↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
測量士と転移者  作者: ごま


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
58/120

地上へ

 十日目の夕方、俺たちは地上へ出た。


 正確には、俺が「十日目の夕方」と決めた時刻だ。


 地の底では、時刻は決め事でしかない。


 石段を上がると、外は本当に夕方だった。


 ――当たった。


 二十年の経験は、こういうところで役に立つ。役に立って、誰も褒めない。


    ◇


 石段の外に、レイヴがいた。


 十日、本当にいた。


 部下と交代で見張っていたのだろう。それでも、この男自身が同じ場所に立っていた。


 俺を見て、彼は明らかに安堵した顔をした。


「――ご無事で」


「無事だ」


「十日、ぴったりですね」


「そういう仕事なんだ」


 俺は荷を下ろした。


    ◇


 セレンが、荷馬の陰から出てきた。


 この女も、いた。


「突き合わせは」


 開口一番、それだった。


「した」


「――結果は」


「二十八種だ」


 俺は野帳を出した。


「そちらの十四種は、全部こちらにある。こちらには、そちらにない字が十四種ある」


 セレンの手が、震えた。


 彼女は紙を受け取って、その場で膝をついた。


 地面に紙を広げて、灯りを近づけて、読み始めた。


 レイヴが咳払いした。


「――記録官」


「お待ちを」


「馬車の中でも読めるだろう」


「揺れます」


 彼女は顔も上げなかった。


    ◇


「ハルトさん」


 レイヴが、俺の横に来た。


「なんだ」


「十日で、どこまで」


「言わん」


「――でしょうね」


 彼は苦笑した。


「一つだけ、答えてください」


「内容による」


「扉は、開きましたか」


 俺は、少し黙った。


「――開いた」


 レイヴの息が、止まった。


「そして、閉めてきた」


 俺は言った。


「いや、閉まらなかった。開いたままだ」


「――開いたまま」


「そうだ」


 俺は彼を見た。


「だから、あんたらは入れる。……入りたければな」


    ◇


 レイヴは、しばらく黙っていた。


 それから、首を振った。


「入りません」


「なぜ」


「三百年、入れなかったからです」


 彼は言った。


「入口が開いていないから入れなかったのではない。……入る資格がないから入れなかった」


 彼は、俺を見た。


「開いていても、我々が入れば、たぶん死にます」


「――根拠は」


「記録です」


 彼は言った。


「三百年で、十七人試して、十七人戻っていません」


    ◇


 俺は、その数字を頭に入れた。


 十七人。


 ――削られた模様も、十七か所だった。


 偶然だろう。


 偶然だろうが、覚えておく。


「レイヴ」


「はい」


「一つ訊く」


「どうぞ」


「あんたらは、なぜ待ってる」


 俺は言った。


「三百年だ。長すぎる。……何を待ってるんだ」


 レイヴは、しばらく黙っていた。


 それから、こう言った。


「――星です」


    ◇


 俺は、動かなかった。


「大きな重なりを待っています」


 彼は言った。


「次は、八年と三月後です」


 俺は、その数字を聞いて、顔に出さないようにした。


 ――同じ数字だ。


 昨日、マリが出した数字と、同じ。


「その夜に、何が起きる」


「分かりません」


 レイヴは言った。


「記録には『門が開く』とあります。……ですが、我々の記録は劣化しています」


 彼は、セレンのほうを顎で示した。


「読めていないんです。三百年、読めないまま待っている」


    ◇


 俺たちは、その夜、メルシアへ戻った。


 俺の家は、焼け跡になっていた。


 黒い柱が三本、立っているだけだ。


 隣の家は無事だった。


 レイヴの部下が、間の板塀を落として延焼を止めたという。


 俺は、その焼け跡の前に立った。


 しばらく立って、それから中に入った。


    ◇


 棚があった場所を探した。


 直した測量具は、全部熔けていた。


 蜜の壺は――割れていた。


 中身は、焼けて黒くなっていた。


 千年、封じられていた蜜だ。


 俺は、その破片を一つ拾った。


 拾って、しばらく持っていた。


 ――誰かが、詰めて、封をして、開けなかった。


 その千年を、一晩で終わらせた奴がいる。


 俺は、破片を懐に入れた。


    ◇


 その時、後ろで足音がした。


 俺は振り返った。


 フェイラだった。


 息を切らしている。


