8話『DAY1 ⑤』
図書館で何をするのかって言うと、明日の仕込みのようなものだった。
地下下水道のマップを確認したくて、聖女様と共に資料を漁っている。
たまに、聖女が関係の無い絵本を読み始めて、作業が遅延する事態もあったが、大体の情報が揃っていく。
「少し、息抜きをしません?」
「ずっと抜きっぱなしだったじゃないか」
「そんなことありませんよ。資料は集まったじゃないですか」
「サボってなきゃ、こんなに外が暗くならずに済んだ」
「だって傭兵さんはサボり方を知らないじゃない」
「……そうだな」
核心を突く言葉であった。
あまり冗談を言うタイプでもないし、聖女はとても退屈であっただろう。
面白いことも、仕事として必要なのか。
それを理解させられそうな問いだった。
「傭兵さんの息抜きを手伝ってあげようか?」
「……断る」
「いいから、こっちに来てよ傭兵さん」
──嫌な予感がした。
食堂の時と、何だか空気感が似ている。
間違いない。
聖女様はまた、良からぬことを考えているのだ。
振り払おうとしたら、もう遅かった。
俺の耳元で……フゥーっと、吐息を吹きかけてきた。
「──ひぃっ!?──」
何でもない行動に性感帯が刺激され、少し力が抜けた。
また悪ふざけだ。
何度注意をしても、直りやしない。
注意しようとしたけど無駄だった。
「──どう……だったかな。気持ち良かった?」
「そういう行為も控えてくれると助かるのだがな」
「好きなくせに。顔はちゃんと感じてたじゃない」
「そういう問題じゃないんだがな……」
注意する気にもならなかった。
今日は一日中、こんな調子で弄ばれている。
聖女の気持ちを理解するのも、仕事の内かと、自分自身に言い聞かせておくことにした。
「もう宿に戻って明日に備えますか」
「朝は……早いのか?」
「そうね、起きてすぐには地下に降りますよ」
歩き回り、遊び疲れたのだろう。
ちらほらと、あくびをする。
俺も聖女の護衛をしなくてはならない。
早く就寝をしてくれた方がこちらも気が楽だ。
図書館から退出し、宿屋までの帰路に就いた。
聖女は、部屋に着いて早々に、風呂へ行った。
風呂は唯一、一人の時間になる。
回りに警戒しながら、入浴が終わるのを待つことにした。
しばらくして、風呂上がりの聖女様が自慢気に話しかけたのである。
「どう?……似合うかしら」
ナイトウェアは、白乳色のキャミソールにショートパンツを着用していた。
聖女らしく、それでいて、清楚だった。
可愛いだなんて口には出せないが、なんだか許せない気もしている。
こんな状況で体のラインがハッキリと分かる、色気のある服装をされたら、いろいろと誤解を生む可能性だってあるだろう。
というか、自慢して何になるというんだ。
俺は褒めてなんてやれないし、そんな資格を持った大層な人間ではない。
「……早く寝ろよ」
「傭兵さん酷いですよ。ちゃんと褒めて!」
「冗談よりも休息が先だ」
「つまんないの〜」
「面白くあってたまるか」
「ねぇ、傭兵さん。あなたも寝るんでしょ。同じベッドで寝ませんか?」
また、聖女様のからかいが始まった。
寝る訳ないだろうが。
ましては、貴族の女との添い寝なんて考えたくもない。
倫理観もそうだが、寝てしまっただけで死刑なんてことも……。
この聖女は、俺を社会的に抹殺しようとしている。
きっと、そうに違いない。
「依頼中は寝ないことにしている」
「へぇー、すごいのね。いいじゃない、今日だけ!」
「……万が一、襲われでもしたら誰が助けるんだ?」
「そうでした……忘れてました。じゃあ、後一つ。わがままを聞いて貰っていい?」
「いつもわがままだろ」
「そんなこと言わないでよ。いやね、ちょっとしたことなのよ。寝てる間は……手を握っていて欲しいの」
可愛いところ……っていうか、子供っぽい一面があるのだなと、意外性があった。
手を握ってやるだけなら問題はないか。
聖女の策に溺れているような気がしてならないが、踏ん張り所なので、優しく握っておいてやろう。
「手……温かいね傭兵さん」
「いいから早く寝ろよ」
「寝れないよ。今日は楽しかったもの。傭兵さんはどうだった?」
「──俺は……」
楽しかった、とは言いずらい。
なんというか、新鮮だった。
聖女と街を歩き、馬鹿みたいなことを言い合って、寝食を共にして……。
これまでの人生とは、比べ物にならないぐらい、充実な一日だったからだ。
楽しかったの一言では、簡単に収まってはくれないだろう。
強いてこの感情を言語化するのなら、聖女の言葉を借りるのなら、この回答が正しいはずだ。
「──温かかった」
この言葉しかなかっただろう。
「なにそれ、変なの」
聖女は、ニコッと戯けていた。
それ以上に、今日の中で一番と言ってよい程の柔らかい表情でもあったんだ。
「ねぇ、傭兵さん」
「……今度はどうした」
「今日のことは、ちゃんと覚えていてほしいの」
「からかってきたことをか?」
「まぁ、それでもいいかな」
「どういうことだよ。煮え切らないな」
「傭兵さんにだけは、忘れないでいて欲しいから」
「なんだよそれ。今日のことは、強烈に記憶に残ったぞ」
「惚れちゃってもいいんだぜ?」
「……外が冷えてきた。もう寝ろよ」
聖女は、まだ話し足りなかったのかもしれない。
誰がこんな女を忘れるものか。
振り回すだけ振り回して、かといって大人な言動も多く、たまには子供のような無邪気な……そんな聖女。
アリシアの手の温かさが、凍てつく心の氷を少しずつ溶かしてくれているような気がした。
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