3.封印と契約
第3話です。
1〜4話まで変更しました。
前に読んでくださった方は申し訳ありません。
ピンポーン
2人を追い出そうとしたときにドアベルが鳴る。
「いいか、絶対にここから出てくるなよ!」
ドアベルに驚いている、というよりは何が鳴ったのか解らない2人を置いて玄関に向かう。
来訪者は大家さんだった。
「こんにちは、大家さん」
「お邪魔して大丈夫?」
「どうぞ」
大家さんをリビングに通し、紅茶を淹れる。
「頂きます、お父さんが頼みたい事があるって、蒼さん忙しい?」
顧客に貰ったアップルクランブルを出して、大家さんとテーブルの向かいに座る。
話しを聞いていると、大家さんの後ろの壁から邪神さんがニュッと顔を出した。
「ん?うわー!」
思わず声を上げて壁を凝視した俺に、つられて大家さんも振り返る。
大家さんを何とかしようと腰を上げたが、手遅れだった。
終わった。
頭から血の気が引いて行くのが分かる。邪神さんが壁抜けをしたのにも驚愕したが、大家さんにバレたのが致命傷だ。
「何かあったの?」
不思議そうに後ろの壁を見ている大家さん。
邪神さんはまだこちらを見ている。
「こやつは誰じゃ?」
「後ろに何か?」
大家さんはこちらに向きを戻した。
立ち上がろうとして中腰の姿勢で固まった俺と見つめ合ってしまう。
良い匂いがした。
顔が近い。
邪神さんは俺の横まで来て、大家さんをじろじろ見ている。
なのに大家さんは気付いていない。声も聞こえていない様だ。
俺にしか見えてない?
頭おかしくなったの俺かな?
「鍋の火を消し忘れたと思い違いをして、すみません。何のお話しでした?」
「そうですか、私も良くやるのよ。そう、お父さんが古い車を何台か持ってるの。手に入らない部品があって、蒼さんに見てもらいたいって」
「お役に立てるか解りませんが、それだったら次の土曜日はどうですか?」
俺はスマホのスケジュールを見ながらそれらしく(そんな余裕は無いが)答える。
大家さんの名前は川上裕子、40代?父親に替わって自前の不動産を管理をしている。
今日のいでたちは白のタートルネックセーターに臙脂色のツエードの巻スカート。
ビジネスモードでない裕子さんも眼福だが、俺だけに見える邪神さんが邪魔だ。
10歳くらい年上だと思うが中年独身男の俺には破壊的な光景だ。
これで✕1なのだからさらに自制心が必要になる。
ゆるくウェーブのかかった黒髪を肩甲骨あたりまで延ばして、右手でかきあげる仕草に目を奪われそうになる。
実体があると思ったのは俺の思い込みだった。
他人にバレないなら無視だ。
しかし四六時中2人が視界に入るのがとてもとても困る。
「これはどこに繋がっているのかなあ?話しかけも答えないよ」
「魔法の鏡じゃろか?しかし魔力を感じんな」
「蒼がこの黒いボツボツのスティックを押してた」
「おおっ!相手が変わったようじゃ。何なのじゃ?」
「蒼!魔法道具のこと教えて!」
2人はテレビを魔法道具だと思っている。
ドタドタ、ヒタヒタ。
歩けば足音までする仕様の細かさ。
「このワークに合わせてチャックの設計をお願いしたい。サイズ違いのワークがあるから、それは帰ったら図面をデータで送るよ」
(これが蒼のお仕事ですか?図面とはなんですか?)
相手が気づかないのを良いことに、どんな時でも話しに割り込んで鬱陶しい。
(良い匂いじゃのう、サ店と言うのか)
(そうね。この甘い匂いの紅い湯は何?)
