13_大妖精が消えた世界樹
その日の放課後、屋敷に帰ったロインズは、真っ先に執務室に向かった。
「失礼します。父上にご相談が」
ロインズがそう声をかけると、執務机で仕事をしていた父が顔を上げ、ペンをことん、と置いた。
「なんだ、言ってみなさい」
「速やかに大妖精の再封印の儀を行う必要があるかと存じます」
「……確かに、そろそろかもしれないな」
メルシエ公爵家には、絶対に知られてはならないならない秘密がある。
それは、百年ごとに新しく生え変わるはずの世界樹に大妖精を封印して延命させ、聖公爵家の座を独占してきたことだ。
聖公爵家に生まれた男児は十七歳になると、自身の魔力を使って再封印の儀を行い、大妖精を世界樹に縛り付ける。
世界樹と自身の魔力を結びつけることで、世界樹で作られた膨大な魔力を自由に使えるようになり、魔法の能力が格段に上がるのだ。
(だが父上は、この再封印の儀に失敗していて、大妖精を世界樹に拘束できたものの、自分の魔力を半分失っただけで、世界樹から魔力を供給することができていない。俺は必ず、成功してみせる)
メルシエ聖公爵家が父の代で一気に衰退したのも、再封印の儀の失敗が大きな理由のひとつだ。
この家とレディシカを守っていくために、失敗は許されない。
そんな固い決意を込め拳を固く握り締めた。だが……。
「大妖精がいない……だと……!?」
世界樹のもとに行き、人払いをして限られた者だけを集め、再封印の儀を行った。
結果は、失敗。そして、世界樹から大妖精が消えていることがわかった。
ロインズは地面に描いた魔方陣の上で、術に無反応の世界樹を見据えていた。
(一体いつ、大妖精が消えた? どうしてこんなことが……)
これは、メルシエ聖公爵家の存続に関わる、重大事件だ。
大妖精がいなくなれば、四百年もの間守ってきた聖公爵家の地位を失ってしまうかもしれない。それに、世界樹に封印された悪霊化した精霊が解き放たれたら、この国は大混乱に陥る。
立ち尽くすロインズのもとに父がやってくる。
「どうして魔法陣に反応がない?」
「大妖精が……消えました」
「な、なんだと……!?」
「ひとつ、気がかりがあります。先日学園でメイジーが、世界樹の再封印で覚醒したという理由でしか説明がつかない、大規模な魔法を使いました」
再封印の儀の方法は、メルシエ一家が秘密裏に継承しており、メイジーが知るはずがなかった。
もっと考えられないのは、大妖精を世界樹から解放した可能性だ。世界樹を燃やしてしまわないと解放できない形に、初代のメルシエ聖公爵とセランが結んだ契約だから。
(強力な魔力で保護されている世界樹を燃やすなんて、並の人間にできるものではない。いくら、メイジーほどの天才でも……いや、待て)
そのときふと、メイジーが出会ったときから胸に抱いていたものが思い浮かぶ。
「あの、ぬいぐるみは……」
「ぬいぐるみ?」
「メイジーがいつも白いぬいぐるみを抱いていたでしょう。大妖精セランは、人間の姿だけではなく、もうひとつ、大妖精の姿を持っていたはずです」
世界樹に封印されていたはずのセランを、メイジーがずっと連れていた……?
