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04_小説の幸せな結末と悪役の退場


 かつて好きだった人に死刑宣告をされたメイジー。

 処刑方法は火炙りで、王都の広場で一週間後に行われるという。

 本来貴族の処刑は、人目につかない場所で尊厳を守ってひっそりと執行される。しかし、メイジーは犯した罪の重さから、公開処刑という形が取られることになってしまったのだ。


 ロインズが去っていったあと、メイジーは自嘲する。


(私はまた、くだらない恋のために命を落とすの……?)


 ロインズは嘘を重ねて、メイジーを政略のため利用してきた。


 前世で様々な男に痛い目に遭わされてきたが、その人生の最後は悲惨なものだった。

 最後に付き合っていた男はすでに別の付き合っている恋人がいた。そんなことだとは全く知らなかったのだが、恨みを買ってその彼女に――刺し殺されたのだ。


『あんたが邪魔なのよ!』

『そんな、私は何も知らなかったんです。彼女がいたなんて……』

『嘘言わないで! あんたが私の陸斗を誑かしたんでしょ。許さないから』

『だから、本当に、』


 確か、こんな最期のセリフだった気がする。訴えかけた潔白が届くことはなかった。

 意識が徐々に薄れていき、気づいたらメイジーになっていた――という訳。


 刺された腹部を手でひと撫でしたとき、背後からロインズではない声が降ってきた。


「ようやく見つけた」

「!」


 はっとして振り向くと、長身の青年がこちらを見下ろして立っていた。鉄格子の窓から差し込んだ月明かりが、彼の姿を妖しく照らしている。


 絹糸のように艶やかな銀髪に、森の木々を吸い込んだような神秘的な緑の瞳。全てのパーツが完璧に整い、美しい輪郭にバランスよく配置されている。


 地下アイドル(陸斗ではない)と付き合ったことはあるけれど、テレビで見ている芸能人を生で見たらこんな感じなのだろうか。


(すっごい好み……――じゃなくて)


 処刑宣告されたばかりなのに、危うく好きになりかけた自分を諫める。


 ちょっと親切にされると、すぐに惚れてしまう。単純すぎる女だったので、その地下アイドルのDV系元カレには、『生まれたてのひよこみたい(笑)』とよく言われていた。

 ひよこは最初に見た相手を親だと思い込んでくっついていくが、奈々子の場合は、何度も何度も誰かの笑顔を愛だと勘違いし、勝手に懐いて、信じて――傷ついてきた。


 メイジーは両手でぱしんと自分の頬を叩いたあと、青年を睨みつけた。


「私はもう騙されないわよ」

「……? お前は何を言ってる。まぁいい」


 すると彼はメイジーの顎をくい、と持ち上げ、顔を覗き込みながら言った。


「お前は恩人だ。何でも願いを言え。大妖精の名にかけて叶えてやる」

「…………」

「その反応……。驚かないのか?」


 大妖精――セランは、かつて実在した伝説の存在だ。


 この世界には妖精がいて、気まぐれに人にいたずらをしたり、親切にしたりする。

 本来、人には見えない彼らだが、セランは莫大な魔力を持ち、人の姿をとって人に姿を見せることができた。


 とても好奇心旺盛で、人間の文化や暮らしに興味があり、オスニエル王国の王家は、無数の貢ぎ物の見返りとしてセランに、建国の協力してもらったと言われている。


(だって、小説で読んで知ってるもの)


