9. 中断された移動教室2
9話です。
よろしくお願いします。
上空を1機のヘリコプターが旋回している。旭日章も消防章も日の丸も無いから報道の民間機だろう。
(おお、死に神殿。綾はここで死ぬ運命じゃったのか)
ダイアナが誰もいない空間に向かって念話を使っているが、ブリジットには相手が見えない。
(困るのよ!勝手にこんなことをされちゃあ)
男の声だがおネエの感じに喋っている。
(済まぬ!妾も力を使い尽くした。近く謝罪と挨拶に赴くゆえ、今日のところは許してくれ)
(こんなに魂が回復しちゃあ…、この子は連れて行けないわよ。鬼籍を書き換えるのた!い!へ!ん!なのよ。根回しが必要だから、袖の下に甘い物をたくさんお供えするのよ。おっと、次の子が待ってるわね。この辺りでスポーツカーが事故ってなかった?)
ダイアナがスポーツカーの行方を指差す。
(あっちね。ああいたいた。まだパニクってるわ。こういうの地縛霊になりやすいのよ。仕事はとられるは、面倒な魂やら今日は厄日ね)
死神のブツクサを無視してダイアナが続ける。
(質問があるのじゃが、良いか?)
(え?まあ、禁則事項に触れない程度ならね)
(妖精とか精霊みたいな者はお主の担当かえ?)
(あの子達は私達の担当じゃないわよ。人の輪廻と違って消えるか不滅かどっちかよ。幽霊と妖怪は微妙なところね)
(本当に失礼な事をしたな。貢ものを供するゆえ、頼むぞ)
(それじゃあね。異界の邪神さん)
死神と別れると、ダイアナは道路の法面まで行って座り込んでしまった。
「腹が減ったのう」
「お菓子あるわよ」
「おお!偶には気が利くのじゃな」
「偶にはって何よ!…あの死神、アナを異界の邪神って呼んでたね」
「おっと、仲間が来た(ここからは念話じゃ)」
他の生徒達が横たわる綾を見つけて集まりだした。
(うん)
(妾も記憶の辻褄が合わんと思っておったが、異界なら話が解る)
(ここは封印された世界と違うの?)
(そうじゃ。妾達は異世界人じゃ。ブディよ。たった4千年で獣人やエルフ共が滅びると思うか?)
(気が付かなかったなあ。ここは人間しかいない)
(のんきじゃのう。歴史を学んでも人しか出て来んじゃったろ)
(私達どこから来たの?)
(わからん。じゃがヨーロッパの古い伝説に故郷の片鱗が垣間見えるぞ。過去にもこの世界に飛ばさた者がおったんじゃろう)
(こんな大事な事をなんで)
(話す機会が無かったな。妾はこちらの方が好きじゃからどうでも良い事なのじゃ)
(そうね、私も蒼と離れたくない。帰ってもアンカーが見つからないだろうな)
(帰りたいか?)
(いいえ。こっちの方が楽しい)
「アナちゃん。大丈夫だったの?」
A組の由奈が話しかける。
ブリジットは自分が乗っていた車両を振り返ると、生徒達がぞろぞろとこちらに向かって歩いていた。
「大丈夫じゃが、腹が減ったな」
「そうねお腹減ったね」
重傷者が7名、死亡者が2名。
死亡者はスポーツカーのドライバーと同乗していた若い女性だった。
女性の身元は判らなかったが、家出少女を連れ歩いていた事が判明した。
17歳だった。家族の反応は冷たいものだったと聞く。
四輪駆動車のドライバーは、縮んだ車体に足を挟まれて複雑骨折し、火災から逃げられない恐怖で失神してしまった。
バスには車載カメラが前後に設置されていて、どちらの過失か一目瞭然だった。
他のドライバー達からも映像と証言の提供があり、四輪駆動車のドライバーはかなり前からバスを煽っていた事が判明する。危険運転致傷罪の適用も視野に入れられた。
生徒の6人が重症。
運転手も1人重症。
バスは2台が損傷し、他の運転手は事情聴取で時間を取られ、旅行の予定はキャンセルされた。
喫茶リンデン、午後1時半頃。
2人を送り出し、午前中に仕事を済ませた俺は、リンデンで少し遅い昼食を食べながら、天井から吊り下げられたテレビを見ていた。
「今夜は2人きりになれるね」
「まだお客さんがたくさんいるだろ」
今夜の事が楽しみな雪江だった。
今日はなんとなく目玉焼きとカリカリベーコンとトーストで朝食の様な味の濃いものが食べたくなっていた。
「おい、あれ見ろよ。近所の学校だろ」
「そうだな。堂前中学」
「え?」
他の客の会話が聞こえてテレビに目を向けると、山道の下り坂でバスが1台横転している空撮映像が流れている。
画面下には茶臼岳那須高原線でバスの横転事故、2人の学校名のテロップが流れていた。
よく見ると堂前中学と同じ制服の銀髪の少女が斜面に座っているのがなんとか確認できる。
(大丈夫だ。あれはアナに違いない。近くにいた巨乳はきっとブディだ。2人とも無事だ)
俺は食事も途中で、金も払わずにリンデンを飛び出し、自宅に向かう。
スマホを握りしめて連絡が入るのを待ちながら走った。
(無事だ、中継で見たはずだ。落ち着け。だが2人に何かあったらどうする?)
