数えなおす
その日から、俺たちは数え始めた。
あの模様が、どこにあるか。
◇
やり方は、いつもの通りだ。
まず、範囲を決める。
メルシアから、馬車で三日以内。それより遠くは、今は手が届かない。
次に、当たる先を決める。
古物商。質屋。冒険者。遺跡帰りの荷を扱う連中。それに、村の年寄り。
最後に、訊き方を決める。
「絵は見せない」
俺は言った。
「みせない?」
「見せたら、こっちも同じものを探してると分かる」
俺は紙を伏せた。
「向こうの連中は、絵を持ち歩いてる。だから広まりが早い。……だが、そのぶん足がつく」
「じゃあ、どうする」
「訊き方を変える」
俺は野帳を開いた。
「『丸と線の彫り物を見たことがあるか』とは訊かない。『最近、妙な買い手が来なかったか』と訊く」
マリが、少し考えて、頷いた。
「あいてを、はかる」
「そうだ」
俺は言った。
「向こうが集めた場所を数えれば、こっちも同じ数字が手に入る」
◇
十日で、十一件が集まった。
うち、はっきりしているのが七件。
北の宿場町。西の鉱山。南の三つの村。それに、メルシアの古物商が二軒。
全部、「三月ほど前から、変わった買い手が来ている」という証言だ。
高値をつける。品を見ずに、彫り物の有無だけを訊く。名乗らない。
俺は地図に点を打った。
打ち終えて、しばらく見ていた。
「――散ってる」
「ちらばってる」
「規則がない」
俺は野帳を閉じた。
「向こうも、探してるだけだ。当たりをつけて回ってるんじゃない」
◇
その夜、マリが紙を持ってきた。
「ハルト」
「なんだ」
「これ、みて」
彼女は、自分で写した地図を広げた。
俺が打った十一の点が、そのまま写してある。
だが、線が引いてあった。
俺が引いていない線だ。
「なんだこれは」
「みち」
マリは指でなぞった。
「まちと、まちの、みち」
街道だ。
彼女は、点と点を街道で結んでいた。
「これ、じゅんばん」
彼女は、日付を指した。
俺が野帳に書いた、「妙な買い手が来た」時期だ。
三月前。二月半前。二月前。
マリは、その順に点を辿った。
辿った線が――一本になった。
北から南へ。
街道をまっすぐ。
俺は、身を乗り出した。
「――巡回してる」
「じゅんかい」
「順に回ってるんだ。北から南へ、街道に沿って」
俺は指で辿った。
「三月かけて、ここまで下りてきてる」
そして、指が止まった。
線の先端。
最後の点。
――メルシアだ。
◇
俺は、しばらく地図を見ていた。
「ハルト」
「――終点だ」
俺は言った。
「連中は、北から順に回って、メルシアで止まってる」
「とまってる」
「先へ進んでない。……南にはまだ町がある」
俺は野帳を確かめた。
南の三つの村は、二月前だ。
メルシアの二軒は、先月。
その後、動いていない。
「なぜ止まった」
俺は口に出した。
口に出してから、答えが分かった。
「――見つけたからだ」
マリが顔を上げた。
「探し物が、ここにあった」
俺は、自分の掌を見た。
「だから、動かない」
◇
その晩、俺たちはずっと地図を見ていた。
見ながら、一つずつ確かめた。
「連中は、模様のある品を集めてた」
「うん」
「集めながら、南へ下りてきた」
「うん」
「メルシアで止まった」
「うん」
「そして、俺の名前を知ってた」
俺は、そこで言葉を切った。
――順番が、逆だ。
俺はずっと、こう思っていた。
連中は俺を探していた。探して、見つけて、名を呼んだ。
違う。
連中は、模様を探していた。
模様を追って、北から南へ下りてきた。
その線の終点に、俺がいた。
「マリ」
「うん」
「連中は、俺を探してたんじゃない」
俺は言った。
「探してたら、まっすぐ来る。二十四年前から、俺の居場所は分かってたはずだ」
俺は地図の線を指した。
「これは、探す動きじゃない。……確かめる動きだ」
「たしかめる」
「模様が、どこにあるか。どれだけ残ってるか」
俺は、そこで背筋が冷えた。
「――数えてるんだ。俺と同じことを」
◇
マリが、しばらく黙っていた。
それから、こう言った。
「ハルト」
「なんだ」
「かぞえて、どうする」
「――何が」
「かぞえたら、つぎ、なにか、する」
彼女は言った。
「わたしたち、かぞえてる。かぞえて、どうする?」
俺は、答えられなかった。
答えられなかったのは、考えていなかったからだ。
数えることは、俺にとって目的だった。
二十年、それでよかった。測って、書いて、帰る。その先は依頼主の話だ。
だが今回は、依頼主が俺だ。
――数えた後、俺は何をする気だ。
「マリ」
「うん」
「――分からん」
俺は正直に言った。
「分からんが、一つだけある」
「なに」
「連中が数え終わる前に、こっちが数え終わる」
俺は野帳を閉じた。
「そうすれば、次に何をするかを、こっちが先に決められる」
マリは、しばらく俺を見ていた。
それから、笑った。
「それ、しごとの、かんがえかた」
「そうだな」
「ハルト、いつも、それ」
「悪いか」
「わるくない」
彼女は帳面を引き寄せた。
「わたしも、それが、いい」
◇
十日の聞き込みで、収穫は他にもあった。
一つは、値だ。
連中は、模様のある品に高値をつける。だが、値が一定していない。
石の破片に五千レン出したかと思えば、別の店では同じような破片を三百レンで買っている。
――選んでいる。
全部が欲しいわけではない。
欲しいものと、そうでないものがある。
二つ目は、訊き方だ。
連中は「模様があるか」だけを訊く。
どんな模様か、大きさは、材質は――訊かない。
絵は見せる。だが、細かいことは訊かない。
「ハルト」
「なんだ」
「なんで、こまかいこと、きかない」
「――知ってるからだ」
俺は言った。
「どういう模様か、向こうはもう知ってる。だから訊く必要がない」
「じゃあ、なにを、さがしてる」
俺は、そこで手を止めた。
――そうだ。
模様がある品なら、なんでもいいわけではない。
値が違う。選んでいる。
なら、選んでいる基準がある。
俺は野帳を開いた。
高値がついた品と、安値だった品を並べた。
高値。石の破片。金具。石の板。
安値。壺の欠片。装飾具。
――材質か。
高値がついたものは、全部、平らな面を持っている。
安値のものは、丸い。
俺は、その差を書いた。
書いてから、自分の言葉に引っかかった。
平らな面。
カランの床。
サルカドの壁。
どちらも、平らだ。
「マリ」
「うん」
「連中が欲しいのは、模様じゃない」
俺は言った。
「模様が『載っている面』のほうだ」




