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ドリチン《機械じかけのエレクト》  作者: 伏見トキナ
第一章|RECALL ── 回収される身体
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第三話|取扱説明書はありません

 黒川慎吾が篠宮佳澄と初めて会ったのは、自宅マンションの裏で消防車を眺めながら、股間に高圧射出ユニットを装着したまま途方に暮れているときだった。


 消防隊は機械室へ入り、警察官は鳥居たちから事情を聞き、管理会社の担当者は破損した給水設備を見て頭を抱えている。慎吾も警察官から何が起きたのか尋ねられたが、人工ペニスから弾が出たところまで説明した時点で、話は事故による陰茎切除まで遡ることになった。


 朝七時にインターホンを鳴らされたところから説明を始めたはずなのに、気づけば二年前の地下機械室で鉄骨に潰された話をしている。人生には、どうしてここまで説明しなければならないのかと思う日がある。


 その横から、落ち着いた女性の声が入った。


「その方のおっしゃっていることは、技術的には正しいです」


 振り向くと、肩までの黒髪を整えた三十代後半くらいの女性が立っていた。薄いベージュのコートに細身のパンツ、化粧も服装も控えめで、消防車と水浸しのマンションを背景にしていなければ、研究施設か大学にいる方が似合いそうな人だった。


「篠宮佳澄と申します。東都バイオメカニクス特殊義体開発室・第六研究班で、PGSシリーズの接続規格と拡張ユニットの研究に関わっていました」


 差し出された名刺には、《生体機械接続技術研究者》と書いてある。


 慎吾が名刺から顔を上げると、篠宮の視線は一度だけ腰に巻いた上着へ落ちた。


「A-04ですね」


「……何で分かるんですか?」


「二回射出されています。一発目の直後に姿勢が大きく崩れ、二発目は射角が四十度以上変わっていますから、反動による誤作動だと思います」


「何でそこまで分かるんですか?」


「私が作りました」


 篠宮は普通に答えた。


 その後ろから鳥居が近づいてきたが、篠宮は彼が何か言うより先に、本人の同意なしに医療機器を回収しようとした経緯を警察へ説明し始めた。口調は穏やかなのに、鳥居が口を挟む余地はほとんどなく、十分後には会社側の人間が慎吾へ近づくこと自体を警察官から止められていた。


 慎吾はその様子を見ながら、この女は少なくとも話が通じる側の人間らしいと思ったが、その判断が少し早かったことを知るのは、一時間ほど後だった。


 篠宮の仕事場は、駅から少し離れた古い電気工事店の跡にあった。


 壁際には測定器や工具が並び、中央には大きな作業台が置かれている。設備屋の慎吾には妙に落ち着く空間だったが、その作業台の上へ銀色のアルミケースが置かれた途端、今日ここへ来た理由を思い出した。


