↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
測量士と転移者  作者: ごま


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
72/120

答えを持って降りる

 朝、答えは出ていなかった。


 俺は寝台に座ったまま、天井を見ていた。


 二十年、俺は「なぜ」を訊かれる仕事をしてこなかった。


 依頼人が訊くのは「どこが危ないか」「いつ崩れるか」だ。理由は要らない。数字が要る。


 だから、答え方を知らない。


    ◇


 土間に降りると、マリがもう起きていた。


 卓に紙を広げている。


 昨日の二つの句が、大きく書き写してあった。


「ねてないのか」


「ねた。よじかん」


「――足りん」


「たりてる」


 彼女は顔も上げなかった。


「ハルト。ひとつ、きづいた」


    ◇


「言え」


「これ」


 彼女は、柱が返した句を指した。


 〈シャル・カディ・オム・ネイア〉


「『シャル』と『カディ』、わけてる」


「そうだ」


「セレンさんの、かみに、『シャルカド』って、あった」


 彼女は別の紙を引き寄せた。


「『シャル』が、『サル』。……『カド』が、『カド』」


 俺は、その二枚を並べた。


    ◇


 ――サルカド。


 この土地の名だ。


 旧市街も、遺跡も、俺の家が代々請け負ってきた区画も、全部その名で呼ばれる。


 俺は、その名を四十二年、疑ったことがなかった。


「マリ」


「うん」


「『サル』は、何だ」


「わかんない」


「『カド』は」


「わかんない」


 彼女は言った。


「でも、わけられる、ってことは、いみが、ふたつ、ある」


    ◇


 俺は、その一言に手を止めた。


 ――そうだ。


 分けられるということは、二つの意味の合成だということだ。


 「サルカド」は一つの名前ではない。二語だ。


 俺は野帳を開いた。


 〈サル〉+〈カド〉


 書いて、その下に書き足した。


 〈家ノ名モ、地ノ名モ、後カラ付イタ〉


    ◇


「ハルト。かおが」


「分かってる」


 俺は言った。


「――順が逆だった」


「ぎゃく?」


「俺はずっと、『サルカディア家』が土地の名を名乗ったと思ってた」


 俺は立ち上がった。


「違う。逆だ。『サル』と『カド』という言葉が先にあって、そこから土地の名も家の名も出た」


 俺は、灯りの消えた炉を見た。


「――千年前の言葉が、まだ地面に残ってる」


    ◇


 その日、俺はギルドへ行った。


 ダウムは奥の部屋にいた。


 図面の山に埋まっている。


「ハルトか」


「ああ」


「潜ってないな。三日ぶりだ」


「休んでる」


「――嘘だな」


 彼は顔も上げずに言った。


「お前が休むときは、道具を磨く。磨いてない手をしてる」


    ◇


 俺は椅子に座った。


「ダウム」


「なんだ」


「一つ訊いていいか」


「金は取る」


「――取れ」


 俺は言った。


「あんたは、なぜギルド長をやってる」


 彼は、初めて顔を上げた。


「そりゃまた、妙な訊き方だ」


「答えられるか」


    ◇


 ダウムは、筆を置いた。


 それから、少し笑った。


「若い頃は、答えられた」


「今は」


「今はな」


 彼は椅子に背を預けた。


「今は、答えられん。……だが、やめる理由もない」


「それは、答えになってない」


「なってないな」


 彼は言った。


「だが、四十年やってきた男の本当だ」


    ◇


 俺は、その言葉を持って帰った。


 持って帰って、卓に置いて、しばらく見ていた。


 ――やめる理由もない。


 それは、俺の答えではない。


 俺には、やめる理由がある。荷の底に、その図面が入っている。


 持っていて、やめない。


 なら、俺の答えは「やめない理由がある」ということだ。


 俺は、そこまで書いて筆を止めた。


    ◇


「マリ」


「うん」


「――答えが出た」


 彼女は顔を上げた。


「はやい」


「早くない。二十年かかってる」


 俺は野帳を見せた。


 一行だけ書いてある。


 〈知リタイカラ、デハナイ〉


「ちがうの?」


「違う」


 俺は言った。


「知りたいだけなら、二十年も同じ場所に通わん。もっと面白い遺跡はいくらでもある」


    ◇


「じゃあ、なに」


「――俺は、ここで生まれた」


 俺は言った。


「親父が死んだのもここだ。師匠が測ったのもここだ。俺が最初に縄を張ったのもここだ」


