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測量士と転移者  作者: ごま


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52/120

突き合わせ

 四日目は、床の上で紙を並べた。


 降りるのを止めた。


 降りる前に、やることができたからだ。


    ◇


 俺の手元には、三つある。


 一つ。杆の柄の銘。五つの形が九回。


 二つ。ギルドの綴りの余白。七つの形が二十三回。俺が野帳に写してある。


 三つ。セレンが置いていった写し。十四種。


 そして四つ目が、今、足元にある。


 ――削られた床の模様。十七か所。


 俺は、まず自分の三つを並べた。


「マリ。書けるか」


「かける」


「読み上げる。表にしろ」


 彼女は野帳を開いた。


 この四月で、彼女は俺より整った表を作るようになっている。


    ◇


 半日で、形が揃った。


 全部で、二十一種。


 うち、四種は三つ全部に出る。


 六種は、二つに出る。


 残り十一種は、一つにしか出ない。


「――偏ってる」


 俺は言った。


「かたよってる」


「四種が、やたら多い」


 俺は表を叩いた。


「全体の、半分近くだ」


 マリが、数を確かめた。


「……よんじゅうさんパーセント」


「なんだそれは」


「はんぶん、より、すこし、すくない」


 彼女はあっさり言った。


 俺は、その言い方に少し笑った。


「――お前の国は、そういう数え方をするのか」


「する」


「便利だな」


「べんり」


    ◇


 偏っている、というのが重要だった。


 ドルスが言っていた。


 文字なら、頻度に偏りが出る。均一なら文字ではない、と。


 装飾帯は、均一だった。だから彼は「装飾だ」と結論した。


 ――こっちは、偏っている。


 俺は、その意味を口に出した。


「これは、文字だ」


 マリが顔を上げた。


「装飾帯とは違う」


 俺は言った。


「壁の帯は均一だった。これは偏ってる。……よく使う字と、めったに使わない字がある」


「じゃあ、かべの、おびは」


「あれは、たぶん、飾りじゃない」


 俺は、そこで手を止めた。


 ――待て。


 均一なものが、もう一つある。


 俺は野帳をめくった。


「マリ」


「うん」


「壁の帯は、均一だった」


「うん」


「だが、字が均一になる場合が、一つだけある」


 俺は言った。


「――数字だ」


    ◇


 俺は、頁に数を書き並べた。


 一。二。三。四。五。


 この国の数字だ。


「見ろ。数を並べると、どの形も同じくらい出る」


 俺は指した。


「文章なら偏る。だが、目盛りや台帳は偏らない」


 マリの目が、大きくなった。


「かべの、おびは」


「たぶん、目盛りだ」


 俺は言った。


「あるいは、番号だ。……部屋番号かもしれん」


 俺は立ち上がった。


「ドルスは、五十枚の拓本を取った」


 俺は言った。


「五十枚ぶん、全部の頻度が均一だった。……あの男は、二十年かけて、この遺跡の番号表を写してたんだ」


    ◇


 そこから先は、早かった。


 俺は床に降りて、削られた十七か所を、もう一度全部写した。


 削り取られた部分ではなく、**残っている部分**を。


 連中は一部を持っていった。だが、周りは残している。


 残っている形を全部拾えば、削られた形が推定できる。


 ――穴の形から、抜けた石の形が分かる。


 崩落の測量と、同じだ。


 俺は二日かけて、それをやった。


    ◇


 六日目の夜。


 表が、埋まった。


 二十一種が、二十八種になった。


 削り跡から推定した七種が、新しく加わった。


 俺は、セレンの写しを横に置いた。


 十四種。


 ――こちらの二十八のうち、十四が一致した。


 残りの十四種は、向こうにない。


「……セレンの言った通りだ」


 俺は言った。


「あの女は、半分しか持ってない」


    ◇


 マリが、表を睨んでいた。


「ハルト」


「なんだ」


「これ、じゅうぶん?」


「――何がだ」


「にじゅうはち。よめる?」


 俺は、その問いを考えた。


「……足りないと思う」


「なんで」


「日本の字は、いくつある」


 俺は訊いた。


