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測量士と転移者  作者: ごま


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32/41

丁寧でないほう

 ゼルは、五日目に向こうから来た。


 安酒場ではなく、俺の家の戸を叩いた。


 それだけで、話の性質が分かった。


「五百レン」


 男は、座るなり言った。


「高いな」


「安いですよ」


 ゼルは笑わなかった。


 この男が笑わないのを見るのは、初めてだった。


「北の話です」


    ◇


「三日前、北の宿場町で人が死にました」


 ゼルは椀の水を飲んだ。


「古物商です。名はカドリ。二十年、遺跡帰りの品を扱ってた」


「――事故か」


「家が焼けました」


 俺は、動かなかった。


「夜中です。周りは焼けていない。あの家だけ」


 ゼルは指を組んだ。


「町の役人は、火の不始末で処理しました。……本人は、火を使わない商売なんですがね」


「なぜ」


「湿気を嫌う品を扱ってたからです。古い紙とか、木の細工とか」


 男は肩をすくめた。


「あの店は、冬でも火鉢を置かない。有名な話です」


 俺は、椀を握った。


 握って、しばらく黙っていた。


「ハルトさん」


「――ヌイ村と、同じだ」


「ええ」


 ゼルは頷いた。


「私も、そう思いました」


    ◇


「その古物商は、何を扱ってた」


「そこです」


 ゼルは声を落とした。


「三月前から、あの模様のある品を集めてたそうです」


 俺は顔を上げた。


「集めてた?」


「買い取ってた。高値で」


「――誰に頼まれて」


「分かりません」


 男は言った。


「ただ、集めてたのは事実です。私は二度、あの店に行ってます」


 ゼルは指を三本立てた。


「三点、置いてありました。石の破片が二つ、金具が一つ。どれも、あの模様が入ってた」


「今は」


「焼け跡にありません」


 俺は、その言葉の意味を考えた。


 石は焼けない。


 家が焼けても、石の破片は残る。


「持ち出された」


「そう見えます」


 ゼルは頷いた。


「――つまり、こうです」


 彼は指を折った。


「誰かが、あの模様の品を集めさせた。集まった。集まったところで、店ごと焼いて、品だけ持っていった」


「集めさせた奴と、焼いた奴が同じか」


「そこが分かりません」


 男は首を振った。


「同じなら、金を払って集めさせて、それから殺した。……手間がかかりすぎです」


「違うなら」


「二組いる、ということになります」


    ◇


 俺は、卓の上の紙を思い出した。


 十二番目に書いた項目。


 ――もう一組いる。丁寧ではないという。


「その、丁寧じゃないほうか」


「そう呼ばれてるんですか」


 ゼルが、少しだけ眉を上げた。


「面白い言い方だ。……誰から聞きました」


 俺は答えなかった。


「まあいいでしょう」


 男は水を飲み干した。


「私が言えるのは、ここまでです。あとは推測になる」


「推測でいい」


「推測に金は取りませんよ」


 ゼルは立ち上がった。


「ただし、一つだけ」


 彼は戸口で振り返った。


「カドリは、私の商売仲間でした」


 俺は、顔を上げた。


「情報を売り買いする仲です。仲がよかったわけじゃない。……ですが、二十年です」


 男の声は、平らだった。


 平らすぎた。


「あんたが何者でも、俺には関係ない」


 ゼルは言った。


「ですが、あの模様を追ってる連中には、関係がある」


 彼は戸を開けた。


「――だから、次は俺から売りに来ます。金は要りません」


    ◇


 戸が閉まった後、俺はしばらく座っていた。


 マリが、竈のほうから出てきた。


「ぜんぶ、きいてた」


「聞いてたか」


「きいてた。……はんぶん、わからない」


 俺は、順に話した。


 北の町で古物商が死んだこと。家が焼けたこと。模様のある品を集めていたこと。品が消えていること。