「まず、これを説明してもらえますか」


 慎吾がケースを指すと、篠宮は頷き、棚から薄いファイルを取り出した。


 表紙には《PGS共通接続規格・機能拡張ユニット取扱要領 暫定版》と印刷されている。


「取扱説明書、あるじゃないですか」


「正式版ではありません。開発途中で計画が中止されたので、これは研究員向けに私がまとめた暫定資料です」


「昨日これを入れといてくれれば、マンション壊さずに済んだんじゃないですか?」


「その可能性はあります」


「あるんだよ」


 篠宮は素直に頭を下げ、ケースを開いた。


 黒い緩衝材の中には十個のユニットが並んでいる。昨日までは正体の分からない金属部品の集まりだったが、今日はそれぞれの下に型番と用途が書かれた紙が差し込まれた。


 篠宮はファイルを慎吾の前へ置いた。


「順番にご説明します」


「短めにお願いします」


「では、取扱要領に沿って進めます」


 慎吾は嫌な予感がした。


 篠宮が最初のページを開いた。


 ⸻


 《A-04 高圧射出ユニット》


 用途: 障害物破砕、アンカー打設、離隔位置への物体射出。

 操作: 骨盤底筋の収縮を検知し射出。

 注意: 初回射出後の筋収縮を再入力として認識する場合があるため、連続射出設定時は姿勢を安定させること。


 ⸻


 慎吾は最後の一行を二度読んだ。


「これですよ。昨日、勝手に二発目が出たやつ」


「正確には勝手にではありません。黒川さんが反動で力んだため、二回目の入力として認識されています」


「撃たれて吹っ飛んだ人間に、力むなって言うんですか?」


「そこが試験課題でした」


「試験終わってから人に渡せよ」


 篠宮は何も言わず、次のページを開いた。


 ⸻


 《B-02 高硬度作業ユニット》


 用途: 固着部材への打撃、重量物の押圧、緊急時の破砕作業。

 特徴: 高強度合金による耐衝撃構造。腰部からの運動エネルギーを効率よく対象物へ伝達する。


 ⸻


「ハンマーですね」


「高硬度作業ユニットです」


「ハンマーですよね?」


「機能だけ見れば近いです」


「何で股間でハンマー使うんですか?」


「両手が塞がっている場合を想定しています」


 慎吾は少し考えたが、両手が塞がった状態で股間からハンマーを突き出している自分を想像したところで考えるのをやめた。


 次のページへ進んだ。


 ⸻


 《C-03 ワイヤーアンカーユニット》


 用途: 高所・遠隔地点へのアンカー射出、牽引、簡易固定。

 最大牽引荷重: 120kg。

 注意: 人体吊り上げ試験は未実施。


 ⸻


「人間一人くらい持ち上がるじゃないですか」


「理論上は可能です」


「これ付けてぶら下がるんですか?」


「荷重は接続部ではなく骨盤全体へ分散されます」


「痛くないんですか?」


「そこは実証できていません」


 慎吾はページを閉じかけたが、篠宮が静かに次をめくった。


 そこには、昨日病院で見たものが載っていた。


 ⸻


 《D-05 高トルク穿孔ユニット》


 用途: 木材、石膏、軽量コンクリート等への穿孔。

 最高回転数: 毎分3,200回転。

 特徴: 骨盤支持による安定した軸方向荷重を確保し、狭所での穿孔作業に対応。


 ⸻


 慎吾は図面と、ケースの中に収まっている実物を交互に見た。どう見てもドリルだった。ただし、取り付け位置だけがおかしい。


「……ドリチンか」


 自分でも気づかないうちに口から出ていた。


 篠宮が顔を上げた。


「何ですか?」


「いや。ドリルチンコだから、ドリチン」


 言ってから、自分でもくだらないと思った。ところが篠宮は笑わなかった。むしろ、少し考えるようにユニットを見た。


「悪くない呼び方かもしれません」


「採用しないでくださいよ」


「ただ、私たちが作りたかったのは、ドリルを人工ペニスへ付ける技術そのものではないんです」


 篠宮はD-05を手に取り、接続部を慎吾へ向けた。


「義手や義足を使っている方にとって、義肢は失った機能を補うためのものです。でも、接続部分を共通化できれば、補うだけではなく、その人が必要とする機能を後から選べる。歩くための脚が作業用の支持具になったり、物を掴むための腕が専用工具になったり、身体の一部が用途に応じて変わる。そういう技術を作りたかったんです」


 さっきまでハンマーやワイヤーを股間に取り付ける話をしていた人間とは思えないほど、その声は真面目だった。


「身体を失った人が、元に戻ることだけを目標にしなくてもいい。失う前にはできなかったことまで選べるようになるなら、それは義肢を使う人にとって、一つの希望になると思っていました」


 慎吾は篠宮の手にあるドリルを見た。


「で、その夢の技術の接続先が……」


「今回は、たまたま人工ペニスだったというだけです」


 篠宮は平然と言った。


 慎吾はしばらく黙った。言っていることはまともで、研究思想としてはむしろ立派なくらいだった。問題は、その夢と希望を全部乗せた結果、目の前にあるのが股間へ取り付けるドリルだということだった。


