10.事故後に始まった夢と雪江が知った秘密
10話です。
やっと10話まで来ました。
よろしくおねがいします。
事故の日から俺は妙な夢を見るようになった。
なぜか黄色く色付いた2本の大銀杏の下で若い女に看取られる夢だ。
彼女に握られた自分の手が老人の様だった。気力は衰え、身体からは力が抜けていく。
銀杏の根を枕に横たわる俺の手を握り、悲しそうに見下ろす女。
俺の年老いた身体は、もう一歩も進めそうにない。
そうか、俺はここで逝くのか…。
子供の頃に頻繁に見ていた夢。
小学校に入った頃から見なくなり、すっかり忘れていた。
だか、子供の頃よりもはっきりしている。
木の根に横たわっていたが、紅葉した銀杏の木は出て来なかった。
この女は西洋人で栗毛色の長い髪に紫色の瞳をしている。だが子供の頃は女としか解らなかった。
女は俺を呼んでいるようだが、声が聞こえない。
女の名を呼ぼうとするが思い出せない。
ここで夢から覚める。
毎日少しだが、内容が鮮明になっている。
同じ夢の情報量が補完されているようだ。
「ねえ、蒼。またうなされてたよ」
右隣で寝ていたブリジットが心配そうに頬摺りをする。
「またあの夢だ」
「私も大きな銀杏が出てくる夢を見たよ。でも蒼の言ってた夢と違うみたい」
事故から3日が過ぎ、ブリジットも銀杏の夢を見た。
「どんな夢なんだ?」
「銀杏の葉が敷き詰められて黄色の絨毯みたいな屋敷の庭なの。大きな銀杏が2本立ってて、その下でお腹に大怪我をした夫が寝ているの。私は治癒魔術をかけるんだけど、間に合わないのは解ってたから悲しくて…」
思い出しても悲しいのか、ブリジットは無念そうに続ける。
その男が「逃げるための魔力を残しておけ、血の臭いを嗅ぎ付けて奴らが来る。俺を置いて早く逃げろ」と言ったそうだ。
旅の途中で戦乱に巻き込まれ、夫が自分を庇って、腹を氷魔法で射貫かれたそうだ。
そして夫は死後に「またどこかで逢おう」と言って事切れたとそうだ。
やはり2本の大銀杏。
2人を拾った場所にも大銀杏がある。
教会跡の銀杏と関係があるのか?
堂前中学校は、事故の動揺を沈静化させるため、移動教室の日程とプラス2日間休みになり、土日を含めて6日間の休みになった。1、2年生は棚ぼた的に事故の翌日から3日間の休みをもらえた。
これでは学校閉鎖だ。
仕事が忙しくて昼を過ぎたのに気付かず、2人も家に居るので3人で遅い昼食でもとリンデンにやって来た。
「いらっしゃい。今日は3人なのね」
「ああ、学校閉鎖だから日曜日まで休みなんだ」
「事故の事で?」
「そうなの」
「面倒な事になってのう。心配させたな」
「本当に心配したのよ」
店内は昼の繁忙な時間が過ぎて客がいない。
「俺はミックスサンドのランチセット」
「わしはナポリタンのランチセットじゃ」
「んー、私はエビピラフのランチセット」
厨房に入った雪江は、セットの飲み物を注ぎ始めた。
「明日の予定は午前中に客とミーティングだけだから、教会跡に行ってみないか?」
「そうね、私も気になる」
「偶然かも知れぬが、わしも気になるぞ」
「良いなあ!私はおあずけのまま?」
雪江が飲み物をテーブルに置きながら俺に目配せをする。
中学生の前でも遠慮がない。
「事故の夜に蒼と京子先生が2人で家族風呂に入ってたよ」
ブリジットが切り返す。嫌味なんだろうか。
「京子から聞いてるわよ。先に2人も入ってたんでしよ」
2人は目を丸くして雪江を見た。
「そんな事まで聞いてるの?」
「貴女達の蒼に対する態度は子供じゃなくて女。京子から聞いても驚かなかったわよ」
2人は口まで開けて驚き、雪江はニヤニヤしている。客商売をしていると分かるのだろうか?
俺の背中に冷や汗が流れた。
「京子はどんな感じだった?」
「彼女は教師として悩んでたけど、蒼が嫌いになった感じはしなかったよ」
「ちっ」
ブリジットが舌打ちをした。
厨房に戻って調理を始めていた雪江が、ブリジットに質問する。
「貴女達ってそんな見た目してるけど本当は成人でしょ?」
「なっ!」
ブリジットが、あからさまに驚いてしまい、肯定してしまった感じになってしまう。
(この女、殺すか?)
(まあ待て、こやつは始めの頃から気付いておったぞ)
「えー!」
「急に大声出してどうしたの?」
雪江が驚いて菜箸を落としてしまった。
俺達は雪江の掌の上?
違うダイアナの掌か?
