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ドリチン《機械じかけのエレクト》  作者: 伏見トキナ
第四章|OWNERSHIP ── 身体は誰のものか
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第十一話|全部止まる

 黒川慎吾が、東都バイオメカニクスの社員と元研究員に挟まれて夜の倉庫街を歩くことになったのは、篠宮の仕事場から規格資料が盗まれた翌日のことだった。


 午後八時を少し過ぎた頃、仕事を終えて帰宅しようとしていた慎吾のところへ鳥居から電話が入り、盗まれた外部記憶装置が旧式の認証環境へ接続された痕跡が見つかったと告げられた。


 慎吾も最初は「それ警察に言ってください」と答えたのだが、警察にはすでに連絡済みで、問題は接続に使われている機器が、かつて東都の共同研究先だった会社の検証施設から持ち出されたものらしく、そこから別の端末へ大量のデータが送られ始めていることだと説明された。


「で、何で俺なんです?」


 慎吾が電話口で聞くと、鳥居は少し間を置いてから答えた。


『送信されているデータの中に、黒川様が現在使用しているPGS-01の個体情報が含まれている可能性があります』


「だから何で俺が行くんです?」


『篠宮さんが現地でデータの内容を確認します』


「篠宮さんの話じゃなくて俺の話してるんですよ」


『ご自宅へ戻られるより、しばらく我々と行動していただいた方が安全だと判断しました』


「昨日まで回収しようとしてた会社に保護されるの、すげえ嫌なんですけど」


『お気持ちは理解します』


「絶対理解してないだろ」


 それでも自宅は一度荒らされ、帰り道では尾行され、今度は自分の身体に入っている機械の情報までどこかへ送られようとしているのだから、何も知らずに家でテレビを見ているよりはましだと思い、慎吾は駅前まで迎えに来た東都の車へ乗った。


 後部座席には篠宮がいて、足元には火事を免れた設計資料とノートパソコンを入れたバッグが置かれており、慎吾が隣へ座ると、彼女は何事もなかったような顔で銀色のケースを見た。


「全部持ってきましたね」


「家に置いてくる方が怖いんですよ」


「合理的です」


「最近、篠宮さんに合理的って言われても全然嬉しくないんですよね」


 車は都心から少し離れた倉庫街へ入り、古い事務所棟と小さな物流倉庫が並ぶ区画の前で止まった。


 そこは現在使われていない精密機器会社の倉庫で、柏木と関係のある法人が短期契約で借りているらしく、東都の調査では、その法人の人間が数日前から出入りしていることまで確認されていた。


 ただ、警察が中へ踏み込むには誰がいるのか、盗品が本当にそこにあるのかという裏付けがまだ足りず、鳥居は東都の管理部門を通じて施設所有者と連絡を取り、外から確認できる範囲だけ調べるつもりだと慎吾は聞かされていた。


「中には入りませんよね?」


 車を降りた慎吾が確認すると、鳥居はいつもの表情で頷いた。


「その予定です」


「その言い方、予定変わるやつだから嫌なんですよ」


「施設所有者の担当者がこちらへ来ますので、それまでは外で待機します」


「それならいいです」


 慎吾は銀色のケースを足元へ置き、自動販売機で缶コーヒーを買おうと財布を出したところで、篠宮が倉庫の二階を見上げた。


 細長い窓の奥で、何かが一瞬光る。


「鳥居さん」


「はい」


「通信しています」


「分かるんですか」


 慎吾が聞くと、篠宮はスマートフォンを見せた。


「旧認証キーのアクセスが増えました。さっきまで一系統だったのが三系統になっています」


 鳥居も会社支給の端末を取り出し、画面を確認した。


「転送が始まった可能性があります」


「じゃあ警察に ──」


 慎吾が言い終わる前に倉庫脇の通用口が開き、中から男が一人出てきた。慎吾には見覚えがあり、篠宮の仕事場へ入ってきた二人のうち、黒い記憶装置を奪った男だったが、向こうも慎吾たちに気づくと一瞬立ち止まり、そのまま扉の中へ戻ろうとした。


