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測量士と転移者  作者: ごま


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53/120

下の入口

 七日目、俺たちは円の広間から下へ降りた。


 降り口は、外周の一点にあった。


 二百四十歩の円を測った時、俺は壁の一か所だけ、音が違うのを控えていた。


 叩けば分かる。


 薄い。


    ◇


 抜くのに、半日かかった。


 鶴嘴で崩した断面を、俺は灯りで照らした。


 ――塗ってある。


 未踏区画の時と同じだ。


 石を積んで、上から何かを塗って、周りと同じに見せてある。


 誰かが、後から塞いだ。


「マリ」


「うん」


「これで三度目だ」


 俺は言った。


「サルカドは、三度、塞がれてる」


    ◇


 降りた先は、通路ではなかった。


 ――階段だった。


 幅が違う。


 これまでの通路は、四尺五寸。


 この階段は、十二尺ある。


 人が六人、横に並べる。


 俺は、その幅を三度測った。


 三度とも、十二尺だった。


「ハルト」


「――ああ」


「ひろい」


「広い」


 俺は言った。


「こういう幅を、何と言うか知ってるか」


「しらない」


「表の階段だ」


 俺は言った。


「人を迎える階段の幅だ。……使用人が通る階段は、狭く作る」


    ◇


 降りながら、俺は数えた。


 六十段。


 途中に、踊り場が三つ。


 踊り場ごとに、左右の壁がわずかに開く。


 ――両脇に、何かを置いていた跡がある。


 台座だ。


 像か、灯りか。何かを据えていた。


 今は、何もない。


 全部、持っていかれている。


「――綺麗に持っていったな」


 俺は言った。


「だれが」


「三百年、誰かが通ってる」


 俺は台座の跡に手を置いた。


「ここは、塞がれてた。だが、塞ぐ前に通ってた奴がいる」


    ◇


 六十段の下は、扉だった。


 開いていた。


 というより、扉そのものが、床に落ちていた。


 外されている。


 俺は、その扉を照らした。


 ――厚い。


 一尺以上ある。石ではない。石より重い。


 そして、表に何か彫ってあった。


 俺は膝をついた。


 刷毛で埃を払う。


 ――出た。


    ◇


 同心円。


 枝分かれする線。


 三本ある。削られていない。


 そして、その下に――


 文字が、四つ。


 俺は、息を止めた。


「マリ」


 声が、掠れた。


「灯りを」


 彼女が、正しい位置に灯りを構えた。


 四つの形が、はっきり見えた。


「――四つだ」


「よっつ」


 マリの声も、掠れていた。


「ハルト。これ」


「言うな」


 俺は言った。


「先に、写す」


    ◇


 俺は、写した。


 三度、写した。


 一度目は素早く。二度目は寸法を測って正確に。三度目は、拓を取るように紙を当てて擦った。


 擦る道具がないので、炭を使った。


 ――ドルスがいたら、もっと上手くやるだろう。


 そう思った。


 思って、少し寂しかった。


 あの学者は、たぶん、これを見たら泣く。


 写し終えて、俺は紙を三枚並べた。


 同じ形が、三枚とも出ていた。


    ◇


「――四つの音だ」


 俺は言った。


「サ、ル、カ、ド」


「かもしれない」


 マリが慎重に言った。


「そうだ。かもしれない、だ」


 俺は頷いた。


「確かめる方法がある」


 俺は野帳を開いた。


「二十八種の表を出せ」


 彼女が出した。


 俺は、扉の四文字を、その表と突き合わせた。


 ――一つ目。表にある。


 二つ目。ある。


 三つ目。ある。


 四つ目――


「……ない」


「ない?」


「表にない形だ」


 俺は言った。


「二十九種目だ」


    ◇


 俺は、その四つ目の形を、しばらく見ていた。


 ――ドが、ない。


 いや。


 四つ目が「ド」だと決まったわけではない。


 だが、仮にこれが〈サルカド〉なら。


