第4話 この依頼、誰が担当してるんですか?
翌朝、タダシは依頼書の山を全部、机の上に移した。
四十枚ほどある。フィナと、昨日包帯の件で来た職員と、三人で囲んだ。
「これ、どういう順番で積んでるんです?」
「来た順です」
フィナが答えた。
「受付で紙をもらって、上に置きます。冒険者が受けたら、名前を書き込んでまた上に」
「終わったのは」
「印を付けて、また上に」
「全部この山なんですね」
「全部この山です」
タダシは上から三枚をめくった。一枚目は今週の日付。二枚目は印つき。三枚目には名前が書いていない。
「途中が分からないのが、一番面倒ですねえ」
彼は机の端に、箱を四つ並べた。倉庫から持ってきた空箱だ。
それぞれに札を貼る。
未受注。対応中。報告待ち。完了。
「これだけですか」
「これだけです。一枚ずつ入れていきましょう」
三人で紙をめくり始めた。
名前が書いてなければ未受注。名前があって印がなければ対応中。印はあるが報酬の控えがなければ報告待ち。全部揃っていれば完了。
最初の十枚ほどは順調だった。
十二枚目で、職員の手が止まった。
「あの、これ……」
彼が持っていたのは、印の付いた紙だった。討伐報告も書き込まれている。日付は先月の頭。
「終わってますよね、これ」
「報酬は」
「……払った控えが、ないです」
三人で顔を見合わせた。
「誰の依頼です?」
「ドランさんのとこです。ほら、よく昼前に来る」
フィナが急に青ざめた。
「あの人、何度か聞きに来てました。『あれどうなった』って。そのたびに探したんですけど、山の中から出てこなくて……終わってないのかと思って、待ってくださいって言ってました」
「先月の頭ですよ」
「……はい」
タダシは紙を「報告待ち」の箱に入れかけて、やめた。
「今日、来ます?」
「たぶん昼前に」
「じゃあ、それまでに用意しておきましょう」
男は昼前に来た。
受付台に肘をついて、いつもの調子で「なあ、例のあれ」と言いかけたところで、フィナが金の入った袋を差し出した。
「お待たせして、本当に申し訳ありませんでした」
男は袋と、フィナの顔を、二回見比べた。
「……今日、出るのか」
「はい。先月分です。こちらの手違いで、書類が紛れていました」
男はしばらく黙って袋を握った。それから、大きく息を吐いた。
「もう何回聞きに来たと思ってんだ」
「申し訳ありません」
「……いや」
彼は袋を懐に入れた。
「助かった。女房に言われてたんだ、いい加減もらってこいって」
男が出ていったあと、フィナは受付台に両手をついたまま、しばらく動かなかった。
「すみません。私、あの人に何度も待ってくださいって言ったんです」
「紙が埋まってたんだから、仕方ないですよ」
タダシは箱の札を直した。
「これからは、終わったのはここに入れておきましょう。そしたら払い忘れないので」
午後までに、山は全部箱に収まった。
そして、箱に入れたことで、いくつかのことが分かった。
未受注の箱に、名前の欄が空のまま二か月置かれている紙が二枚あった。
報告待ちの箱に、討伐は終わっているのに依頼主へ連絡していないものが四枚あった。
「こんなにあったのか……」
職員が箱を覗き込んで呟いた。
「今まで、一枚ずつ探さないと分からなかったですから」
フィナがそう言うと、タダシは肩をすくめた。
「並べると分かりやすいですねえ」
問題の一枚が出てきたのは、未受注の箱を最後に確認していたときだった。
フィナが紙を持ったまま止まった。
「……タダシさん」
「はい」
「これ、まだ受け手が決まってません」
タダシが受け取った。
北の麦作りの村から。角猪が畑に出る。二頭以上いるらしい。駆除を頼みたい。
依頼日は十一日前。
そして、村が書いた希望期日が、明日だった。
「これ、なんで残ってるんです?」
「たぶん……」
職員が言いにくそうに答えた。
「報酬が安いんです。村の依頼なので。同じ日に塔の護衛依頼が来てて、そっちのほうが三倍出るので、みんなそっちに」
「なるほど」
タダシは紙をもう一度読んだ。
収穫前。麦。二頭以上。
「畑って、荒らされたらどうなるんです?」
「角猪だと、一晩で結構やられます」
フィナが言った。
「一頭でも一区画は駄目になります。二頭なら……」
彼女は言葉を切った。
「その村、麦しか作ってないので。今年の分、全部かもしれません」
部屋が静かになった。
タダシは紙を机に置いて、受付のほうを見た。
「今日、ギルドにいる方で、受けられそうな人はいますか」
「今からですか」