心の中で自分が2つに別れて矛盾を生じている。
3つ目の自分が出かける準備をしながら連絡を待てと主張する。
自宅に戻るとまず留守電をチェックし、無いことを確認した。
(こんなことになるならスマホを持たせておけ、ば、よ。そうだ2人には念話がある。こっちから送れないか?)
「アナ、ブディ、聞こえるか?答えてくれ!」
((蒼!))
2人同時に答えてくれた。
(2人とも怪我は無いか?ニュースで事故の事やってたぞ)
(大丈夫よ)
(安心せい。妾達に傷を付けられる者なんぞ、この世には蒼しかおらぬ)
強がってはいるが、本当は蒼から念話が来たことが嬉しくて、涙目になっているダイアナだった。
(それは心強いな。それでも無事で良かったよ)
(そうじゃな。心配させたな)
袖で涙をゴシゴシ拭っているダイアナを見て、もらい泣きしそうになるブリジットだった。
(移動教室は中止になっちゃったよ)
(そうか残念だったな。これからどうするんだ?)
(まだ判らない。転がったバスとぶつけられたバスに乗ってた子は全員病院に行って検査するんだって。だからまだ時間が掛かりそう)
バスの撤去作業が手こずり、通行が再開されるまで8時間かかった。
歩ける生徒は徒歩で1キロくらい麓の駐車場に設置された救護所で応急手当を受けた。
昼間に起きた大事故と言うことで、夕方のヘッドラインに間に合わせるために、多くの報道陣が詰め寄せた。
いつもの事だが、特に綺麗な女性にインタビュアーが殺到して、ダイアナとブリジットの周りは、さながら芸能人の記者会見のようになっていた。
ブリジットはいつもの様に怒って、取材班を威圧で跳ね除け、ダイアナは機材を壊しまくったらしい。
隠し撮りを試みた報道陣やユーチューバー達の機材が燃えてしまった事は言うまでもないだろう。
生徒達は学校がキャンセルを撤回したホテルに移動していた。
まだほとんどの生徒が残っている。
ホテルで迎えに来る親を待つ計画だった。
家族が迎えに来られない生徒は、明日、観光バスで帰ることになっている。
仕事を終えてから駆けつければ夜の8時は過ぎてしまうだろう。
「「「蒼!」」」
夕方の4時過ぎに俺はホテルに到着した。
2人はロビーで他の生徒とのんびりしていた。
京子も近くで他の教員と話をしていた。
3人の声でそこにいた全員に注目され、なんて言っていいか解らなくなって固まった。
1番最初に俺のところへ来たのは京子だった。
「平城山先生!」
俺に抱きつきそうな勢いだった京子を、ブリジットが呼び止めて制止してくれた。
京子も我に返り、自分のした行動に驚いている様子だった。
「平城山先生、ダイアナがお世話になりました」
俺はわざと他人行儀な挨拶をして、今の立場を主張した。
ダイアナが京子の背中をさすって「先生も女の子だのう」と小声で言ってから俺の右側に抱きついた。
左側にはブリジットが抱きついている。
俺は2人の肩を抱き寄せて「大変だったな」と声をかけた。
2人は満足そうに俺にしなだれかかる。
ソファーに座っていた女生徒達から小さなどよめきの声が聞こえた。
(みんな驚いてるぞ。やり過ぎだよ2人とも)
(小童どもには勉強になるじゃろ)
(蒼は私のものだもーん)
京子は先生の顔に戻っていた。
「大事なお子さんを危険な目に合わせて申し訳ありませんでした」
きっちりしたお辞儀で頭を下げた京子の顔から一滴の涙が落ちるのを見た。
生徒達には見えていないが、涙を堪えているのが感じとれた。
京子と挨拶をしてから、3人でホテルのレストランに入った。
俺は昼食もそこそこに来てしまったので、2人の顔を見たら腹が減っているのを感じた。
「今日はどうするの?」
「帰ろうと思ってたが?」
「このままここに泊まれば?」
「それもありだが、一緒の部屋ってのも他の生徒の目もあるしな、それに京子が来ると思う」
「今夜は先生に譲るのも有りね。怖い目にあったし」
「そうじゃな。先生は可愛いのう」
ダイアナが何となく集中していない感じがする。疲れがたまっているのだろうか?
