10_お兄ちゃんみたいな人、ですって?
まさか、レディシカが、メイジーの友人関係に関わってこようとすると思わず、びっくりしてしまった。
グリーテは、「婚約者にべったりしているくせに、誘うなんて図々しい」などと言いつつ、レディシカの本音を探り、牽制する目的で誘いを受けた。
「それで、学園での生活は慣れた?」
学園のサロン。
メイジーとレディシカ、グリーテの三人はテーブルを囲み、紅茶を飲んだ。
一見優雅なお茶会の風景に見えるが、実際は腹の探り合いで、緊張した空気が漂っている。
グリーテの質問に、レディシカがにっこりと答えた。
「はい! ロインズのおかげでだいぶ」
(ロインズ……ねぇ)
婚約者の前で呼び捨てをするという、強気な手を打ってくる彼女。
するとレディシカは「あっ」と慌てて、口元に手を添え、どこか申し訳なさそうに続ける。
「ごめんなさい婚約者さんの前で呼び捨てしたりして……。つい、癖で」
これは謝罪ではなく、二度目の攻撃と取るのが正しい。ロインズとは、敬称なしの呼び方が染みつくほど、長く深い付き合いなのだとアピールしているのだ。
もしメイジーがロインズに好意を抱いていたら、腹を立てていたかもしれないが、二度目の人生では泣きわめいたり怒鳴ったりせず、余裕を持って返せる。
「いいんです。だって、幼馴染なんでしょう?」
「はい。今はまだ、彼が貴族だったなんて信じられなくて。小さい時、一緒に川に入って、魚を捕まえたり、木登りをしたりしていたあのロインズ様が!? って。ふふ、おかしい」
くすくすと楽しそうに笑いながら、過去を懐かしむレディシカに、グリーテは額に怒筋を浮かべる。そして、切り込んだ。
「ふたりは随分仲がよろしいみたいね」
「えー!? そんなことないです! 会うといつも言い合いばっかりしていて、ほんと全然」
全然と言いながらも、満更でもなさそうなレディシカは、頬に片手を添えて困ったように言う。
「ロインズ様ったら本当に過保護で。ひとりで帰れるのか? って毎日心配してくるんですよ。昨日はちゃんと食べろってパンをたくさん渡されて……。本当、お兄ちゃんみたい」
お兄ちゃんみたい、と言った瞬間のあどけない無垢な笑顔見た瞬間、メイジーの研ぎ澄まされた地雷センサーが反応した。
ジャンル:妹系女子
地雷度:★★★☆☆
一見清純そうな外見をしているが、他人の男ばかりを欲しがり、繰り返し略奪愛を繰り返す。
人を下げて自分が上だとアピールするため、女友達が少ないタイプ。
(好意がない異性を『お兄ちゃん』なんて呼ぶ女はいないのよ)
しかしここで、レディシカに噛み付くつもりはない。
むしろ、レディシカのロインズに対する好意を確認できて、安心しているほどだ。
このままふたりには愛情を深めてもらい、婚約解消してくれなくては、メイジーの求めるおひとり様ライフはやってこないのだから。
メイジーが反発しないのをいいことに、調子づいたレディシカは、上目がちに続けた。
「このブローチも、彼がくれたんです。誕生日祝いにって」
レディシカの胸には、ただの幼馴染に贈るには上質すぎるブローチが輝いていた。
「とてもお似合いです」
メイジーはにこやかに答え、余裕を見せた。するとレディシカの表情が一瞬、悔しげに歪んだのが見えた気がした。
「ところで、メイジー様はどうなんですか? ロインズ様との惚気話、聞かせてくださいっ!」
「私は……話せることは特に。最近は話す時間も減ってるし」
「ええっ!? なにそれ、全然大切にされてないってことですか? ロインズ様にもっと気遣うよう言っておきますね!」
誰のせいでメイジーとロインズの付き合いが悪くなっていると思っているのだろうか。無関係そうな様子で、ロインズに腹を立てるレディシカは、いっそ清々しささえ感じる。
ここのところ、ロインズはあからさまにレディシカを優先し、朝も夕方もなんだかんだと口実を並べて送り迎えをしており、移動教室のときや昼食の時間も寄り添っている。
すると、グリーテはひと口飲んだ紅茶のカップをそっとテーブルに置き、冷めた表情でレディシカを見据えた。
「どうしてそう上から目線なのかしら」
「ご、ごめんなさい。私、メイジー様のためを思って……」
「先ほどあなたは、ロインズさんのことを『お兄ちゃんみたい』とおっしゃったけれど――」
