第十話 背景
こんにちは。作者の「野生の書生」です。
本作は無断転載をテーマとしていますが、無断転載を擁護・許可するものではありません。
作者も異世界を含めて無断転載を行ったことはありません。
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・地名等は一切関係ありませんので、ご容赦ください。
面会室で俺はヴィトから彼の昔話を聞いていた。
◇
ヴィトは昔から物語の世界に触れて育ってきた。
ヴィトは幼いころ、父親は研究者で家に帰ってくることは少なかったけれど、母親はヴィトがベッドで眠る前にいろいろな絵本を読み聞かせてくれた。
森の中でドワーフが光る木を見つけて、そこから小さなエルフの子供を見つける物語。
人々を苦しめた魔王が立てこもる島へ、不思議な出生のモンスターテイマーが討伐に向かう物語。
それらの物語はヴィトの心に家族の思い出とともに色濃く残っていた。
ある時、父親が仕事から戻るとヴィトにお土産を手渡してきた。
長方形の箱を開けると、折り重なった木に似た素材に薄い紙が貼りつけられた見たことのない道具が現れた。
「これ、なあに?」
ヴィトは父親を見上げて問いかけた。
「これはね。ほら、こうするんだ。」
父親はそういうと、その道具の端を持つと手を一振りした。
折り重なったそれが開くと、薄い紙に描かれた綺麗な紋様がヴィトの目の前に現れた。
——それは、桜が描かれた日本の扇子だった。
「わぁ..........。」
ヴィトは開かれた扇子をキラキラした目で見つめていた。
「これはね。ある世界で、風を作り出すために使うんだ。」
父親はそういうと、ヴィトに扇子を仰いでみせた。
ヴィトはくすぐったそうに目を細めた。
「これを作った人は風魔法は使わないの?」
ヴィトは父親に聞いた。
「これを作った人の世界には魔法がないんだ。その代わり、世界の仕組みを勉強して、私たちとは全く別の方法で風を操っている。私たちが見えていない方法で、私たちと同じような”文明”を作っている世界もあるんだよ。」
ヴィトの父親ははっきりとそう言っていた。
ヴィトの父親は、扇子に使われている”竹”という植物が、母親が聞かせてくれた「エルフの子供が見つかった光る木」の物語で登場する植物のモチーフとなったものであるということも教えてくれた。
ヴィトはそれ以来、魔法とは違う方法で文明を作り上げる異世界の存在に心を奪われるようになった。
◇
十歳になるころには、ヴィトは人前で異世界の話をしなくなった。
この世界では、ある時代までは父親が教えてくれたような異世界の存在が信じられていたが、二百年ほど前からは「おとぎ話」として片づけられるようになっていた。
異世界の存在は認める人もいたが、進みすぎた文明で滅びたともいわれていた。
必然、ヴィトも人前で異世界の話をすることはなくなったわけだが、ヴィトの部屋にはあの日父親からもらった扇子が”異世界が存在する証拠”として残されていた。
だから、父親が教えてくれて、母親が読み聞かせてくれた物語のルーツでもある異世界の存在を、誰にも話すことなく追い続けていた。
転機が訪れたのは十六歳になった年だった。
——ヴィトの家に騎士団が強制捜査に入ったのだ。
父親が研究していた異世界との文化交流の方法。
すなわち転移魔法だ——に関する資料はすべて押収され、母親が読み聞かせてくれた絵本も根こそぎ持っていかれた。
ヴィトは自分の机に置かれた扇子が見つからないことを必死で祈っていた。
幸い、騎士団はヴィトの扇子には手を付けることなく、引き上げていった。
父親は研究を潰された失意で抜け殻のようになっていた。
母親もがらんどうになった我が家を前に、悲嘆に暮れていた。
ヴィトは自分の興味が、実は危険な方向に向いているのではないかとこの時悟った。
◇
数か月後、ヴィトは街の異変に気付いた。
図書館から、ある分野の本が消えたのだ。
魔法が存在しない、”物理”と呼ばれる法則で様々な道具を作る世界をモチーフにした物語。
それらの世界から伝わったとされる童話に関する資料。
——すなわち、異世界から流入したと言われる物語の類だ。
ヴィトは魔導書籍も調べてみたが、中学生の時には閲覧できたはずの本がアクセスできなくなっていた。
まるで、世界が異世界の痕跡を抹消しようとしているかのようにヴィトには思えた。
だが、世界がなんといおうと、あの扇子は確かに存在する。
ヴィトは自力で、父親が追い求めてつかめなかった異世界の存在を追い続けた。
◇
ヴィトは研究者として、国の監視の目を逃れて転移魔法を研究し続けていた。
異世界の文明や技術が手に入れば”金になる”として、アンダーグラウンドであるヴィトの研究に出資する人も少なからずいた。
アルフレッド侯爵もそのうちの一人だった。
そして、ついにヴィトは魔法の世界から、物理の世界へと自身を転移させることに成功したのだった。
ただし、異世界にはおよそ三日間ほどしか滞在できず、制限時間が来ると強制的に元の世界に戻された。
しかし、これで異世界の存在を証明することができる。
そして、ヴィトは大手を振ってアルフレッド侯爵の元へ報告に訪れたが、なぜかアルフレッド侯爵からは研究を止めるように言われたのだった。
そして、今に至るというわけだ。
後で知ったことであるが、父親はかつてこの世界と異世界で何らかの文化交流が行われていた可能性があるとして、歴史研究の観点から転移魔法の存在にアプローチしていたようだ。
それがなぜ、騎士団に目をつけられて研究を差し止められたのかは今も分からない。
父親も母親も健在ではあるが、それ以来異世界に関わる話は一切しなくなった。
◇
「で、気づけば俺もこのザマというわけだ。」
ヴィトは身の上話をそう言って締めくくった。
俺は途中、面会室でこんな話をして大丈夫なのかと心配にもなったが、刑務官はヴィトの話を遮ることもなく、ただ監視役に徹していた。
俺はヴィトが転移魔法に固執する理由が、純粋な好奇心なのか、父親の研究を潰した国への復讐心なのかまでは特定できなかったが、彼の背景を知ることで、また一つ自分が背負っている責任の重さを感じさせられていた。
第十一話は2026年10月24日11時40分公開予定です。
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