 オスニエル王国の歴史の途中から、セランの名は消えている。


 なぜなら、彼は、メルシエ聖公爵家の陰謀によって世界樹に封印されてしまったから。

 メルシエ家は当主の代替わりごとにセランと強制契約を結び、偉大な力を搾取し、独占し続けていた。


 小説『世界中の守護者』の展開では、本物のメイジーが世界樹を燃やしたことで、封印が解け、セランは解放された礼として、メイジーに願いを聞く。


 そして彼女は、命を落とす直前にこう答えた。



「レディシカを呪って」



 ……と。

 律儀なセランはその願いに応えようとするが、明るくて優しいレディシカを知るうちに彼女を愛してしまい、呪いではなく――祝福を与えた。


 小説の中でロインズはメルシエ家がセランに犯した罪を暴き、責任を持って国外追放を国王に申し出る。

 しかし、レディシカの必死の懇願によってアシュリー公爵家に婿入りする形で、彼はこの国に留まる。

 そしてふたりは、大妖精の加護の下、オスニエル王国に貢献して、幸せなハッピーエンドを迎えるのだ。


「本当に何でもいいの?」

「ああ。この牢屋から出して安全な場所に逃すこともできる」

「大罪人にとって安全な場所がどこにあるの」

「山奥とか離島とか」

「却下で」


  ここから逃亡しても、一生周りの目を気にしていつ捕まるかどうかを怯えながら生きていくのは御免だ。

 山奥も離島も、虫がいそうたくさんいそうだし、不便そうだから絶対に無しである。


「代わりに復讐してやることもできる。さっきの男を恨んでるんだろう?」

「……それもしなくていい。復讐なんてしたって、幸せになれないもの」


 メイジーは首を横に振る。

 だって、前世で奈々子を刺した女性は、ちっとも幸せそうな顔をしていなかったから。


「なら、大人しく処刑を待つか?」


 その淡々とした囁きに、メイジーの背筋がざわざわと粟立つ。

 今彼に与えられた選択肢は、ふたつともメイジーの本当の願いからはかけ離れている。メイジーはただ、誰にも脅かされることなく、幸せになりたいのだ。


「そんなの嫌。まだ死にたくない。いっそのこと全部、やり直せたらいいのに……」

「――できる」

「!」


 思わぬ返答に俯いていた顔を上げると、緑の双眸と視線がかち合う。


「嘘、できる……の?」

「ああ。だが、条件付きだ」

「その条件っていうのは――」


 固唾を呑むメイジーに、セランは玲瓏とした声で告げた。


「お前に――手伝ってほしいことがある」

「……?」


 その条件というものがなんなのか分からず、メイジーは首を傾げる。


「それは……世界樹の浄化だ。お前の膨大な魔力を利用させてもらいたい」


 小説では、物語の大きなエピソードとして、世界樹の浄化がある。


 世界樹木は世界のあちこちにあり、大気中の魔力量を調整している。世界樹には、およそ百年の寿命があり、枯れた後は新しい木が生えてくるが、世界樹は主を選ぶため、主人の家の庭など一番主に近い場所に生える。

 メルシエ家は四百年前に世界樹に選ばれた。それから、守護者の地位を独占するために、大妖精セランを世界樹に封印して延命を図ったのだ。


「無理矢理延命された世界樹に本来宿っている精霊は悪霊化し――邪霊になった。それを浄化しなくては、この国の大地を枯れてしまうんでしょう?」

「よく知っているな。ああ、今邪霊は眠っているが、俺が魔力を注いで維持しても、せいぜい五、六年で目覚めるだろう」

「…………」


 もう一度やり直す意味なんてあるのだろうか。

 どうせメイジーは性懲りもなく、誰かを好きになって、勝手に期待して、裏切られた気分になって、傷つくはずだ。


 離島でも山でも、どこか遠くに逃げてしまえば、ひとりで生きていけば、誰にも傷つけられなくて済む。

 いっそ、処刑を受け入れて死んでしまったら、楽になれるのかもしれない。きっと、楽に……。


「私は――……」


 思案の末、メイジーはゆっくりと口を開いた。



 ◇◇◇



(ここは……?)


 気がつくと、メイジーは馬車に揺られていた。窓の外に目を向けると、見慣れた王都の景色が続いている。

 さらに視線を下に落とすと、フリルやレースがふんだんに使われたスカートが目に入り、袖から小さな手が伸びている。


 そして徐々に、十七歳と十二歳のメイジーの人格、記憶が融合されていく。


「無事に戻ったようだな」

「!」


 するとそのとき、向かいの席に座っている白い妖精のぬいぐるみが喋った。長く垂れた耳に水色の不思議な模様が入っていて、つぶらな瞳が印象的だ。

 だが、こんなぬいぐるみを買ってもらった記憶はない。


(ぬいぐるみが、しゃべった!?)


 そのぬいぐるみは、座席の上ですっと立ち上がり、腕を組みながら偉そうな口調で続ける。


「もしかして、あ、あなたは……セラン?」

「ご名答」


 状況を理解できず、目を泳がせていると、彼が続けた。


「混乱しているようだな。まぁ、無理もない。お前は――五年前に回帰したんだ」

「……!」


 その説明を聞き、本当に時間が戻ったのだと、メイジーは息を呑んだ。


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