 サ、ル、カ、の三つは表にある。


 ドだけが、他のどこにも出てこない。


「マリ」


「うん」


「珍しい音、というのはあるか」


「ある」


「お前の国では」


「……『ぬ』」


 彼女は少し考えて言った。


「あんまり、つかわない」


「使わない字は、どうなる」


「わすれる」


 彼女はあっさり言った。


「わたし、『ぬ』、まだ、かけない」


    ◇


 俺は、その言葉に打たれた。


 ――使わない字は、忘れられる。


 セレンの側は、十四種しか持っていない。


 三百年、口伝で繋いで、使う音だけが残った。


 使わない音は、消えた。


 ――消えた音の中に、何が入っていた。


 俺は、扉の四文字を見た。


 この遺跡の名前。


 その最後の一音が、誰の表にもない。


「……減るってのは」


 俺は言った。


「こういうことか」


    ◇


 俺は、扉の裏側にも回った。


 裏には、何もなかった。


 だが、蝶番の跡があった。


 ――外側に開く扉だ。


 俺は、その意味をしばらく考えた。


「マリ」


「うん」


「扉ってのは、どっちに開く」


「……そと?」


「家によるが、たいていは内側だ」


 俺は言った。


「外開きにするのは、中から人が大勢出る場所だ。……押し合いになると、内開きは開かなくなる」


 俺は、階段を見上げた。


 幅十二尺。六人並べる。


「――ここは、出口だ」


 俺は言った。


「入口じゃない。出口だ」


    ◇


 俺は、階段の下に立って、上を見た。


 六十段。両脇に台座。幅十二尺。


 これを、上から降りてくるのではない。


 ――下から、上がってくるための階段だ。


 大勢で。


 俺は、その光景を想像した。


 地下から、人が上がってくる。


 列を作って。台座に灯りが灯っていて。


 厚い扉が、外へ向かって開いていて。


「マリ」


「うん」


「――ここは、地下から地上へ出る門だ」


 俺は言った。


「サルカドは、地上の遺跡じゃない」


 俺は、自分の足元を見た。


「地下の何かの、玄関だ」


    ◇


 その夜、マリが訊いた。


「ハルト」


「なんだ」


「じゃあ、ハルトの、いえは」


 俺は、手を止めた。


 ――そうだ。


 サルカドは、旧市街で一番深い家だと思っていた。


 だから王家の本邸だろうと。


 違う。


 家ではない。


「……門番だ」


 俺は言った。


「うちの家は、門の脇に住んでたんだ」


 俺は、灯りを見た。


「二十年、俺は自分の家の門を測ってた」


 言ってから、自分でおかしくなった。


 おかしいのに、笑えなかった。


    ◇


 その夜、俺は扉の前に座って、写しを眺めていた。


 四つの文字。


 これが〈サルカド〉なら、この扉は名前を掲げている。


 ――名前を掲げる扉は、表だ。


 裏口に名前は書かない。勝手口にも書かない。


 名前を書くのは、人に見せる側だけだ。


 なら、この扉は、下から来た者に見せるために名前を書いている。


 ――下から来る者が、いた。


 俺は、その事実を、しばらく転がしていた。


 いた、というより――


 いたはずだ、が正しい。


 この階段には、埃しかない。足跡はない。


 千年、誰も上がってきていない。


「マリ」


「うん」


「――待ってたんだな、この扉は」


「まってた」


「千年、開けたまま待ってて、誰も来なかった」


 俺は、床に落ちた扉を見た。


 外されている。


 誰かが、外した。


 ――閉められないように、外したのかもしれない。


 そう思ったら、その考えが頭から離れなくなった。


 開けたままにしておく。


 誰かが帰ってきた時に、閉まっていないように。


 俺は、写しを畳んだ。


「――こういうことを考えるのは、よくない」


「なんで」


「証拠がない」


 俺は言った。


「証拠のない話を、俺は図面に書かない」


 言いながら、野帳の隅に、小さく書いた。


 〈扉ハ外サレテイタ。閉メナイ為カ〉


 書いてから、消さなかった。

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