「……ドリームチンコかよ」


 思わず小さく漏れた。


「何か?」


「何でもないです」


 慎吾はファイルへ視線を戻した。たぶん本当に採用されるので、篠宮には絶対に聞かせない方がいい。


 篠宮は何事もなかったように次のページをめくった。


 ⸻


 《E-01 電磁パルス試験ユニット》


 用途: 電子機器の耐障害性評価、短距離通信機器の一時停止試験。

 注意: 医療機器、交通設備、金融端末、通信設備等の周辺では使用しないこと。


 ⸻


「じゃあ、どこで使うんですか?」


「試験施設です」


「それを俺に持たせる意味は?」


「接続試験用です」


「便利な言葉ですね、接続試験」


 篠宮は褒められたと思ったのか、小さく頷いた。


 六番目は見た目からして、かなりまともだった。


 ⸻


 《F-07 照明・信号ユニット》


 用途: 暗所作業、災害時の照明、救難信号。

 連続点灯: 最大六時間。

 特徴: 両手を使用したまま照射方向を変更可能。


 ⸻


「これは使えそうですね」


 慎吾が初めて感心すると、篠宮も少し嬉しそうな顔をした。


「現場作業を想定した実用性の高いユニットです」


「でも、股間が光るんですよね」


「はい」


「暗闇で?」


「暗闇だから照明が必要なのでは?」


 それはそうだった。


 慎吾は反論できず、そのまま七番目へ進んだ。


 ⸻


 《G-02 消火ユニット》


 用途: 小規模火災の初期消火。

 方式: 圧縮式消火薬剤噴射。

 有効射程: 約3.5m。


 ⸻


「昨日これ付けてたら、制御盤燃えても消せましたね」


「昨日は火災ではありません。短絡です」


「分かってますよ。俺、設備屋なんで」


「失礼しました」


 専門分野だけは互いに譲らないらしい。


 次のページには、先端に二本の小さな爪が付いた機械が描かれていた。


 ⸻


 《H-09 多目的マニピュレーターユニット》


 用途: 把持、回転、保持、簡易切断。

 最大把持重量: 8kg。

 特徴: 作業者の第三の把持肢として使用可能。


 ⸻


「手ですよね?」


「マニピュレーターです」


「手じゃないですか」


「機械の手ですね」


 慎吾は自分の左右の手を見た。


「俺、二本ありますけど」


「現場で三本目の手が欲しくなることはありませんか?」


「ありますよ。でも欲しいのは、ここから生えてくる手じゃないんですよ」


 篠宮は少し考え、ファイルの余白へ何かを書き込んだ。


「何書いたんですか?」


「使用者の心理的抵抗について、再検討が必要、と」


「今気づいたのかよ」


 九番目だけは、慎吾の反応が違った。


 ⸻


 《J-06 超音波探傷ユニット》


 用途: 配管、鋼材、構造部材の亀裂・腐食・内部欠陥検査。

 方式: 超音波反射測定。

 特徴: 狭所における非破壊検査に対応。


 ⸻


 慎吾は身を乗り出した。


「これ、普通に使えるじゃないですか」


「現場技術者からも評価は高かったです」


「最初からこれ作ればよかったでしょう」


「他のユニットにも、それぞれ目的があります」


「ドリチンにも?」


「もちろんです」


 即答だった。


 慎吾はそれ以上聞かなかった。


 最後に篠宮が開いたページだけ、写真も図解も少なかった。


 ⸻


 《X-00 接続記録保全ユニット》


 用途: PGS本体の動作履歴、通信記録、制御履歴の抽出・保存。

 機能: 外部接続履歴の確認、異常制御の検出。

 注意: 開発管理権限を使用した遠隔制御履歴を含む場合がある。


 ⸻


 慎吾は最後の一行で目を止めた。


「遠隔制御って何ですか?」


 篠宮はすぐには答えず、ケースの中にある黒い小型ユニットを取り出した。


