12_大妖精との契約の力
訓練室に移動したメイジーたち。今日の授業は、自分の魔力属性の訓練だ。
魔法には火、水、土、風、光など様々な属性があり、氷の世界樹があるこの国では、圧倒的に氷属性が多い。
といっても、多いだけで、魔物討伐の実践に生かせるほどのレベルの者は少ない。
「ではウォーミングアップに、この魔力反応液に魔力を注いでください」
「「「はい」」」
生徒たちのテーブルに、無色の薬液が入ったガラスボウルが用意される。
魔力反応液に魔力を流し込むと、薬液がそれぞれの属性に応じて変色する。
教師の合図で、生徒たちはボウルの上に手をかざして魔力を注いでいく。
「わぁ……レディシカ様の反応液、とっても綺麗……」
「希少な光属性なんて、すごいわ……!」
レディシカの反応液は金色に変わり、淡く辺りを照らした。水面がゆらゆらと幻想的に揺らめく。
(さすが小説の主人公ね)
全ての魔力属性の中で、光属性は最も少ない。
癒しや守護を司る光魔法は、愛される主人公にぴったりだ。
しかもレディシカは魔力量もとても多い。反応液は魔力量が多いと揺れるのだが、レディシカ以外で揺れているのは、グリーテとロインズ、他二名だけだった。
「え……私、すごいんですか!? 魔法のこととか、全然分かってなくて……」
口元に手を添え、戸惑いがちに言うレディシカ。
彼女は長い間庶民として、魔法に関する教育をまともに受けずに育ってきた。
魔法の練習を始めたばかりだと言うのに、生まれつきの才能を早速発揮している。
生徒や教師たちにもてはやされるレディシカの様子に、グリーテが悔しそうに言った。
「何よ、あの程度でちやほやされて……。うちのメイジーの方がずっとすごいんだから! ね?」
「もう、すぐ対抗心燃やさないよ」
グリーテを宥めつつ、実験用の黒い手袋を右手につける。それから、教本の上でぬいぐるみのフリをしているセランを一撫でして、目で(お願い)と合図をした。
そして、ボウルの上に手をかざす。
メイジーは、全ての属性をそつなく操れるが、得意なのは火法だった。しかし、メイジーが唱えたのは――
「――氷よ」
その瞬間、魔力反応液がぶくぶくと泡立ち始め、生徒たちがざわめく。
次第に室内に冷気が漂っていき、ある瞬間、メキ……ッと音を立てて、先が尖った氷柱がガラスボールを割って縦横に伸び、天井から雪が降ってきた。
「い、今の……何……?」
グリーテや近くにいた他の生徒たちはたじろぎ、数歩後退する。
だが、凄まじい魔法を披露したメイジーは飄々とした様子で手袋を外し、熱魔法で氷を一瞬で溶かした。
しゅうう……と溶けていく氷柱を見て、ロインズが呟く。
「ありえない。こんなこと……絶対にありえない」
動揺している彼を一瞥し、メイジーは思った。
(そろそろ気づくころかしらね。メルシエ聖公爵家が四百年間搾取してきた大妖精の力を――私が継承してるってこと)
なぜならメルシエ聖公爵家は、次期当主が十七歳になったらある儀を行ってこの力を受け継ぐはずだったから。
◇◇◇
授業終わり、ロインズは真っ青になりながら、実験室の外の廊下を歩いていた。
(一体、あれはどういうことなんだ……?)
メイジーの魔力反応液の変化を目にしたとき、頭を殴られたような衝撃を受けた。
あれほど凄まじい氷魔法は、メルシエ聖公爵家の専売特許のはずだからだ。それに、メイジーが最も得意だったのは、火属性の魔法だったはず。
「さっきのメイジー嬢、本当にすごかったな」
「火魔法だけじゃなく、氷魔法も得意だったなんて」
「もはやあれ、得意とか、そういう次元じゃなかっただろ。神業っつーか……」
「これで、来月の魔塔研修の推薦は、メイジー嬢に決まりかもな」
魔塔研修は、王立学園から毎年、一学年に数名ずつ代表者が選ばれる魔法の研修だ。
魔塔は、魔法研究を行う王家直下の専門組織で、魔物討伐を行う王国各地の魔術師団を取り仕切っている。
メルシエ聖公爵家は代々、大妖精と契約した力を使って魔塔の大臣を務めていた。
両親からも、今回の魔塔研修の推薦を必ず受けるよう言われているが、このままではメイジーに推薦枠を取られてしまうかもしれない。父に学園にうまく口利きしてもらうのも手だが、コネを使えばメルシエ聖公爵家の印象が下がる可能性がある。
どうしたものか。
(せめてメイジーが婚約者だったら、譲ってもらうよう交渉できたのに)
だが、少し前にロインズはメイジーを捨てたのだ。
すると、実験室から出てきた男子生徒は声をかけてくる。
「お前の婚約者、本当にすごいな。俺の婚約者がメイジー嬢だったら鼻が高いだろうな。まぁ、ちょっと気後れしてしまうかもしれないが」
「もう婚約者ではない」
「ど、どういうことだよ!? だってふたりともずっと仲が良さそうだったじゃないか。メイジー嬢もいつもお前にゾッコンな様子で――」
「家が決めた婚約関係に過ぎなかった。今は他にもっと、大切な人がいる」
メイジー以上に大切な令嬢は一体誰かと尋ねてくる彼に、レディシカの名前を答えた。
薬指にはめられたレディシカとのお揃いの指輪を撫でながら、思わず笑みが零れる。
しかし、男子生徒は釈然としない様子で言った。
「本当に、メイジー嬢じゃなく、レディシカ嬢を選んだんだな? でもレディシカ嬢は……」
「何か気になることでも?」
「いや、その……お前に言っていいか分からないが、この前街で、知らない男と手を繋いでいる彼女を見かけたんだ。それにレディシカ嬢は、異性関係にだらしないって聞く。ついこの間俺も、『お兄ちゃんみたい』って言われて困ったんだよ」
「見間違えたんだろう」
レディシカが他の男と手を繋ぐなんて、全く信じられなかった。そんなこと、ありえるはずがない。
ロインズが知るレディシカは清純で、初心で、少し手が触れただけで、真っ赤になってしまうような令嬢だ。この男子生徒のことを『お兄ちゃんみたい』と言ったのだって、ただ純粋にそう思っただけで、下心など微塵もないはず。ない……はずだ。
「まぁ、なんていうか、惜しいことをしたな。メイジー嬢と言えば、令嬢の誰もが憧れる、理想の淑女だっただろう? 美人で気品があって、優しくて、魔法の才能もあってさ」
「……」
確かにメイジーは才能があるかもしれないが、好みではなかった。
(レディシカみたいに、隙があって守ってあげたくなるような女性の方がいいに決まっている)
一方、ロインズたちに自分の噂をされているとは知らないメイジーは、グリーテと並んで歩きながらくしゃみをした。
「くしゅん」
「あ、誰かがあなたのことを噂しているのかも。ひょっとして、ロインズ様だったりして」
「やめて」
※正解。




