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09_十年ぶりの再会(二回目)

 

「見て、メイジー様よ。今日もお綺麗だわ」

「本当。いつ見ても凛としていて憧れるわね」

「入学試験も総合首席だったそうよ。頭もよくて魔法もできるなんて完璧よね」


 十七歳になったメイジーは、王立学園に総合首席入学を果たした。

 一度目の人生では、ロインズに家格と才能だけの女と言われてしまったけれど、今回は『完璧な淑女』と評判になるまで努力したのだ。


 馬車から降り、学園に向かって歩いていると、メイジーは他の生徒たちからの注目を集めていた。


(ロインズ様がヒロインと出会う時期は、そろそろだったはず)


 正確な日付までは覚えていないが、ふたりが再会したときのことは、今もよく覚えている。

 レディシカを見た瞬間の動揺や喜びがロインズから伝わってきて、心がざわついたのだ。


(ふたりが出会えば、私は婚約破棄される。長かったけれど、ようやく自由になれるんだわ)


 婚約を結んでからの数年間、メイジーは婚約を拒み続けてきたが、結局婚約解消には至らなかった。なので――作戦を変えることにした。


「お疲れ、メイジー」


 敷地を歩いていると、ロインズが声をかけてきた。本当は無視したいところだが、最低限の礼儀として笑顔で挨拶するだけ返しておく。


「お疲れ様です」

「家まで送って行くよ」

「ありがとうございます。ロインズ様は今日も素敵ですね♡(大嘘)」


 出会ったころは冷たく振る舞っていたけれど、ここしばらく、できる限り一緒に行動して模範的な婚約者を演じてきた甲斐あって、周囲から理想のカップルと言われている。


「メイジー様とロインズ様はお似合いよね」

「いつも仲が良さそうで理想のカップルだわ」


 噂する声を聞きながら、内心で思う。


(どうせもうすぐ、運命の相手に出会って私は捨てられるんだけどね)


 一度目の人生でもいつもロインズと行動をともにし、理想のカップルとして憧れられていたが、二度目は更にそれを演出している。

 ロインズがレディシカに心変わりして、メイジーと別れた際、ロインズの浮気を際立たせるためだ。メイジーとロインズを理想視している人たちは、このスキャンダルにさぞかし衝撃を受けることだろう。


 メイジーは片手を頬に添えて、照れたように言う。


「ふふ、聞こえましたか? 理想のカップルなんて照れますね」

「ああ、そうだね。行こうか、メイジー。出会ったときは『あなたを愛する気はない』なんて言ってきてたのが懐かしいね」

「もう、あのことはもう言わないでください。今はロインズ様一筋ですよっ」


 これは、主演女優賞ものの名演技だと心の中で自画自賛した。

 ロインズがこちらに手を差し伸べてエスコートの意志を示す。メイジーもとっておきの作り笑顔を浮かべて手を重ねた。もちろんこの笑顔は演技だけれど。


 すると、そこに。


「あら、ひょっとしてロインズ? ねぇ、あなた、ロインズよね」


 聞き覚えのあるセリフにはっとして振り返ると、そこにレディシカが立っていて、彼女は長い髪を耳にかけた。


「……レディシカ?」

「ええ、久しぶりね。また会えるなんて夢みたい」

「十年ぶりじゃないか? 大きくなったな」

「ふふ、まぁね。立派なレディーになったでしょ。でも大きくなったのはあなたも同じね」

「ああ、昔お前の面倒を見てやったのが懐かしいな」

「まぁ、面倒を見たのはこっちじゃない」


 楽しそうに話をするふたりを見て、メイジーは静かに思う。


(まさか、ふたりの再会が今日だったなんて)