「今からだと、明日の朝に村へ着きますよね。希望期日は明日です」
彼は札の並んだ壁の勤務表と同じように、掲示板の前を見渡した。
「猪くらいなら、誰でも大丈夫なんですか」
「いえ、角猪は突進してくるので、避けられる人じゃないと。あと、二頭以上だと人数が要ります」
「じゃあ、そういう方を探しましょう。報酬が安いのが理由で残ってるなら、他の理由で受けてくれる人がいるかもしれません」
フィナが顔を上げた。
「……心当たりがあります」
彼女は受付を出て、酒場のほうの卓へ向かった。
三十分後、四人組が机の前に立っていた。全員、装備が使い込まれている。
「北のヨルの村だな」
頭らしい女が紙を見て言った。
「安いぞ、これ」
「安いです」
フィナが正直に答えた。
「でも、明日が期日で、まだ誰も受けていません」
女は少し考えてから、後ろの三人を振り返った。
「うちの弓、あそこの出だろ」
「……はい」
一番若い男が小さく答えた。
「行くか」
「行きます」
「決まりだ」
女は紙を受付台に戻した。
「出発は今からでいいな」
「準備できますか」
「回復薬さえもらえりゃ、すぐ出る」
タダシが小部屋のほうを見た。フィナはもう立ち上がっていた。
「あります。追加分がまだ」
帰ってきたのは、翌日の夕方だった。
四人とも泥まみれで、一人は腕に布を巻いていたが、歩いて戻ってきた。
「三頭いた」
頭の女が受付台に依頼書を叩きつけるように置いた。
「二頭じゃなくて三頭だ。畑の北側に寝床作ってやがった」
「大丈夫でしたか」
「こいつが突かれかけたが、まあ、かすっただけだ」
女は親指で若い男を指した。若い男は照れたように顔を背けた。
「間に合ったんですか」
フィナが聞くと、女は初めて笑った。
「ぎりぎりだ。あと二日遅けりゃ、畑に入られてた」
村から荷車が来たのは、その三日後だった。
麦の袋が二つ。干した果物の籠。燻製の肉が塊で三つ。籠一杯の根菜。そして、名前を書いた紙が一枚添えてあった。
荷車を引いてきた村の男は、受付台の前で何度も頭を下げた。
「今年のが守れました。本当に、ありがとうございます」
「いえ、あの、私たちは」
フィナが受け取りながら、言葉に詰まった。
「ギルドさんに頼んで、よかったです。正直、もう駄目かと思ってました」
男が帰ったあと、職員たちが荷物を囲んだ。
誰かが肉の塊を持ち上げて、匂いを嗅いだ。
「うまそう」
「これ、どうすんの」
「分けましょうよ」
その場で切り分けることになって、炊事場から包丁が持ち出された。
タダシは根菜の籠を運んでいた。
「タダシさん」
フィナが呼んだ。
「なんです」
「あの依頼、タダシさんが見つけなかったら、まだあの山の中でした」
「私は依頼書を分けただけですよ」
「その『だけ』で見つかったんです」
フィナは肉の皿を一つ、タダシに押し付けた。
「間に合ってよかったですねえ」
タダシはそう言って、皿を受け取った。
翌日、新しい依頼書が届いた。
タダシが気づいたときには、フィナがもう「未受注」の箱に入れていた。
昼過ぎ、冒険者がそれを受けると、彼女は紙を取り出して名前を書き、「対応中」へ移した。手が止まらなかった。
夕方には、包帯の件で来たあの職員が、帰ってきた冒険者から報告を受けて「報告待ち」へ入れていた。
「もう分かってますねえ」
タダシが言うと、職員は箱に札を貼り直しながら答えた。
「こっちのほうが、楽なんで」
支部長が机の上の書類を見たのは、その夜だった。
薬品の廃棄がゼロになった月報。欠品の記録が途切れた在庫表。勤務表。処理済みの依頼件数。村からの礼状。
彼はしばらくそれを眺めてから、羊皮紙を一枚引き寄せた。
——当支部におきましては、かねてより業務改善を進めており、薬品管理の徹底、在庫欠品の解消、職員の勤務体制の見直し、依頼処理の迅速化を実施いたしました。その結果、近郊ヨル村の緊急討伐依頼にも即日対応し、収穫期の被害を未然に防いだ次第であります。
書きながら、支部長は少し機嫌が良くなった。嘘は書いていない、と彼は思った。支部で起きたことは支部長の成果だ。当たり前の話だった。
返信が届いたのは、八日後だった。
支部長は執務室でそれを開き、二度読んだ。
——改善の内容が具体的かつ多岐にわたるため、他支部への横展開を検討したい。ついては実地にて運用を確認させていただきたく、監査官を派遣する。
紙を持つ手が、止まった。
「……監査?」
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