「待ってください」


 鳥居が声をかけたものの、男は待つことなくそのまま中へ戻り、扉が閉まると電子ロックの作動音が響いた。


「ほら予定変わった」


 慎吾が言うと、鳥居は返事をせず警察へ電話をかけ、篠宮は倉庫の壁際へ移動してスマートフォンを操作した。


「送信量が増えています」


「それ止められないんですか?」


「外からは無理です」


「東都は?」


 鳥居が通話を終えて答えた。


「弊社のシステムではありません」


「じゃあ俺たち何しに来たんだよ」


 慎吾としてはかなりまともなことを言ったつもりだったが、返事が来るより先に倉庫の裏手から金属音が響き、さっきとは別の男が非常口から出て、黒いバッグを隣の建物へ運ぼうとしているのが見えた。


 篠宮がそのバッグを見る。


「私のファイルです」


「見えるんですか?」


「角が焦げています」


 火事のときに倒れた棚の下へ落ち、端だけ焼けた薄いファイルで、慎吾にも見覚えがあった。


 鳥居が男へ声をかけると、男は走り出して隣の建物へ入ろうとしたが、その瞬間に警報音が鳴り、何が起きたのか分からないまま倉庫正面のシャッターが途中まで下がると、通用口の電子ロックも一斉に作動した。


「何これ」


 慎吾が聞くと、篠宮が周囲を見た。


「施設側のセキュリティを切り替えたんだと思います」


「誰が?」


「中にいる人です」


「何で?」


「時間を稼ぐためでしょう」


 慎吾はため息をついた。


「俺、もう帰っていい?」


「黒川様」


 鳥居が珍しく少し強い声を出した。


「現在、この施設周辺から出ないでください」


「俺を守りたいから?」


「PGS-01の個体情報が ──」


「やっぱり会社だろ」


 そこまで言ったところで慎吾のスマートフォンが振動し、見覚えのない番号から着信が入ったので無視しようとしたが、横から篠宮が画面を覗き込んだ。


「位置を確認されている可能性があります」


「これ?」


「少なくとも電話番号は把握されています」


 慎吾は着信を切ったが、ほとんど間を置かずに同じ番号からまた鳴り始めた。


「電源切った方がいいですか?」


「位置情報だけなら、電源を切れば ──」


 慎吾が側面のボタンへ指を伸ばした瞬間、倉庫二階の窓に柏木俊一が現れ、ガラス越しにこちらを見下ろした。


 慎吾は思わず手を上げた。


「いるじゃん」


 鳥居も顔を上げたが、柏木は慌てる様子もなく、こちらを確認すると机らしき場所へ戻っていった。


「あの人、本当に毎回落ち着いてんな」


「黒川さん」


 篠宮がスマートフォンを見たまま言った。


「転送速度が上がっています」


「あとどのくらい?」


「分かりません」


「何送ってるかは?」


「規格資料とX-00のログ、それに認証情報の一部だと思います」


「止められる?」


「中の端末へアクセスできれば」


 慎吾は閉じた通用口を見る。


「入れないじゃん」


「はい」


「警察は?」


 鳥居が時計を見た。


「まもなく到着します」


 その「まもなく」が何分なのか聞こうとしたところで、慎吾のスマートフォンがまた鳴り、今度は画面に番号すら表示されず、続いて鳥居の会社支給端末にも通知が入り、篠宮のスマートフォンでは通信エラーが一度出てからすぐ復帰した。


「これ、向こうから何かしてません?」


 慎吾が聞くと、篠宮が慎吾の端末を手に取った。


「こちらの通信を探っている可能性はあります」


「可能性ばっかりですね」


「専門外ですので」


「何が専門なんですか」


「身体拡張インターフェースです」


「知ってるよ!」


 慎吾が銀色のケースへ目を落とした瞬間、嫌なものが目に入り、それがE-01電磁パルス試験ユニットだと分かると、最初に説明を聞いたときから医療機器のケースへ入れていい物ではないと思っていたことまで一緒に思い出した。


