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06_二度目の婚約者との初顔合わせ

 

 貴族同士は、婚約契約のあとに初顔合わせを行うことが多い。メイジーたちの場合もそうだった。メルシエ聖公爵家に到着したウィンターは、大勢の使用人たちに出迎えられた。

 ずらりと並んだ使用人たちが、ウェザーズ一家に頭を下げる。


「「ようこそ、いらっしゃいました」」


 メイジーはセランを抱きながら、表情をこわばらせる。

 こんな風に屋敷総出で出迎えられては、ますます帰りづらいではないか。


(帰りたい)


 折を見て、体調不良という口実で帰ろうかと思案していると、「こちらです」とメイドのひとりが言い、屋敷へと案内される。

 玄関への移動で庭園を歩いている途中、被っていた帽子が風で飛ばされてしまう。


「あ……」


 飛ばされた帽子を目で追うと、帽子が落ちたところに少年の足が見えた。少年は帽子を拾って、さっと土を払い落とし、こちらに歩いてくる。

 それから、帽子を差し出しながら微笑んだ。


「はい、これ。落としましたよ」

「……ありがとう、ございます」


 その少年は、十二歳のロインズだった。


一度目(あのとき)と同じ)


 一度目の出会いでも、ロインズがメイジーの帽子を拾ってくれた。そして彼は、一度目の記憶をなぞるように、同じ爽やかな笑顔で、同じ挨拶をした。

 胸に手を当てて、一礼し、


「初めまして。ロインズ・メルシエと申します」

「メイジーです。……お初にお目にかかります」

「ご丁寧にどうもありがとう。こんなに可愛らしい人だなんて思っていなかったから、びっくりしました」

「そ、そんな……」


 そんな社交辞令を当時のメイジーは真に受けていた。彼はメイジーの両親の方に体を向けて、会釈をした。


 一同は応接間に移動して、軽い雑談から今後の話など見合いの会話を始めた。

 見合いといっても、メイジーは母の隣に座っておとなしく話を聞いているだけ。

 すると父がおもむろに、ロインズに言う。


「ロインズ様はお噂通り礼儀正しくしっかりなさっていらっしゃいますね」

「お褒めに与り恐縮です」

「ロインズ様のような方が娘と結婚してくださったら、両親としても、本当に安心です」

「私こそ、こんなに素敵な御令嬢が花嫁になってくれたら、光栄に思います」

「今から娘の花嫁姿が楽しみですわ、ほほほ」


 ロインズは十二歳にしては大人びた態度で、父と言葉を交わす。

 そんなふたりを、メイジーはやきもきしながら見ていた。

 ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて、下唇を噛み締める。


(ちょ、ちょっとやめて。お父様もお母様も、話を盛り上げないで……!)


 話が進んでいく中、ロインズの母であるメルシエ聖公爵夫人が言った。


「あら、メイジーさん。さっきからそんなに強くぬいぐるみを抱き締めて、緊張しているのかしら」

「大人がいては遠慮してしまうかもな。そうだ、せっかくだし、親睦を兼ねて、息子とふたりで話してきてはどうかい?」

「それは名案ね。今の季節は庭園の花がとってもきれいに咲いているから、一緒に見てくるといいわ」


 メルシエ公爵夫妻の提案に、思わず顔をしかめそうになるが、どうにか我慢した。

 ふたりで話す時間を設けられるのも、一度目の時と同じ流れだ。


 ロインズとふたりになるのは嫌だけれど、ここで彼にきっぱり結婚の意思はないと伝えよう。メイジーはそう固く決心する。


「じゃあ、メイジーさん。行きましょうか」

「はい」


 そう思っていたのだけれど――。



 ◇◇◇



 庭園は隅々まで庭師の手入れが行き届いていて、茂みは均等に形を整えられ、花壇には季節の花々が植えられている。

 そして、ロインズに案内されたのはバラのアーチだった。白やピンク、赤のバラが華やかで、上空や足元、どこを見ても目が楽しい。

 しかしメイジーに、花を愛でる心の余裕は一切なかった。


「両親が勝手に盛り上がってすまないね。びっくりさせちゃったでしょ」

「ええ。本当に……ええ」


 深く頷くメイジー。ここだけは共感だ。


「親が決めた結婚だし、無理にとは言わないから、ゆっくり考えてみて」

「……」


 アーチの下を並んで歩きながら、あくまでこちらを気遣う様子でロインズが言う。もちろんそんな気遣いは本心ではないだろう。聖公爵家が貧乏だなんて、面子も丸つぶれで他所には言えない問題。彼はこの結婚で家の財政を立て直そうと必死だ。