「ハルト」


「――どうした」


「あんた、無事だったのね」


「無事だ」


 彼女は、俺の顔を見て、それから言葉に詰まった。


 詰まった顔を、俺は知っている。


 悪い報せを持ってきた人間の顔だ。


「フェイラ」


「……うん」


「――誰だ」


    ◇


 彼女は、しばらく言えなかった。


 やがて、こう言った。


「ゼルさん」


 俺は、動かなかった。


「情報屋の。……あんたと、よく飲んでた」


「――ああ」


「六日前」


 彼女は言った。


「東の路地で。……刺されて」


 俺は、その言葉を、しばらく飲み込めなかった。


「――生きてるのか」


 フェイラが、首を振った。


    ◇


 俺は、焼け跡の中に立っていた。


 足元に、熔けた金属がある。


 二十年かけて直した道具だ。


 ――関係ない。


 そう思った。


 道具は、道具だ。


 人が死んだ。


「フェイラ」


「うん」


「――何か言ってたか」


「言ってたわ」


 彼女は、懐から紙を出した。


「これを、あんたに」


 俺は受け取った。


 安い紙だ。折り目が四つ。


 開くと、一行だけ書いてあった。


    ◇


 〈兄貴分の借りは、返した〉


 それだけだった。


 俺は、その一行を、しばらく見ていた。


 ――四年前、東の坑で崩落があった。


 俺は図面を出した。三人生きて出た。うちの一人が、この男の兄貴分だった。


 あの男は、それを恩だと言った。


 恩は、返せるうちに返しておく、と。


 俺は、紙を握った。


 握って、破らないように力を抜いた。


    ◇


「フェイラ」


「うん」


「ゼルは、何をしてた」


「調べてたのよ」


 彼女は言った。


「あんたの家を焼いた連中を。……誰にも頼まれてないのに」


 俺は、目を閉じた。


 ――頼んでない。


 頼んでいない。


 だが、あの男は行った。


 なぜなら、俺が四年前に図面を出したからだ。


 仕事として。金をもらって。


 覚えてもいない仕事のせいで、人が一人死んだ。


    ◇


 マリが、俺の隣に来た。


 何も言わなかった。


 俺も、何も言わなかった。


 しばらくして、俺は口を開いた。


「マリ」


「うん」


「――家は、いい」


 俺は言った。


「道具も、蜜も、いい。物だ」


 俺は、焼けた柱を見た。


「だが、人は違う」


 俺は言った。


 言った声が、自分でも驚くほど平らだった。


 平らすぎた。


「ハルト」


 マリの声が、少し変わった。


「なんだ」


「……いま、こわい、かおしてる」


「そうか」


 俺は言った。


「そうだろうな」


    ◇


 その夜、俺は野帳を開いた。


 開いて、今日の欄に線を引いた。


 句、一度。


 守った。


 守ったことを書いて、俺は筆を止めた。


 ――守って、何になった。


 俺が十日、地の底で数を数えている間に、地上で人が死んだ。


 規則を守り、日に一度に抑え、数えて、書いて。


 その十日で、ゼルは死んだ。


 俺は、野帳を閉じた。


 閉じて、しばらく動かなかった。


 ――数えて、どうする。


 四月前、マリが俺に訊いた言葉だ。


 あの時、俺は答えられなかった。


 今も、答えは出ていない。


 だが、一つだけ、はっきりしたことがある。


 ――このまま数え続けても、また誰か死ぬ。


    ◇


 俺は、灯りをつけたまま、部屋の中を見回した。


 ギルドの上の部屋だ。ダウムが空けてくれた。


 寝台が二つ。卓が一つ。窓が一つ。


 ――誰の家でもない。


 俺の家は焼けた。


 この部屋は、借り物だ。


 二十年、俺は「静かに暮らす」ことだけを守ってきた。


 目立つな。何も持つな。腕一本で食え。


 守った結果が、これだ。


 ――いや。


 守ったからじゃない。


 守っていたのに、こうなった。


 俺は、その違いを、しばらく考えていた。


 考えて、答えが出た。


 ――守り方が、間違っていた。


 俺は、自分が目立たなければ何も起きないと思っていた。


 だが、起きたことは全部、俺が何をしたかとは無関係だった。


 両親は、俺が生まれる前から狙われていた。


 ゼルは、俺が四年前に出した図面のせいで死んだ。仕事で出した図面だ。


 ――俺が静かにしていても、関係なかった。


 あれが、そこにあるからだ。


 俺は、卓の紙を見た。


 サルカドの図面だ。


 二十年、俺が描き足してきたもの。


 俺は、その紙を、しばらく見ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。