 慎吾はしばらくそれを見てから、篠宮を見る。


「これ使ったら?」


 篠宮もケースの中を見て、わずかに表情を変えた。


「やめた方がいいです」


「何で?」


「周辺の電子機器へ影響します」


「それは知ってます」


「通信機器、制御装置、監視設備、それから近くにある電子機器全般に障害が出る可能性があります」


 慎吾が倉庫へ目を向けると、通用口には電子ロックがかかり、壁際の監視カメラは赤いランプを点けたままこちらを向き、二階の窓の奥では端末の画面がいくつも光っている。その光景を見ているあいだにも、手の中のスマートフォンがまた震えた。


「どこまで?」


「分かりません」


「範囲は?」


「環境によります」


「何メートル?」


「試験条件によります」


 慎吾はケースから顔を上げた。


「お前ら、何でそういうところだけ試験途中なんだよ」


「だから試験ユニットなんです」


「名前で逃げるな!」


 鳥居が二人の間へ入った。


「待ってください。それを使用した場合、弊社の端末も影響を受けますか」


 篠宮が鳥居を見る。


「受ける可能性は高いです」


「私の会社支給端末には社内接続用の認証情報が入っています」


「それも止まると思います」


「困ります」


 慎吾は鳥居を見た。


「今それ言う?」


「会社の端末ですので」


「中では会社の規格盗まれてんでしょうが!」


「ですから慎重に ──」


「慎重にしてる間に送られてるんだろ!」


 誰も反論せず、篠宮だけがE-01を見ながら考えていた。


「一時的な通信障害だけで済む保証はありません」


「壊れる?」


「可能性はあります」


「俺のスマホも?」


「はい」


「篠宮さんのパソコンは?」


「止まるでしょうね」


「鳥居さんの会社のやつは?」


「それも」


 鳥居が口を挟んだ。


「何度も確認しなくて結構です」


 慎吾はケースを持ち上げた。


「じゃあ公平じゃん」


「公平の意味が違います」


 それでもほかに手はなく、中へ突っ込んで柏木たちと殴り合う気はないし、ドリチンで扉へ穴を開けるつもりもなければ、A-04で電子ロックを吹き飛ばして建物まで壊す気もなく、警察が来るまで待てばその間にデータが送られ続けるのなら、いっそ全部止めてしまえばいい。


 頭の悪い結論だったが、銀色のケースを作った人間たちも似たような発想で十種類の機械を作っているので、今さら慎吾だけが責任を感じる必要もない気がした。


「篠宮さん」


「はい」


「付けますよ」


 篠宮は数秒黙ったあと、慎吾の顔を見た。


「本当に使いますか」


「俺が聞いてんですよ、それ」


「私は止めた方がいいと思います」


「じゃあ他に止める方法は?」


 篠宮は倉庫の窓を見たまま何も言わず、それが答えだと受け取った慎吾はため息をついて車の陰へ移動すると、今ではすっかり慣れてしまった手順でPGS-01へE-01を接続した。


 起動音とともに表示灯が点き、慎吾が倉庫の方へ身体を向けると、鳥居は数歩後ろへ下がり、篠宮もそれに合わせるように少し距離を取った。


「これ、どっち向ければいいんです?」


「指向性は限定的です」


「じゃあ何で先端あるんだよ」


「試験時の基準方向です」


「役に立たねえな!」


「二人とも距離取るのずるくない?」


「安全距離が不明なので」


「それ俺にも適用しろよ!」


 結局どちらも近づいてこないので、慎吾は腰を倉庫へ向けたままE-01を作動させた。音はほとんどせず、最初は本当に作動したのか分からなかった。


 次の瞬間、倉庫の監視カメラに点いていた赤いランプが消え、通用口横の電子ロック表示が真っ暗になり、二階の窓越しに見えていた複数のモニターが一斉に落ちたうえ、慎吾の手の中にあったスマートフォンも、篠宮がバッグから取り出していたノートパソコンも、鳥居の会社支給端末もまとめて沈黙し、三人はしばらく何も言えなかった。


