05_大妖精とのやり直し
人生をやり直すために世界樹を浄化するという条件を、メイジーは飲んだ。
「あの……その姿は?」
メイジーはぬいぐるみの姿になったセランに問う。
牢屋で会ったときの彼は、人間の姿だった。
「時を戻したことで、かなり魔力を消耗したんだ。人間の姿には今はなれないが、これが妖精としての俺の姿だ。荘厳で優雅だろう?」
(そうごんでゆうが?)
彼はふんと得意げに鼻を鳴らし、ちょこんと生えたしっぽを揺らした。彼は荘厳で優雅だと思っているらしいが、メイジーにはメルヘンでふわふわのぬいぐるみにしか見えない。
「……いい」
「?」
「か、かわいい〜〜〜〜!!」
メイジーは思わずセランを抱き締め、頬をすり寄せた。セランはもともと大きな目をさらに大きくし、「スリスリするな! 離せ!」と全身で抗議してきた。
けれど、腕の中で身じろぐセランを逃さないように力を強め、モフモフな毛並みを肌で堪能する。
「おい、大妖精を相手になんて無礼な……。まぁいい。戻ってきたこと、後悔してるか?」
メイジーは首を横に振り、「してない」と答えた。セランは言う。
「あのロインズって男がそんなに好きなのか?」
「もう、好きじゃないわ」
「そうか。まぁ、男のせいで身を滅ぼしたんだ。恋愛なんてこりごりだろう。なら、二度目の人生は自分のために生きろ。な?」
「……いやだ」
「は?」
「次こそ、素敵な人を見つける」
袖で涙をゴシゴシと乱暴に拭い、笑ってみせれば、セランはポカンと口を開ける。
「おいおいおい、まだ懲りてないのか?」
「あら、私が男の人に裏切られたのは初めてじゃないわよ? マルチ宗教浮気ギャンブルモラハラ暴力酒タバコ、借金etc――」
「呪文詠唱か!」
「すぐに人を信じて、好きになって、たくさん傷ついてきたの。でも、きっと私、性懲りもなく、これからも誰かを好きになるんだと思う。だって、寂しいのは嫌いだし」
メイジーはそう言って困ったように笑う。
前世での奈々子は、子どものころから両親との関係が希薄で、愛される実感を味わえずに育った。
だから漠然とした寂しさがあって、それを埋めてくれる存在が、喉から手が出るほど欲しかった。
世間では男に依存せずに、自立した女性が理想として見られることが多いが、奈々子はひとりで立っていられるほど強くなかったし、器用でもなかったし、誰かに守られていたかったのだ。結局叶わなかったけれど、転生しても諦められないしぶとい自分がいる。一度でいいから、異性からの誠実な愛を味わってみたい。
「ふふ、笑ってくれていいわよ」
「笑わねーよ」
「え……」
「お前が逆行してまで手に入れたいもんなんだろ? 本気の思いを笑ったりしない。賭けた分、報われてほしいって思うよ」
セランはメイジーの膝から降りて、座席からこちらを見上げる。つぶらな瞳でメイジーを見つめて言った。
「お前がバカみたいに信じて注いだ愛情を、まっすぐ受け止めて、返してくれるようなやつ。これからどっかで出会えるといいな」
笑われるかと思っていたので、彼の真面目な反応が意外だった。
これまで周囲から、『恋愛脳すぎる』、『変な男に引っかかったのに学習してないの?』、『見る目なさすぎ』と怒られたり馬鹿にされたりしてきたので、新鮮な気持ちだった。
(もう、ロインズ様に執着したりしない。世界樹も燃やさない。私は私なりの幸せを掴みたい)
メイジー・ウェザーズも男に依存して破滅した哀れな悪役だ。
けれど、二度目の人生でロインズは好きな人ではなくなった。邪魔者は本編から退場するので、小説の筋書き通り、ロインズはレディシカと幸せになってほしいと思う。
「寂しいのは嫌い、か。俺もおんなじだ」
そう呟いた彼は、少し遠い目をしていた。
「まぁ、騙されやすいのも大概だがな。そのうち変な壺でも買わされるんじゃないのか?」
「…………」
「もう買ったって顔だな」
「壺だけじゃないわ。美肌になる枕とか、骨や歯が丈夫になるアロマ、身長が伸びる絵画とか……」
「お前は牛乳でも飲んどけ。ったく、手に負えないな」
これまで詐欺にあって、買わされてきたものを指折り数えていくと、セランは小さな手で眉間をグッと押さえ、呆れ混じりにため息を吐く。
そんな彼に、メイジーはふわりと微笑む。
「でも、誰かを騙すより騙される方がずっといいって思わない?」
「…………」
まっすぐなメイジーに、セランは瞳の奥を揺らした。
しばらく謎の沈黙が続くが、それを破ったのはメイジーだった。
「――ところで、セランまでどうしてここにいるの? てっきり、私ひとりだけ時間が戻るんだとばかり」
「そうできたらよかったんだがな。妖精の力も万能じゃない。俺の力では、対象者だけ時間を戻すことはできないんだ」
「じゃあ、私のためにわざわざ一緒に戻ってきてくれたの?」
「ああ。だが、気にしなくていい。俺も世界樹の浄化がかかってるからな。お前と一緒にいなくちゃ意味がない。ちなみにここは五年前だ」
「そう。ありが……」
ありがとう、と言いかけてと気づく。
…… 五年前?
五年前と言うと、ちょうどロインズと婚約を結んだ年だ。それに今日メイジーが着ているドレスは、メルシエ聖公爵邸での縁談の席で着ていたドレスによく似ている気がする。
「ね、ねえ。私たち、ロインズ様と婚約する前に戻れたのよね?」
「あー、それなんだが……」
セランがどこが気まずそうに目を逸らしたのと、馬車が止まったのはほぼ同時だった。
恐る恐る窓の外に目線を向けると、絢爛豪華で見覚えのある外観が。
そして、馬車の扉が開いて、少し若い母が迎えに来た。白を基調とし、ピンクのリボンがついた婦人帽は、縁談の日に母が被っていたものと同じで。
「さぁ、着きましたよ。あら、その白いのは何? 今一瞬、動いたような……」
セランは座席に倒れ、固まって妖精ではないふりをしている。メイジーは慌ててセランを抱き上げ、「ぬいぐるみよ! 友達にもらったの」と言い訳をする。
大妖精セランだと正直に話したら、大騒ぎになってしまうから。
「そうだったのね。この子、面白い顔をしているわね。たぬき……かしら」
たぬき扱いされた高貴な妖精は、こめかみに怒筋を浮かべている。
「はは、どうかなぁ……。それより、メルシエ聖公爵家に、今日は何の用事?」
「まぁ、忘れてしまったの? しっかりしてちょうだい。メルシエ家のご子息ロインズ様との縁談の日でしょう」
(やっぱり。これは一大事だわ)
縁談の席は、双方の家が前向きに結婚考えている前提で設けられる。
さらに、メルシエ家は聖公爵家であり、ウェザーズ公爵家より序列は上。メルシエ聖公爵家が今日『ぜひ結婚を』お言えば、立場上逃げ道はない。
せめて手紙が届いた時点だったらまだ断れたかもしれないが、ここに出向いたということは、それだけこの結婚に本気だと示すようなものだ。
(よりによって、ロインズ様と出会った日に巻き戻るなんて――!?)
そして、時間を巻き戻しした当人、セランは依然としてぬいぐるみのふり――たぬき寝入りを続けているのだった……。




