9話『DAY2 』
──朝日が昇ってきた。
それと同時に聖女は起床する。
起きるまで握っていた手をゆっくり離してやった。
「おはようございます。……傭兵さん、もしかしてずっと起きてたんですか?」
「……あぁ」
化け物を見るような眼だった。
依頼の数日ぐらい、不眠でいられるのだから仕方がない。
起きている分には、護衛に適しているから効率的だ。
俺の心配をしているようで申し訳ないが聖女様も大概だ。
寝癖で艶やかな長い銀髪が広がっている。
「……身支度は早めにしろよ」
「ちょっと見ないでよ傭兵さん。恥ずかしいよぉ……」
催促をしただけあって、出発の準備は整ったようだ。
昨日のナイトウェアと打って変わって、普段着にもなると子供っぽさは透けてなくなっていた。
少しだけ、残念だなとか思ってしまった。
昨日の夜から訳の分からないことを考えてばかりだ。
──反省しよう。
今は仕事に集中せねばならないからな。
「傭兵さん、眼が血走ってるよ?」
「……気にするな、元からだ」
軽口を叩かれてながら、予定していた現地に向かうことにした。
──マップを頼りに、聖女と地下下水道に降りた。
ジメジメと……それでいて、日光があまり届かないからか、周囲は薄暗い。
報告通り、下水道は魔獣の仕業なのか、汚染が拡大的に広まっていた。
これを放っておくと、魔獣が地下に生息を始め、縄張りになってしまう。
聖女の浄化を行うことで、魔獣が巣食うことなく、平穏な街にまた戻るのだ。
それだけ、聖女は特別であり、国に必要な人材とも言える。
「毒……ですかね……」
聖女が真剣な眼差しで水質を調べていた。
仕事モードのアリシアは、普段のような冗談を言う女性には到底見えないほど、澄ました顔つきだった。
普段からこれば、俺もやりやすいんだがな。
とんだ贅沢だった。
「毒だろうな。割と面倒な魔獣だろうよ」
「傭兵さんには、見当がついてるんですか?」
「……おそらく、コカトリスだな」
「そうですか、大型ですね……」
毒と強酸を吐く鳥型の魔獣だ。
沢山の羽、大量のフン、特有のキツイ匂い。
下水の様子で察するに、まず間違いないだろう。
他にも、分かることは沢山ある。
小さい魔獣が、この地下下水道をコロニーにしているってことだ。
小動物のようで少し違う。
特有の足跡がこれでもかと痕跡を残していた。
「……少しまずいな」
「何かありましたか?」
「……居るぞ、ちっこいのがよ。うじゃうじゃと」
「ちっこいのって、まさか別の魔獣!?」
「あぁ、ゴブリンだ。群れになってるな」
聖女様は、酷く落ち込んでいた。
あまり、ゴブリンは得意でないらしい。
まぁ……好むやつも少ないだろうがな。
「とりあえず、進むしかないようだぞ?」
「もちろん行きますよ。傭兵さん、ちゃんと守ってね」
いつもの表情に戻った。
ニカっと、戯けている。
なんだか、見慣れたはずなんだけどな。
その笑顔が当たり前であって、俺にとって、無くてはならないものに成り果てていた。
同時に、この依頼が終わってしまうと、この当たり前も無くなってしまうような気がして、寂しくなってしまった。
「……任せろ」
ごく普通の返事をした。
聖女に感情を悟らせない為に、平常心を装う。
私情は挟まない。
そこだけは、徹底することにした。
探索も終わり、いよいよ敵地に侵入を試みる。
この先の水路を渡れば、ゴブリンの巣窟に入るだろう。
聖女は心の準備が出来ていなかった。
怖がるところは、出会ってから初めてのこと。
ちゃんと女の子なんだなと、実感した。
「本当にここを突っ走るんですか!?」
「ダラダラしてたら先手を取られて終わるからな」
「だからってあそこに二十匹もいますよ!?」
「……大した数字じゃない。全部始末する」
聖女様は戦闘にあまり向いていないみたいだ。
場慣れ……というやつだろう。
浄化が仕事だからか、無理も無いが、こういう戦場を知らないのもどうかしているぞ。
少し呆れなからも、戦闘の準備をした。
「すぐ片付けるから、ちゃんと後ろで隠れてろよ?」
「大丈夫ですよ。傭兵さんの邪魔はしません」
聖女を説得して、一気に駆けた。
小型のナイフを取り出して、一匹ずつ、ゴブリンの急所を突き殺す。
最速で手際良く、坦々と。
同じ動作を二十回ほど繰り返す。
反撃の隙など与えずに、他のゴブリンが気づく頃には、もう巣ごと全滅させた。
残党のゴブリンもサクッと処理した。
これにて、ゴブリンの殲滅は完了した。
「……傭兵さんって、やっぱり強かったんですね」
「……強くないぞ。依頼だからやってるだけだ」
「いやいや、小型ナイフであの数のゴブリンは普通倒せませんよ!?」
「……普段からやってるんだがな」
どうやら最後の最後まで、実力を疑われていたらしい。
誰よりも強いとは言わないが、俺だってそれとなりには戦えるんだぞ。
腐っても、俺は傭兵だ。
これぐらい出来なくてどうするよ。
「もう傭兵さんのことが分からない!」
「……何がだ?」
「カッコイイし、可愛いし、優しいし、律儀だし、良いところ全部持ってるんだもの……」
色んな感情が爆発しているようだ。
聖女は今日に限って、偉く素直に気持ちを喋っていた。
言われて悪い気はしない。
実質、褒められているのだ。
浮かれて、ありがとうと言ってしまいそうになる。
俺も聖女のように、素直になれたなら……。
「……そうか」
感情を殺して、捻り出した言葉は、実に淡白だった。
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