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測量士と転移者  作者: ごま


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80/120

止まっていた一年

 夜が明けるまでに、俺たちは三百年分を並べ終えた。


 セレンの記録から、代替わりと揺れを抜き出す。


 紙一枚に、年だけを書いた。


 俺は、その紙を見た。


 ――規則がある。


 だが、はっきりしない。


    ◇


「セレン。もう一度、順に読め」


「はい」


 彼女は読んだ。


 代替わり四度。揺れ三度。空白二度。


 俺は、それを線で結んだ。


 結んで、手を止めた。


「――間隔が違う」


    ◇


「どういうことです」


「揺れの三度は、代替わりの三月後だ」


 俺は言った。


「だが、空白の二度は、そのあと何年も揺れてない」


「はい」


「揺れないまま、次の代が継いだ。……そこで、揺れてるか」


 彼女は、記録を見た。


    ◇


「――揺れています」


 彼女は言った。


「どちらも、次の代が継いだ三月後に」


「何日だ」


「一度目は五日。二度目は八日です」


 俺は、顔を上げた。


「三日じゃないのか」


「違います」


 彼女は言った。


「通常は三日。……空白の後だけ、長いです」


    ◇


 俺は、その数字を書いた。


 三日。三日。三日。


 空白の後だけ、五日と八日。


 ――溜まる。


 現場と同じだ。


 水を抜かずに置いた坑は、抜くときに時間がかかる。


 空白が長いほど、揺れが長い。


    ◇


「セレン」


「はい」


「空白の年数を出せ」


「一度目が三年。二度目が六年です」


「揺れは五日と八日」


 俺は書いた。


「三年で五日。六年で八日」


 俺は、その二つを見た。


「――一年で一日ずつ増えてる」


    ◇


 マリが、紙を覗き込んだ。


「ハルト」


「なんだ」


「それ、けいさんできる」


「してみろ」


「もとが、みっか」


 彼女は指を折った。


「くうはくが、いちねんで、いちにち、ふえる」


「そうだ」


「にじゅうさんねん、なら」


    ◇


 彼女は、顔を上げた。


「にじゅうろくにち」


 俺は、その数字を見た。


 ――二十六日。


 二十三年、誰も唱えなかった。


 次に継ぐ者が現れたとき、下は二十六日揺れる。


    ◇


「――待て」


 俺は言った。


「俺は、十一で継いだ」


「うん」


「二十三年前に途切れて、その一年後だ」


 俺は言った。


「空白は一年だ。二十三年じゃない」


 マリが、少し考えた。


「じゃあ、よっか」


「四日だ」


 俺は言った。


「三十一年前に、四日揺れてるはずだ」


    ◇


「セレン」


「はい」


「三十一年前は」


 彼女は、束をめくった。


 長い時間だった。


 やがて、手が止まった。


「――ありません」


「記録がないのか」


「いえ」


 彼女は言った。


「その年の欄が、破られています」


    ◇


 俺は、その紙を受け取った。


 綴りの背に近いところで、切られている。


 刃物だ。手で破ったのではない。


 切り口が真っ直ぐだ。


「――誰がやった」


「分かりません」


 彼女は言った。


「ですが、この綴りは私の管理下にありました」


「いつからだ」


「十二年前からです」


    ◇


「その前は」


「当主です」


 彼女は言った。


「代替わりの前は、あの人が記録を預かっていました」


 俺は、切り口を見た。


 埃の乗り方が違う。


 切ってから、しばらく経っている。


 ――十二年より前だ。


    ◇


「セレン」


「はい」


「あの男は、俺を知ってるのか」


 彼女は、答えなかった。


 答えないのが答えだった。


「――いつからだ」


「分かりません」


 彼女は言った。


「ですが、私が『本家の生き残りがいるかもしれない』と報告したとき、あの人は驚きませんでした」


    ◇


 俺は、椅子に背を預けた。


 ――知っていた。


 三十一年前、四日の揺れがあった。


 あれは、十一の子どもが句を唱え直した合図だ。


 地面が、四日かけてそれを知らせた。


 それを読める者は、その時点で気づく。


 「本家に、継いだ子がいる」と。


    ◇


「三十一年、放っておかれたのか」


 俺は言った。


「なぜ、今になって動く」


「――星です」


 セレンが言った。


「二年二月後の重なりが近づいたからです」


