十七の名
翌日、俺は柱に十七を返した。
同じやり方だ。杆で十七回叩いて、句を唱える。
柱が光った。
そして、床が光った。
――十七の刻みが、順に。
だが、今度は消えなかった。
光ったまま、残っている。
◇
「セレン。書け」
「はい」
「十七の光の間隔だ。等間隔かどうか」
彼女は、しゃがんで測った。
「――違います」
彼女は言った。
「二つ目と三つ目の間が、広い」
「他は」
「七つ目の後も、広いです」
◇
俺は、その並びを見た。
二。五。四。六。
四つの塊に分かれている。
――区切ってある。
十七の中に、四つの組がある。
「マリ。書き取れ」
「かいた」
◇
俺は、その四つの数を見た。
二、五、四、六。
合わせて十七。
「セレン。分家の記録に、十七人が入った年はあるか」
「あります」
彼女は言った。
「三百年で、四度です」
俺は、顔を上げた。
◇
「――四度」
「はい」
「何人ずつだ」
彼女は、書付をめくった。
手が震えている。
やがて、読んだ。
「一度目、二人。二度目、五人。三度目、四人。四度目、六人」
◇
俺は、床の光を見た。
二、五、四、六。
完全に一致していた。
部屋が――地の底の広間が、静かになった。
灯りの音だけがしていた。
◇
「合ってる」
俺は言った。
「三百年分だ」
「はい」
セレンの声が、掠れていた。
「私は、この記録を二十年読んできました。……四度に分けて書かれていることを、意味だと思ったことはありません」
「――順番も合ってる」
俺は言った。
「古い順だ。あれは、来た順に覚えてる」
◇
俺は、その事実の重さを測った。
――三百年。
一度目の二人が来たのは、三百年前だ。
その二人を、今も数えている。
人間なら、忘れる。
三代も経てば、名前も忘れる。
「マリ」
「うん」
「――あれは、人間じゃない」
◇
「きかいでも、ない」
彼女は言った。
「そうだ」
俺は言った。
「機械は、数えるだけだ。……区切らん」
俺は、床の四つの塊を見た。
「二人と五人を区切るのは、別の出来事だと思ってるからだ」
◇
俺は、その日、二つ目の身振りをした。
規則を破ることになる。日に一度だ。
だが、光は消えていない。
まだ、続いている。
――続いている間は、一度のうちか。
根拠のない理屈だ。
俺は、それに賭けた。
◇
俺は、床の光の前に膝をついた。
十七の光。
その一つ一つに、手を当てた。
一つずつ、順に。
二人。五人。四人。六人。
十七回、手を当てた。
◇
最後の一つに手を当てたとき、光が変わった。
青から、白に近い色になった。
柱が、鳴った。
短い音だ。
――一つ。
俺は、その音を聞いた。
◇
「セレン。今のは」
「一音です」
彼女は言った。
「……前に、あなたの家の名を呼んだときと、同じ音です」
「シャルか」
「はい」
俺は、床に手をついたまま動かなかった。
◇
――名前を呼ばれた。
十七に手を当てた俺を、あれは名前で呼んだ。
それが何を意味するのか、俺には分からない。
だが、五十日通って、こいつが無駄な音を出したことは一度もない。
「マリ」
「うん」
「――上がるぞ」
◇
石段を上がる途中で、セレンが立ち止まった。
俺が振り返ると、彼女は壁に手をついていた。
「――大丈夫か」
「はい」
彼女は言った。
声が普通ではなかった。
「二十年、私は数字を読んできました」
彼女は言った。
「二人、五人、四人、六人。……名前も書いてあります。全部、覚えています」
◇
「読み上げるか」
「――え」
「名前だ」
俺は言った。
「あんたが覚えてるなら、読み上げろ。ここで」
彼女は、俺を見た。
「意味が、ありますか」
「――分からん」
俺は言った。
「だが、下は数えてる。……こっちは名前を持ってる」
◇
セレンは、しばらく黙っていた。
それから、書付を開いた。
開いたが、見なかった。
覚えている、と言ったのは本当だった。
彼女は、読み上げた。
◇
十七の名前だった。
古い言い方の名前だ。今のこの国では使わない綴りが混ざっている。
彼女は、一つずつ、間を置いて読んだ。
石段に、その声が響いた。
俺は、動かずに聞いていた。
マリも、灯りを持ったまま動かなかった。
◇
読み終わって、彼女は書付を閉じた。
「――以上です」
「ああ」
「意味は、ありましたか」
「あった」
俺は言った。
「三百年で、初めてだ」
◇
「初めて、とは」
「――あいつらの名を、誰かが声に出した」
俺は言った。
「入って戻らなかった十七人だ。三百年、記録の数字だった」
俺は、石段の下を見た。
暗い。
「今日、名前になった」
◇
その晩、セレンは飯を食わなかった。
卓に着いて、湯だけ飲んでいた。
マリが、パンを彼女の前に置いた。
「たべて」
「……いえ」
「たべて」
マリは、もう一度言った。
「たべないと、あした、じがよめない」
セレンは、そのパンを見た。
それから、少しだけ笑った。
「――そう言われると、断れません」
◇
彼女は、パンを半分食べた。
食べてから、こう言った。
「ハルトさん」
「なんだ」
「一つ、白状することがあります」
「――また掘り出すのか」
「はい」
彼女は言った。
「あの十七人の名前を、私は暗記していました。……理由があります」
◇
「言え」
「私の家系の者が、二人います」
彼女は言った。
「三度目の四人のうちの一人と、四度目の六人のうちの一人です」
俺は、湯呑みを置いた。
「――身内か」
「六代前と、四代前です」
彼女は言った。
「顔も知りません。……ですが、名前は仏壇にあります」
◇
俺は、その言い方を聞いた。
仏壇。
この国の言葉で、家の死者を祀る棚のことだ。
「セレン」
「はい」
「あんたは、あの十七人を身内として覚えてたのか」
「――半分は」
彼女は言った。
「残りの十五人は、記録の数字でした。今日、初めて声に出しました」
◇
マリが、口を開いた。
「セレンさん」
「はい」
「よんで、どうだった」
彼女は、少し考えた。
「――重かったです」
「おもい」
「はい」
彼女は言った。
「数字は軽いです。十七、と言えば済みます。……名前は、一つずつ口を動かさないと言えません」
◇
俺は、その言葉を書き留めておきたいと思った。
――数字は軽い。
二十年、俺は数字で仕事をしてきた。
軽いから使える。軽いから、崩落の死者も「三人」で済ませられる。
四十一を「安い」と言った男も、同じ軽さを使っている。
◇
「セレン」
「はい」
「四十一人の名簿を、覚えろ」
彼女は、顔を上げた。
「――全部、ですか」
「全部だ」
俺は言った。
「あんたは、十七を覚えてた。四十一も覚えられる」
「なぜ、覚える必要が」
「――軽くしないためだ」
◇
地上に出て、俺は野帳を開いた。
〈十七ハ、二・五・四・六ニ分カレル〉
〈分家ノ記録ト完全一致〉
書いて、その下に足した。
〈向コウハ、区切ッテ覚エテイル〉
◇
書いてから、俺はもう一行足した。
〈記録官ガ、十七ノ名ヲ読ミ上ゲタ〉
俺は、その行を見た。
――なぜ書いた。
寸法ではない。数字でもない。
だが、書いておかないといけない気がした。
二十年、俺の野帳に人の名が載ったのは、初めてだった。




