三度の点滅
五十二日目から、俺は縄を継ぎ足した。
二十尋を三本。合わせて六十尋。
メルシアで買った。金は、三万レンの残りだ。
もう、ほとんど残っていない。
――家が焼けて、金だけが残った。
三万レンは、寝台の下の箱に入れていた。焼けたはずだ。
だが、燃え残った。金属の箱だったからだ。
中身は、半分ほど熔けていた。
残りを、俺は縄に変えた。
◇
五十五日目、俺は柱まで三十歩の位置に立った。
縄は、まだある。
だが、その日は柱に触れなかった。
触れる前に、やることがあった。
――測る。
柱の差し渡し。高さ。表面の模様の大きさと数。
二十年、俺が最初にやることだ。
◇
柱の差し渡しは、十八歩だった。
俺の見立ては二十歩。誤差、一割。
――柱の見立ては、狂いやすい。
丸いものは、大きく見える。人の目はそういうふうにできている。
高さは測れなかった。天井が見えない。
模様の数は、途中でやめた。
柱の一面だけで、千を超えた。
◇
「マリ。数えるのはやめる」
「なんで」
「多すぎる」
俺は野帳を閉じた。
「一面で千だ。全周なら、たぶん一万を超える」
俺は柱を見上げた。
「一万の模様を、誰かが彫った」
「――ひとが?」
「分からん」
俺は言った。
「だが、彫ったなら、意味がある」
◇
その日、点滅がまた来た。
三度。間を空けて、三度。
昨日と同じだ。
俺は、その間隔を測った。
光る時間は、数える間もない。一瞬。
間は、三つ数える。
三度光って、十数える間の休み。それから、また三度。
――規則的だ。
俺は野帳に書いた。
〈三度点滅。間三。休ミ十。繰リ返シ〉
◇
その晩、俺はその数字を眺めていた。
三、三、十。
――何かの数だ。
三日か。三度か。
あるいは――
「マリ」
「うん」
「三で表すものを、思いつくか」
彼女は、少し考えた。
「みっつ、あるもの」
「そうだ」
「……ほし」
俺は、顔を上げた。
「なんだと」
「みっつ、かさなる、ほし」
彼女は言った。
「〈杯〉と〈環〉と〈天秤〉」
◇
俺は、しばらく動かなかった。
――三つの星。
十一年ごとに寄る、三つの星。
あの柱は、三度光る。
「三つ」と言っているなら。
――星の話をしている。
「マリ。星表を」
「もってきてない」
「メルシアだ」
俺は立ち上がった。
「――明日、取りに行く」
◇
翌日、俺は半日かけて町へ戻った。
ギルドの上の部屋で、ドルスの写しを担いだ。
三冊。重い。
戻る途中、俺は考えていた。
――もし、あれが星の話をしているなら。
あれは、外を知っている。
地の底で、千年、空を見ずに。
それでも、星の話をしている。
――なぜ知っている。
◇
五十七日目、俺は星表を持って柱の前に立った。
そして、試した。
俺は、三度手を叩いた。
間を空けて、三度。
柱の光が、変わった。
強くなった。
――通じた。
◇
俺は、次に四度叩いた。
柱は、光らなかった。
二度叩いた。
光らなかった。
三度叩いた。
――強く光った。
「マリ」
「みてる」
「三だけだ」
俺は言った。
「三だけ、返事がある」
◇
俺は、そこから半月かけて、それを詰めた。
やり方は、単純だ。
俺が何かをする。柱が反応するか、しないか。
二つに一つ。それを積む。
――測量と同じだ。
叩く。数を変える。間を変える。場所を変える。
半月で、分かったのは三つだった。
一つ。三度だけ、反応する。
二つ。柱に近い場所で叩くほど、反応が強い。
三つ――柱は、こちらが規則的に動くと、必ず返す。
◇
三つ目が、一番大きかった。
「マリ」
「うん」
「――あれは、規則が好きだ」
「すき」
「規則的なものにだけ、返してくる」
俺は言った。
「でたらめに叩いても、返さない。同じ間隔で叩くと、返す」
俺は野帳を見た。
「規則を、探してるんだ」
◇
その言い方に、俺は自分で引っかかった。
――規則を探している。
俺と、同じだ。
俺は五月半、この遺跡の規則を探してきた。
寸法が同じ。通路幅が同じ。段の蹴上げが同じ。
規則があるかどうかを、ひたすら数えてきた。
あれも、同じことをしている。
俺という、来たことのないものが現れて、その規則を探している。
◇
「ハルト」
「なんだ」
「あれ、わたしたちを、はかってる?」
「――そう思う」