 マリは、最後まで黙って聞いた。


 聞き終えて、彼女は一つだけ訊いた。


「そのひと、なんで、あつめてた」


 俺は口を開いた。


 開いて、閉じた。


 ――そこだ。


 俺は、そこを訊いていない。


 誰に頼まれたか、は訊いた。ゼルは分からないと言った。


 だが、なぜ集めていたか、は訊いていない。


「……金になるからだろう」


「たかく、かってた」


「ああ」


「じゃあ、うるひと、いた」


 マリは言った。


「もようの、もの、うる、ひと。たくさん」


 俺は、その言葉に引っかかった。


 ――そうだ。


 買い取っていたということは、売る人間がいたということだ。


 三点集まった。三月で。


 つまり、この国には、あの模様のある品が、まだいくつも転がっている。


 遺跡帰りの品として。誰も意味を知らないまま。


「マリ」


「うん」


「点は、四つじゃない」


 俺は言った。


「もっとある」


    ◇


 その夜、俺は寝つけなかった。


 寝台の中で、天井を見ていた。


 ――なぜ、俺は生きている。


 それが、頭を離れなかった。


 二十四年前、俺の親父は死んだ。


 三日前、北の古物商が死んだ。


 どちらも、火事だ。どちらも、あの模様に関わっていた。


 なら、俺はなぜ生きている。


 俺は二十年、サルカドを測ってきた。あの模様の上を、何度も歩いた。


 連中は俺の家の通りを歩いていた。名前も知っていた。


 ――やろうと思えば、いつでもできた。


 できたのに、しなかった。


 丁寧なほうは、頭を下げに来た。


 丁寧でないほうは、まだ来ていない。


 俺は寝返りを打った。


 ――まだ来ていない、だけかもしれない。


 その考えが浮かんだ時、俺は起き上がった。


 起き上がって、土間へ降りて、閂を確かめた。


 落ちていた。


 落ちているのを確かめてから、俺はもう一度、戸に手を当てた。


 この戸は、薄い。


 斧なら一撃だ。


 俺は、しばらくそこに立っていた。


 ――家を、変えるか。


 いや。


 変えれば、変えたことが情報になる。


 俺は寝台に戻った。


 戻って、目を閉じて、開けた。


 ――違うな。


 俺は、明日やることを決めた。


 守り方を考えるのは、性に合わない。


 俺は測る人間だ。


 測る人間にできることは、一つしかない。


 ――向こうが何を集めているか、先に全部数えることだ。


    ◇


 寝台に戻る前に、俺は棚の狐を出した。


 布を解いて、卓に置く。


 あれから、一度も光っていない。


 俺は錐を取って、腹の板をもう一度開けた。


 中は、あの時のままだ。


 金属の輪。細い管。透き通った粒。


 噛み合っていないのに、繋がっている。


 ――どこが壊れてる。


 三月前、俺は「正しい状態を知らないから直せない」と思った。


 今は、少し考えが変わっている。


 正しい状態は知らない。だが、壊れ方には型がある。


 物が動かなくなる理由は、そう多くない。


 折れているか。外れているか。詰まっているか。足りないか。


 俺は、灯りを近づけて、一つずつ見ていった。


 折れているものは、ない。


 外れているものは、前に一本差した。


 詰まっているもの――白い粉が、管の一箇所に固まっていた。


 俺は細い針でつついた。


 崩れた。粉が落ちた。


 何も起きなかった。


 俺は、しばらく待った。


 やはり、何も起きない。


 ――足りない、か。


 最後の一つだ。


 部品が足りないなら、俺には作れない。


 俺は板を閉じて、布に包み直した。


 包みながら、ふと思った。


 あの日、カランの床の上で、この狐は反応しなかった。


 板は光った。狐は光らなかった。


 同じ場所にいたのに。


 ――なぜだ。


 俺は、その疑問を野帳に書いた。


 〈床上ニテ、板ハ光ル。狐ハ光ラズ。差異ノ理由不明〉


 書いてから、灯りを消した。


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