11_婚約解消を受け入れます
一度目の人生と同じように、ロインズから婚約解消を告げられた。このときのために逆行を選んだのだ。メイジーは狼狽えず、毅然とした態度で言う。
「婚約解消を受け入れます」
その落ち着いた様子が予想外だったらしく、レディシカは困惑気味に口を開いた。
「と、どうしてそんな、あっさり……」
「ロインズ様のお気持ちが私にないのに、無理に引き止めるつもりはありません。それとも、私が泣いて縋るのを期待していましたか?」
「……そ、そんな言い方、ひどい……っ」
レディシカは傷ついた顔をして、ロインズの袖をきゅっと摘んだ。
「ひどいのはどちらでしょう。婚約者がいる方に、兄妹みたいな関係と言う口実で近づき、略奪したんですから。ロインズ様、この婚約解消はあなたの有責ですからね」
「待って。どうして君が被害者なの? 君の責任でもあるでしょ」
「は、はい……?」
「政略結婚とは言え、僕は君に最大限誠意を尽くしてきた。だから」
「だから、レディシカに心変わりするのは仕方がなかったって?」
「……そ、そうだ」
そんな理屈がまかり通ると思っているのだろうか。前回の人生のメイジーは、どうしてこんな男を好きになったのかと今になって思う。
メイジーが呆れて乾いた笑みをこぼすと、ロインズは「何がおかしい」と眉間にしわを寄せた。
唇の前に人差し指を立て、彼に告げる。
「見苦しいのよ」
「……」
「どんな言い訳をしても、ロインズ様が私を裏切って、浮気をした事実に変わりはありません。賠償や今後の手続きの相談はまた改めて」
メイジーはスカートをつまんで片足を引き、優雅なカーテシを披露した。
「それでは、ロインズ様、さようなら。好きな人とお幸せに。お望み通り邪魔者は退場しますので」
婚約者にベタ惚れな演技をしておいてよかったと心底思う。
メイジーも婚約者としての務めを果たしてきたので、ロインズに堂々と責任を問える。
そして、メイジーは心の中で、言ってやったぞとガッツポーズをするのだった。
◇◇◇
それから、メルシエ家とウェザース家で話し合いが行われ、婚約解消が無事に成立した。
世界樹の管理と言う重大な役目を担うメルシエ聖公爵家は、魔法の素質がある花嫁を切望していたため、特にロインズの父親は、メイジーを失うのを惜しみ、ロインズを説得した。
しかし、ロインズの心はレディシカに向いており、父親の説得に頑として折れなかった。
婚約解消後、メイジーは解放的な気分で過ごしていた。
朝、馬車で学園に着くと、付き人が扉をそっと開く。
「どうぞ、お嬢様」
「ありがとう」
麗しい執事の姿のセランは、本物の執事になったかのような洗練された所作で、胸に手を添え、お辞儀をした後、校舎まで付いて歩いてきた。
「にしても、無事に婚約解消できてよかったな」
応接室に呼び出された際、ロインズは円満な婚約解消を主張していたが、当然そんな形になるわけもなく。
ウェザーズ家は多額の慰謝料を請求し、メルシエ家もそれに応じた。
ようやく家業が軌道に乗り始めたところだったので、この出費は大きな痛手だろう。
(もっとも、慰謝料よりもっと大きな代償を支払うことになるでしょうけれど)
「ええ。五年もかかったけれど、ようやく肩の荷が降りた気分」
「それはそれは。肩が凝ってるなら揉んで差し上げましょうかお嬢様」
セランには、十七歳がぬいぐるみを抱えていて不審がられないように、時々執事のフリをさせている。
すっかり執事が板についている様子だ。「それ、はまっているの?」と聞くと、セランは「別に」と気だるげに答えた。
「見ろ。さっそくふたりで仲良く登校らしい」
「……」
メイジーたちの少し前を、ロインズとレディシカが並んで楽しそうに歩く。二人の薬指には、お揃いの指輪が輝いていて。
