15_ヒロインと原作知識
街で暴れていたのは、大きな角が二本生えた、獅子のような魔物だった。
魔物には、下級、中級、上級、特急の四段階あるが、メイジーの所感では、中級以上は確実だ。強い魔力の気配に息を呑む。
「きゃああっ……」
街を壊され、逃げ惑う人々。
魔物の近くで腰を抜かした女性の姿を見た瞬間、考えるよりも先に体が動いていた。
女性をぎゅっと抱き締め、振り下ろされた魔物の前足に向けて、手をかざし、防御魔法を張る。
それから魔法の鎖で、魔物の足を拘束していく。
「グアァ……!」
身動きが取れなくなった魔物は、唸り声を上げる。メイジーが次の一手を考えたとき、後ろから声が降ってきた。
「後は俺に任せろ」
直後、後方から太く青白い光線がまっすぐ伸びていき、魔物は一瞬で焼けて塵になった。
圧倒的な実力に、メイジーは呆気に取られる。中級以上の魔物は、鍛錬した魔術師や騎士でもひとりで倒すのは至難の技で、十人ほどでチームを組むのが基本だからだ。
(それを、たったひとりで倒してしまうなんて)
伝説と呼ばれる大妖精は、普通の人間とは格が違うのだと思い知らされる。
しかしすぐに我に返り、メイジーが身を呈して庇った女性の無事を確かめるべく、「大丈夫ですか?」と声をかけながら視線を向ける。
そのとき、よく見慣れた顔が視線に入った。
「レディシカ……」
思いがけないことに、メイジーが助けたのはレディシカだった。
そこではたと気づく。
小説の中でも、街に魔物が出没するエピソードがあったはず。そこでレディシカは、契約したセランとともに、魔物を一掃して実力を世に知らしめたのだった。
一方、レディシカはセランを見上げて目を見開く。
「思い……出した。その顔は……大妖精セラン」
その呟きを聞いて、メイジーは驚く。
メイジーは転生者で、小説を読んでいたため、セランの顔を知っていたが、この世界で、三百年も封印されていた伝説の妖精の顔を、認識できる者はそういない。
すると、レディシカは今度はメイジーを見上げて大きな声で言った。
「あなたまさか、大妖精と契約したの!? 本当なら私が手に入れる力だったのに……。おかしいと思っていたのよ。世界樹も燃やさなかったし……」
そのとき、自分だけではなく、レディシカも転生者なのではないかと思った。
彼女がどのタイミングで前世を思い出したのかなど、聞きたいことは山ほどあるが、彼女はメイジーから婚約者を奪った浮気相手で、少なくとも味方ではない。
手の内を晒して、不利になるといけないので、何も知らない顔して首を捻る。
「一体、何の話をしているの?」
嫉妬したメイジーが暴走するのを分かっていて、小説の筋書き通りにロインズを略奪したレディシカを、信用するつもりはない。
するとその直後、魔物を倒したメイジーとセランのもとに、街の人たちが集まってきた。
「あのふたりが魔物を一瞬でやっつけたんだ」
「ありがとう。お姉ちゃんとお兄ちゃん」
「一体何者なの……!?」
街の住民に囲まれながら、メイジーは優雅なカーテシを披露する。今後自立して生きていくために、メイジーの功績をしっかり覚えておいてもらわなくては。
「ウェザーズ公爵家の、メイジーとセランです」
ほどなくして現場に魔術師団と騎士団が訪れ、魔物の残骸と、住民たちの証言を聞いて衝撃を受けていた。メイジーたちはふたつの組織からお礼を言われ、連絡先を受け取って帰った。
一方、街に残ったレディシカは、ロインズと合流した。今日は一緒に買い物に来ていたが、途中ではぐれてしまったのだ。
ロインズは街道を歩きながら言う。
「大変な騒ぎだったらしいね。最近は魔物の襲撃の頻度が多い」
「大変なのはそっちじゃないわ」
「どうしたんだい?」
レディシカはふいに足を止め、ロインズを見上げる。
「世界樹の大妖精、メイジー様に奪われているわよ」
「どうしてそれを……」
さぁ……と夕方の風が吹いて、ロインズの髪が揺れる。
ロインズは一瞬動揺を露にしたあと、静かに答える。
「ああ、分かっている」
◇◇◇
「また随分注目を集めちまったな」
帰宅後、ウェザーズ公爵邸の階段を登りながら、セランが言う。
彼の隣のメイジーは「これでいいのよ」と言う。
(この世界では女性の地位が低いから、少しでも実績を認めてもらった方が将来の役に立つはず)
「でも、セランは注目されるのなんて慣れっこでしょ?」
「まぁな」
大妖精セランには、様々な逸話がある。
干上がった湖を一日で元に戻したとか、特級魔物である竜三体をひとりで倒したとか、そして、世界一性悪の魔女を愛してしまったという伝説も。
(いつか本当なのか聞いてみよっと)
そんなことを思いながら階段を登りきり、廊下の突き当たりで立ち止まる。
屋敷にはセランの部屋があるが、メイジーの部屋と逆方向だ。妖精姿のときならまだしも、人間モードの彼と同じ部屋で寝るわけにはいかない。
「それじゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
挨拶をしてセランがくるりと背を向けたあと、ジャケットに赤い染みができているのに気づく。なんとなしに観察していると、その染みがじわりと広がった。
(血……!?)
慌ててセランに駆け寄って「待って」と腕を掴み、ジャケットを脱がす。
「お、おい何すんだ。急に」
「ひどい……」
白いシャツの背中が全体的に赤く染まっているのを見て、思わずそう呟く。恐らく、カフェでメイジーを庇ったときに割れたガラスを背に受けて、できた怪我だろう。
「怪我したこと、どうして言わなかったの?」
「これぐらい、魔法をかければ、すぐ治る」
「その前にガラス片を取り除かないと、体の中に残っちゃうじゃない。さぁ、行きましょう」
セランの手を引いて歩き出す。
「行くってどこに……」
「セランの部屋。手当てするの」
そしてふたりはセランの部屋に行った。シンプルで飾り気がない部屋だが、メイジーがこの部屋を与えてから、かなりの量の本が増えていた。
メイジーはセランを、「そこに座って?」とベッドに促して、持ってきた救急箱をサイドテーブルに置き、自身はベッドの端に腰掛けた。
シャツを半ば強引に剥ぎ取ると、鍛え抜かれ、引き締まった上体が露になり、メイジーは思わず息を呑んだ。