「PGSシリーズには、保守のための通信機能があります。本来は状態確認や調整に使うものですが、開発段階では一部の制御機能にも外部からアクセスできました」


「……つまり?」


「技術的には、離れた場所からPGS-01を操作できます」


 慎吾は椅子に座り直した。


「それ、俺の身体についてますよね?」


「はい」


「他人が勝手に動かせるんですか?」


「本来なら、患者本人の承認なしに操作できない仕様にするべきでした」


「するべきでした、じゃないでしょう!」


 それまで淡々と説明していた篠宮の表情が、そこで初めて少し変わった。


「だから、私は会社を辞めました」


 声は相変わらず静かだった。


「黒川さん。PGS-01は東都バイオメカニクスが作った機械です。でも、あなたはそれを半年間、自分の身体として使ってきた。排尿し、働き、生活してきたわけです。それを会社が資産番号だけで回収していいとは、私は思いません」


 ドリルをチンコに取り付け、ハンマーをチンコに取り付け、暗闇でチンコを光らせることまで真面目に研究した女が、そこだけは驚くほどまともなことを言っている。


「……それで、このケースを榊先生に?」


「はい。会社が回収へ動いたので、少なくとも黒川さん自身には、自分の身体に何が接続できるのか知っておいていただきたかったんです」


「取扱説明書なしで?」


「暫定版なので渡すべきか迷いました」


「迷うなよ。渡せよ」


 篠宮は申し訳なさそうに頭を下げた。


 榊については、病院の倫理委員会から事情確認を受けているだけで、無事だという。会社による回収方法に病院側も問題を感じており、今後は医療機関と法律の専門家を交えて対応するらしい。


 慎吾はそれを聞いて、ようやく少しだけ肩の力を抜いた。


「俺、普通に仕事したいだけなんですよ」


「そのためにも、まずX-00で通信記録を確認した方がいいと思います。遠隔操作の履歴が残っていれば、会社側が何をしようとしていたのか分かります」


 篠宮は端末を立ち上げ、それから慎吾を見る。


「診断してもよろしいですか?」


 慎吾は少し驚いた。


 この二日間、メーカーの人間は自分の人工ペニスを会社の資産として扱い、返却の日程まで勝手に決めた。しかし篠宮は、たった一度接続記録を読むだけでも本人の許可を求める。


「……お願いします。ただし、勝手に動かさないでくださいよ」


「もちろんです」


 篠宮がケーブルを用意している間、慎吾はもう一度、十個のユニットが並んだケースを眺めた。


「篠宮さん」


「はい」


「何でこんなに作ったんですか?」


「人体接続規格の汎用性を検証するためです。実際には二十種類ほど計画していました」


 慎吾の視線がゆっくり篠宮へ戻った。


「まだあるんですか?」


「構想段階ですが、高速切断、掘削、水中推進、溶接、空圧 ──」


「もういいです」


 慎吾は手を上げた。


「ドリチンだけで十分です。これ以上増やさないでください」


 篠宮の手が止まった。


「すっかりドリチンで定着しましたね」


 慎吾も止まった。言われてみれば、もう何の抵抗もなく口にしていた。


「……あんたが変なもの作るからでしょう」


「名付けたのは黒川さんです」


「そうでしたね」


「分かりやすくて、私はいいと思います」


「頼むから正式名称にはしないでください」


「検討しておきます」


「検討するなよ」


 篠宮は何事もなかったようにケーブルの準備へ戻った。


 事故から二年、人工ペニスを装着して半年。慎吾はようやく、自分の身体に取り付けられている機械について少しだけ詳しくなった。


 その結果、分かったことが一つある。世の中には、知らない方が幸せな取扱説明書もあるらしい。

お読みいただきありがとうございます。

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