柱の名
メルシアへ戻って、俺は三日休んだ。
休んだのは、体ではない。
カラン村で出た数字を、頭の中で並べ直すためだ。
二年二月後。四十一人。村の下の通路。破られた欄。
並べて、順を決めて、それから降りる。
――順を決めずに現場へ入る奴は、必ず外す。
◇
四日目、俺は降りた。
二百四十歩。柱の前。
マリが灯りを構える。斜め後ろ、少し高く。
セレンも来た。石段の途中で一度止まったが、降りきった。
「――大きい」
彼女は、柱を見上げて言った。
「二十歩ある」
俺は言った。
「刻みは一万四百二十七だ。三度数えて、三度とも同じだった」
◇
「数えたのですか」
「数えた」
「――なぜ」
「他にできることがなかったからだ」
俺は言った。
「最初の十日、俺はここで数えるだけだった。……数えていれば、こっちが規則的だと伝わる」
セレンは、書付を抱えたまま動かなかった。
◇
俺は、息を吸った。
――今日の一言だ。
今日は、渡す言葉を決めてある。
「四十一」。
数は、指させる。柱の刻みを四十一だけ叩けば、渡せるかもしれない。
俺は、杆の石突きで柱を叩いた。
一。二。三。
◇
四十一まで叩いた。
叩き終わって、句を唱えた。
――シャルカディ・オム・ネイア。
柱が光った。
そして、返した。
四十一。
同じ間隔で、四十一回。
◇
「通じた」
セレンが、小さく言った。
「――数だけだ」
俺は言った。
「四十一が何なのかは伝わってない。数字だけ渡した」
俺は、次に、両手を上げた。
人の形を作った。
それから、その手を下ろした。
――落とすように。
◇
柱は、動かなかった。
三十を数えた。
六十を数えた。
――伝わらないか。
当然だ。身振りに意味を持たせるには、先に「これは人だ」と渡してある必要がある。
俺は、渡していない。
◇
その時、柱の光が、下へ移った。
俺の足元まで下りてきた。
床の刻みが、順に光る。
一つずつ。
――一。二。三。
俺は、数えた。
◇
四十一で、止まった。
止まって、そこから消えた。
端から順に、消えていく。
四十一の光が、一つずつ消えた。
全部消えて、暗くなった。
「――返してきた」
俺は言った。
「四十一が、消えると」
◇
マリが、俺の腕を掴んだ。
「ハルト」
「――ああ」
「あれ、わかってる」
「分かってる」
俺は言った。
「四十一の人間が死ぬと、伝わった」
◇
俺は、柱の前に立ち尽くしていた。
――どう伝わった。
「四十一人が死ぬ」なのか。
「四十一人を殺す」なのか。
こちらの意図は、渡していない。
俺は、警告のつもりで渡した。
だが、向こうがそう受け取ったとは限らない。
◇
柱が、また光った。
今日はもう、句を使っている。
なのに、光った。
――向こうから話しかけてきた。
五十日通って、初めてだった。
音が、鳴った。
◇
長い。
これまで聞いた中で、一番長い。
音の数は――
「セレン。数えろ」
「数えています」
「マリ、書け」
「かいてる」
三人で、それを受けた。
◇
音は、十七で終わった。
「――十七」
セレンが言った。
「十七です。間違いありません」
俺は、その数を頭に入れた。
十七。
レイヴが言った数だ。三百年で十七人試して、十七人戻らなかった。
削られた模様も、十七か所だった。
◇
「マリ。音の形は」
「かいた」
彼女は、紙を見せた。
高い音と低い音が、混ざっている。
規則がある。
高、低、低。高、低、低。
――三つ組だ。
十七の音は、三つずつの組に分かれない。十七は三で割れない。
◇
俺は、その紙を見た。
高低の並びを、区切り直す。
三つ組が五つ。残りが二つ。
――五と二。
「セレン。分家の記録に、十七という数はあるか」
「あります」
彼女は言った。
「入って戻らなかった者の数です」
「他には」
「――ありません」
◇
俺は、床を見た。
さっき、四十一の光が消えた場所だ。
今、そこには何もない。
「マリ」
「うん」
「――十七は、あっちの数かもしれん」
「あっちの」
「そうだ」
俺は言った。
「こっちが四十一を出した。向こうが十七を出した。……並べる数だ」
◇
俺は、その意味を組んだ。
――四十一に対して、十七。
こちらが四十一を失うと言った。
向こうは十七を失ったと言った。
三百年で十七人。
あれは、その十七人を数えていた。
◇
「ハルトさん」
セレンの声が、震えていた。
「なんだ」
「あれは……覚えているのですか」
「――だろうな」
俺は言った。
「三百年、誰も来ない場所で、来た十七人だけを数えてる」
◇
俺は、柱を見上げた。
一万四百二十七の刻み。
その一つ一つが何なのか、俺はまだ知らない。
だが、十七を覚えている相手だ。
なら、この刻みも、何かを数えた跡かもしれない。
「セレン」
「はい」
「今日はここまでだ」
◇
石段を上がりながら、マリが訊いた。
「ハルト。あれ、おこってる?」
「――分からん」
「かなしんでる?」
「それも分からん」
俺は言った。
「だが、一つだけ分かった」
「なに」
「――数えてるってことは、忘れてないってことだ」
◇
地上に戻ると、レイヴが待っていた。
石段の外に、一人で立っている。
部下はいない。
俺を見て、それからセレンを見た。
二人とも、何も言わなかった。
◇
「――記録官」
レイヴが、先に口を開いた。
「探していました」
「知っています」
セレンは言った。
「探すのが、あなたの仕事です」
「そうです」
彼は言った。
「探して、見つけて、連れ帰るのが仕事です」
◇
俺は、杆を持ち直した。
この男とは、五月半のつきあいがある。十日間、石段の外で俺を待っていた男だ。
だが、仕事は仕事だ。
「レイヴ」
「はい」
「連れて帰るなら、俺を通れ」
「――やめてください」
彼は言った。
「私は、あなたに勝てません」
◇
「なら、どうする」
「見なかったことにします」
彼は言った。
「今日は、ここに誰もいませんでした」
俺は、その言い方を聞いた。
「――報告はどうする」
「『発見できず』と書きます」
彼は言った。
「二十年、私は一度も嘘の報告を書いたことがありません」
◇
「なぜ、今日だけ書く」
俺は訊いた。
レイヴは、少し黙った。
「名簿を見ました」
彼は言った。
「四十一人の名簿です。……一番下の名は、私の甥です」
◇
俺は、動きを止めた。
十六歳の荷運び。
「――知ってたのか」
「昨日、知りました」
彼は言った。
「私は先遣隊の編成に関わっていません。荷運びは、地元で集めることになっていました」
彼は、目を伏せた。
「集めた者は、私の名を見て、身内を入れれば喜ぶと思ったのでしょう」
◇
セレンが、口を開いた。
「レイヴ」
「はい」
「あなたは、当主に何と言いましたか」
「まだ、何も」
彼は言った。
「言えば、外されます。外されれば、止める手段がなくなります」
彼は、俺を見た。
「私は、内側にいます。……ですが、今日は誰も見ませんでした」
◇
その夜、俺は野帳に書いた。
〈四十一ヲ渡シタ。十七ガ返ッテキタ〉
〈向コウハ、十七ヲ数エテイル〉
書いて、その下に足した。
〈三百年、忘レテイナイ〉
俺は、その行を見た。
――三百年、誰も謝っていない。




