4.2 プレイタイムを続けよう
「彼女に好きだって言った」
帰宅し、シャワーを浴びて俺は昏々と眠った。そして定刻、夕方に目が覚めてすぐにヨウに報告をしたのだった。
昨日と同様にヨウからのレスポンスは早かった。
『おー、おめでとう!』
にぎやかなスタンプが送られてきた。
これでいいんだよな。
一人だけの部屋で思わずつぶやいていた。
本当はあのとき、いままで我慢してきた涙のすべてを、鬱憤を、悲しみを、やるせなさを、ぜんぶぜんぶ海に捨ててきてしまいたかった。
でもヨウ、お前はこのプレイタイムを続けたいんだろう?
なぜなのかはわからないけれど、お前は続けたいんだろう?
だったら俺もつきあおう。
それしかないじゃないか。
だから俺は嘆くことを封印したんだ。
お前は言った。演じることは息をすることと同じなんだって。
それを止めることなんてもはやできないんだろう?
「でも俺さ」
せめてこの気持ちだけでも伝えたくて、俺はこつこつと文字を打ちこんでいく。
「彼女のことが本当に好きだから」
「どんな彼女でも好きになっていたと思う」
「たとえ髪が長くなくてもぶさいくでも」
「たぶん好きになっていたと思う」
『それ本当か(笑)』
俺は心をこめて返事をする。窓に映る自分の表情が真剣なものになっている。実際、今ひどく真剣にスマートフォンに、ヨウに向き合っている。
「本当だって!」
「だって俺、彼女に運命を感じているから」
『おー、運命の人(笑)』
「俺さ、お前のこと好きだよ」
『何それ突然(笑)』
いつまでも軽い調子を崩さないヨウに、俺はそれでも真剣に語り続ける。
「お前と病院で出会ってから、今も運命を感じている」
「俺だったらお前がどんな奴でもかまわない」
「俺に何もかも言わなくていい」
「そんな必要ない」
「けど覚えていて」
「俺、お前のこと好きだ」
「いつも俺のことを助けてくれてありがとう」
「俺、お前にいつも救われてきた」
「今は言葉だけの繋がりだけど、俺、お前に救われてきたよ」
書きこむたびに既読に変わっていく。それを確認しながら書き連ねていく。
「俺も息している」
「生きている」
「それってお前のおかげなんだ」
何かに突き動かされるかのように俺は語り続ける。
俺の言葉がヨウに、彼女に届きますように。それだけを願って語り続ける。
「俺、彼女とつきあうことになると思う」
「だけどヨウ、俺はお前ともずっとこうして話をしたい」
「いつか俺もお前のことを救える人間になりたい」
「いいよな?」
*
俺は彼女とこれからもこの街で幾たびも海を眺めるんだろう。
俺はそれを写真におさめ、そのたびにヨウに送るんだろう。
彼女は海風に髪をそよがせ、俺の肩にそっと身を寄せてくれるようになるんだろう。
ヨウは俺の送った写真に相も変わらず気の利いた返事をしてくれるはずだ。
俺は彼女といつか夜を共に過ごし、朝日が昇るさまを見守るのかもしれない。
これからもヨウとは夜遅くまでチャットで語り合うんだろう。
彼女と深刻なけんかをする日もくるんだろうか。
ヨウもたまには俺と会話をしたくない日があるかもしれない。
俺と彼女は時を刻んでいく。
俺とヨウは時を刻んでいく。
*
俺はヨウに願いを送る。
「いつか俺と彼女が別れるときがくるとしても」
「ヨウはずっとそばにいてくれよ」
『うーん、どうかな』
『ていうかそれ、彼女にひどくない?』
「だからもしもの話」
『でもひどい』
『コースケがそんな奴だったなんて』
怒った表情のアニメのキャラクターのスタンプが送られてくる。
俺もヨウもいまだにこのアニメを観ている。すでにシーズン4に入ったこのアニメ、だけど彼女とは一度も観たことがない。
「当たり前のことだけど」
「人は秘密を抱えているものなんだ」
少し痛む体の一部に、ついそんなことを書いていた。
少しずつ俺の体はおかしくなっている。それはだいぶ前から決まっていたことで、このままどんどんおかしくなっていくことも分かっている。誰が決めたわけでもないけれど、俺は人生の終着駅にじわじわと近づいている。
大学だけは卒業してみたいけれど、それがかなうかどうかは微妙だ。バイトもそろそろ辞めないといけないだろう。鈴木もあの後すぐに辞めてしまっていた。今頃、大切なことのためにやりたいことをやっているのだろうか。
『そりゃあそうだ』
『秘密をもたない人間なんていない』
ヨウの返事はつれない。こういうときのヨウは全然優しくない。俺が弱音を吐くときは優しくしてくれるのに。彼女ならいつでもとびきり甘いのに。
「俺も人間なんだよ」
『それも知ってる』
「だから俺が言いたいのは」
そこまで書いて、俺は書きかけた言葉を削除した。
今はまだ言うときではない。
俺はヨウに何一つ嘘を言っていない。だけど本当のことを言わない場合もあった。
本当のことが人を幸せにするとは限らない。
とはいえ俺は一つ知っている。
俺の言葉で、大切に思う人が幸せな気持ちになれるということを――。
「お前のこと、やっぱり好きだ」
『何それ』
『気持ち悪いんですけど』
なのに投げキッスをしてくるヒロインのスタンプが送られてきた。
俺はそれに対して大きなピンクのハートのスタンプを送り返す。
時が来たら、俺はこの秘密をどちらに言うんだろう。
ヨウに?
それとも彼女に?
それとも、ありのままの――?
「なあ、ヨウは好きな人とうまくいっているか?」
『うまくいってる』
ピースサインのスタンプ付だ。
「そっかよかった」
俺はひどく安堵する。
「実はさ」
「俺、大学に入学したら恋したいって思ってたんだ」
『青少年らしいありきたりな望みだね』
「違う違う。お前の影響」
『どういうこと?』
「お前、たまに好きな人のことを語ってたじゃん」
それは本当にたまのことで、しかも具体的な描写をされたことはない。ただ、ヨウがその人のことをどれだけ好きなのか、どんなふうに好きなのか、そういったことが退院直後から語られることがあった。
変わることのない感情、強く美しい感情。
うらやましい。そう素直に思い、そして少し妬んでもいたのだ。
ヨウは俺の知らないことを昔からなんでも知っていた。
「お前みたく誰かのことを好きになってみたいなって思ってた」
誰かに心を寄せてみたい、いつしかそう思っていた。
誰かのためにこの命を燃やすことができたら、そう思っていた。
一生懸命になることができない俺でも、恋でなら変わることができるかもしれない、そう思っていた。
「だから俺と彼女がうまくいっているのはヨウのおかげってこと」
『そ、そっか?(照)』
実際にはどのくらい照れているんだろう。本人がいれば一目で分かることだが、こうして文字から推測するしかない状況もそれはそれで楽しい、そう思う。
「なあ、恋と友情ってどう違うんだろうな」
急な話題転換にもかかわらず、ヨウからは辛辣な返事が届いた。
『違うところを見つける必要あるわけ?』
『何のために比較するんだ?』
「それもそっか」
「おまえ、賢いな」
✳︎
なあ、俺たちずっと一緒にいられるよな。
お前の言うとおりだ。恋でも友情でもなんでもいい。
お前がいてくれたらそれでいいんだ。
この命、お前のために使いたい。
残るすべてをお前にやるよ。
だから、さあ――プレイタイムを続けよう。




