なぜ、それを」


「行ってきたからだ」


 俺は言った。


「あそこの下に、同じ規格の通路がある」


「――当主は、二十年前から知っています」


 彼は言った。


「二十三年前に人を送ったのは、探すためです。見つけて、そのままにしてありました」


    ◇


「なぜ、そのままにした」


「入口が開かなかったからです」


 彼は言った。


「開け方が分からず、二十三年、待っていました」


 俺は、その言葉の意味を理解した。


 ――俺が、開けた。


 三日前に、句を組み替えて。


 囲いまで作って、目印の石を置いて。


    ◇


 俺は、その帳面を閉じた。


 閉じて、野帳を開いた。


 〈南区六百十四軒。二千名前後〉


 〈火薬四十貫。決行ハ星ノ重ナリノ夜〉


 書いて、その下に足した。


 〈二年二月ノ間ニ、止メル〉

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