14_魔塔研修のはじまり
第二王子ギースは社交の場に全くと言っていいほど顔を出さず、変わり者だと揶揄されている。
王女グリーテと幼いころから親しくしているメイジーでさえ、ギースの顔を知らないほどだ。
「一度……王宮でお見かけしたことがあったので」
本当は小説の挿絵で見たから知っていたのだが、そう正直に説明するわけにもいかず、適当な嘘をつく。
「ふうん、そっか。いつも妹がお世話になっているね」
「こちらこそ」
「一応、俺の正体はここでは隠しておいて」
唇の前に人差し指を立てて「内緒」のジェスチャーをした。
「じゃあ、挨拶も済んだことだし、今後の流れを説明するよ」
それからメイジーとセランは、ギースに魔塔内の案内をしてもらった。この国最先端の魔法研究施設というだけあり、設備がとても充実している。
廊下を歩いていると、魔術師たちがこちらを盗み見て、ひそひそと噂する。
「あの子が今年の研修生? 護衛騎士なんか連れちゃって、あのドレスは何? 良いご身分だこと。いかにも貴族のお嬢様って感じね」
「ああ。どうせパパのコネで推薦はもらったんだろう」
「遊びのつもりで来ているに違いないわ」
具体的に何を話しているかは聞き取れなかったが、侮られているということだけは視線でよく分かった。
魔塔で働く魔術師は平民出身も多く、貴族令嬢に偏見を持つ者もいるのだろう。
「歓迎されてないみたいだな」
「ええ」
セランの耳打ちにそう頷く。
大妖精である彼と契約を結んだメイジーは、彼の膨大な魔力の一部を行使することができるが、一定の距離にいることが前提となる。
食堂やシャワー室、医務室などを案内され、最後に連れられたのは、研究室だった。白いローブを着た魔術師たちは、研究の手を止めて挨拶してきた。
メイジーが貴族令嬢だから、配慮しているのだろうが、作業を止められて、あからさまに不機嫌な表情をしている人もいた。
「研修生のメイジー・ウェザーズです。短い間ですが、よろしくお願いします。お世話になります」
「「…………」」
メイジーの丁寧なお辞儀のあとに返ってきたのは、懐疑的な眼差しだった。
(小説と反応が同じね)
小説でこの研修生に選ばれたのは、メイジーが世界樹を燃やしたことをきっかけにセランと契約を結んだ、レディシカだった。
彼女も貴族令嬢という理由で見くびられていたが、実力を示して魔塔の人たちから認められた。
「魔塔の案内はここで最後かな。これから君には受付とか事務仕事を手伝ってもらうことになると思う」
「魔物の討伐に参加させていただけると聞いて、こちらに来たんですが」
「それはとても危険な仕事だ。君みたいな女の子には……」
すると、別の魔術師が口を開く。
「魔物の討伐は遊びではありません。命がけの危険なものなのですよ。生半可な気持ちで行けば、他の魔術師の迷惑をかけます」
「半端な気持ちではありません。少しでも魔術の能力を上げ、果たさなくてはならない務めがあるから、ここに来ました。覚悟もあります」
メイジーの目に強い決意が宿っており、苦言を呈してきた魔術師は圧倒されて息を呑む。
すると、セランが言った。
「こいつの実力が心配なら、ここで確かめればいい」
「では、魔柱を見せていただけますか」
魔柱は、魔術師が簡単に自分の魔力量や実力を示すために使われる魔法だ。
自分の魔属性の色の光の柱を作るという簡単なもの。メイジーは「分かりました」と答えて、両手をかざし、呪文を唱えた。
パァァ……!