(ママという女、妾の蒼に馴れ馴れしいのう。好かん)
ガチャン。
「きゃっ!割れちゃったあ」
(ふふふ)
「邪神さんさあ、何かしたよな?」
(ゴメンなのじゃ。許せ)
「何か言った?」
「いえ、今日のシベリア美味しいよ」
なぜか契約者同士はお互いに触れられるし、俺の物なら動かせるようになってきた。
リモコンでテレビを操作したり、水栓を捻ってシャワーの水を出したり止めたりしている。
なぜか本人は濡れないが。
リビングのソファーに座り、両側から膝枕をしてくるのが、ものすごく辛い。本当に…。
某ジャンルの小説に有りがちなシーンだが、見知らぬ美少女に触れられて、我慢するのはちょっと…。
困ったことに目を閉じてもそこに居る。
寝ていても2人が現れる。夢の中で理性が弛んだら恐ろしいことになりそうで深く眠れない。
お願いだから夜くらい大人しくして欲しい。
「契約は忘れておらんじゃろうな?」
「幌の骨が腐ってのう。折れてしまった。これを図面に起こしてくれんか。知り合いの加工屋で作ってもらうからよ」
布が剥かれた幌組の修理部分を見て、全体を交換したほうが速くて安価なのではないかと考える。
海外ではクラシックカー専門の部品を製造している業者が多い。
「これは…、ここだけ修理しても…。本国にレプリカは無いんですか?」
「工場が災害にあってな。倉庫が倒れたんだとよ。はじめから作り直すから順番がいつになるか解かんねえって」
俺と川上の爺さんは、ジャガーSS1サイドカーの幌組を見て腕組みをする。
幌の左側のフレームが錆びて折れ、リンクのピンも崩れて無くなっていた。
幌布に錆の汚れが移って傷んでいる。幌布は消耗品なので予備を持っているとのこと。
少女達も一緒に来ている。
ボンネットに跨がったり、運転席に座ったりして遊んでいた。
(妾の背丈じゃ、前が見えぬのう)
邪神さんが運転席でハンドルやシフトレバーに触りながらボヤいている。
「反対側はまだ生きてるから、測りますね。この辺りの部品だけでいいですか?」
「ここだけ替えてもバランスが崩れて他も壊れそうじゃから、全部頼む」
「分かりました。ピンもオリジナルに合わせます?」
「それなんだが、既製品の方が長持ちするかのう?」
「ピンキリですね…、強くしたいなら太いピンにしたり、動きを軽くしたいなら、カラーが入ったりベアリングが入ったりしたピンもあるし」
「オリジナルには拘らんから、頑丈な物を頼む」
「それなら既製品のリンクが寸法を指定で来るので、それを加工すれば組み立てできる様にしますね」
爺さんに手伝ってもらいながら、幌組のパーツを外し、骨組みを計測していく。
(この子、他に治して欲しい所があるって)
ローブさんが念話で話しかけてくる。
車と話ができるのか?
(この子、古いでしょ。自我ができてるの)
(そんなことがあるのか。九十九神なのか。どこが調子悪いんだ?)
(ツクモガミ?この国ではそう言うの?この子、心臓の1つが弱ってるみたい)
心臓が幾つもあるのか?エンジンのことかな?
俺は、せっかく珍しい車を見たからエンジン音を聞きたいと爺さんにせがんでみた。
「ん?」
爺さんの表情が固くなり、両側のボンネットを開けてエンジンルームを覗き込んでいる。
「これで大丈夫だな」
ローブさんの覚えたてのグーサインを見た。
2週間して変化が現れた。
ローブさんの口数が減り、明らかに疲れていて、呼吸が浅く速い。
邪神さんも前よりちっちゃくなったように見える。
問い詰めると。
「封印の効果で魔力が回復できないの。もともと枯渇してたから思ったより早くなりそう」
「魔力が無くなるって、死ぬってことなのか?」
「そうよ。私は多分10日くらい、王殺しは1年ちょっとで消える」
「何で俺に解る様に言わない?死んでしまうのだろ」
「弱みに付け込まれて、奴隷契約させられるからよ」
「信用無いか。当たり前だな」
魔力と生命力ってイコールなのか?
回復不能って、そんな意味だったのか。
命懸けの痩せ我慢はやめて欲しいのだが、まだ何か隠してないか?
救急車を呼ばなくて良かった。
2週間、正に四六時中離れずに過ごして、多少は情が移った2人だ。
俺に責任は無いと思うのだが、拒否をすれば消えてしまうのは後味が悪いし、居なくなるのは寂しい、…気がする。
何か俺にメリットがあるのだろうか?