俺はイロイロと狼狽えてしまう。
「何で解るの?」
「2人が初めて来た時に、私を睨んだでしょ?ダイアナちゃんも何となく意地悪な感じだったよ。それに蒼が貴女達の事を女として扱ってた。わけありかなって」
(わけありって、とう誤魔化すんだ)
「そうなのじゃ。だからこれ以上は詮索せんでくれ」
「あら、弱みを握っちゃった?」
(やっぱり殺した方が…)
セットに付くサラダを運んで来る雪江を睨みつけるブリジット。
「怖いわよ、ブリジットちゃん」
「何も証拠は出て来んがな。妾達は蒼の友人じゃから雪江に何もせぬのじゃ。今じゃ愛人の1人じゃがな」
サラダを置いて、厨房にもどる雪江に、不気味な凄みを見せるダイアナ。
「わあ、怖!友達でも愛人でも無かったらどうなるの?」
「蒼が嫌がるならチンピラ共のようになるかもしれん」
雪江どころか中学校の保護者達の間では、不良達を病院送りにした事は公然の秘密だった。
「良かった。じゃあ私は蒼と一緒に守ってもらえるのね?」
「図々しい女ね」
「ブリジットちゃんも怖いわよ。はい、エビピラフ。でも、私って蒼の何番目なの?」
ミックスサンドをテーブルに置きながら、雪江は俺に近づいて唇を奪う。
「ああ!なんてふしだらな女なのよ!」
「いいじゃない。貴女達みたいにいつも一緒に居られないんだから。見せつけられると悔しいでしょ?」
(マジで殺してやりたい!)
パリンッ。
窓ガラスの1枚が割れて不自然に外に散った。
「え?」
「止めよ!ブディ」
窓ガラスに八つ当たりをしたブリジットの頭を抱き寄せて、俺は彼女の目尻にキスをする。
ブリジットは俺の肩にしなだれかかり「ごめんなさい」と小さな声で謝った。
「悪いことをしたな。知られたからにはお前は命を狙われる事になった」
「何?狙われる?」
「今のを見たじゃろ?」
(アナにまかせたぞ)
(任せておけ)
雪江は隣のテーブルに座ってダイアナの言葉を待った。
「さっき雪江はわけありと申したが、妾達は大国の政府から逃げて来たのじゃ」
「大国ってどこの?」
「それを聞いたら後悔するぞ」
雪江はちょっとたじろいで「やっぱりいい」と手を振った。
「妾達は見た通り超能力を持っている。これは素質のある子供に薬を投与して作り出された人造人間だからじゃ!」
(ちょっとやり過ぎでは?)
ダイアナは掌を出してその上に拳ほどの氷を出し、水のグラスに入れて見せた。
「うわっ何ぃ?」
雪江の驚愕にダイアナはニヤッとして続ける。
「酷い組織じゃった。注射されると身体中が痛くてのう、成長が止まるのじゃ。死んでしまう者もたくさんおった。妾とブディは特に力が強くてな。連中のすきを突いて逃げたのじゃが、見つかって戦いになってのう、ほら。スクミズじゃったか?それなら隠せる傷じゃが、風呂はな。だから家族風呂に入っとったんじゃ。隠すような中でもないしの」
ダイアナが上着をめくって脇腹の大きな銃傷を見せる。
(これは絶対信じるよ。銃で撃たれるなんて普通ない)
「いやだ、鉄砲で撃たれたの?」
「そうじゃ。逃げた者は殺されるんじゃ。命からがら日本の都まで逃げたのは良いが、警察なんぞに頼ることも出来んじゃろ。金も無くなり残飯漁りや盗みをして暮らしていた。去年の夏じゃった。蒼の荷物を盗むのに失敗してな、空腹でろくに動けん妾達を拾ってくれたのじゃ」
雪江が3人を交互に見回して「嘘ね」と言って立ち上がる。
「そうじゃ。嘘じゃ。嘘じゃと思ったら絶対に誰にも言わんことじゃ」
「嘘よね!」
振り返って怒りをダイアナにぶつける雪江は少し震えていた。
「仕方ない。蒼、妾達はこの町を出て行かねばなるまい。今までありがとう。愛しておるぞ」
ダイアナが俺に抱きついてキスをして、ブリジットは胸に縋り付いた。
「潜伏先が見つかったら知らせるね。必ず来てね」
「うん、それまでに仕事を片付けておくよ。また一緒に住もう」
いきなり肩を鷲掴みにして、俺から2人を引き剥がした雪江は、真っ青な顔で頭を振る。
「忘れた!何も覚えてない!何も知らない!だから行かないで!」
「料理が冷めてしもうた。温め直すかのう。ほれ」
さっきまでの深刻さが嘘のように、いつものダイアナになって料理や飲み物を魔術で温め始める。
やがて食べ物から湯気が上がり、ナポリタンにフォークを突き刺すダイアナ。
「ありがとう、アナ。あっち!」
「お子様のようにがっつくからじゃ」
「わざとでしょう!」
「本当の話よね?」