 前回は親密そうなふたりの様子を見て不安になり、強引に会話を切り上げてロインズをレディシカから引き離した。


「そちらの方は……?」


 レディシカはロインズの袖をちょこんと摘んで尋ねる。


「紹介するよ。僕の婚約者のメイジー・ウェザーズ嬢だ」

「……婚約、してたのね」

「レディシカ……?」


 彼女は一度目のときと同じように、あからさまにがっかりした様子で。

 ロインズもレディシカもふたりで話したそうな様子だったが、こちらをちらりと見て遠慮している。


「こんなに素敵は婚約者ができてよかったわね! 美人で優しそうで……」

「うん。僕にはもったいない人だ」


 メイジーは、余裕のある態度で言う。


「せっかく再会したんだし、ふたりでゆっくりお話ししたら?」

「だが、今日は君を家に送るつもりで」

「私のことはお構いなく。遠慮しなくていいですよ」

「ありがとう。君がそういうならお言葉に甘えて。レディシカ、少し話そうか」


 ロインズの声はいつもより高く弾み、レディシカも嬉しそうにしている。

 さっさと結ばれて、さくっと婚約解消してメイジーを自由の身にしてほしいと願っていると、レディシカが一歩前に出て、メイジーの制服の袖を摘んで、上目がちに言う。


「あの……私、編入してきたばかりで分からないことだらけで。知り合いも全然いなくて、もしよろしければ仲良くしていただけませんか?」


 絶対に嫌だ、と心の中で答える。

 何が悲しくて、婚約者を略奪予定の女と仲良くしなくてはならないのだろうか。


「ふふ、こんなに可愛らしくて素敵な編入生が来たって知られたら、みんなきっと仲良くしたがるはずよ」


 あくまで自分が仲良くするとは言わずに、その場を後にした。



 ◇◇◇



 すると突然、カバンからセランがひょっこりと顔を覗かせていった。


「完全にロックオンしてたな、あいつら」

「わっ、セラン!? また付いて来ていたの!?」


 今日はやけにカバンが重いと思っていたが、こっそり忍び込んでいたらしい。


「暇つぶしだ」

「まぁ、純粋に幼なじみと再会を喜んでるって雰囲気ではなかったわね」

「落ち込んでるか?」

「え?」

「五年も婚約期間を経て、次は上手くいくかもって期待したんじゃないか?」

「まさか」


 むしろ、冷たくあしらい続けたのに親の命令のためメイジーを口説き続けた根性に、拍手である。

 人間はそう簡単に変わらない。この五年間、ロリンズを信じたことはなかったが、合計すると十年も彼のために無駄にしたのだと思うと、虚しくなってくる。


「……でも、ちょっと、うん。落ち込んでるかも」

「…………」


 メイジーが困ったように笑えば、セランはそれをじっと見つめたあと、カバンから地面に降りながら、人間の姿に戻った。

 時戻しの術には膨大な魔力を使うため、セランは青年の姿を維持できずに子どもの姿になるのが限界だったが、メイジーと同じ速度で成長するように、青年の姿を取れるようになった。


(また少し、大きくなったような)


 背が伸びたセランの背中を見つめていると、彼はこちらを振り返り、口角を上げた。


「何か美味いもんでも食いに行こうぜ。こういうときは食って忘れるのが一番だ。もちろんお前の奢りで」

「セランがただ食べたいだけでしょ」

「角の店の、スペシャルチョコレートイチゴパフェで」

「クリーム増し増しね?」

「決まりだな」


 小説に、セランは甘いもの好きだと書いてあったのを思い出す。

 セランの隣を歩きながら、メイジーは気づくと自然に笑っていた。

 やり直しの人生が自分だけではなく、彼がいてくれて本当によかったと思った。だから、セランを不遇な運命から絶対に救おうと決意を新たにするのだった。



 ◇◇◇



 その日から、ロインズはメイジーではなくレディシカを露骨に優先するようになっていった。

 ロインズは登下校は必ずメイジーをエスコートしていたのに、レディシカのもとに行くようになった。


「すまない、メイジー。まだレディシカが学園の生活に慣れていないらしくて、今日は講堂を案内すると約束したんだ。だから」

「まぁ、そうなんですね。ぜひ行って差し上げてください。私のことはお気になさらず」

「ありがとう。それから、今度の夜会なんだけど、君と一緒に出席できなくなった」

「どうしてですか?」


 不思議そうに首を傾げてみせたが、その理由は分かっている。


「実はレディシカが、社交の場の作法がわからないと不安がっていて……」

「それは大変ですね。レディシカ様は貴族になって間もないですもの。私のことはいいですから、力になってあげてください」

「分かってくれて嬉しいよ。本当にありがとう。それじゃ」


 ロインズはほっと安堵した様子で教室を出て行った。

 すると、彼がいなくなった教室に、ざわざわと噂話が広がる。


「ロインズ様、また例の令嬢のところに行かれるようよ」

「ええ。メイジー様がかわいそう。きっと無理して笑っていらっしゃるんだわ」

「あんなに完璧な婚約者がいながら、他の令嬢を優先するなんて……」


 ロインズのレディシカへの優先ぶりは、他の生徒たちの目についており、話題になっていた。

 

 一度目の人生ではメイジーが情緒不安定になって、ロインズを束縛し、泣いたり喚いたり、金切り声で恫喝したりというメンヘラムーブが目立ってしまい、ロインズに同情が寄せられていた。


 けれど、二度目の今回、彼にどんなにないがしろにされても取り乱さず、健気に接したことで、むしろロインズの振る舞いが悪目立ちしていた。


(男主人公の評判が下がるのは予想外の展開だけど、普通に考えたらロインズ様の様子は不誠実だものね)


 小説の筋書き通りであれば、もうすぐロインズに婚約解消される。

 だから、彼の評判が悪くなったところで、メイジーにはどうでもいいことだ。


「メイジー、あなたはもっと強く言ってやるべきよ」

「グリーテ……」


 第一王女の、グリーテ・ファンルージュは、メイジーの親友だ。

 一度目の人生でも、ロインズの心がレディシカに向いていったことで、メイジーが情緒不安定になって暴走しても、グリーテだけは見捨てないでくれた。


『グリーテに私の気持ちなんて分からないわ……!』


 けれど、メイジーは、たったひとりの味方すら突き放してしまった。

 最後にグリーテに言った言葉がずっと胸に引っかかっている。


 するとグリーテが腕を組み、ふんと鼻を鳴らした。


「婚約者がいるのに、他の女にべったりする男も、婚約者がいる男にべったりする女もどっちも非常識だわ。メイジーが何も言わないからって好き放題して……。私からふたりに言ってやってもいいわよ?」

「ううん、大丈夫」


 だってメイジーは、ロイズとの関係修復なんて全く望んでいないから。

 このままあのふたりが両想いになって、メイジーは破局したいのだ。


「メイジーは優しすぎるのよ。あんまり我慢しすぎると、精神的に後から来るから無理しちゃだめよ? 何があってもわたくしはあなたの味方だから」

「…………」


 そのとき、メイジーは目頭が熱くなるのを感じた。グリーテはこちらの顔を覗き込み、からかうように「何、泣いてるの?」と心配そうに言う。


「泣いてない。でも、良い友達を持ったなって。ありがとう」

「何を今更。わたくしこそ」


 グリーテの笑顔を見つめながら、二度目の人生では彼女にを大切にしようと思った。

 その二日後。


「グリーテ王女様と仲良くなりたいです!」


 メイジーはグリーテとレディシカと三人で、お茶会をすることになって……?


(気まずすぎる……)


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