↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
測量士と転移者  作者: ごま


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/46

カラン村

 乗合馬車は、三日で二度停まった。


 一度目は車輪の楔が飛んだから。二度目は御者が知り合いの畑を見に行ったからだ。


 マリは、その二度目に本気で驚いていた。


「かえって、こない」


「戻る」


「しごと」


「そういう国だ」


 彼女はしばらく納得しない顔をしていたが、御者が戻ってきて、瓜を配り始めたら黙った。


 瓜は甘かった。


    ◇


 街道は、思っていたより人が通っていた。


 行商の荷車。季節働きの一団。羊を追う親子。


 マリは、それを全部見ていた。


 窓の枠に顎を乗せて、通り過ぎる村を数えている。


 三日で、七つ。


「ハルト」


「なんだ」


「みんな、いえ、ある」


「そうだな」


「どこも、ひと、いる」


 彼女は少し黙って、それから言った。


「メルシア、だけじゃ、ない」


 ――ああ。


 俺は、そのことに気づいていなかった。


 この娘にとって、この三月、世界はメルシア一つだった。


 町の外に何があるかを、知識としては知っていても、見たことがなかった。


 見たことがないものは、無いのと同じだ。


 馬車が揺れて、外の畑が流れていく。


 麦が実っている。刈り取りが近い。


 俺はそれを見ながら、少しだけ、この娘の三月を想像した。


 ――想像して、やめた。


 考えても、俺にできることは変わらない。


    ◇


 カラン村は、丘の南斜面に張りついていた。


 家が四十軒ほど。石を積んだ低い塀が、集落全体をぐるりと囲んでいる。


 塀は新しい。ここ数月で積んだものだ。積み方が急いでいる。


 村の入口で、俺たちは足を止められた。


 三人。鍬と、猟に使う槍。


「どこの者だ」


「メルシアのギルドだ。調査依頼で来た」


 俺は書付を出した。


 一人が受け取って、しばらく見て、それから顔をしかめた。


「……測量士?」


「そうだ」


「討伐じゃなくて?」


「討伐は三度来たと聞いた」


 男は黙った。


 もう一人が横から覗き込んで、鼻を鳴らした。


「地図屋が来ても、獣は死なんぞ」


 ――言われ慣れている。


 俺は書付を受け取って、懐に戻した。


「そうだな」


「そうだな、って」


「地図屋が来ても、獣は死なない」


 俺は歩き出した。


「だが、獣がどこから来てるかは分かる」


    ◇


 村長は、七十がらみの女だった。


 名をハルマという。腰が曲がっていて、声が大きい。


「三度だよ」


 彼女は指を三本立てた。


「三度も呼んだ。金も払った。冒険者ってのは、来て、二日潜って、五匹殺して、帰る。それで『掃討した』と言うんだ」


「それは掃討だ」


「掃討したなら、なんで次の週にまた出るんだい」


 俺は頷いた。


「そこを調べに来た」


「調べて、どうなる」


「分からん」


 俺は正直に言った。


「分からんが、どこから何匹出ているかを数えれば、対策の立てようがある。今は、それも分かっていない」


 ハルマは、じっと俺を見た。


 この手の年寄りは、口先を嫌う。だから俺は「必ず解決する」とは言わない。


 言えないことは言わない。それだけで、たいていの年寄りは話を聞いてくれる。


「……で、その娘は」


「助手だ」


「見ない顔だね。どこの子だい」


 マリが、少し背筋を伸ばした。


「マリ、です」


「マリ。……ふうん」


 ハルマは、彼女の髪をじろじろ見た。


 黒髪だ。この村では、まず見ない。


 俺は口を挟もうとして――やめた。


 ハルマは、それ以上何も言わなかった。代わりに、家の奥へ顎をしゃくった。


「飯は出すよ。二人ぶん」


    ◇


 その日の午後、俺は村を歩いた。


 測るためだ。


 まず、集落の外周。塀の全長。門の位置。畑の広がり。井戸。家畜小屋。


 歩幅で拾って、野帳に落とす。


 マリが縄を持って後ろについてきた。


「なにを、はかる?」


「全部だ」


「ぜんぶ」


「被害の場所を書き込むには、まず村の図が要る」


 彼女は納得した顔をした。


 この娘は、こういう順番の話をすぐ飲み込む。


 塀を測りながら、俺は積み方を見ていた。


 急いでいる。石の大きさが揃っていない。目地に土を詰めただけの箇所がある。