今は五月蝿いだけだが、契約後には生身の人間を2人抱えることになる。しかも外国人美少女だ。
隠し子なんて嘘は通じない。俺とぜんぜん似てない。
「しゃーない」
契約について説明を求めた。
「契約魔術は誰でも契約出来るけど、封印を解除するには資格者の蒼が絶対条件なの。封印が解除されなければ、私達の魔力が無くなって死ぬし、契約した後に蒼が死ぬと私達も死ぬのよ」
「人間の寿命は長くても100歳だ。俺の残りは40から70年、それで良いのか?」
「そんなに短いの!」
「妾にとっては瞬きのようじゃな。じゃが問題無い」
「何か隠してないか?氷漬けにして殺さないように永久保存なんて嫌だぞ」
邪神さんはキョトンとし、ローブさんは腹を抱えて笑っていた。
「そんなことしないよ。その間に何か策を見つけるの」
「見つからなかったら?」
「んー、氷漬けもありね」
やっぱり。
「私達の時代の人は300年くらい生きるわ。魔力が多いほど長生きするから、私くらいの大魔法使いは千年以上生きられるのよ」
古代の一般人でさえ旧約聖書の人物並だ!ノアより前の生まれだから長生きなのか?ノアって何年前の人?
「資格者の資質で使える魔力量が変わるから、蒼と契約すると寿命が縮むことになるかなあ」
だが、石箱の封印を解いた者以外が契約者になれない。
邪神さんがこの町の人間を探索して判ったことだが、古代の一般人と同じレベルの人間さえ居なかった。
…古代人スゲー!
「封印は異次元に何かを閉じ込める技術でね。普通の手段では殺せないような強者が封印されるの。呪物なんかも時々封印するけど、異次元に捨てた方が安全ね」
ローブさんはそう言って邪神さんを見る。
「封印は精神体だけを異次元に閉じ込めて、身体は術式に変換して保存されるの」
「変換って!墓が無いのに?」
「術式は私達の精神に貼り付けてあるの。それで、この魔術には欠陥があってね。封印期間が長くなると元に戻れなくなるの。存在を次元に止めているアンカーとの縁が希薄になって見つからなくなる」
「それって戻れないっことか?」
質問に頷くローブさん。
「精神体がアンカーに固定できないと、その次元には存在できないのよ。そうすると早くて1年で消えてしまう。ゴーストだってアンカーがあるから存在できるのよ」
「ゴーストって幽霊だよな。死んでも消えないなら死者のアンカーがどっさりありそうだが」
「普通は消えてしまうわね。この欠陥を補うのが契約魔術。資格者のアンカーを借りて自分を今の次元に固定するの」
欠陥とは酷い、封印したら2度と出て来れないのが普通なのか?
「解るように説明してくれてありがとう。契約が必要なのは理解した。ところで魔法使いや神には時間を行き来する魔術は無いのか?」
「無いよね」
ローブさんがそう言って邪神さんに同意を求める。
「絶対神様ならできるじゃろうが、妾は時の速さを操る魔術しか知らん」
神様すげー。ローブさんも目を丸くして驚いている。
「帰れないのは解ったが、それでもここで生きたいのか?俺と離れて生きるのも心配だろ?」
2人はキョトンとして俺を見つめながら、首を縦に何度も振った。
無用な心配だった。見た目は少女だが、中身は立派な高齢者だ。右も左も解らない世界でも、あらゆる障害に順応できるのだろう。
契約が完了する。
魔法っぽいエフェクトや呪文は無く、条件と自分の名を言って3人で「契約は成された」と宣言するだけだった。
何と無く力が抜けて、眩暈がした。
現代社会の法律と公序良俗を尊重する、当たり前の条件以外は出さなかった。
邪神さんを暴れさせない為の条件でもある。2週間の付き合いでは大丈夫そうに感じたが。
契約を破ると体中に痛みが走ると聞いたが、死なないならわざと破ることも可能だ。
「公序良俗と言うても、内容は蒼が基準だからな。お主がクズなら妾もクズじゃな」
「そうですね。蒼の心がみだらなら、私達もそうなるかもしれませんね」
俺は人畜無害の一般人だと信じたい。
「蒼が危険なら私は躊躇しませんよ」
「そうだぞ。それだけは譲れん」
「この国では人殺しの罪が重いんだよ。できるだけ殺さないでくれ」
「私達なら死体の処理は簡単です。えっと監視カメラだって消せるし、蒼が言うなら善処します」
どこかのお役人が言えば、やらないという意味だ。不安しかない。
大事なことだからと念を押して説明されたことがある。
俺が死ぬと2人も死ぬと説明されたが、俺が弱ってもダメージが伝染するらしい。俺が歳をとったら大変なのでは?
「それって冷凍保存確定じゃないか」
2人のためなら千年くらいは良いか。
3話までお付き合い頂いて光栄です。
自分で読んでもつまらなかったので、大きく変更しました。
次の4話が最後の変更です。