 俺は、掌を見た。


「あれは、俺の家の仕事だ。誰かが引き継がなきゃならん」


「それ、しごと、でしょ」


「仕事だ」


「りゆう、それだけ?」


「――それだけだ」


 俺は言った。


「立派じゃないが、本当だ」


    ◇


 マリは、しばらく俺を見ていた。


 それから、頷いた。


「いいと、おもう」


「――そうか」


「うん。ハルト、りっぱなこと、いうと、うそっぽい」


 彼女は言った。


 俺は、思わず口の端が動いた。


 五月半で、この娘は俺の嘘を見分けるようになった。


    ◇


 翌日、俺は降りた。


 二百四十歩。柱の前。


 マリが灯りを構える。斜め後ろ、少し高く。


 俺は息を吸った。


 ――今日の一言だ。


 答えを、四音で伝える手段はない。


 だから俺は、こうすることにした。


    ◇


 俺は、荷の底から図面を出した。


 柱の前の床に、それを広げた。


 崩落の計算が書いてある紙だ。どこを叩けばこの場所が潰れるか、俺が二十年の経験で出した数字だ。


 あれには読めない。文字が違う。


 それでも、俺は広げた。


「――これを、持ってきていた」


 俺は言った。


 この国の言葉で。


「あんたを潰すための紙だ」


    ◇


 柱は、光らなかった。


 当然だ。俺はまだ句を唱えていない。


 俺は、その紙を手に取った。


 そして、両手で裂いた。


 二つに。四つに。


 音が、地下に妙に大きく響いた。


 マリが、息を呑む音がした。


    ◇


 俺は、裂いた紙を床に置いた。


 置いてから、句を唱えた。


 ――シャルカディ・オム・ネイア。


 柱が、光った。


 今度は速かった。


 一万の刻みが、端から端まで一度に明るくなった。


 これまでで、一番強い光だった。


    ◇


 俺は、その光の中に立っていた。


 ――見えている。


 この五十日、俺は「あれは俺を測っている」と思ってきた。


 規則的な入力にしか応えない。数え、比べ、判断している。


 なら、今のも見ているはずだ。


 紙を裂いた音も、その前に俺が何を持っていたかも。


    ◇


 光が、ゆっくり消えた。


 消える直前、柱は一度だけ鳴った。


 音は一つ。


 ――シャル。


 それだけだった。


 俺は、その一音を野帳に書いた。


 書いて、しばらく見ていた。


    ◇


 マリが、俺の横に来た。


 裂いた紙を見ている。


「ハルト」


「なんだ」


「それ、ずっと、もってた」


「持ってた」


「なんで、いま、やぶった」


 俺は、少し考えた。


「――お前に見せるためだ」


    ◇


「わたし?」


「そうだ」


 俺は言った。


「あれに見せるためじゃない。あれは紙が読めん」


 俺は、床の紙片を集めた。


「お前は、俺がこれを持ってるのを知ってた。知ってて、何も言わなかった」


「……いった」


「一度だけな」


 俺は言った。


「一度言って、それきり言わなかった。俺が自分で捨てるのを待ってたんだろう」


    ◇


 彼女は、答えなかった。


 答えないのが答えだった。


「マリ」


「うん」


「二月、待たせた」


「にかげつ」


「六十二日だ」


 俺は言った。


「数えてた。……お前が『もどる』と言ってから、六十二日、俺はこれを持ったままだった」


    ◇


 彼女は、しばらく黙っていた。


 それから、こう言った。


「わたしも、かぞえてた」


「――そうか」


「うん。ろくじゅうにち、って、おもってた」


「二日ずれてる」


「ハルトの、ほうが、あってる」


 彼女は言った。


「ハルト、そういうの、まちがえない」


    ◇


 俺は、紙片を懐に入れた。


 捨てなかった。


 裂いたが、捨てはしない。


 ――ダウムの言った通りだ。


 無かったことにはしない。


「マリ」


「うん」


「これは持って帰る。……もう使えん形にしただけだ」


「それで、いい」


 彼女は言った。


「つかえない、って、じぶんで、きめたなら、いい」


    ◇


 石段を上がりながら、マリが言った。


「ハルト」


「なんだ」


「あれ、なまえ、よんだ?」


 俺は、足を止めた。


 ――名前。


 「サルカド」から「カド」を落とした、前半だけ。


「マリ」


「うん」


「――俺の家の名の、前半だ」


 俺は言った。


「あれは今、俺を呼んだのかもしれん」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。