「どうした、アナ。疲れが取れてないのか?」
「すまんな。精霊を拾ったのじゃ。名をやらんといかん」
「さっきのAIくん?死神に聞いてたからもしかしてって」
「AIの妖精じゃ」
「AI?妖精?死神?」
「事故った車のAIよ。妖精みたいね。それから事故で助けた子が本当は死ぬはずだったから、死神に怒られたのよ」
俺はコーヒーを一口飲んで、心を落ち着かせようとした。2人が魔法を使えるのだから、死神も精霊も実在するのだろう。
「い、いろいろ信じられないが、ヤバそうなのは死神だな」
「綾の怪我が重くてのう。あっちに行こうとしておったから神力を使うて現世に引きもどしたのじゃ。可愛い友だからのう」
「そしたら死神が迎えに来てたの」
「キセキとか言うものを書き換えるのに袖の下が必要じゃから甘いものをたんと供えよ言っておったな」
「キセキ?ああ鬼籍か。閻魔大魔王って仏教?でもお寺にもあるしなあ。でも死神がなぜ?」
「鬼籍って書くんだ」
「人が死ぬとその帳面に人生の詳細が記載されるんだけど、今の話だと死神のスケジュールなのか?」
「死神がダイアナの事を異界の邪神って呼んでた」
「異界?」
「ここは私達の暮らした世界と違うのよ」
「そうじゃ。妾達は異世界人じゃ。かっこいいのう」
「じゃあ、お前らどこから来た?」
「わからん。妾のいた世界には獣人やらエルフがおったのじゃ。こちらでは伝説やら宗教の物語じゃろ?」
「過去にもエルフや獣人が来たってことか?」
「そう考えないと変だわ。呼び方まで同じなんて」
「ブディ、時間を遡れなくても異世界に帰る事は出来るんじゃないのか?」
「魅力的な話だけど、アンカーが見つからないと思う。それに蒼と離れたくない」
「妾はあっちではお尋ね者じゃ」
本当は2人とも帰りたいのかと考えたが、それは忘れることにしよう。
「そうか。2人は帰りたくないか。良かった」
2人はニッコリして両側からキスをしてきた。
(盛り上がっておいでですが、オイラの事忘れてますよね。お嬢)
「おお、まじで忘れておった。名を与えねばな。シナントロプスペキネンシスはどうじゃ」
(えー?原始人の名ですか?)
その日は同じホテルに宿泊した。
生徒達と鉢合わせしないように、彼らが宿泊する階から離れた階に部屋をとった。
「京子を置いて行って良かったの?」
「ここで誰かに知られたら彼女の人生に傷が付く」
「優しいが残酷だのう。あの女は蒼を求めておったぞ」
3人で家族風呂に入って心配する事だろうか?
2人が両側から俺の身体を愛おしそうに撫でて、しなだれかかる。
「なあ、向こうの世界ではどんな力を持ってたんだ?」
「妾は神じゃからなあ。出来ない事の方が少ないと思うぞ」
「そんなに凄えのか」
「私はいろいろな魔術があるけど、炎系なら大沼原くらい一発で消し飛んだわ」
「ブディも凄え。炎系って他にもあるのか?」
「火、水、雷、空間、無機質、生物かな 」
「前の4つはラノベでも有名だが、無機質と生物ってそのままの意味か?」
「こっちの学問とほぼ一致するけど、土や石、鉱石、風も無機質。生物は生き物全般だけど死体や枯れ木は無機質、ゴーレムは生物」
「それなら火も水も雷も無機質に入らないのか?」
「そうなのよ。こっちで勉強して初めて知ったわ。無機質よね!」
「それは火と雷はエネルギーの顕現だからじゃよ」
「そうか雷は電気エネルギーがスパークするほど集まったのか。火は発火するほど熱エネルギーが集まった。水は?」
「水気の無い生き物はおらんじゃろ。全ての生き物は魔力で水を扱えるのじゃ」
「「ほー!」」
俺だけ湯あたりしそうになっていたが、話が面白くて上がるのがおしい。
コンコン、コン。
「「「ん?」」」
「誰か来たみたい」
「まだ俺達の時間だよな?」
俺はガウンを羽織って入口に向かう。
「なんでしょか?」
「あのう…」
この声は京子?
「どちら様で?」
「き、京子です…」
消え入る様に小さな声で名乗る。
ガチャガチャ。
ドンッ。
「んっ」
ドアを開けた蒼に抱きついて激しく唇を求める京子。
ホテルの浴衣姿で裾が乱れて白く長い脚が、蒼の脚に絡みついていた。
「フーッ、妾達は退散するかのう」
「えーっ!」
「京子も女の子じゃ。さっきは譲ると言っておったじゃろ。後で修羅場は見たくないぞ」
「そ、そうね。譲ってあげるわ」
ここまでありがとうございます。
ブリジットとダイアナの秘密が一つ明かされました。
魔術についてもいくつか説明ができました。
平城山先生が家族風呂を訪れたので3人の親密な関係が京子さんにはバレてしまったのでしょうか?