そんなの、ありえない。荒唐無稽で、馬鹿げている。
なのに、実験室で氷魔法を披露したメイジーがロインズを見たときの底のない目が、頭から離れてくれない。
セランに関する記録は、公爵家の書庫に管理されている。
ロインズは世界樹の管理宮から離れ、そこへと急いだ。
残された父は、世界樹から黒い煙が少しずつ漏れているのを見て、息を呑む。
「邪気が、漏れている……」
そして、これまで邪霊を抑え込んでいたはずの大妖精がいなくなったことを、確信するのだった。
一方のロインズは書庫に向かう途中、レディシカとばったり遭遇した。こちらの深刻な状況を知らない彼女は、無邪気に寄ってきて笑った。
「新しくできたお店でケーキを買ってきたの。よかったら一緒に――」
「すまない。今急いでるから後にしてくれ」
「ロインズ……?」
いつもなら、レディシカのおねだりに何でも応じるロインズの、余裕のない様子に彼女は首を傾げた。
そしてその後、書庫の記録書に、大妖精セランの姿として、あのぬいぐるみによく似た絵が描かれていた。
◇◇◇
一週間後、魔塔研修の代表者に選ばれたメイジーは、セランとともに魔塔に足を運んだ。
「執事の次は騎士か?」
「研修では、魔物と戦闘することがあるかもだから、騎士の方が動きやすいと思って」
「おいおい、俺も戦う前提かよ」
研修の担当魔術師が来るのを待ち、エントランスで話すメイジーとセラン。
セランはソファに座るメイジーを見下ろしながら、呆れ混じりにため息をつく。
今日のセランはいつもの執事の服ではなく、騎士風の出で立ちをしている。
メイジーは彼を観察し、両手を重ね合わせてうっとりと目を細めた。
「とっても似合っているわ。アイドルみた……い」
(うっ、また私の黒歴史が……)
地下アイドルのギャンブル依存症で干物の元カレが脳裏をよぎり、思わず顔をしかめる。彼もステージに立つとき、こんな感じの衣装を着ていた。
するとセランは肩を丸めて、メイジーの顎を片手でくいっと持ち上げ、顔を覗き込む。
「全く、俺は着せ替え人形か何かか?」
呆れたように鼻を鳴らして笑うセランが色っぽくて、不覚にも胸がきゅんと高鳴る。
(さすがは小説のキャラクター。顔がいい……じゃなくて、ダメよダメ! 男の人にときめいたりしたら)
恋愛のせいで散々痛い目に遭ってきて、今はひとまず誰も好きにならないと決めている。
(恋愛は今じゃないでしょメイジー)
しかし、間近で美しい顔に見つめられ、メイジーの頬がほんのりと赤く色づいた。セランの顔がタイプすぎて困る。
「お待たせいたしました」
そのとき、ふたりの前に魔塔の魔術師が現れて声をかけられる。「は、はい!」と上ずった声で返事をし、セランの胸を押し離して、ソファから慌てて立ち上がる。
「本日から魔塔研修を担当させていただく、ギースと申します」
「はじめまして、王立学園の一年の代表として参りました。メイジー・ウェザーズと申します。これからよろしくお願いします」
丁寧に挨拶すると、ギースはメイジーを上から下まで、じっと値踏みでもするかのように眺めたあと、にっこりと人好きのする顔を浮かべた。
「君、すごく可愛い子だね。俺のタイプ」
「は、はい……?」
メイジーはドン引きして数歩後退する。すると、ギースは一歩前に近づく。褒められたのだから、一応謙遜だけでもしておかなければと思い、どうにか言葉を絞り出した。
「い、いえ、そんなことは」
「よかったらこのあと一緒に食事でもどう? メイジーちゃん」
「……!」
そのとき、メイジーは確信した。この男もまた――地雷であると。
ジャンル:チャラ男
地雷度:★☆☆☆☆
初対面からタメ口やちゃん付けで、馴れ馴れしく絡んできては懐に踏み込んでくる。
特別扱いされていると女性は勘違いしがちだが、彼は全く本気ではない遊び感覚。
すると、セランが後ろからメイジーを抱き寄せて、目線でギースを牽制する。しかし、ギースは全くひるまず、爽やかな笑顔を崩さない。
「メイジーちゃん、その人は?」
メイジーが紹介する前に、セランが口元に手を添えていった。
「誰か、ここの職員が未成年の学生を口説いてます。通報してくださーい」
「……ッ!? ちょっと待った! タンマタンマ! まじでクビになっちゃうから……!」
ギースは真っ青になってセランの口を塞ぎ、慌てて謝罪した。
「ごめん、口説いてるとかそんなつもりじゃなくて、これから付き合ってくる上で、仲良くなれたらなって思っただけで……ほんと、ごめんね」
「いえ、こちらこそ私の騎士が失礼を働いたこと、お詫びします」
「そんな、謝らないで謝らないで!」
むしろこっちこそ本当にごめんと、手を合わせてへらへらと謝罪する彼。
「どうか顔を上げてください。ギース王子殿下」
そのとき、ギースの肩がぴくりと動く。
彼は王子という立場でありながら、とある調査のために身分を隠して魔塔で働いている。
ギースは面白そうに口角を上げた。
「――よく気づいたね」