「三十一年前には、まだ遠かった」


「はい」


 彼女は言った。


「あの人は、待てる人です」


    ◇


 俺は、その言葉を頭に入れた。


 ――待てる。


 三十一年待った男が、いま四十一人を入れようとしている。


 待てる男が急ぐときは、理由がある。


「セレン」


「はい」


「当主は、いくつだ」


    ◇


 彼女は、少し黙った。


「――六十八です」


「二年二月後は」


「七十です」


 俺は、その数字を書いた。


 三十一年待って、七十。


 次の重なりは、その百三十二年後だ。


    ◇


「――最後の一回だ」


 俺は言った。


「あの男にとって、これが最初で最後だ」


 セレンが、顔を上げた。


「……そう考えたことは、ありませんでした」


「あんたは若い」


 俺は言った。


「若い人間は、次があると思ってる。……六十八には、次がない」


    ◇


 俺は、卓の紙を見た。


 四十一人の名簿。


 三十一年前の、破られた欄。


 二年二月後の日付。


 全部、一人の男の時間の中にある。


 ――安い、と言った男。


 その男は、自分の残り時間で計算していた。


    ◇


 朝になった。


 窓が白んで、村の音が始まった。


 水を汲む音。薪を割る音。


 その下に、四百年閉じられた通路がある。


「セレン」


「はい」


「メルシアへ戻る」


「――今日ですか」


「今日だ」


    ◇


「ここは、どうしますか」


「囲いは残す」


 俺は言った。


「横の壁は開けん。……開けたら、この村の下が全部繋がる」


 俺は、村を見た。


「二十軒ある。……人が住んでる場所の下を、俺は勝手に開けん」


    ◇


 マリが、荷をまとめながら言った。


「ハルト」


「なんだ」


「あけない、って、きめたの、はじめて」


 俺は、手を止めた。


 ――そうか。


 二十年、俺は開けられるものは全部開けてきた。


 測るとは、そういうことだ。


    ◇


「マリ」


「うん」


「――開けないのも、測量だ」


 俺は言った。


「どこを開けたら何が壊れるか。それを出すのも仕事だ」


 彼女は、少し笑った。


「それ、いいこと、いってる」


「言ってない」


 俺は言った。


「二十年前から、そう教わってる。……忘れてただけだ」


    ◇


 村を出る前に、俺はハルマのところへ寄った。


 約束したからだ。分かったら言う、と。


「ハルマ」


「はい」


「まだ、全部は分からん」


「はい」


「だが、一つだけ言える」


 俺は言った。


「あの跡地に家を建てるなという決まりは、守れ」


    ◇


「守ります」


 彼は言った。


 理由を訊かなかった。


「――訊かないのか」


「訊いたら、言えないでしょう」


 彼は言った。


「言えることだけ言いに来た。……そういう顔をしてます」


 俺は、この男を見た。


 三月前、俺はこの男に薬草の使い道を教わった。


    ◇


「ハルマ」


「はい」


「二年後に、何か起きるかもしれん」


「――何か」


「分からん」


 俺は言った。


「だが、起きるなら、この村も無関係じゃない」


 彼は、少し黙った。


「その時は、知らせてもらえますか」


「知らせる」


 俺は言った。


「間に合えば」


    ◇


 帰りの道で、セレンが訊いた。


「ハルトさん。なぜ、あの人に言ったのですか」


「――なぜ」


「言えば、怖がらせるだけです」


 彼女は言った。


「二年後に何が起きるかも分からないのに」


「怖がらせるのが目的じゃない」


 俺は言った。


「知らせておけば、あの男は考える。……考える時間を、二年やっただけだ」


    ◇


 彼女は、しばらく歩いてから言った。


「私は、逆をしてきました」


「――どういう意味だ」


「知らせずに、時間を稼ぎました」


 彼女は言った。


「日付を一年ずらして、誰にも言わずに」


 彼女は、前を見ていた。


「あれは、あの人を止めるためではなく、私が決めたくなかっただけです」


    ◇


 俺は、その言葉を聞いた。


 ――決めたくなかった。


 覚えがある。


 二月前、俺は「まだ決めていない、確かめてから決める」と自分に言った。


 手順を踏んでいる間は、まともなつもりでいられた。


「セレン」


「はい」


「それは、俺もやった」


「――あなたが、ですか」


「二月前だ」


 俺は言った。


「同じことを、違う言い方でやった」

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