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第19話 浅野さんがやるなら、うちも





 最初の返答は、三日後の朝に届いた。


 早馬の袋から出てきた封を、ニコが受け取って、宛名を見た瞬間に声を上げた。


「あ、うちだ!」


「うち?」


「俺の支部っす!」


 フィナが封を開けた。


 読み始めて、すぐに笑顔になった。


「試験運用、うちでやります」


 彼女は次の行を読んだ。


「浅野さんが作ったものなら、まず使ってみたいです。……レイナルト支部長からです」


「早いですねえ」


 タダシは、文書を受け取って日付を見た。


「これ、発送の三日後ですよね。届いて、読んで、すぐ返事ですか」


「読む前に決めてたんじゃないですか」


 フィナが言った。


「そんなことあります?」


「あります」


 次の返答は、その日の午後に来た。


 ベルク支部だった。


「一日の助言で、討伐隊の補給が間に合った支部です」


 フィナが読み上げた。


「浅野さんがやるなら、うちも参加します。以前の件では大変世話になりました。今回も協力させてください」


 ニコが、椅子から立ち上がった。


「ほらあああ!」


「まだ二つです」


「二つで十分っすよ! 部長は三つ来れば上等って言ってたじゃないですか!」


「じゃあ、あと一つですね」


 タダシがのんびり言った。


 その日の夕方までに、五通目が届いた。


 翌日は、七通だった。


 その次の日、早馬の袋が二つ来た。


 一週間後、タダシの机には二十二通の返答が並んでいた。


「……二十二」


 ラスが、束を数え直していた。


「三十七支部中、二十二です。半分以上ですよ。こんなの見たことない」


 彼は一通を開いて、中を読んだ。


「これ、北のハラ支部ですね。『冬季手当の件で世話になった。今回も協力する』……浅野さん、これ」


「ああ」


 タダシが覗き込んだ。


「あそこは、私じゃなくてラスさんの案件ですよ」


「私が二か月止めてたやつです」


「でも、四回催促したのはラスさんですよね」


 ラスは、返答の文書をしばらく見ていた。


 それから、何も言わずに自分の机へ戻った。


 部長が来たのは、その翌朝だった。


 机の上の束を見て、足を止めた。


「……これは」


「試験参加の返答です」


「何通だ」


「二十二です」


 部長は、束を一瞥した。


 それから、無言で自分の部屋へ戻っていった。判子の音が、また鳴り始めた。


「ニコ、今です」


「はい!」


「じゃなくて、黙っててという意味です」


 フィナが引き戻した。


 試験は、翌月から始まった。


 新しい書式での報告が、二十二の支部から届き始めた。


 最初の月は、問い合わせが多かった。在庫を月初で数えるのか月末で数えるのか。未処理の依頼に、報告待ちのものを含めるのか。特記事項に何を書けばいいのか。


 フィナが窓口になって、片端から答えていった。同じ質問が三回来たところで、彼女は説明文に一行を足した。


「この欄、やっぱり迷いますね。次から例を増やしましょう」


「お願いします」


 ニコは、届いた報告を仕分けていた。


 二か月目に入ると、問い合わせが減った。


 三か月目の報告が揃ったとき、ラスが束を持って立ち上がった。


「浅野さん」


「はい」


「これ、見てください」


 彼は、二十二支部分の報告を、机に横並びに置いた。


 同じ位置に、同じ項目が並んでいた。


 依頼件数。うち未処理。負傷者数。薬品使用量。在庫。人員。


 ラスは、指を一本立てて、二十二枚の同じ行をなぞった。指が、まっすぐ横に動いた。


「……探さなくていい」


 彼の声が、少し震えていた。


「一枚ずつ読まなくていいんです。同じところを見ればいい。転記も要らない。これ、私、四年やってたんですよ」


 彼は引き出しから、あの擦り切れた一覧を出した。


 しばらく見てから、引き出しに戻した。


 捨てはしなかった。


「めちゃくちゃ見やすいですね」


「ですよね」


 フィナが即座に言った。


「何でフィナさんが得意そうなんです?」


 異常に気づいたのは、その並びを見ていたタダシだった。


「……この支部だけ、回復薬の減り方、おかしくないですか?」


 彼は左から四枚目を指した。


 フィナが覗き込んで、他と見比べた。


「確かに。他より、かなり早いです。先月の倍近く」


「討伐依頼も増えてますよ!」


 ニコが、同じ支部の欄を指した。


「うわ、高難度のが三倍になってます。それと、負傷者も」


 タダシは、その支部の欄を上から下まで見た。


 依頼件数、増加。うち未処理、増加。負傷者数、増加。薬品使用量、急増。在庫、減少。人員、変化なし。


 隣の支部を見た。同じ地方だった。似た傾向が出ている。もう一つ隣も、わずかに上がっていた。


「これ、一つの支部の話じゃないですね」


 タダシは三枚を並べ直した。


「この地方、全体で何か起きてますねえ」


「事件ですか!?」


 ニコが身を乗り出した。