「……止まりましたね」


 篠宮が言った。


「全部な」


 鳥居が会社支給端末の電源ボタンを押してみたが反応せず、もう一度少し長めに押してみても、やはり画面は真っ暗なままだった。


「私の端末も止まりました」


「さっき聞いたでしょう」


「本当に止めるとは思いませんでした」


「俺だって思ってねえよ!」


 そのとき背後で小さな電子音が途切れ、慎吾が振り返ると、さっき缶コーヒーを買おうとしていた自動販売機まで表示が消えていた。


「自販機まで死んだぞ」


 篠宮がそちらを見る。


「思ったより広いですね」


「今データ取るな!」


 倉庫の中から怒鳴り声が聞こえ、電子ロックの制御が落ちたためか通用口の非常用解錠機構が作動して扉がわずかに開くと、中からさっきの男が飛び出して慎吾たちとは反対方向へ走り出し、続いてもう一人も外へ出てきたため、鳥居が追おうと身体を動かしたところで慎吾が腕を掴んだ。


「追わなくていいでしょ」


「ですが ──」


「警察来るんでしょう?」


 遠くからサイレンが聞こえてきたため、鳥居は走っていく男たちと慎吾を交互に見てから、その場に残った。


 二階の窓では柏木が暗くなった端末の前に立ってこちらを見下ろしていたが、今度ばかりはいつもの商談相手を見るような顔ではなかった。


 慎吾は少しだけ手を上げた。


「一億円、止めましたよ」


 聞こえるはずはなかったが、それでも柏木には意味が通じたらしく、窓の向こうで一度だけ目を閉じた。警察が到着すると、慎吾がその場ですることはほとんどなくなった。


 逃げた二人の特徴も、盗まれた資料も、篠宮の仕事場へ侵入したときの記録もすでに警察へ伝わっており、東都側には柏木と共同研究先を結ぶ契約資料や旧認証キーの発行履歴が残っているため、あとは誰が何を盗み、どこへ渡そうとしていたのかを調べることになるらしい。


 慎吾は事情を説明しながら壊れたスマートフォンを何度も確認したが画面は点かず、隣では鳥居も同じように会社支給端末の電源を試しており、篠宮に至ってはノートパソコンを何度か開いたり閉じたりしていたものの、三台とも見事に反応しなかった。


「全滅ですね」


 慎吾が言うと、篠宮は頷いた。


「少なくとも今は」


「データ転送は?」


「止まっています」


「じゃあいいじゃないですか」


 鳥居がこちらを見る。


「よくはありません」


「規格守れたんでしょう?」


「私の端末が壊れています」


「会社で新しいのもらってくださいよ」


「そういう問題ではありません」


「俺のスマホ自腹ですよ」


 結局、柏木側はデータを送れず、東都は会社支給端末を一台失い、篠宮はノートパソコンを壊し、慎吾は自分のスマートフォンを壊し、関係のない自動販売機まで巻き添えになったので三人ともまるで得をしていなかった。それでも、買い手へのデータの受け渡しだけは止まった。


 慎吾は銀色のケースへE-01を戻しながら、自分が何かを成し遂げたような気分にはまったくなれず、悪党を倒したわけでも、誰かを捕まえたわけでも、派手な戦いに勝ったわけでもなく、周囲にある電子機器を片っ端から止めた結果、その中にたまたま本当に止めたかったものまで混ざっていただけだった。


「黒川さん」


 篠宮が言った。


「何です?」


「E-01の実地使用データとしては、かなり貴重です」


 慎吾はケースの蓋を閉めた。


「絶対残すなよ」


 どうやら機械のチンコというものは、何か一つを止めたいとき、周り全部を止めればいいという、だいぶ頭の悪い解決策まで用意されているらしい。

お読みいただきありがとうございます。

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