「でも僕は、政略結婚ってことを抜きにして、君のことが気になっているよ。これからもっとお互いのことを知っていきたいって。僕と結婚してくれたら、ずっと大切にすると約束するよ」

「そうやって私の気を引くように、ご両親に言われたんですか?」

「え……」


 メイジーは足を止めて、静かに彼を見据える。ロインズは予想外の切り返しに、一瞬だけ動揺して目を泳がせた。

 きっと、お手本のような返事を考えているのだろう。


「ふふ、まさか」


 ずっと、ロインズのこの笑顔や嘘に、騙されてきた。

 メイジーは眉ひとつ動かさないで続ける。


「聖公爵家の財政状況は年々厳しくなっているんでしょう? それで、この結婚はウェザーズ公爵家からの経済援助と私の才能が目的なんですよね」

「どうしてそれを……」

「両親が話しているのを聞いたんです。もう全部分かっているので、私の気を引くために、そのようなお芝居はしなくて結構です。ロインズ様のお家が困っているのは理解していますが、ごめんなさい。私にあなたと結婚する意思は全くありません」


 メイジーはロインズにきっぱりとそう告げた。

 両親は厄介だが、どうにか説得するしかないだろう。するとロインズは、困ったように眉尻を下げる。


「はは、まいったな。こんなにバッサリ振られてしまうなんて」

「ご両親に叱られてしまいますか?」

「いや、そういうわけじゃ……」


 わずかに目が泳いだのを見て、肯定と捉えた。

 ふたりは歩みを再開し、ガゼボの中に入った。白亜の柱は陽光を反射し、近くの噴水から水が流れる音が聞こえてくる。

 メイジーはロインズと向き合い、続けて言う。


「きっと今、私と婚約したらロインズ様は後悔します」

「それはどうして?」


 ここは――小説の世界だから、という言葉が喉元まででかかったが呑み込んだ。

 いつかヒーローのロインズは運命のヒロインと再会して恋に落ちる。

 それを言ったところで、彼は信じてくれないだろう。


「これからロインズ様はたくさんの素敵なご令嬢と出会いますから。その中からロインズ様が心から愛する相手と結婚して幸せになってほしいんです」


 祈るように手を組み合わせて切実そうな表情を作って見せた。

 ちなみに意訳すると、(あんたが浮気するから、絶対結婚したくない)だ。

 なけなしの理性をかき集めて、最低限の礼儀を込めて伝えると、ロインズはにこりとお手本のような笑顔浮かべて続ける。


「感動しました」

「はい……?」

「あなたはお優しいんですね。誰かに幸せを願ってもらったのは初めてだ」


 思ったよりもしぶとい。結婚する気はないと言ったから、心を繋ぎ止めようとしているのだろうか。

 彼はこちらの顔を覗き込みながら跪き、メイジーの手の甲にちゅ、と口付けを落とすと、一輪のバラを握らせてきた。


「僕はあなたを諦める気は一切ない。好きになってもらえるよう頑張るよ」


 本当に、手強い。五年間もメイジーのことを騙していただけはある。

 けれど、ここで絆されたら負けだ。


 メイジーは拒絶の意味を込めてそのバラをそっと床に捨て、にこりと笑顔を返した。


「私があなたを愛することは、絶対にありません」


 メイジーはくるりと背を向け、ガゼボから去っていった。残されたロインズは、上げていた口角をゆっくりと下げて、真顔でその後ろ姿を見送る。そして、誰にも聞こえない小さな声で呟いた。


「――単純な令嬢だと聞いていたのに、思ったより手強いな。だが、お父上の命令だ。必ず君を手に入れてみせる。メイジー、君の家の莫大な財産とその才能は我が家に必要だ」



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