俺は言った。
「五十七日、俺はあれを測ってた」
俺は柱を見た。
「五十七日、あれも俺を測ってた」
◇
俺は、その夜、初めて怖くなった。
これまでの怖さとは、別のものだった。
――向こうのほうが、俺より上手いかもしれない。
俺には野帳がある。二十年の腕がある。
だが、向こうには千年ある。
千年、誰も来ない場所で、来ないことを測り続けてきた相手だ。
その相手が、今、俺を測っている。
◇
「マリ」
「うん」
「――俺は、あれに何を見せてる」
彼女は、しばらく黙っていた。
「なにを、って」
「毎日、同じ時刻に来て、同じ句を言って、規則的に叩いてる」
俺は言った。
「あれから見た俺は、どういうものに見える」
マリは、少し考えた。
それから、こう言った。
「……まじめな、ひと」
俺は、思わず息を吐いた。
「まじめか」
「まじめ」
彼女は頷いた。
「まいにち、おなじじかんに、くる。やくそく、まもる」
彼女は言った。
「わたしにも、そうみえる」
◇
俺は、その言葉に、少し救われた。
救われてから、すぐに冷えた。
――俺は、荷の底に図面を持っている。
毎日、規則正しく通って、真面目に測って、その荷の底に、ここを潰す計算を入れている。
向こうは、それを知らない。
知らないから、返事をしている。
俺は、その晩、野帳に一行書いた。
〈俺ハ、嘘ヲツイテイル〉
書いて、すぐに消そうとして、やめた。
消さずに、閉じた。
◇
六十日目、俺は星表を使った。
三冊のうち、一冊を持って降りた。
柱の前で、俺はそれを開いた。
開いて――どう見せればいいのか、分からなかった。
紙を掲げても、向こうに目があるとは限らない。
俺は、しばらく考えて、別の方法を取った。
◇
床に、書いた。
炭で、直接。
三つの点を打つ。〈杯〉と〈環〉と〈天秤〉。
その並びを、今夜の空の通りに。
俺は、それを書き終えて、下がった。
柱の光が、変わった。
――強い。
これまでで一番、強かった。
◇
俺は、次に、十一年後の並びを書いた。
星表から計算した位置だ。
三つの点が、寄っている。
書き終えると、柱が三度光った。
間を空けて、三度。
――同じ合図だ。
「マリ」
「みてる」
「――合ってる」
俺は言った。
「あれは、三つの星のことを言ってた」
◇
俺は、最後にもう一つ書いた。
八年三月後の、大きな重なりだ。
五つの星が寄る。
俺は、五つの点を打った。
打ち終えて、下がった。
◇
柱が、消えた。
光が、全部消えた。
真っ暗になった。
俺は、思わず灯りを持ち上げた。
マリが、俺の袖を掴んだ。
――何秒だったか、分からない。
十数える間か、もっと短かったか。
それから、光が戻った。
全部の模様が、一斉に。
これまでの明滅ではない。
――点いた。
◇
俺は、その光の中で、動けなかった。
柱の全面が、白に近い青で光っていた。
模様の一つ一つが、はっきり見えた。
そして、音がした。
長い。
これまでで、一番長かった。
俺は、聞き取ろうとした。
聞き取れなかった。
だが、その中に、また二つ、分かるものがあった。
――俺の句。
――サルカド。
◇
やがて、光が落ちた。
いつもの明滅に戻った。
俺は、しばらくそこに立っていた。
「――マリ」
「うん」
「今の、書けるか」
「かいた」
彼女は、野帳を見せた。
線と、間の空きが並んでいる。
俺が教えたやり方だ。
――四十三の区切りがあった。
これまでで、一番多い。
◇
「ハルト」
「なんだ」
「――あれ、おどろいた?」
「――ああ」
俺は言った。
「たぶんな」
「なんで」
俺は、床の五つの点を見た。
「――八年後を、知らなかったのかもしれん」
俺は言った。
「三つの星は知ってる。十一年ごとは知ってる。……だが、五つ寄る夜は」
俺は、そこで言葉を止めた。
――知らないはずがない。
千年、あそこにいるものが、星の周期を知らないわけがない。
なら、驚いたのは別の理由だ。
◇
「マリ」
「うん」
「――知らなかったんじゃない」
俺は言った。
「知ってる。……知ってて、驚いた」
「なにに」
「――俺が知ってたことに、だ」
俺は柱を見上げた。
「地上の人間が、それを計算して、ここまで持ってきた」
俺は言った。
「たぶん、千年、なかったことだ」




