第三話 いない者の価値
隣国からの報せは、日を追うごとに深刻さを増していった。
最初は宴の席で数名。次に、王宮の厨房で働く者が。そしてついには、王家に連なる高位の貴族までもが、原因不明の中毒で床に伏したという。
ヴァルダの謁見の間で、セラフィーナは宰相バルトと向かい合っていた。バルトは腕を組み、探るような目で彼女を見ていた。
「陛下がそなたを重用なさるのは承知している。だが」彼は率直に言った。「そなたは他国の、しかも追放された女だ。その者に薬師の位を与え、王の体を委ねるなど……国の重臣として、簡単に頷けるものではない」
もっともな疑念だった。セラフィーナは反発しなかった。
「宰相閣下のご懸念は、当然のことと存じます」
「ならば――」
「ですから、証明いたします。言葉ではなく、結果で」
ちょうどそのとき、ヴァルダの地方から報告が届いた。ある村で、井戸の水を飲んだ者が次々と腹を下し、寝込んでいるという。宮廷医たちは疫病を疑い、村の封鎖を主張していた。
「私に、行かせてください」セラフィーナは進み出た。「疫病ではないかもしれません」
バルトは訝しんだが、王が静かにうなずいた。「行ってくるといい。ただし――」彼は近衛を呼んだ。「私も同行する」
「陛下!? 病かもしれぬ地へ、御自ら――」
「彼女が疫病でないと言うなら、疫病ではないのだろう」王は微笑んだ。「私は、彼女を信じる」
公の場で、王が他国の薬師を全面的に信頼する。その言葉に、バルトは目を見張った。
村に着いたセラフィーナは、井戸を検分し、周囲の土を確かめ、病人の症状を丹念に聞き取った。そして、井戸のそばに生い茂る一群の植物を指さした。
「これです。夾竹桃に似た有毒の草。長雨で根が腐り、その毒が井戸へ染み出したのです。疫病ではありません。井戸を変え、この草を抜けば、村は元に戻ります」
半信半疑だった村人たちは、彼女の指示通りにした。三日後、寝込んでいた者たちは起き上がり、村に笑顔が戻った。
この報せは、瞬く間にヴァルダ中に広まった。他国から来た薬師が、王の命を救い、村を救った、と。宰相バルトは、城へ戻ったセラフィーナの前で、静かに頭を下げた。
「……見誤っていた。そなたを、我が国の宮廷薬師として、正式に迎えることに異存はない」
セラフィーナは、深く一礼した。毒味役ではなく、薬師として。初めて、公に、その名を認められた瞬間だった。
一方、その頃。彼女を捨てた国では。
毒事件は収まるどころか、拡大の一途をたどっていた。宮廷医たちは原因を突き止められず、右往左往するばかり。誰も知らなかったのだ――かつて、この王宮の毒を陰ですべて防いでいた者がいたことを。その者を、自分たちが追い出したことを。
執務室で、第二王子アルフレートは苛立ちを募らせていた。
「なぜ止められん! 医者どもは何をしている!」
「殿下」青ざめた側近が告げる。「宮廷医が申すには……過去に王家を襲った毒は、いずれも『毒味役』が事前に防いでいたと。記録を辿ると、その者が城を去って以来、事件が――」
アルフレートの顔から、血の気が引いた。
「……毒味役、だと」
傍らのミレーユが、扇を落とした。かたん、と乾いた音が響く。
「まさか、あの女……本当に、毒が読めたというの……?」
アルフレートは拳を握りしめた。この毒騒ぎを鎮められなければ、彼の立場は危うい。父王の信も、次期王位も。焦りが、彼を追い詰めていく。
「あの女は今、どこにいる」
「……ヴァルダ国に。かの国の宮廷薬師として、迎えられたとのこと」
しばしの沈黙。やがてアルフレートは、忌々しげに命じた。
「側近を送るなど、悠長なことはしていられん。父上に知られる前に、私自らの手で片をつけねば。……馬車を出せ。あの女を、連れ戻す」
体面を重んじる彼が、なりふり構わず自ら動く。それは、保身が誇りに勝った瞬間だった。
彼は知らなかった。それが、自らの化けの皮を剥がしに行く旅路になるとは。




