↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
測量士と転移者  作者: ごま


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
67/120

セレンの解読

 六十三日目、俺は町へ戻った。


 理由は二つ。


 一つは、四十三の区切りだ。


 俺とマリでは、これを解けない。


 もう一つは、骨のそばで拾った図面を、渡すためだった。


    ◇


 レイヴは、ギルドの前にいた。


 この二月、彼はずっとメルシアにいる。


 俺が入っている間は、サルカドの石段の前で待ち、俺が上がってくると、町まで送ってくる。


 守ると言った通りに、守っている。


「――ご無事で」


「無事だ」


「今日は、何日ぶりで」


「十三日」


「長い」


 彼は言った。


「そろそろ、様子を見に行くか迷っておりました」


    ◇


 俺は、荷から紙の束を出した。


 湿気で貼りついていたのを、丁寧に剥がしたやつだ。


「これを渡す」


 レイヴは、受け取った。


 受け取って、一枚目を見て――動きが止まった。


「――これは」


「あんたのところの、三人だ」


 俺は言った。


「縁の際に、三体あった。骨だ。……荷物と一緒に」


    ◇


 レイヴは、しばらく何も言わなかった。


 紙を持つ手が、少しずつ下がっていった。


「……三人」


「外傷はない」


 俺は言った。


「骨は折れてない。水も油も残ってた。……何かに斃されたんじゃない」


「では」


「分からん」


 俺は正直に言った。


「分からんが、あんたらの記録では十七人だ。残りの十四人も、たぶんどこかにいる」


    ◇


 レイヴは、紙をもう一枚めくった。


 震えた線の図面だ。


 彼は、それを長いこと見ていた。


「……下手ですね」


 彼は言った。


 声が、いつもと違った。


「下手だ」


 俺は言った。


「歩数も角度も取ってない。……だが、描いてある」


「――ええ」


「最後まで描いてる」


 俺は言った。


「それは、腕とは別の話だ」


    ◇


 レイヴは、紙を胸に抱えた。


 抱えて、そのまま少し俯いた。


 俺は、何も言わなかった。


 やがて、彼は顔を上げた。


 目が赤い。


「――ハルトさん」


「なんだ」


「三百年で、十七人です」


 彼は言った。


「十七人とも、名を持たずに死にました。我々は名を捨てた者の集まりですから」


 彼は紙を見た。


「ですが、この図面には、線があります」


 彼は言った。


「この線の引き方は、この人にしか引けない」


    ◇


 俺は、その言葉を、しばらく飲み込んでいた。


 ――そうだ。


 図面には、癖が出る。


 百年ぶんのサルカドの綴りを見れば分かる。几帳面な字、雑な字、線の細い字。


 名前がなくても、線がある。


「レイヴ」


「はい」


「――その三人の線は、ちゃんと違うか」


 彼は、三枚を並べた。


 並べて、しばらく見た。


「……違います」


 彼は言った。


「一人は、円を最初に描いています。一人は、縁から。もう一人は――階段からです」


    ◇


 俺は頷いた。


「なら、三人だ」


 俺は言った。


「三人が、別々にそこへ行って、別々に描いた。……それは、記録になる」


 レイヴは、頷いた。


 頷いて、それから、深く頭を下げた。


「――ありがとうございます」


「礼を言われる筋合いはない」


「いえ」


 彼は言った。


「あなたが測量士でなければ、あれはただの紙屑でした」


    ◇


 セレンは、ギルドの上の部屋にいた。


 俺の部屋だ。


 ダウムが許可を出したらしい。卓の上が、紙で埋まっている。


 二月前に渡した二十八種の写しが、そこら中に貼られていた。


「――勝手に使ってるな」


「使わせていただいております」


 彼女は顔も上げなかった。


「進んだか」


「進みました」


 彼女は言った。


「三百年ぶんが、二月で」


    ◇


 俺は、四十三の区切りを渡した。


 マリが写した、線と間の表だ。


 セレンは、それを見て――手を止めた。


「……これは」


「音だ」


 俺は言った。


「柱が返してきた。長さと間だけ写してある」


 彼女は、しばらくそれを見ていた。


 それから、二十八種の表を引き寄せた。


 二つを並べる。


    ◇


「――ハルトさん」


「なんだ」


「これは、音の並びですね」


「そうだ」


「文字の並びも、二十八種あります」


 彼女は、両方を指した。


「もし、この二十八種が音を表す字なら」


 彼女は言った。


「この音の並びを、この字に置き換えられる」


    ◇


 俺は、その意味を飲み込むのに、少し時間がかかった。


「――逆から解けるのか」


「解けます」


 彼女は言った。


「音は、あなたが持ってきた。字は、我々が三百年持っていた」


 彼女は、初めて顔を上げた。


「片方だけでは、どちらも読めません」


    ◇


 その日から、三日かかった。


 俺は測量の頭で、彼女は文献の頭で、同じ表を睨んだ。


 マリが数を数えた。


 三日目の夜、セレンが筆を置いた。


「――出ました」


 彼女の声は、掠れていた。


「何が」


「対応です」


 彼女は言った。


「二十八のうち、十九が確定しました。残り九は、候補が二つずつ」


    ◇


 俺は、その表を見た。


 左に音。右に字。


 十九行が、線で結ばれている。


「――読めるのか」


「短い語なら」


 彼女は言った。


「試しましょう」


 彼女は、新しい紙を引き寄せた。


 そして、扉に彫ってあった四文字を書いた。


 サ、ル、カ、ド。


    ◇


「これは、地名として既に分かっています」


 彼女は言った。


「では、こちらを」