「結局、あいつらだけ幸せになって、釈然としないな」
「笑っていられるのは今だけよ」
「?」
「ふたりはいずれ、後悔することになる」
二人の後ろ姿を眺めながら、静かに呟く。
人の犠牲の上に成り立つ幸せは、永遠には続かないものだ。
学園の玄関に着くと、女子生徒たちがこちらを見ながらひそひそと噂した。
「メイジー様の付き人、かっこいいわね」
「私もあの人に送り迎えされたーい」
セランは生徒たちにいつの間にか顔を覚えられており、密かに人気になっていた。数人の女子からラブレターや手紙を渡されているのを見たことがあるほど。玄関にいたら注目の的になってしまうので、「こっち」と言って、彼を人気のない廊下に誘導した。
「なんだ? 俺はもう帰る」
「妖精の姿に変身してほしいの」
「別にいーけど、いつも勝手に付いてくんなって言うくせに、今日に限ってどうしたんだ?」
「今日からもう、契約の力を隠すのはやめようと思って」
「!」
腕を組んで立つセランの眉が、わずかに動く。
世界樹の浄化を成功させ、セランの命を救うため、大妖精である彼と契約を結んだ。だが、ロインズとの婚約解消前にそれを知られたら、婚約解消に差し支えたり、セランを取り返そうとしてきたりすると思っていたので隠してきたのだ。
幸い、メイジーがいつも抱いているぬいぐるみが大妖精だとは誰も気づいていない。
「いいだろう。やっと面白くなりそうだ。我が主」
セランはそう不敵に微笑んだあと、パチン、と指を鳴らしてぬいぐるみの姿になり、メイジーの腕に収まった。
◇◇◇
その日、魔法術の授業で、メイジーは初めて力を試すことにした。
長い髪を頭の後ろの高いところで結び、パリッとした素材の詰め襟シャツとスラックスの体操着に着替える。
「可哀想なメイジー。私はあなたの味方よ……っ」
授業開始前、同じく体操着姿のグリーテが後ろから抱きついてきて、泣きながら言った。彼女の体重がかかりよろめく。
「ちょっ、ちょっとグリーテ、重い……」
「あの女、やっぱりただの浮気じゃない。何が『お兄ちゃんみたいな存在』よ。私は最初から絶対嘘だと思ってたんだから……!」
ちなみに、メイジーもそう思っていた。
グリーテは捨てられた本人以上に怒っていて、耳元で発せられた怒りの声が鼓膜に直接注げられ、思わず顔をしかめる。
「怒ってくれてありがとう。でも私は平気。いつかこうなる気がしていたから。むしろ、前に進める良い機会になったわ」
「メイジーったらなんて健気なの……!? いいわ、私がもっといい男を紹介してあげる。今度こそ幸せにしてくれる人を探しましょう」
「そうしたいって言いたいところだど、今はいいかな」
「ど、どうして?」
グリーテの腕をそっと解くと、彼女はメイジーから離れ、困惑の色を浮かべた。
この国では、女性の幸せは結婚して、家庭を築くことだという価値観が根付いており、前世の自分もそうだと信じてやまなかった。
逆行したあとも、恋愛をあきらめるつもりはないとセランに宣言したものの、ロインズに振り回されすぎてしまった。いつか素敵な恋愛をするのは諦めていないが、今はその時期にふさわしくない気がする。
「恋愛とかそういうのは、しばらくもういいかなって。もう、疲れたの」
「メイジー……」
「ご、ごめん。何かしんみりしちゃったね。いつか素敵な人に出会えたら気持ちも変わるはずだわ。それに今は、やらなきゃいけないことがあって」
「やらなきゃいけないこと?」
首を傾げるグリーテに、メイジーはさらりと告げた。
「この国を救って聖女になる」
「やっぱりあなた、相当ショックを受けたのね!? メイジー……」
こちらは本気なのだが、訳の分からないことを言っていると思ったのだろう。狼狽えるグリーテがメイジーを再び強く抱き締めたとき、始業を告げる鐘が鳴り響いた。