ダイアナの急な変化に涙目になっていた雪江が怒りを込めて問いただした。
「超能力を見たじゃろ?バレてしもうたから雪江の前なら超能力は解禁じゃな」
「あ、模様替えの時に手伝ってね」
「お主もなかなか図太いのう」
「どこが太いって?」
翌日の昼過ぎ、リンデンでサンドイッチとホットコーヒーをテイクアウトして教会広場に向かう。
「私も行きたいなあ。いいなあ。お店閉めようかな」
「え?ママ、今日は終わり?」
「すみません。冗談ですよ」
「この時期はもう暑いから、涼しい部屋と冷たいものが売れるんだよ」
「それじゃあ帰りにも寄って見せつけちゃおう」
「人が悪いんだな。ブディは」
薄着で来たとはいえ、30℃を超える暑さでの上り坂はキツい。
しかもほとんどパソコンの前から動かない仕事をしているので、完全に運動不足だ。
動かさない筋肉の中に溜まっていた水分が、筋肉を使うことで絞り出されているように、大量の汗が体内から湧いて出る。
「これは思ったより大変だ。早朝か夕方にすれば良かったよ」
「どうしたのよ。水浴びしたみたい」
「石垣が近いぞ。もうひと踏ん張りじゃ」
広場は風が吹き抜けて別天地だった。
木陰のベンチで休憩する。
ベンチからでも大銀杏は見上げるほど大きい。
「この銀杏っていつからここにあるんだろう?」
「千年以上生きる銀杏もざらにあるらしい。2億年前から姿が変わって無いってネットで見たぞ」
「この銀杏も千年超えてそうだね」
「そうなるとこの広場もそんな大昔からあったのかのう?」
「そうだなあ。後から広げたかもしれないが、平にはなっていただろうな」
去年の9月だったな。ここであのミニチュアパルテノン神殿を見つけたのは。2度目に来た時は無くなっていて、しかたなく帰ったら事務所でこいつらが喧嘩をしていた。
「2人はどこで俺を待っていたんだ?」
「銀杏に木までね」
「カバーがしてあるけど近くまで行ってみるか」
3人で近付くと、足場の中から数人の気配があり、作業している感じが伝わってくる。
広場の端には工事業者の物と思われるトラックや箱車が数台停車していた。
「何か銀杏から感じるか?」
「魔力みたいな感じは無いけど、こんな間隔で2本植わっていて、大きさも同じくらいよ」
「そうか…。俺もそう思う。感じが似てる」
「石棺の気配も無くなっておるな」
「触ってみたいなあ」
「夜に出直すしか無いかな」
廃墟の裏手にまわり、ミニチュアパルテノンがあった場所を確認する。
「ここに上りの石段があって、その上に小さな神殿があったんだ」
「妾が目覚めた場所はこの辺りじゃったが、何も無かったぞ」
「私も同じ。でも封印をされたのは黒い石の棺よ。神殿なんて無かった」
「横から入る扉があったぞ」
「それよ」
「やはり魔力の痕跡も残っておらぬぞ」
「そうかあ。3人ともこの銀杏を見てるからなあ。夢に出て来てもおかしく無いのかなあ」
「それじゃあ、調査も終わったし、デートね」
「おう、そうじゃな」
「さっきのベンチでママのサンドイッチ食べましょ」
3人はベンチに戻ってのんびりと昼食を摂った。
「ねえアナ。死神のお供えってどうするの?」
「あ!」
「忘れてたな。やっぱり和菓子か?」
「甘い物と言っていたから何でも良かろうて」
「甘い物と言えば昔は果物だったが、葬式くらいしか見ないな」
「たくさんってどのくらい?」
「死神殿の思念からは15人くらいかのう」
「そんなに!綾からお金貰わないと!」
「飯も食べたから買いに行こう。甘い物と言えばシャロンか?」
「行きましょ」
「行こうぞ」
その夜、
また同じ夢を見た。
銀杏の葉が鳥が滑空するように直線的に落ちてくる。
「俺はここで逝くのだな?」
(アルラ。お前はいつまでもあの日のまま美しい)
「行かないで、ロナルド!お願い!」
「私は年老いてもう先には進めない。今までありがとう。アルラ、お前は老いを知らない。また未来のどこかで逢おう」
「約束よ、ロナルド。それまで待ってる」
「アルラ!」
「どうした?今日もうなされておったぞ」
「またあの夢を見た。若い女の名はアルラ。俺の名はロナルドだった」
「そうか、そこまで思い出せたのか」
ダイアナは愛おしそうに俺に頬摺りをして唇を合わせる。
いつもより深い愛情で激しく求めてきた。
10話までお付き合い頂きありがとう御座います。
ブディの怒りでうっかり秘密が…
夢の謎もほとんど解りました。
相変わらず読み返すと誤字脱字でご迷惑おかします。
今後もよろしくお願いします。