 彼女は、俺の句を書いた。


 四つの区切り。シャル、カディ、オム、ネイア。


 書いて――彼女の手が、止まった。


「……ハルトさん」


「なんだ」


「最初の二つが」


 彼女は、二つの表を指した。


「サルカドと、同じ字です」


    ◇


 俺は、その紙を見た。


 サ、ル、カ、ド。


 シャル、カディ。


 ――同じ字が、並んでいる。


「……同じ言葉か」


「同じ語根です」


 セレンは言った。


「訛りの範囲です。三百年、口で伝えれば、これくらいは変わります」


 彼女は言った。


「あなたの句の前半は、この土地の名です」


    ◇


 俺は、椅子にもたれた。


 ――地名だ。


 二十四年、意味も知らずに唱えてきた言葉の、前半分が。


 俺が二十年通っている場所の名前だった。


「セレン」


「はい」


「後半は」


「――まだです」


 彼女は言った。


「オム、ネイア。……この二つの音に対応する字は、候補が二つずつ残っています」


 彼女は表を指した。


「四通りの読み方があります。そのうち三つは、言葉として成立しません」


「残り一つは」


「動詞です」


 彼女は言った。


「動詞であることは、間違いありません」


    ◇


 俺は、そこで身を起こした。


「――どういう動詞だ」


「分かりません」


 彼女は言った。


「意味を確定するには、同じ動詞が使われている別の文が要ります」


 彼女は俺を見た。


「一つでは、読めません。……二つあれば、比べられます」


 俺は、四十三の区切りの表を見た。


「これは」


「長すぎます」


 彼女は言った。


「四十三です。短い語がどこで切れるかが分からない」


    ◇


 俺は、しばらく考えた。


 ――もう一つ、要る。


 同じ動詞が入った、短い文。


 どこにある。


 俺は、荷を漁った。


 漁って、手が止まった。


 ――杆の柄だ。


 五つの形が、九回。


 俺は、それを卓に置いた。


「セレン」


「はい」


「――これを読め」


    ◇


 彼女は、杆を受け取った。


 受け取って、灯りに近づけて、柄の銘を見た。


 しばらく、動かなかった。


 それから、顔を上げた。


「ハルトさん」


「なんだ」


「――これは、いつからお持ちですか」


「師匠の形見だ。二十三年前から」


「その前は」


「知らん」


 彼女は、銘をもう一度見た。


「――九つの音のうち、四つが、あなたの句と同じです」


 彼女は言った。


「同じ動詞が、入っています」


    ◇


 その夜、俺たちは三人で卓を囲んだ。


 俺と、マリと、セレン。


 卓の上に、三つ並べた。


 一つ、俺の句。四つの音。


 二つ、杆の銘。九つの音。


 三つ、扉の四文字。


 三つを、セレンが字に置き換えていく。


    ◇


「――前半は、地名です」


 彼女は言った。


「サルカド。あるいは、シャルカド。同じ語です」


 彼女は、二つ目を指した。


「杆の銘の、五番目から八番目。ここに、同じ動詞が入っています」


「――その前は」


「名前です」


 彼女は言った。


「人の名です。……そう読めます」


 俺は、身を乗り出した。


「誰の」


「読めません」


 彼女は言った。


「音は出ます。ですが、それが誰かは、我々には分かりません」


    ◇


「音だけでいい」


 俺は言った。


「言ってくれ」


 セレンは、少し迷ってから、口に出した。


「――オルソ」


 部屋が、静かになった。


 俺は、動かなかった。


 マリが、俺の顔を見た。


    ◇


「……オルソ」


 俺は、その音を繰り返した。


「――ご存じですね」


 セレンが言った。


「知ってる」


 俺は言った。


「街道で、あんたらの団長に呼ばれた」


「レイヴが」


「オルソ・サルカディア、と」


    ◇


 セレンは、しばらく黙っていた。


 それから、杆をもう一度見た。


「……ハルトさん」


「なんだ」


「これは、道具に彫った名ではありません」


 彼女は言った。


「名と、動詞と、地名が並んでいます」


 彼女は、指で三つを示した。


「――これは、文です」


    ◇


 俺は、その杆を見た。


 二十年、握ってきた。


 柄の傷は、掌の形に馴染んでいる。


 その柄に、文が彫ってある。


 名前と、動詞と、この土地の名前が。


「セレン」


「はい」


「――誰が彫った」


「分かりません」


「いつ」


「――分かりません」


 彼女は言った。


「ですが、一つだけ言えます」


 彼女は、俺を見た。


「これを彫った人は、あなたの家の言葉を、正しく書ける人でした」


    ◇


 俺は、その言葉を飲み込むのに、しばらくかかった。


 ――正しく書ける人。


 俺の家は、口で伝えてきた。


 三百年、いや千年、口だけで。


 書けなかったから、訛った。


 その言葉を、文字で正しく彫った誰かがいる。


「マリ」


「うん」


「――俺の杆は、いつからうちにある」


「しらない」


 彼女は言った。


「でも」


 彼女は、少し考えた。


「ししょうの、まえも、あったかも」


    ◇


 俺は、その可能性を、初めて考えた。


 師匠の形見だと思っていた。


 だが、師匠は俺の家の遠縁だ。


 その師匠も、誰かから受け取ったかもしれない。


 ――百年ぶんの図面と、同じだ。


 誰かが引き継いで、引き継いで、俺のところに来ている。


 誰も、何も言わずに。


「――セレン」


「はい」


「動詞の意味は、いつ出る」


「もう一つ、文が要ります」


 彼女は言った。


「短い文が。……同じ動詞の入った、別の文が」


 彼女は俺を見た。


「あの柱に、訊けませんか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。