そこに突っ込むか、とメイジーがハラハラして言葉の続きを待っていると、彼女は怒った口調で尋ねた。
「あなた、お兄ちゃんだと思っている相手と抱き合ったりなさるの?」
「それは……っ、そんなことはしていません……!」
そんなことは、ということは他に後ろめたいことをしているのだろうか、と一瞬思案を巡らせるメイジー。
「放課後に友達と歩いていたら見たのよ。停車場でレディシカさんとロインズさんが……抱き合っているところを」
「……違います。あれは誤解なんです。つまずいて、転びそうになったところを支えてもらっただけで……」
レディシカは真っ青になり、目を泳がせた。
「そんな言い訳が通用なさるとでも?」
グリーテが問い詰めるが、レディシカは違うと首を横に振り、目にじわりと涙を滲ませた。
(レディシカは嘘をついて――ない)
ふたりが抱き合ったというのは、本当に誤解で、レディシカが弁明している通り、転びそうになったところをロインズが支えただけなのだ。また、これは小説にも書かれていたエピソードでもあり、メイジーはグリーテからふたりが抱き合っていたことを聞いて、激しく怒り、レディシカを金切り声で恫喝した。
それをきっかけに、ロインズはメイジーをますます嫌悪をするようになったのだ。
原作ストーリーに従って、一歩でも婚約解消に近づくために、グリーテと一緒にレディシカを責めるのも手だ。
しかし、わざわざ自分の人間性を格下げする気にはならなかった。
「レディシカさんがおっしゃるなら、きっと事故だったんでしょう。私は信じるわ」
両手を重ね合わせ、仏のような笑顔を浮かべる。
「あ、ありがとうございます、メイジー様」
レディシカはスカートをきゅっと握り、もじもじしながら可愛らしく言った。
「あの……もしよければ、これから、メイジー様のことをお姉ちゃんだと思って接してもいいですか? メイジー様、しっかりしていて大人っぽくて、お姉ちゃんみたいだなぁって」
勘弁してくれと心の中で叫ぶ。
性懲りもなく、お兄ちゃんの次はお姉ちゃん……?
レディシカはどれだけ面の皮が分厚いのだろうか。一瞬メイジーのポーカーフェイスに怒筋が浮かび上がるが、なけなしの理性をかき集めて平静を装う。
「ふふ、もちろん」
「はい! これからよろしくお願いします。メイジーお姉ちゃん♡」
(本当に勘弁してちょうだい)
お姉ちゃんと呼んでおいて、実はその婚約者と浮気していたことが知られたら、レディシカの評判は悪くなるだろう。それも面白い。
メイジーとレディシカは微笑み合っているが、見つめ合う目線の間に緊張感が漂っている。
お茶会がお開きになり、レディシカが帰っていったあと、グリーテが言う。
「メイジーは甘すぎよ。余計につけあがるわよ? お姉ちゃんだと思って接していいか……なんて、図々しいにも限度があるわ! 絶っ対ロインズさんのこと狙ってるくせに!」
「まぁまぁ……落ち着いて」
メイジーは紅茶をひと口飲み、ご立腹状態のグリーテを宥める。
ことん、とカップをテーブルに置き、唇でゆるりと扇の弧を描いた。
「恋愛感情はないとおっしゃっていたから、信じましょう」
それを誰よりも信じていないメイジーは、余裕たっぷりにそう言った。
一方、サロンを出たレディシカは、扉の外でギリギリ……と親指の爪を噛み、眉間にしわを寄せた。
「何よ、余裕ぶっちゃって……。――小説と全然違うじゃない」
◇◇◇
それから数日後、一度目の人生と同じ日に、メイジーはメルシエ聖公爵邸に呼び出された。
ロインズはレディシカに寄り添いながら、あの日と同じセリフを口にする。
「すまない。君を好きな気持ちは本物だったんだ。でも、本当の運命の相手はレディシカだったと気づいて……僕と別れてほしい」
レディシカは彼の隣で、どこか優越感の滲んだ表情を浮かべていて。
ようやくこの時が来たか、と小さく息を吐く。
先日のお茶会でのやりとりは、ただの茶番だったと悟る。
前回の人生では別れたくないと泣いて縋り、みっともない姿を晒した。だが、今回は、あんな醜態を晒すつもりはない。
メイジーは清々しい笑顔で、即答した。
「分かりました」
「えっ」
あっさりと受け入れるメイジーに、驚いたレディシカがなぜか意外そうに声を漏らした。