 高さは、俺の胸くらい。


 ――低い。


 人を止めるには足りる。四つ足の獣なら、跳ぶやつは跳ぶ。


 だが、そこは指摘しないでおいた。


 この塀は、三月かけて村総出で積んだものだ。低いと言われて嬉しい人間はいない。


 それに、塀そのものは無駄ではない。


 無駄でないことは、後で数字で示せばいい。


    ◇


 井戸のところで、子どもが四人、こちらを見ていた。


 マリが手を振った。


 子どもたちは逃げた。


 少しして、一人だけ戻ってきて、遠くから叫んだ。


「おまえ、かみのけ、へんだぞ!」


 マリは、その言葉を聞き取れなかったらしい。


「なんて」


「――髪が珍しいと言ってる」


 俺はそう訳した。


 嘘ではない。少し丸めただけだ。


「めずらしい」


「そうだ」


「いいこと?」


「悪いことじゃない」


 マリはしばらく考えて、それから自分の髪を一房つまんで、子どもの方へ突き出してみせた。


 子どもは、また逃げた。


    ◇


 三軒目の家で、女房に話を聞いた。


 二月前に、山羊を三頭やられたという。


「夜さ。朝起きたら、囲いが壊れてて」


「何時ごろだ」


「夜だよ」


「夜のいつだ。寝る前か、明け方か」


 女房は、少し考えた。


「……犬が鳴いたのが、二度目の見回りの後だったねえ」


「二度目の見回りは何時だ」


「日が変わるくらい」


 俺は書いた。


 〈三軒目。山羊三頭。二月前。深夜〉


 次の家。


 〈六軒目。畑荒らし。一月半前。明け方〉


 次。


 〈十一軒目。鶏。一月前。深夜〉


 村長の家に戻る頃には、十七件が埋まっていた。


    ◇


 夕飯の席で、村の男が四人来た。


 昼間に門にいた連中も混じっている。


「なあ、測量士さん」


 一人が、皿を突きながら言った。


「あんた、朝から何をやってんだ」


「数えてる」


「数えて、獣が減るのか」


「減らん」


 俺は麦粥をすくった。


「だが、あんたらが今どこを守るべきかは分かる」


 男が笑った。


「そんなもん、俺らが一番知ってらあ。この村に何年住んでると思ってる」


「じゃあ、訊くが」


 俺は野帳を開いた。


「被害が一番多いのは、村のどの方角だ」


「そりゃ――北だな」


 他の三人も頷いた。


「北の畑がやられる。塀も北から積んだ」


「なぜ北だと思う」


「山があるからだろ。獣は山から来る」


 俺は野帳を卓に置いた。


 開いた頁には、村の図と、十七の印がある。


「十七件のうち、北は五件だ」


 男の手が止まった。


「東が九件。南が二件。西が一件」


「……そんなはずは」


「日付順に並べると、もっと分かる」


 俺は指で辿った。


「三月前の四件は、全部北だ。だから、あんたらの記憶は間違ってない。最初は北だった」


「だろう」


「先月の七件は、六件が東だ」


 男は野帳を覗き込んだ。


 俺は続けた。


「今月の三件は、全部東の、しかもここから半里以内に固まってる」


 卓が静かになった。


「移ってるんだ」


 俺は言った。


「北から東へ、順番に。あんたらは北に塀を積んだ。積んでる間に、獣は東へ回った」


 誰も何も言わなかった。


 ハルマが、鍋の柄杓を持ったまま俺を見ていた。


「……三月かけて、誰も気づかなかったってのかい」


「気づけないですよ」


 俺は皿を置いた。


「一件ずつ見てたら、分からない。全部並べないと出てこない」


 男の一人が、ゆっくり座り直した。


「……東の、半里以内」


「そうだ」


「そこに、遺跡があるぞ」


 俺は頷いた。


「知ってる。だから明日、そこへ行く」


    ◇


(――かっこいい)


 私は、その一部始終を横で見ていた。


 言葉は半分くらいしか分からなかった。


 でも、空気が変わったのは分かった。


 昼間、門のところで「地図屋が来ても獣は死なん」って笑ってた人が、今、身を乗り出して野帳を覗き込んでいる。


 ハルトさんは、声を荒げなかった。


 一度も。


 ただ、紙を出して、数字を並べただけだ。


(――これ、私がやってたやつだ)


 記録保管所で、五十六件を並べ替えて、周期を見つけた時。


 あの時、私がやったのと同じことを、この人は毎日やっている。


 それが仕事なんだ、この人は。


 私は麦粥をすくいながら、少しだけ、誇らしい気持ちになった。


 自分の手柄でもないのに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。