丁寧でないほう
ゼルは、五日目に向こうから来た。
安酒場ではなく、俺の家の戸を叩いた。
それだけで、話の性質が分かった。
「五百レン」
男は、座るなり言った。
「高いな」
「安いですよ」
ゼルは笑わなかった。
この男が笑わないのを見るのは、初めてだった。
「北の話です」
◇
「三日前、北の宿場町で人が死にました」
ゼルは椀の水を飲んだ。
「古物商です。名はカドリ。二十年、遺跡帰りの品を扱ってた」
「――事故か」
「家が焼けました」
俺は、動かなかった。
「夜中です。周りは焼けていない。あの家だけ」
ゼルは指を組んだ。
「町の役人は、火の不始末で処理しました。……本人は、火を使わない商売なんですがね」
「なぜ」
「湿気を嫌う品を扱ってたからです。古い紙とか、木の細工とか」
男は肩をすくめた。
「あの店は、冬でも火鉢を置かない。有名な話です」
俺は、椀を握った。
握って、しばらく黙っていた。
「ハルトさん」
「――ヌイ村と、同じだ」
「ええ」
ゼルは頷いた。
「私も、そう思いました」
◇
「その古物商は、何を扱ってた」
「そこです」
ゼルは声を落とした。
「三月前から、あの模様のある品を集めてたそうです」
俺は顔を上げた。
「集めてた?」
「買い取ってた。高値で」
「――誰に頼まれて」
「分かりません」
男は言った。
「ただ、集めてたのは事実です。私は二度、あの店に行ってます」
ゼルは指を三本立てた。
「三点、置いてありました。石の破片が二つ、金具が一つ。どれも、あの模様が入ってた」
「今は」
「焼け跡にありません」
俺は、その言葉の意味を考えた。
石は焼けない。
家が焼けても、石の破片は残る。
「持ち出された」
「そう見えます」
ゼルは頷いた。
「――つまり、こうです」
彼は指を折った。
「誰かが、あの模様の品を集めさせた。集まった。集まったところで、店ごと焼いて、品だけ持っていった」
「集めさせた奴と、焼いた奴が同じか」
「そこが分かりません」
男は首を振った。
「同じなら、金を払って集めさせて、それから殺した。……手間がかかりすぎです」
「違うなら」
「二組いる、ということになります」
◇
俺は、卓の上の紙を思い出した。
十二番目に書いた項目。
――もう一組いる。丁寧ではないという。
「その、丁寧じゃないほうか」
「そう呼ばれてるんですか」
ゼルが、少しだけ眉を上げた。
「面白い言い方だ。……誰から聞きました」
俺は答えなかった。
「まあいいでしょう」
男は水を飲み干した。
「私が言えるのは、ここまでです。あとは推測になる」
「推測でいい」
「推測に金は取りませんよ」
ゼルは立ち上がった。
「ただし、一つだけ」
彼は戸口で振り返った。
「カドリは、私の商売仲間でした」
俺は、顔を上げた。
「情報を売り買いする仲です。仲がよかったわけじゃない。……ですが、二十年です」
男の声は、平らだった。
平らすぎた。
「あんたが何者でも、俺には関係ない」
ゼルは言った。
「ですが、あの模様を追ってる連中には、関係がある」
彼は戸を開けた。
「――だから、次は俺から売りに来ます。金は要りません」
◇
戸が閉まった後、俺はしばらく座っていた。
マリが、竈のほうから出てきた。
「ぜんぶ、きいてた」
「聞いてたか」
「きいてた。……はんぶん、わからない」
俺は、順に話した。
北の町で古物商が死んだこと。家が焼けたこと。模様のある品を集めていたこと。品が消えていること。
マリは、最後まで黙って聞いた。
聞き終えて、彼女は一つだけ訊いた。
「そのひと、なんで、あつめてた」
俺は口を開いた。
開いて、閉じた。
――そこだ。
俺は、そこを訊いていない。
誰に頼まれたか、は訊いた。ゼルは分からないと言った。
だが、なぜ集めていたか、は訊いていない。
「……金になるからだろう」
「たかく、かってた」
「ああ」
「じゃあ、うるひと、いた」
マリは言った。
「もようの、もの、うる、ひと。たくさん」
俺は、その言葉に引っかかった。
――そうだ。
買い取っていたということは、売る人間がいたということだ。
三点集まった。三月で。
つまり、この国には、あの模様のある品が、まだいくつも転がっている。
遺跡帰りの品として。誰も意味を知らないまま。
「マリ」
「うん」
「点は、四つじゃない」
俺は言った。
「もっとある」
◇
その夜、俺は寝つけなかった。
寝台の中で、天井を見ていた。
――なぜ、俺は生きている。
それが、頭を離れなかった。
二十四年前、俺の親父は死んだ。
三日前、北の古物商が死んだ。
どちらも、火事だ。どちらも、あの模様に関わっていた。
なら、俺はなぜ生きている。
俺は二十年、サルカドを測ってきた。あの模様の上を、何度も歩いた。
連中は俺の家の通りを歩いていた。名前も知っていた。
――やろうと思えば、いつでもできた。
できたのに、しなかった。
丁寧なほうは、頭を下げに来た。
丁寧でないほうは、まだ来ていない。
俺は寝返りを打った。
――まだ来ていない、だけかもしれない。
その考えが浮かんだ時、俺は起き上がった。
起き上がって、土間へ降りて、閂を確かめた。
落ちていた。
落ちているのを確かめてから、俺はもう一度、戸に手を当てた。
この戸は、薄い。
斧なら一撃だ。
俺は、しばらくそこに立っていた。
――家を、変えるか。
いや。
変えれば、変えたことが情報になる。
俺は寝台に戻った。
戻って、目を閉じて、開けた。
――違うな。
俺は、明日やることを決めた。
守り方を考えるのは、性に合わない。
俺は測る人間だ。
測る人間にできることは、一つしかない。
――向こうが何を集めているか、先に全部数えることだ。
◇
寝台に戻る前に、俺は棚の狐を出した。
布を解いて、卓に置く。
あれから、一度も光っていない。
俺は錐を取って、腹の板をもう一度開けた。
中は、あの時のままだ。
金属の輪。細い管。透き通った粒。
噛み合っていないのに、繋がっている。
――どこが壊れてる。
三月前、俺は「正しい状態を知らないから直せない」と思った。
今は、少し考えが変わっている。
正しい状態は知らない。だが、壊れ方には型がある。
物が動かなくなる理由は、そう多くない。
折れているか。外れているか。詰まっているか。足りないか。
俺は、灯りを近づけて、一つずつ見ていった。
折れているものは、ない。
外れているものは、前に一本差した。
詰まっているもの――白い粉が、管の一箇所に固まっていた。
俺は細い針でつついた。
崩れた。粉が落ちた。
何も起きなかった。
俺は、しばらく待った。
やはり、何も起きない。
――足りない、か。
最後の一つだ。
部品が足りないなら、俺には作れない。
俺は板を閉じて、布に包み直した。
包みながら、ふと思った。
あの日、カランの床の上で、この狐は反応しなかった。
板は光った。狐は光らなかった。
同じ場所にいたのに。
――なぜだ。
俺は、その疑問を野帳に書いた。
〈床上ニテ、板ハ光ル。狐ハ光ラズ。差異ノ理由不明〉
書いてから、灯りを消した。