 マリが、指を折った。


「……ひらがな、しじゅうろく。カタカナ、しじゅうろく。かんじ、たくさん」


「漢字は」


「にせん、いじょう。……つかうのは」


 彼女は少し考えた。


「にせん、くらい」


「二千か」


 俺は野帳を閉じた。


「じゃあ、二十八じゃ足りん」


「でも」


 マリが言った。


「にじゅうはち、なら、おとの、かず、かもしれない」


 俺は顔を上げた。


「――音」


「わたしの、くにの、ひらがな。……しじゅうろく」


 彼女は言った。


「あれ、おと。『あ』『い』『う』。……いみ、ない。おとだけ」


 俺は、その言葉を飲み込んだ。


 ――音を表す字か。


 二十八なら、ありうる。


 この国の字は、意味の塊だ。だから二千要る。


 だが、音だけを表す字なら、数十で足りる。


「マリ」


「うん」


「――お前の国には、両方あるのか」


「ある」


「なぜ両方要る」


「……わかんない」


 彼女は正直に言った。


「むかしから、そう」


 俺は、少し笑った。


 どこの国も、同じらしい。


    ◇


 その夜、俺は句を紙に書いてみた。


 書けるはずがない。


 俺は音しか知らない。


 だが――音を表す字なら、書ける。


 シャル・カディ・オム・ネイア。


 俺は、二十八種の中から、それらしい形を探した。


 探して、四つ選んだ。


 選んで、並べた。


「……分からん」


 俺は筆を置いた。


「合ってるかどうかが、分からん」


「なんで」


「音と字の対応が分からんからだ」


 俺は言った。


「二十八種あることは分かった。それが音を表してるらしいことも分かった。……だが、どの形がどの音かは、まだ何も分からん」


    ◇


 マリは、しばらく黙っていた。


 それから、こう言った。


「ハルト」


「なんだ」


「ひとつ、しってる」


「――何を」


「『サルカド』」


 彼女は言った。


「ここの、なまえ」


 俺は、動きを止めた。


「もし、かべに、『サルカド』って、かいてあったら」


 彼女は言った。


「よっつの、おと。……サ、ル、カ、ド」


 俺は、立ち上がっていた。


 ――そうだ。


 名前だ。


 この遺跡の名前が、この遺跡のどこかに書いてあるなら。


 その四文字と、四つの音が対応する。


 そこから、二十八種の残りが解ける。


「マリ」


「うん」


「明日から、探すものが決まった」


 俺は野帳を開いた。


「入口だ」


    ◇


 どの建物にも、名前を書く場所がある。


 門。入口。表の壁。


 この国でも、王都の館には必ず銘板がある。


 この遺跡にも、あるはずだ。


 ――ただし。


 俺たちが知っている入口は、石段だ。


 あそこには、何も彫っていない。


 二十年、俺は毎年そこに立っている。彫ってあれば気づく。


 なら、あそこは入口ではない。


「マリ」


「うん」


「この遺跡の、本当の入口は、別にある」


 俺は言った。


「――たぶん、下だ」


    ◇


 根拠は、二つあった。


 一つは、床だ。


 この広間の床は、二百四十歩の円が一枚で、継ぎ目がない。


 その真ん中に、一番大きい模様がある。


 ――中心に置くものは、大事なものだ。


 どこの国でもそうだ。広間の真ん中に何を置くかで、その建物が何のためにあるかが分かる。


 二つ目は、高さだ。


 天井が四十尺以上ある。


 人が住む部屋に、そんな高さは要らない。


 高い天井が要るのは、人が大勢集まる場所か――


「――上げ下ろしをする場所だ」


 俺は言った。


「あげおろし」


「物を吊る。上から下ろす。下から上げる」


 俺は天井を見上げた。


「そういう場所は、天井を高く取る。鉱山の坑口も、港の倉も、そうだ」


 俺は灯りを掲げた。


 届かない。


 だが、届かない場所に何かがあるなら、いつかは見なければならない。


「マリ」


「うん」


「――この広間は、通り道だ」


 俺は言った。


「人が住む場所じゃない。物と人が、上と下を行き来する場所だ」


 彼女は、しばらく天井を見ていた。


「じゃあ、うえは」


「上は、俺たちが降りてきた道だ」


「した、は」


 俺は、足元を見た。


「――まだ見てない」

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