「まだ事件とは言ってません」


 フィナが引き戻した。


「でも、人員は増えてませんよね」


 タダシが言った。


「依頼も負傷者も増えてるのに、人は同じです。今の人数で回してるってことなので……そのうち、回らなくなりますね」


 彼は、他の支部の報告に目を移した。


「で、こっちの支部は、薬が余ってますね」


「余ってるんですか」


「在庫が、使用量の四か月分あります。ここと、ここも」


 タダシは三枚を抜き出した。


「二箱ずつ回せば、足りると思います。それと、冒険者も、この支部は依頼が少ないので、二組ほど応援に出せそうですね」


「行ってきます!」


 ニコが立ち上がった。


「待ってください」


 フィナが袖を掴んだ。


「まず本部長決裁です。それから支部へ連絡。順番が逆です」


「あ、はい!」


 タダシが、書きかけの紙を見た。


「三十分ください。数字をまとめます」


 本部長室での説明は、短かった。


 タダシが並べた紙は三枚だけだった。異常が出ている三支部の数字。余裕のある三支部の数字。回す量と、応援の人数。


 本部長は、数字を上から順に見ていった。


 途中で一度、目を上げた。


「……これ、今月の報告か」


「はい。先週届いた分です」


「先月と比べて、こうなっていると」


「はい」


 本部長は、老眼鏡を上げた。


「以前なら、これは分からなかったな」


「そうかもしれません」


「分かったとしても、三か月後だ。どこかの支部が『もう限界です』と言ってきてから、慌てて調べることになる」


 彼は紙を置いた。


「分かった。回せ」


「ありがとうございます」


「追加で必要なら、すぐ上げろ」


 判子が、その場で押された。


 薬品が動き、冒険者の応援が出たのは、その四日後だった。


 支援先からの報告が届いたのは、さらに十日後だった。


 フィナが読み上げた。


「魔物の大型個体が二頭、山を降りてきていたそうです。討伐隊を組んで、両方とも討伐。村への被害はなし」


「怪我人は」


「五人。全員、治療済みです」


 彼女は、次の段を読んだ。


 そこで、一度言葉を切った。


「……応援と回復薬が一日遅れていれば、撤退していました、と」


 部屋が、静かになった。


「撤退すると、どうなるんです?」


 ニコが聞いた。


「山を降りきります」


 答えたのは、ラスだった。


「その先に、村が三つあります」


 誰も、しばらく何も言わなかった。


 向かいの職員が、報告書を覗き込んで、ぽつりと言った。


「……これ、統一書式がなかったら、気づいてないですよね」


「気づいてないですね」


 ラスが答えた。


「バラバラの様式のままだったら、あの三支部を並べようなんて思いません。一枚ずつ読んで、転記して、それから比べて……早くて三か月後です」


「三か月後だと」


「撤退した後ですね」


 部長は、その話を扉の向こうで聞いていた。


 彼は何も言わずに、自分の机に戻った。


 判子の音は、鳴らなかった。


 しばらくして、部長は積まれた書類を揃えた。それから、机の引き出しを閉めて、上着を取った。


「……帰るか」


 誰にともなく、そう言った。


 部屋を出ていく背中を、ラスが見送っていた。


「部長が、定時で帰るところ、初めて見ました」


 報告は、王都へも上がった。


 数日後、カティ王女が本部に来た。


 三階の部屋で、彼女は二十二枚の報告を見た。横に並んだ、同じ形の紙を。


「これが」


 王女は、指を一本立てて、同じ行をなぞった。ラスがやったのと同じ動きだった。


「書式を統一する意味なのですね」


「見やすいほうが、楽ですからねえ」


 タダシが言った。


「ほら!」


 ニコが声を上げた。


「またタダシさんが人助けしてる!」


「まあ、そうですけど」


 フィナが頷いた。


「私は、数字を見ただけですよ」


 タダシは、報告書を揃えながら言った。


「動いたのは、薬を回してくれた支部と、応援に行った冒険者と、現地で戦った人たちです」


 王女は、しばらくタダシを見ていた。


 それから、報告書に視線を戻した。


「残り十五支部にも、参加を呼びかけましょう」


「ありがとうございます」


「認可の準備も始めます」


 彼女は、供の一人に何か指示した。


 帰り際、扉の前で振り返った。


「浅野さん」


「はい」


「次は、もう少し大きなものを見ていただくことになるかもしれません」


 タダシは、少し首を傾げた。


「大きいの、ですか」


「ええ」


 王女は、それだけ言って出ていった。


 翌朝、タダシが出勤すると、机の前に人が並んでいた。


「浅野さん、経理ですけど、うちの帳簿の回し方も見てもらえません?」


「人事からも相談が来てます」


「物資課の課長が、時間を取ってほしいと」


「地方支部から、浅野さん指定の照会が三件です」


 タダシは、鞄を置く場所を探しながら言った。


「……増えましたねえ」



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