元のメイジーの魔力に、大妖精の力も加われば、鬼に金棒――無敵だ。
平均的な魔術師の魔柱とは比べ物にならない太さと高さ、威力に、室内にいた全員が唖然とする。
「失礼。天井に穴が」
指でパチンと音を鳴らすと、天井にできていた穴があっという間に塞がり、また魔術師たちを驚かせるのだった。
◇◇◇
魔術師への挨拶が済み、研修初日を終えたメイジーはセランを連れて街に寄った。
最近できたばかりのカフェに入り、テーブルに向き合って座る。
注文したケーキが席に運ばれてきて、目をキラキラと輝かせるメイジー。
「わあ、かわいい」
メイジーが頼んだのは、イチゴのタルト。ムースが淡いピンク色でいちごを表現していて、ふんわりして優しい甘さが甘酸っぱいベリーとよく合う。タルト生地もサクサクしていて美味しい。
ベリーはアプリコットジャムで艶出しされ、つやつやと宝石のように輝いていた。
セランはお店の一番の人気メニュー、イチジクと紅茶のチーズケーキを頼んだ。イチジクが贅沢に使われていて、蜂蜜がたっぷりかかっている。
「美味しい……くどくなくてどんどん食べれる」
タルトをひと口食べて、頬に手を添えながら、うっとりと目を細める。
一方のセランは、ケーキを無表情で食べて、「甘いな」と一言。
「もう、感想はそれだけ? 二時間も並んでようやく食べれたんだから感動とかないの?」
「足が疲れた」
「セラン」
むっと頬を膨らませて抗議する。文句を言いつつも、セランは付き合ってくれている。
「お前、ケーキとか甘いもん、ほんと好きだよな」
「まぁね。でも、セランこそ好きでしょ? 甘いもの。家に来てクッキーをあげたとき、美味しそうに食べていたから」
「まさかそれで、俺のことあちこち連れ回してたのか?」
「うん」
メイジーは軽く頷いて、タルトにフォークを差し込んだ。
逆行してきてから、メイジーは人気のカフェやケーキ屋があると聞くと、セランを連れて行った。
セランは決して好きだとは言わなかったが、毎回必ず完食する。それに……
「甘いもの食べてるときのセラン、すごく嬉しそうな顔してる」
「……別に、してないだろ。そんな顔。俺はスイーツとか軟弱なもん、好きじゃない」
「別に隠さなくてもいいのに。素直じゃないんだから」
小説にも、大妖精セランの大好物は甘いものだとしっかり書いてあった。
ふっと小さく笑ってケーキをひと口食べると、彼は言った。
「昔ある女に、男が甘いもの好きなんてダサイって言われてたんだ」
「そんなことないわ。甘いものでも、辛いものでもしょっぱいものでも、好きになるのは自由よ」
メイジーも前世で、束縛系モラハラ彼氏に、スカートを履く女は男を誘惑するハレンチな女だと言われ、ズボンしか履けない時期があった。
好きな髪型や服装を否定され、元に戻るまで彼と別れてから時間がかかったのを思い出す。
メイジーは頬杖をついて尋ねる。
「そんなその女の人って、ひょっとしてセランが好きだった人?」
「…………」
セランは「さぁ」と言ってはぐらかしたが、一瞬目の奥が揺れたのを見て、何か因縁があるのだろうと推測した。
長い年月を生きているので、恋愛経験も色々あるのかもしれない。
セランはケーキを完食し、フォークを置いて言う。
「お前はいつも他人に気を回してばっかりだな。出かけるっつっても、道案内に荷物運び、迷子の母親探し……困ってる人を助けてさ」
「放っておけないのよ。困ってる人がいると」
恋愛でも、尽くしてばかりで、いつの間にか都合の良い存在になって、つまらないと言われて振られることがあった。
もしかしたらセランも、メイジーがしていることを重荷に感じているのかもしれない。
「ごめんなさい。もし押し付けっぽくなってたら言ってね?」
「どうして急にんなこと言うんだ?」
「私も前に、あれこれ尽くしすぎて重いって言われたことがあって。気をつけてはいるんだけど」
「そんなこと言うやつ、あんたに優しくされる資格がなかっただけだ。あんたのは好かれたいとかそういう見返りを求めない愛情だろ。そういうのちゃんと分かってくれるやつもどっかにいるさ。俺とかもな」
「……」
セランの言葉が胸に染みて、温かい気持ちになる。メイジーはふわりと嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう」
「まぁ、俺には気を遣う必要はないってことだ」
「そういうわけにはいかないわ。こうして力を貸してもらってるんだもの。その分私も何かしたくて」
「律儀な奴だ」
「それにね、三百年も世界樹に封印されて、ようやく外に出られたセランに、三百年分、楽しいこととか嬉しいことをたくさん味わってほしくて。これは私のエゴだけど」
「…………」
そのとき、セランの瞳の奥が揺れる。
「あんたは、変わってるな。前の契約者と大違いだ」
「前の契約者? 他にも契約を結んだことがあるの?」
「俺の黒歴史だ」
「詳しくは聞かないでおく」
「そうしてくれ」
「そういえば、セランはどうして世界樹に封印されていたの?」
「……」
しかし、返ってきたのは沈黙だった。
「それも内緒?」
「黒歴史だ」
そう言ってとても渋い顔をするセランを見て、よほどのことがあったのだと思った。
セランは人の能力を遥かに凌駕した存在で、本来人間の支配下に入ることはないはず。
(小説ではどんな設定になってたっけ?)
セランが世界樹に封印された存在で、ヒロインを守って、世界樹の浄化のために命を落とすことは覚えているが、セランの過去については何も思い出せない。
確か何か書かれていたような気がするのだけれど。顎に手を添えてうーん、と思案していると、セランが呟く。
「あんたに愛される男は、幸せだろうな」
その直後だった。彼は顔色を変えて、突然大きな声を上げた。
「伏せろ!」
「……?」
その直後、パリンッ……と音がして席の傍のガラスが割れる。
反応が遅れてきゅっと瞼を閉じるが、体に予想していたような衝撃はない。目を開くと、セランに抱き庇われていて。
背中でガラス片を受け止めたセランがわずかに顔をしかめた。
「セラン……!?」
「平気だ。それよりこの気配……」
「魔物の襲撃ね」
セランは頷く。
世界樹からセランが解放されたことで、鎮められていた邪霊が国内に影響を及ぼし始めている。
先ほどギースも、「近頃魔物の襲撃の件数が増えていて、魔術師が不足しているんだよね」と言っていた。
ふたりが急いで店を出ると、大型の獅子形の魔物が街道で暴れていた。




